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Character
やたら思い入れのあるキャラクター紹介・主役編


 スコット・ヘイワード  ロディ・シャッフル  バーツ・ライアン  クレア・バーブランド  マキ・ローウェル
 シャロン・パブリン  ペンチ・イライザ  カチュア・ピアスン  フレッド・シャッフル  ケンツ・ノートン
 ジミー・エリル

*「初期設定」はみのり書房『バイファムパーフェクトメモリー』に掲載されている関係者向け企画書『ヴァイファム(仮題)』を資料としています。




 スコット・ヘイワード 15歳 
 これほどらしくないリーダーがかつて存在したでしょうか?
 生真面目でカタブツ、どちらかといえば内向的で、大人たちから与えられた規範の中で生きていくことに安心するタイプです。で、ついたあだ名が“若年寄”。
 そんな彼にとって、この戦災は他の子供以上に身にこたえるものでした。しかも、最年長というだけでリーダー役を押しつけられ、12人の年少者を率いて不慣れなジェイナスを操り、両親のもとへ向かうという大目標を前にてんてこまいする羽目になります。「僕はどうしたらいいんだ!」というのは、彼がしばしば口にする迷セリフとして良く知られています。
 なんとも頼りないリーダーですが、その頼りなさこそが、スコットをリーダーたらしめた武器(?)でした。これが他の子供……たとえばロディやバーツだったら、その個性と自己主張の強さゆえに、他の子供たちと衝突し分裂する可能性もありました。事実、ベルウィック星ではジェイナス行きを主張するロディ、ジワイメルウ行きを主張するバーツが対立、13人がまっぷたつに割れる話があります。
 ところがスコットの場合、皆は「あんなこと言ってるけど頼りないんだよなあ、まあ、頑張ってみようか」とばかりにごく自然にひとつにまとまるのです。本人にしてみれば不本意でしょうが、ああいう性格だったからこそ、スコットはリーダーとして皆をまとめていけたのだと言えます。

 そんなスコットですが、実は、リーダーとして必要不可欠な資質をちゃんと持っていました。それは、自分に幻想を抱かず、相手が誰であっても決して頭から否定しないということです。
 旅が始まるまでは、彼のこの傾向は「悲観的」「他者への依存が強い」という形で表れ、むしろ欠点として自他共に認識されていたようです。が、13人のリーダーとなってからは、「地に足のついた判断」「不必要な競争を生まない包容力」に姿を変え、大いに力を発揮することになりました。
 単純な統率力や指揮能力なら、あるいはロディやバーツのほうが上かもしれません(というか、確実に上です)。が、ふたりのどちらもが持たないこのふたつの資質によって、スコットは名実共に彼らの上に立ち、彼らからリーダーとして認められるようになるのです。そして、彼のリーダー就任は、もしかするとあったかもしれない3人の男子年長組の競争と対立を、ほぼ理想的な形で回避することになりました。そういう意味では、彼はなるべくしてリーダーとなったのかもしれません。

 スコットをめぐる出来事といえば、あまりにも有名な「エロ本事件」があります。ロディとバーツのいたずらでエロ本がしまわれた倉庫におびき出され、ついつい読みふけってしまうスコット。そこで終われば何事もなく済んだのですが、敵からのビームがジェイナスを直撃したためにエロ本と共に倉庫に閉じこめられ、おまけにそれをシャロンに目撃されたからさあ大変。頼みこんで「見なかったこと」にはしてもらったものの、その後、なにかにつけてシャロンにはからかわれる羽目に……。
 それまで、他の子供たちにくらべてどうも固い印象があったスコットが、一気に身近な存在になった名エピソードでした。これ以降、スコットはリーダーのみならず、場を和らげるムードメーカーとしても貴重な存在になります。


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 初期設定では、スコットはマルディ・ウォッシュという名前でした。
 性格的にはほとんど変わっていませんが、より生真面目で思慮深い……といえば聞こえはいいものの、ありていに言えば、慎重になりすぎるあまり堂々巡りをしてしまうタイプという印象です。本編でのスコットがいざとなると結構度胸が良かったことを考えると、このあたり、小さいようでかなり大きな違いなのかもしれません。
 この段階では、13人のリーダー格はむしろロディであり、スコット(マルディ)はどちらかといえば参謀役という扱いだったようです。そう考えると、この違いもなるほど納得できます。


