レジェンド・オブ・アルカディア プライベートリアクション1 ![]() 「だから読み書きなんて必要じゃねえんだよ」 明らかにカタギではないと分かるその男は、イズムルードに向かって言い放った。 「字なんか習うくれえなら、人の殺りかたでも教えてもらったほうがよっぽど役に立つぜ。読み書きなんてあんたみてえな金持ち人間の道楽じゃねえか」 「私は金持ちじゃありませんよ」 小首をかしげてイズムルードは応じる。いかにも育ちが良さそうなその仕草を見て、男は大袈裟に顔をしかめると鼻を鳴らした。 「金持ちだかお貴族様だか知らねえけどよ。どっちにしろ、俺ぁこれまで字なんか読めなくっても生きてこれたんだ。ジョッシュだってそうだ。くそ役にもたたねえことで俺のガキの頭をいっぱいにしねえでもらおうか」 まくしたてる彼の言葉をイズムルードは神妙な面持ちで聞いていた。そして、彼が口を閉じると少し考え、石ころをひとつ拾い上げると手近の壁にいくつか文字を書きつける。 「あなたが家に帰った時、扉の横にこういう走り書きがあったらどうします?」 「俺の知ったこっちゃねえ」 「じゃあこれが『中で待ち伏せされてる、入るな!』という文章だったら?」 「…………」 男は黙りこみ、絞め殺しそうな目つきで彼女が書いた文字を見やった。イズムルードはまじめくさってそんな男をしばらく見守っていたが、視界の隅に人が来る気配を感じて振り返る。それがむさ苦しい金髪の傭兵であるのを確認した彼女の淡緑色の瞳に、柔らかい笑みが浮かんだ。 「お帰りなさい、アルフレート兄さん……それじゃあ私、失礼します。お節介かもしれないですけど、ジョッシュに読み書きを教える話、もういちど考えてください」 壁をにらんだまま動かない男に会釈して、イズムルードは傭兵……アルフレート・パスウォールに駆け寄った。 「今朝兄さんが出た後、ガーグが来ましたよ」 「ああ、会った……あの男は? イージャ」 「ジョッシュのお父さんです。ほら、私が読み書きを教えている子の……」 言外に怪しい者ではないと伝えると、アルフレートはようやく男から眼を離した。無頓着を装ってはいるが、やっぱり少し神経質になっているらしい、とイズムルードは思う。 表向き、彼女はアルフレートの妹ということになっている。数年前、エウリア領主邸からの脱出後流産し、一時自殺を図るほど打ちのめされたイズムルードを見かねた彼は、潜伏する際危険を承知で彼女を伴ったのだった。実際には、ここでこの娘を放り出せば、行き場を失った彼女が今度は帝国に助けを求め、騎士たちの所在を明らかにしてしまうかもしれないという危惧もあったのかもしれないが、だとしてもアルフレートはそれを口にしたことはない。 ……名実共に人間の吹き溜まりであるこの界隈では“兄妹”という肩書きで男女がひとつ屋根の下に住むことは大抵別の関係をも噂させるものである。だがこのふたりの場合、誰の眼にも分かるアルフレートの潔癖な態度と、エルフとの混血であるイズムルードの際立ちすぎる美貌……不思議なことに、美がある一定の範囲を超えると人はむしろ性的な魅力を連想しないようである……が、逆に人々にそれを事実と信じさせているようだった。そして数年がたち、“兄”は用心棒として、“妹”は近所の子供や大人に読み書きを教える素人先生として、やはり潜伏している他の共和国騎士たちと共に街の中にとけこんでいった。 「……アルフレート」 あばら屋よりもう少しまし、という程度の家が、今の彼女たちの住まいである。アルフレートの後からイズムルードは中に入り、扉を閉めた。自分たちが外から遮断されていることを確認すると、それまでとはやや違う口調でアルフレートに話しかける。 「皆さんから連絡が入りました……具体的な日時を決めたいので、いちど集まりたいと」 「分かった」 青年はうなずき、剣を腰からはずしながら奥へ行こうとした。その後ろ姿に彼女はもういちど呼びかける。 「うん? なんだ?」 「あの……本当に良いんですか? 決起などして」 「仕方ないさ」 振り向いてアルフレートは苦笑した。 「誰かがひかなきゃならない貧乏くじだ。俺がいいと皆が言うならまあ、そういうこともあるだろう」 相変わらず本音を出さないその答えに、イズムルードは軽く首をふる。 「私が気にしているのは皆のことじゃないんです。アルフレート」 淡い緑の瞳をまっすぐに向けられて、アルフレートは手にしている剣になんとなく眼を落とす。その表情が曖昧な……感情を探られていると思うときの彼の癖である……ものに変わっているのを見ながら、彼女は続けた。 「私には、あなたが星旗軍の中でいちばん不安定な部分に見えます……もちろん、それはアルフレートのせいではないですけど……今は勢いがあるからいいです。あなたと皆は噛み合ってる。でも……」 そこで彼女は唐突に言葉を切った。しばらく黙って唇を噛み、やがて申し訳なさそうな顔でひとつため息をつく。 「……ごめんなさい兄さん、変なこと言って」 「別にいいさ」 呼びかけから、その話題は打ち切りと悟ったアルフレートが眼を上げる。その顔からすでにあいまいな表情は消え、いつもの気さくな彼に戻っていた。 「さて、それじゃ腹が減ったんだがなにか食う物あるか?」 「ええ、あ、と、その前に着替えてきてくださいね。また帝国軍の兵士相手に荒事をやったんでしょう? 返り血がついてますよ」 「ばれたか、落としたつもりだったんだけどな」 彼は少し笑って自分の部屋へきびすを返した。残されたイズムルードは、棚からパンとチーズを出しながらもうひとつため息をつく。 ……言わなくてもいいことを……あなたは馬鹿ね、イージャ。 過去を失った彼女にとって、よりどころはアルフレートしかない。なのになんで、あんなつつくようなことを言ってしまうのだろう。 自分自身の心が良く分からないまま、イズムルードは食事の支度を始めた。隣の部屋から聞こえる人の気配に安心しながら。 ![]() エントリー&初回アクションに同封したものです。これで『アルフレートの妹』というのが決まったのでした。 しかし、アルフレートの設定もまだわからんのに良くこれだけ決めつけて書けたもんだと思います……。
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