Original Story of VIFAM

選択肢 〜エピローグ


 がくん、とシャトルがゆれ、フレッチャーは目を覚ました。
 窓外に目を向けると、青い空と茶色い大地が見える。どうやらちょっとした乱気流だったらしい。何も放送がないところを見ると、たいしたことはないのだろう。
 長時間同じ姿勢でいたせいか、身体のあちこちが痛んだ。俺も年を取ったな、と内心苦笑いしながら、彼はこっそりとのびをする。
 と、隣席の秘書が熱いタオルを差し出してきた。礼を言って受け取り、顔を拭くフレッチャーに、彼女は「あと30分ほどで到着です」と告げる。
「なにかお飲みになりますか? 閣下」
「そうだな、水を1杯もらおうか」
「かしこまりました」
 秘書はスチュワードを呼び出し、注文を伝えた。そんな彼女をフレッチャーはぼんやりと見ていたが、ふと思い出して声をかける。
「ミズ・ヴリヤノフ、きみの生まれた星をもう見たかね」
「はい」
 秘書は振り返り、微笑んだ。
「実は先ほど、閣下がお休みになっている時に展望窓へ行ってきました……ずいぶん荒れた惑星ですね」
「そうだな、だが、美しい」
「はい。私もそう思いました」
 ふたりは口をつぐみ、窓から外を眺めた。どうやらシャトルは旋回を始めたらしい。身体が傾く感じがすると同時に、地平線が下へと沈んでいく。
『機長のヤンセンです』
 スピーカーから張りのある声が流れ出した。
『ただいま、当機はラミスシティ宙港の管制下に入りました。宙港周辺の天気は快晴、風速は1メートル以下、気温は16度。絶好の着陸日よりです。管制センターより当機に挨拶がありました。“セオドア・フレッチャー国連総長閣下の来訪及び帰郷を歓迎します”以上です』
「帰郷か、私が生まれたのはククトじゃなくてベルウィックなんだがな」
「よろしいじゃありませんか。細かいことは気になさらなくても」
 ぼそりとつぶやくフレッチャーに、さらりとミズ・ヴリヤノフが応じた。


 A.D.2092──
 21世紀も終わりに近付いたこの年、地球人は初めて異星人との間に友好条約を結ぶこととなった。相手はイプザーロン星系のククト統一政府──ククトニアンである。
 かつての内戦を経て、彼らはようやくコロニー政府とククト星政府を統合、統一政府を発足させていた。長い断絶の間に両星に生まれた溝は決して浅くはなかったが、地球人もククトニアンも何とかそれを乗り越え、ついに、恒久的な平和と友好を誓うに至ったのである。
 この条約締結には、後々まで話題になりそうなふたつの特徴があった。ひとつは、地球人が国家ではなく、地球人類=国連という超国家のレベルで結んだ最初の条約であるということ、もうひとつは、国連総長として、ククトとの友好を押し進めた人物が、他ならぬククトニアンだったということである。
 セオドア・フレッチャー。60年前のベルウィック戦の折に地球人に拾われ、地球人として育ったククトニアン。彼の名と生い立ち、そして淡青色の髪のその容姿を知らない者は、現在の地球にはいなかった。


 機長が言ったとおり、シャトルの外はいい天気だった。やや風は冷たかったが、日差しが強めなので寒くは感じない。フレッチャーは深呼吸して久しぶりのククトの空気を味わった。
「来ましたよ、歓迎団です」
 随員のひとりが彼に言った。示されたほうを見やると、統一政府主席を中心とした一団がこちらへと向かってくる所だった。フレッチャーはうなずき、皆を促してシャトルのタラップを降り始める。
 両集団が近付くにつれ、双方の随員、そしてくっついてくる報道関係者たちの間にざわめきが広がった。皆話には聞いていたはずだが、実際に目の当たりにするとやはり驚くのだろう。やれやれ、今日のニュースはきっとどこも同じ見出しをつけるんだろうな、と、フレッチャーは苦笑する。両星を結んだ奇跡の兄弟、とか。
 やがて、ふたつの集団は向かい合い、歩みを止めた。自分のすぐ前に立つ同じ顔をした男に、フレッチャーは手を差し出す。
「この度はお招きありがとうございます。ダウア主席」
「遠いところをようこそ、フレッチャー総長」
 ダウアは彼の手をしっかりと握った。そして1歩近付き、低く言う。
「ずいぶんと老けたな、見違えたぞ」
「それはこっちの台詞だ。年寄りになりやがって」
 ……ふたりは同時に吹き出し、そして笑い出した。

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