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 ロディ・シャッフル 14歳 
 とりあえず主人公です。なぜ主人公かというと、主役メカのバイファムに乗っているからです。
 積極的で明るく即断即決即実行、駄目でもともとなんでもとにかくやってみる、という性格は、行動面でのリーダーとして他の子供たちを引っぱっていく大きな力になっています。
 その一方で、彼はかなり自己中心的なタイプでもあります。というか、彼なりに人のことを考え、思いやってはいるのですが、それがあくまで「自分から見た」範囲に限定されており、真に相手の立場に立って、相手の思いを酌むということができないのです。
 そんなロディの性向を最も良く表しているのが、17話で「君が出ていかなければケイトさんは死ななかった」とカチュアを責めるシーンと、41話でミューラァに向かい「あなただって半分地球人の血が流れてるんだ」と言い放つシーンです。このふたつ、全く別のように見えて、実は“押さえていたものがちょっとしたきっかけで噴き出す”→“その原因となった相手に衝動的に感情をぶつける”→“相手がいちばん触れられたくない部分への攻撃になる”→“相手の過敏な反応”という、同じパターンを踏んでいます。そしてどちらの時も、ロディ自身は自分の言葉がカチュアを、ミューラァを、どれほど傷つけたか気付いていません。まあ、気付くくらいなら最初からひどい言葉をぶつけるような真似はしないんでしょうが……。
 こんなことをくり返すロディが「嫌な奴」になってしまわなかったのは、表裏のないまっすぐな気性と、自分の失敗から決して逃げない強さ、なによりも「子供」だったことが大きかったのではないでしょうか。子供だから許される猪突猛進、子供だから好ましく見える欠点……まさにそれがロディの魅力であったと言えます。
 そして、そんな彼をうまくフォローするのが、悪友バーツとリーダーのスコットでした。乱暴なようでいてちゃんと道理をわきまえたバーツの言葉には、同い年という気安さもあってロディも素直に同意しますし、自分がやろうとしなかったリーダー役を、頼りないなりに一生懸命こなしているスコットを前にしては、そうそう我を張るわけにもいきません。結果、お互いの欠点をうまく補い合った、絶妙なトリオが誕生するのです。

 物語後半、ロディはカチュアと関係したエピソードが多くなります。もともとのきっかけは、上にもあったように、ケイトさんが死んだ直後、悲しみのやり場のなくなったロディがカチュアを責めてしまったことにありました。もちろん、この後ロディはあやまり、後にわだかまりを残すことはありませんでしたが……もともと正義感の強いロディにとっては、自分のしたことは取り返しのつかない大失態として意識されたようで、この後、なにかにつけてカチュアのそばにはロディの姿が見られるようになります。
 ただ客観的に見た場合、ロディとカチュアとどっちがしっかりしているかといえば、カチュアのほうなわけで……そこに気付いていないロディがまたロディらしいところではあります。


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 初期段階での名前はロディではなくロディー・シャッフル。うーん微妙微妙。
 感受性が豊かで喜怒哀楽が激しく、行動的で結構無茶もやるというのはほぼ本編どおりですが、当初は若干内気にも見えるタイプだったようです。それが「どこから見ても行動派」になったのは、多分弟のフレッドとかぶってしまうためでしょう。内気なロディというのもちょっと見てみたい気もしますが。


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 バーツ・ライアン 14歳 
 一見ツッパリ風、でも実は酸いも甘いも噛み分けた、13人の中でいちばんものの分かっている人物です。
 本放映時、ツッパリ、あるいは不良は大人にとってはアイドルでした。同じような風体の“仲間”とつるんで校則違反の制服に身を包み、なにかといえば「ウルセエンダヨ!」と先生や社会に反発する。日夜タバコやバイク、ケンカなどをやりたい放題で、普通の子たちからは恐怖と軽蔑のまなざしを向けられるばかり……でも実は彼らがそんな行動に走るのは、様々な事情に起因する寂しさが原因で、つきあってみると心の中には並みの少年少女以上の優しさや愛情を持っている……そんな殉教者めいた美しさを持つ彼らのドラマが、当時あちこちで散見されていたものです。
 そしてバーツも、その外見と態度から、そんなパターンを踏襲するキャラクターだと思われていました。

 ところが、フタを開けてみると全く違いました。確かに彼は大人とは一定の距離を置き、また、大人に対する不信めいたことも時折口にしますが、決して大人そのものを否定してしまうのではありません。また、他の12人の子供たちとは積極的に関わりを持ち、足りない部分を補ったり、一緒に悪ふざけをして面白がったりします。それはいわゆる「行き場のない子供の自己主張たるツッパリ」とはほど遠いものです。恐らく、人にすぐ反発し、勝手な行動ばかりをする個性の強いキャラクターとしてはすでにケンツがおり、バーツにそのまんま「ツッパリ」をやらせたのでは、収拾がつかなくなるか、お互い役所を食い合って共倒れしてしまうという実際的な事情が裏にはあったのかとも思いますが、それでも、視聴者に与えた印象はとても新鮮でした。見た目と現実の意外性、それは間違いなくバーツの人気に大きく貢献しています。
 また、他の12人と違い、バーツには欠点らしい欠点が見あたらないのも特徴です。子供としての無邪気さを適度に残しつつ、それでいて子供のイヤな部分を持たない。バーツはそういう意味で、大人が夢見る理想的な子供と言えるでしょう。彼が子供たちの間の関係調整やバランサーをつとめていたのも、「大人の夢の子供」として、他の「夢でない子供」たちが持つ“毒”を薄める役目を期待されていたからではないでしょうか。

 もっとも、そんなバーツも過去を見れば「実母の死後すぐやってきた継母と父親に反発、非行(?)に走る。その後継母の献身と犠牲によって命を救われ心を入れ替えるが、いまだわだかまりが残って素直に感謝を示せない」という、実にツッパリらしいパターンを歩んでいたようです。そんなバーツがなぜあんなものの分かった奴になったのか? というのが当然浮かぶ疑問ですが……とりあえずは「継母との件の後、そろそろこんなことはやめたいと思っていた」→「自分のことを全く知らない連中がやってきた」→「いい機会なのでこの際、新しい気持ちで連中とつきあってみようと思った」とでもいった感じが、妥当なところかもしれません。

 物語後半、バーツはマキとなんとなくお互いいい雰囲気になっていきます。ふたりとも似たような、良くできた欠点のないタイプなだけに、その関係はとてもさわやかで危なっかしいところがなく、気持ちが良いものです。マルロとルチーナに並ぶ、ジェイナスの中でいちばん安定したカップルといえるでしょう。


--------------------------------初期設定--------------------------------

 ……という感じで、本編では実にいい奴だったバーツ。しかし、初期設定では一体どうだったんでしょうか。
 この段階でのバーツは、育ちが良く見栄っ張りで自己顕示欲が強い。負けず嫌いで論理的という、まさにセオリーどおりの主人公のライバル役でした。実際「ロディーをライバル視する」と設定にも明記してあります。
 このあたりの配役は、どうも元ネタのひとつ(?)である『十五少年漂流記』の影響が強いような気がします。ここで見られるマルディ、ロディー、バーツの設定とお互いの関係は、15人の中心的存在だったドノバン、ブリアン、ドニファンにそっくりです。
 もしこのまま本編になだれこんでいたとしたら、バイファムは『十五少年漂流記』同様、人間関係的にはかなりギスギスした物語になっていた可能性が高いです。つくづく、バーツがこういう風になってくれて良かったと思います。


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 クレア・バーブランド 14歳 
 ジェイナスの小さなママ――サブタイトルでも使われたクレアの“称号”です。その名のとおり、女の子たちの中で最年長の彼女は、いつも自分より小さな子たちの面倒を見ています。みんな……ケイトさんですらもそれを当然のように思っています。
 ですが、彼女はまだ14歳です。しかも、回想シーンから察するにかなり“甘えんぼさん”の部類に入る女の子なのでした。そんなクレアがケイトさんから「小さい子たちをお願いね」と言われ「はい」と素直に返事をする姿には、今見ると痛々しささえ感じます。
 こういうクレアがヒロインとして設定されていたということは、当時の一般的な“良き女性”像がどんなものだったかを如実に表しています。つまり、役目といえば家事と育児のみ、決して男性たちをさしおいて前に出ることはしないが、彼らが困難に陥れば必ず駆けつけそっと支えて力づけ、立ち直ればまた静かに引き下がる……そういうタイプが当時は「女性の生き方として理想的」とされるものだったのです。
 女の子の中では最年長であり、ロディやバーツと同年齢のクレアは、普通に考えれば充分に13人のリーダーのひとりとしての資格を持っているはずでした。ところが、彼女がリーダーとして考えたり行動したりすることは、本編中で全くといっていいほど見られません。常に3人から1歩下がった位置に控え、不満ももらさず愚痴も言わず、穏やかに明るく、目立たぬように彼らの世話をしているだけです。確かにいちど、スコットの勝手な物言いに爆発したことはありましたが、すぐに「自分の役目はママ役」と自己完結してしまい、以後、なんの疑問を持つこともなくその“役目”の中に落ち着いてしまいます。

 こう書くとクレアには全く救いがなかったような気もしますが、一方で「ジェイナスのママ」という立場は、他の誰もが彼女に一目置くという状態を作り出していました。
 12人の中で、クレアに正面からあれをしろこれをしろと言えるのは幼なじみのスコットただひとりです。しかも、そのスコットですら、彼女が怒るとあわてふためきます。確かにあまり自己主張はありませんが、それだけに彼女がなにか言えば全員が耳を傾けますし、誰も逆らえません。そういう意味では、クレアはまさに“裏の”リーダーであり、13人の舵取り役だったと言えます。
 そして、彼女が舵を取っていたからこそ、スコットも安心してリーダーをつとめることができていたのではないでしょうか。単に幼なじみのカップルというだけの関係に見られがちだったふたりですが、もしかすると、指揮官とナンバー2という点でも理想的なものを持っていたのかもしれません。


--------------------------------初期設定--------------------------------

 年齢が13歳であること、軍人ではなく高級役人の娘であること以外は、初期設定と本編の間に違いはありません。スコットと知り合いであること、どちらかといえばおっとりしていて包容力があり、小さい子たちの母親的存在になることも同じです。
 そんな中、注目されるのが「意見の対立があると最終的なまとめ役となる」と記されていることです。恐らく、なにかと対立しがちなロディーとバーツ、それに対してなかなか決断を下せないマルディの間に入り丸く収めるのというのが、「ママ役」以外に……あるいはそれ以上に重要なクレアの役目であったのであろうことは容易に推測ができます。
 結果として、バーツが物わかりの良いタイプに変更されたため、クレアの「仲裁」は必要がなくなり、結果、もうひとつの役どころ──12人のママ役をひたすらこなすだけになりました。今思えば、ちょっともったいない話です。


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 マキ・ローウェル 13歳 
 クレアがママなら、マキはさしずめ「ジェイナスのお姉さん」とでもいったところでしょうか。
 クレアとは対照的にボーイッシュで活動的、物怖じしない性格で、いつも男の子たちと一緒に駆け回っています。男っぽい言動で一見単独行動派のように見えますが、意外と(失礼)女性らしい細やかさを持ち協調性も高く、他の子供たちに対して提案や仲裁といった働きかけも積極的にやっています。
 バーツと並んでこれまた特に欠点のないキャラクターであるマキは、バーツと同様、やはり13人の中でバランサー的な役割を果たしています。もっとも、バーツにくらべれば若干「自分は自分」という気風が強いようで、そのあたりが彼とかぶらずマキ独特の魅力を出すことになっています。

 マキは13人の中でも人気のあるキャラクターです。特に女の子からの支持が高いようで、典型的なヒロインであるはずのクレアより、型破りな彼女のほうに人気が出たということは、ある種象徴的でもあると同時に、大人であるスタッフと、13人と同年代だった当時の視聴者の認識のズレを表しているようで面白いと思います。
 もっとも、クレアがマキのような性格だったら人気が出たかというとそれもいささか微妙なところで、結局、クレアのようなセオリー通りのキャラクターがいたからこそ、マキのような型破りなタイプが活きたとも言えるでしょう。


--------------------------------初期設定--------------------------------

 初期設定でのマキは、「ミーハー的」「天真爛漫」「気分屋」「全てにおいて器用で口も達者」「じっくり思考するのが苦手」と、どちらかといえばシャロンに近い感じだったようです。年齢も12歳と本編より1歳年少になっていますが、これは当初13歳だったクレアが本編で14歳になったのに伴い、順送りで年齢が上がっただけでしょう。
 他のキャラクターとの関係は特に記載されていませんが、その性格と「ヒント屋でありアイデアマン」という役どころから、ムードメーカーになった可能性が高いと思われます。


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 シャロン・パブリン 11歳 
 13人の中でもっとも異彩を放つキャラクターといえば、文句なく彼女でしょう。男の子なのか女の子なのか区別がつきにくい外見に加えて、周囲の雰囲気に全く頓着しない台詞、わがままにも見えるほど自分のペースを崩さないその態度は、他の子供たちのみならず視聴者からも「なんだこいつ?」と思わせるのに充分なものでした。
 が、当初トラブルメーカーかと思われたシャロンは、意外にも他の子供たちと積極的に協力し、その中にとけこんでいきます。他の子供たちも、時には彼女に振り回され、時には衝突しながらも、全体としては良い関係を作っていくことに成功します。特にマルロやルチーナに対してはなんだかんだ言いながらも相手をしてやり、なつかれているようです。

 気分屋でマイペース、ゴシップ好きで、好きなことには熱中するが嫌いなことには見向きもしないというシャロンが人から嫌われていないのは、彼女なりに他人との関係で踏み込んでいい領域、踏み込むべきでない領域をきちんと把握し、守っていたからでしょう。このあたり、シャロンが単なる自己中ではない、それなりの人生を送ってきた女の子であることを伺わせます。
 が、そんなシャロンもやはり子供。皆が自分を受け入れてくれたことに安心したか、有頂天になったのか、ベルウィック星を出てから3度、踏み込むべきでない領域を測り間違えて他人を傷つけることになります。1度目はペンチがひそかに書いていた詩を取り上げて面白半分に読み上げ、泣かしてしまったこと。そして2度目は、スコットから口止めされたにも関わらず、カチュアが異星人だということを、事もあろうにケンツにしゃべってしまったこと、3度目はケンツの風呂をペンチと共に覗き見し、彼が恥ずかしがって秘密にしていた蒙古斑を見つけて大笑いしたことです。いずれもシャロン本人には全く悪気はなかったのでしょうが、相手からすればたまったものではありません。
 それでも、ペンチやケンツの件は、いたずらっ子の他愛ないいじめですむ範疇のものだったかもしれません。が、カチュアについてはことは穏便には済みませんでした。この時、シャロンのしたことはまさに取り返しのつかない事態を招きます。
 シャロンからカチュアの「正体」を聞かされたケンツは、自分の感情をおさえることができず、何も知らないカチュアに向かって「お前は敵だ」とわめき出します。これはまさに、彼女に真実を伝えるやりかたとしては最悪のものでした。そして、ショックと悩みに耐えられなくなったカチュアはジェイナスを飛び出し、後を追ったケイトさんは敵の攻撃を受けて死んでしまうのです。
 自分の軽率な行為がもたらしたこの結果について、シャロン自身がどう思っているのか、本編ではとうとう描かれることがなかったこともあり、それを知ることはできません。が、ケイトさんがいつも使っていたバンダナを遺品の中から見つけたシャロンは、それをいつまでも大事に持っていました。本来ならカチュアかロディに渡っても不思議ではないこの形見の品をあえてシャロンが持ったということは、彼女の思いの一端を表しているのかもしれません。


--------------------------------初期設定--------------------------------

 初期設定のシャロンは寂しがりやの根暗という、今からは想像もつかないタイプでした。が、それを除けば、向こうっ気が強く男っぽい、女らしい面を見せるととても可愛い、等、どちらかといえばマキに近い要素を持っていたようです。これが変更されたのは、同年代のフレッド、ペンチがいずれも内気でおとなしいと設定されていたため、シャロンまでそんな風ではジェイナス内になんというか、内にこもる集団ができてしまうという考えからだったのかもしれません。
 特筆すべきは、「ロディーの弟を好きになるが口に出さない」と書いてあることです。ロディーの弟とは言うまでもなくフレッド。もしかすると、シャロンはケンツではなくフレッドとカップルになる可能性もあったわけですね。とすると、ペンチは一体どうなったことでしょう。気になります。


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 ペンチ・イライザ 10歳 
 読書と詩を書くのが好きなロマンチスト少女。基本的にはしっかり者だと思うのですが、その感性の成せる技か時折妙なボケをかましてくれたりもしています。
 ペンチは“最も等身大なキャラクター”であると良く言われます。真面目な性格で本の虫──人と接することがあまり得意でない彼女は、それゆえにありがちな潔癖さ、狭量さを、10歳という年齢にふさわしい形で見せてくれました。学校などで友だちの習慣が自分と違うことにいらいらしたり、自分の失敗を隠そうととっさに嘘をつき、後で罪の意識にさいなまされたりということは誰にでもあったはずで、そういう「自分にも覚えがあること」を正面からやってくれるペンチは、ともすればいい子の集団として視聴者から浮く可能性もあった13人を、しっかりと現実のものとして認識させてくれる存在でした。
 ただ、身近であれば親しみが持てるかというとそうでもないようで……ペンチのすることは、視聴者にとってはどちらかといえば「あまり触れたくない心当たり」に属するものが多かったことも確かです。最も視聴者から近いところにいたと誰もが認める彼女が結局あまり人気が出なかったのは、そういう部分が強く影響したのかもしれません。

 また、ペンチといえば、後半になってから見られるようになった「キャラの崩れ」が有名です。
 後半にかけて崩れたキャラクターといえばスコットが代表格です。彼の場合は、崩れっぷりが隠れた味(?)を引き出すことに成功し、人気が一気に上昇しました。もしかすると、ペンチの崩れもその路線を狙ったのかもしれませんでしたが……彼女の場合、ただの「変な子」という評価ばかりが強くなる結果に終わります。
 ペンチの「崩れ」が受けなかった理由。それは考えてみれば簡単なことにありました。「肩肘をはったきまじめな15歳が年相応に戻る」という要素が強く、従って微笑ましい印象があったスコットに対し、ペンチの崩れは「本ばっか読んでる子がとうとう変な方向にいっちゃったよ」という、いわゆる“文学少女”というものを歪曲し、バカにすることで作られたものだったからです。
 これがどんなにひどいしうちであったか、大人であり、そして恐らく男性がほとんどを占めていたスタッフは全く気付かなかったようです。が、一歩間違えば、これはペンチ個人どころか、彼女と同じような女の子全てを貶めかねないものでした。そして、ペンチとほぼ同年代の視聴者が、こんなしうちを笑って受け入れる訳はありません。結果、視聴者の心はますます彼女から離れていくことになります。
 ですが、スタッフにはそのことは分かりませんでした。スコットに比べて彼女が受けないのは“ギャグ”が淡泊すぎるからだと誤解して、次第に度ぎつさをエスカレートさせていきます。そしてとうとう、OVA『ケイトの記憶、涙の奪回作戦』では、彼女を恐ろしいばかりのオタク娘に変貌させてしまうのです。

 クレアド星で学校に行っていた頃から、ペンチはフレッドから好意を寄せられていました。ペンチのほうもどうやらまんざらでもなかったようで、ジェイナスへの避難をきっかけに、ふたりはどちらからともなく接近、一緒にいるようになります。
 他のカップルたちに比べるとなんとなく印象が薄く、ことにペンチが崩れだしてからは、どこか“バカップル”扱いされがちですが、実際にはこのふたり、幼いながらも一生懸命相手を気遣い、フォローしあおうとする、なんともけなげな、そして「大人」にはとても真似のできない関係です。


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 大人しく内気な文学少女。ロマンティストで涙もろい面があるが、芯は強い……初期設定のペンチは、本編と全く同じです。ここまで変わっていないのも逆に珍しいかもしれません。


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 カチュア・ピアスン 推定10歳 
 恐らく、戦争によって最も人生が変わってしまったのが、このカチュアでしょう。
 戦争が起こる前、彼女はごく平凡な開拓民の子供でした。人と違う髪の色、赤ん坊の頃の写真がないことなど、多少「おかしいな」と思うことはあっても、ひとり娘として両親から愛され、慈しまれることを、他の子供たちと同じように当然のものとして受け入れてきていました(もっとも、カチュアの異常なまでの行儀の良さを見ると、やはり彼女の家族関係には何らかの無意識的な緊張があったことが推測されてしまうのですが……)。このまま時が流れれば、恐らくカチュアはごく普通の「地球人」として一生を送ったことでしょう。
 ところが、戦争によってそれらは全て崩れてしまいます。
 異星人の攻撃により両親は死亡。たまたま避難シャトルに乗り遅れステーションに取り残されていたカチュアだけが、ジェイナスに救出されます。ところが、親を目の前で失った痛手も癒えないうちに、今度は彼女自身が他ならぬ異星人──敵だということが明らかになります。この事実に耐えられなくなったカチュアはとうとうひとりジェイナスを飛び出しますが、それは救出に来たケイトさんの死という最悪の事態につながることに……。
 その後、再びジェイナスの仲間に戻れたものの、今度は彼女の心に「自分はどうしたらいいのか」という問題が重くのしかかってきます。
 建前として見た場合、カチュアは恐らく地球人としての戸籍を持っており、他の子供たちと一緒に地球へ行くことにはなんの障害もないはずです。なのですが……異星人であり、育ての親もすでに亡い自分が地球へ行くことに意味があるのか、そもそも、地球は自分を受け入れてくれるのか、という悩みが、旅の間に彼女の心には徐々に育ってきていたのでした。
 その悩みは、地球人と異星人の混血であるミューラァが、所属していた軍から拒絶され排除されてしまう様を目の当たりにした後に頂点に達します。いくら気丈でもまだほんの子供にすぎないカチュアにとって、ミューラァの悲劇は、もしかすると自分も……という恐れを抱かせるのに充分なものだったことでしょう。

 そして、彼女はとうとう、地球ではなく生まれ故郷へ戻る道を選びました。本人はその理由を「本当の両親に会いたいから」と繰り返しますが、見方を変えれば、それは自分がより拒絶される可能性の低い場所を選択した“逃げ”であるとも言えます。
 常に前向きな決断をしてきたカチュアが、いちばん肝心な場所で“逃げ”を選んでしまったことは、ある種全ての人々に対する裏切りと言えなくもありません。が、恐らく、彼女に植え付けられた恐怖はそれほど深いものだったのです。そういう意味ではミューラァはなんとも罪なことをしたものですが……それは彼のせいではありません。
 しかし、たとえ逃げだとしても、自分を信じてくれる大好きな仲間たちを捨てるようにして去ることは、カチュアにとっては身を引き裂かれるような厳しい選択でした。ましてや、生まれこそククトニアンといえ、地球人として育てられた彼女が、ククト社会に受け入れられるという保証はないのです。
 それでも、慣れ親しんだ世界をより、未知の世界に人生を賭けることを決めたカチュア。そこには彼女なりに道を切り開こうとする意志が見られます。逃げではあっても、決して絶望や悲観から出たものではない……そこには、彼女個人の未来のみならず、戦争の行方そのものに対する希望も見ることができます。


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 初期設定では、カチュアはトプスという男の子でした。やはり異星人ですが、年齢的には9歳と若干低くなっています。
 このトプス、物語が始まる時点ですでに自分が異星人であることを知っており、そのため、皆とうちとけることができずに孤立しています。いわば「仲間の中に異星人が混じっている」という形になっているわけで、カチュアの「仲間が実は異星人だった」というのとは根本的に逆の状態です。
 この場合、当然ながら子供たちの対応もカチュアの時とは全く違ったものになっていたでしょう。一体どんな風にしてこの課題を彼らが乗り越えていったのか、それはそれで見たかった気もします。
 面白いのは、この段階ですでにトプスとジミーは仲がよいと設定されていることです。このふたりの絆は初期設定にまで遡る強いものだったんですね。


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 フレッド・シャッフル 10歳 
 ロディの弟です。活発で自己主張の強い兄とは対照的にちょっと内気で照れ屋、優しい性格で人と対立することを好みません。その一方で、好きなこと、やりたいことを比較的はっきりと持っており、目標に向かってはねばり強く打ち込み、必ずやりとげるタイプです。高ゲタの発明やコンピュータの腕を見ると、潜在的な能力はロディより上かもしれませんが、たとえそうだとしても、兄さんのことが大好きなフレッドはそれを表に出すことはないでしょう。

 バイファムの中で語られる物語のひとつに、ロディとフレッド兄弟の成長があります。最初「ふたりでひとつ」だった彼らが、戦火の中で自分なりの居場所や大切な存在を見つけ、徐々に自律した存在に変わっていくのです。
 フレッドというとすぐに「兄さ〜ん!」というあの叫びが連想されるほど、フレッドと兄ロディの絆は固いものです。内気で自己表現が下手なフレッドにとって、何事にも積極的なロディは尊敬に値する頼れる兄だったでしょうし、ロディはロディで、素直で大人しいフレッドは可愛くてたまらないと同時に、常に面倒を見ないとなにもできない(とロディは思っていたようです)心配でたまらない存在でした。
 が、ジェイナスでの旅は、こんなふたりの関係を少しずつ変えていくことになります。
 まず変わったのはフレッドでした。それまでロディにべったりだった彼は、ベルウィック星で初めて兄以外の人間──ケンツやシャロン、バーツと組んで高ゲタを作り上げます。さらに、ジェイナスに行ってからは得意のコンピュータの技術を活かしてブリッジで活躍することになり、ペンチという、彼個人を意識し認めてくれる人ができたことで、急速に彼は個人として成長していきます。
 そんな弟に、ロディは最初やきもちにも似た感情を抱いていたようです。高ゲタの際、得意げなフレッドに向けて彼が見せるヒステリックなまでの激しい反応は、それが如実に表れたものと言えます。
 が、そんなロディも、バイファムに乗ることによって他の仲間たちを守るという使命感を持つようになり、そしてカチュアという「気を配らなくてはならない存在」ができたことで、少しずつ弟離れしていきます。
 ですが、自立したからといって疎遠になってしまう訳ではありません。むしろ、依存し干渉する間柄から、お互いを尊重した上でなお相手をかけがえのない存在として慈しむ、そういう形にふたりの関係は変わっていっています。そういう意味では、戦争があったからこそ、フレッドとロディは兄弟としてよりよい形に成長できたのかもしれません。


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 フレッドは、年齢が11歳ということ以外は本編と違う部分はありません。ロディ(ロディー)の弟で、内気だがコツコツ型というのも同じです。ただ、本編にくらべて若干ドライな現代っ子という感じがします。
 本編ではどちらかといえば“いい子”のイメージが強いだけに、「興味あるものには熱中するが、それほどでもないものにはさほど感心(原文ママ)を示さない」という行動パターンはやや意外な感じもしますが、高ゲタを作る時の熱の入れっぷりを見ると、これもしっかり活かされているようです。できれば、“興味がないので関心を示さないフレッド”というのも見たかったところです。
 なお、『十五少年漂流記』でも主人公のブリアンには弟のジャックがいます。このことから、ロディとフレッドもこれを意識しての設定かと思われることも多いのですが……ワーナーパイオニア(当時)から発行されていた『バイファムニュース』内座談会での神田監督のコメントによれば、「フレッドはただ似ているからって弟にしたんだ。いーかげんだね」だそうで……。


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 ケンツ・ノートン 9歳 
 13人の中でもトップクラスの問題児。根は単純でお人好しながらも、自分勝手で他人のことなどお構いなしの性格に加え、軍人である父や兄の影響からか大のミリタリマニアで兵器好き。そんな彼にとって、クレアドからの脱出で乗り込んだ"本物の戦闘艦"ジェイナスは、危機というより天国でした。異星人との戦闘で叱る大人がいなくなったのをいいことに彼は大暴走、はた迷惑どころか仲間を命の危険にさらすような事態まで起こします。まさにシャロンと並ぶ、いやシャロンにはシャロンなりの自己規範があったようですから、彼女以上のトラブルメーカーと言っても過言ではありません。

 実際、最初の頃、彼ほど嫌われたキャラクターもいなかったようです。まあ、無重力バレル落下や砲手に志願あたりはまだやんちゃ坊主の範疇に入るとしても、スコットを臆病者と非難する、勝手に砲座に行ってデブリを敵と間違え攻撃する、偵察に来たARVに向かってバズーカを持ち出し発射、人がいることを敵に教えてしまう、等々、しでかすことはといえば誰かを傷つけたり危険に陥れたりとシャレにならないことばかり、しかも、どれだけ痛い目にあってもまた性懲りもなく同じことを繰り返すのですから、嫌われるのも当然です。
 どうもケンツは、当初この戦争を「本格的な戦闘ゲーム」程度にしかとらえていなかった節があります。9歳という幼さに加え、もともとが自己中心的で世界が狭く、現実を的確に把握することができない彼は、ジェイナスでの戦闘を、次々と死者を出す悲惨な修羅場ではなく、大好きな軍人たちの緊張感に満ちた「本物の」活躍や、実際に動き敵と戦闘をする兵器や武器という、憧れに満ちた世界と見てしまいます。そして大人たちがいなくなり、彼らが使っていたものを自分が手にできるようになった時に、「自分が兵隊さんたちの後を引き継いでカッコ良く敵をやっつけるんだ!(そして自分にはそれができるんだ!)」とばかりに燃え上がってしまうのです。

 ところが、そんなケンツの「正義」は、カチュアの異星人騒動によってぺしゃんこに潰されてしまいます。
 自分は間違ったことはしていないはずなのに、正しいことをしたはずなのに、なぜこんなことになってしまったのか。この時初めてケンツは、自分の言動がどれほど問題の多いものだったかに気付きます。そして、自分がしたことの責任は自分が引き受けなくてはならないということにも。
 恐らく、ケンツにとってこれほどつらい自覚はなかったことでしょう。結局の所、彼の「正義」は(本人は気付いていないにしろ)、常に他人に尻ぬぐいをさせ、自分は責任を取らないというのがあってこそのものだったのですから。
 ですが、ケンツは負けませんでした。さすがに口に出して悪かったと言うことはできなかったものの、カチュアに「戻ってこい!」と叫び、そして後に彼女に自分のほうから和解を求めることで許しを乞います。それは初めて、彼が自分のしたことに対して責任を取った……少なくとも、取ろうと頑張った瞬間でした。
 カチュアの傷ついた心と、何よりケイトさんの死を考えると、それはいささか遅すぎたきらいもあります。ですが、決して間に合わなかった訳ではありません。自分の言動が他の誰かを不幸にすることもある、という身をもって得たその教訓は、その後の彼を少しずつ変えていきます。
 それでも、ジェイナスにいた頃はまだそれほどの変化は見られませんでした。本人がどう思っていたにしろ、ケンツはメンバーの中では所詮"みそっかす"であり、たいした役割も与えられず、安全な艦の中で遊んでいればいい──従ってその責任も極めて軽い──立場だったからです。

 ですが、ククトに降りると、彼を取り巻く環境は激変します。
 味方も、守ってくれるものも全くいない大地で、ジェイナスにいた頃の余裕は失われ、いつ敵が来るかと年長者たちは神経を張りつめています。以前にはなかった見張りや偵察などが四六時中行われるようになり、そして当然、足りなくなった人手を補うために「戦闘の心得」のあるケンツも何かとかり出されていきます。
 自分が敵を見落とせば仲間全員が死んでしまう、自分が敵を討ちもらせば仲間が襲われる……まがりなりにも戦闘を経験してきたケンツが、厳しすぎる現実と、あまりに弱い自分たちの立場を悟るのには、そう時間はかかりませんでした。異星人騒動の時に感じた「他の誰かに対する責任」というものを、彼はここでよりはっきりと自覚します。そしてそれを自覚した時、自分のやりたいことだけが全てだった少年は、自分も他人も同等に考え、守ろうとする意志のある少年に変わり、他の仲間たちからの友情と信頼を得ていくのです。


--------------------------------初期設定--------------------------------

 ここでのケンツは10歳。シャロンやペンチと同い年です。より危険な気がするのは気のせいでしょうか。
 もっとも、設定については、本編と見事なまでに同じです「乗組員きってのタカ派」「我が強く行動的。年上をしばしばふがいないと批判するが、涙もろく憎めない所がる。一人かくれて泣いたりする」……そのまま本編のキャラクター紹介に使えそうです。


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 ジミー・エリル 7歳 
「あの、ぼく……」「えと……」「カチュアをいじめるなー!」……このみっつの台詞でジミーの全て……とは言わないまでも、大部分を語ることができます。
 照れ屋で極端なまでの無口、というか口べた。動作もスローモーで(食事の時以外は)他の仲間についてこれない。大きな麦わら帽子を後生大事にぶらさげた背の低い地味な少年……現代だったらいじめの対象になったことはまず確実なのが、このジミーです。他の子供たちも、何かと気を配って優しく接してはいたものの、最初のうちはいささかもてあまし気味の部分もあったようです。

 その言動から、鈍い? とも思われがちなジミーですが、実は結構機転がきき、また年齢の割にしっかりしています。ただいかんせん内気すぎ……というかおっとりしすぎているため、どうしても周囲とテンポが合わずに置いてきぼりにされがちなのです。
 そして、そんな彼を何かにつけてカチュアはフォローします。彼女自身、物静かで落ち着いた性格のため、ジミーのテンポもそれほど苦痛ではなく、むしろ心地よいものだったようです。ジミーのほうもカチュアを姉のように慕い、また、彼女が不当な扱いを受ければ必死になって守ろうとします。

 ジミーとカチュアの関係は、考えてみればとても不思議なものです。一般的には姉弟のようなと言われていますが、いちばんしっくりくるのは、同じ痛み(そしてふたり以外には理解できない)を共有する者同士のいたわりあい、といった所でしょうか。
 ただ、この関係の欠点は、彼らだけで固まってしまうため、周囲から浮き上がりがちになるということです。現にジミーとカチュアも、登場してからしばらくは子供たちの中でも独特のポジション……ありていに言えば、彼らだけで孤立したポジション……にいます。
 もっとも、これはどちらかといえば、カチュアの存在の特殊性に起因することが多かったようです。早い話が、カチュアが浮いていたからジミーも一緒になって浮いていたというだけで、現に、カチュアと離れた所では、ケンツやルチーナ、マルロといった子たちと普通につきあっている様子が見られます。
 そして、カチュアが異星人だということが判明し、新たな形で他の子供たちとの関係を築いてからは、ジミーも他の子供たちの中に次第に溶け込んでいきます。特にケンツとは、兄弟と言ってもいい間柄になっていきます。カチュアをめぐってとことんいがみあったふたりが、ここまで仲良くなるというのもちょっと意外な気がしますが、考えてみれば、ベルウィックのステーションで、荷物を取りに行きたいという彼の願望に目敏く気付いて実現させてやったのはケンツな訳で(結果は散々でしたが)、案外、ジミー的には、ケンツは優しいという認識が最初からあったのかもしれません。

 その一方、カチュアに関して、ジミーがどうしても立ち入れない問題も徐々に出てきました。それは、彼女がククトニアンだということです。
 恐らく、できることならジミーもカチュアの悩みを分かちあいたかったことでしょう。なにしろふたりの間には、他の子供たちに対するのとは違う深い絆がありましたし、何よりカチュアは常に彼の話を聞いてくれ、彼を理解してくれる存在でした。もちろん、ジミー個人に何ができる訳でもないのですが、それでも分かちあうことで、これまでやってきたように「悲しみを半分に、喜びを倍に」することはできたはずです。
 ですが、他ならぬカチュアが、この件に関してはジミーを立ち入らせず、ひとりで解決の道を探ろうとします。彼女にしてみればそれは当然のことだったのでしょうが、ジミーにとっては、まるでふたりの距離が開いてしまったような、淋しいものだったであろうことは想像に難くありません。
 さらに、ロディという新たな存在が、ふたりの間に大きく踏み込んできます。
 実際の所、カチュアがロディをどう思っていたかについては、彼女が個人的な好悪を表に出さないこともあって、はっきりとは分かりません。ですが、ロディの押しの強い態度と、次第に「ジミーと」ではなく「ロディと」危機を乗り越えるようになっていくカチュアを見ながら、どうかするとジミーはひとり取り残されたような気持ちを味わったのではないでしょうか。
 最終回、ジミーはカチュアと一緒に他の仲間たちと離れ、ククトへ向かうことを選択します。それはケンツとの間に交わした「弟になる」という約束を破ってのものでした。大事な友だちを悲しませることを分かっていてなお、カチュアと共にあることを選ぶ──それはもしかすると、もう取り残されたくない、今度こそ、彼女のパートナーとして共にありたいという、彼なりの「男の意地」だったのかもしれません。


--------------------------------初期設定--------------------------------

「何を考えているかさっぱり判らない子」「鈍いのかおおらかなのかも判別できない」「やや自閉症気味」……そこまで言うかという表現ですが、ほぼ本編と同様の設定になっています。動植物好きなこと、本編ではカチュアに当たる異星人の子供(トプス)と仲が良いことも共通しています。
 ちなみにどういう訳か、彼だけ年齢の表記がありません。ですが、紹介文が10歳のケンツと9歳のトプスの間にあるところをみると、恐らく9歳程度とされていたのではないかと思われます。7歳と9歳では子供はずいぶん変わりますから、もしこのままだったら、他の子供たちとの関係も本編とはかなり趣が異なっていたことでしょう。特にトプスとは、男同士ということもあってむしろ親友──後のケンツとの関係に近いもの──になっていたかもしれません。
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