Original Story of VIFAM | |
ご注意:この話は、DORAさんのミューラァマンガ『コマンド0』(リンクは→こちら)の番外編です。 OVA4『ケイトの記憶、涙の奪回作戦!』とは異なる世界の話ですので、あらかじめご了承ください。 「おいバーツ、まだ直らないのか?」 甲高いスコットの声が、延々と続く風化しかけた崖に跳ね返ってこだました。その崖に添うようにして停まっているトレーラーの開いたボンネット──地球で言えばボンネットに当たるもの──から、バーツが汗びっしょりの顔を上げる。 「そうカリカリしなさんなって、ククトの車をいじるのなんて久しぶりなんだからよ」 「さっきからそう言ってもう2時間じゃないか。このままだと日が暮れてしまうぞ。このあたりにはまだ政府軍の残党が……」 「スコット」 バーツのそばで助手役をしていたロディが唇に指を当て、数十メートルほど離れた所でくつろぐ他の子供たちのほうにあごをしゃくった。あわててスコットが口を押さえる。 そのあたりからはちょっとした森が始まっており、容赦ない日差しと地面からの照り返しにさらされるこの場所よりは遙かに居心地がいい。トレーラーがエンストした直後に、これは長引きそうだと直感したらしいクレアが、残ったバギーと共にいち早く他の子供たちをそちらに移動させたのだった。 「……とにかく、君たちだけが頼りなんだからな。何とかしてくれよ」 「ああ、やってみるよ」 崖のせいでこのあたりは声が良く響く。それでなくても心細いこの状態で、さらに小さい子たちを不安がらせる訳にはいかない。声をひそめるスコットに、バーツはにっと笑って親指を立ててみせた。 2058年に始まったククトと地球の戦争も、数年を経てようやく終息に向かっていた。 とはいえ、お世辞にも状況は安定しているとはいいがたかった。地球人と、ククトニアンの中のリベラリスト勢力が手を組み、劣勢に陥ったコロニーの政府軍を強引に休戦協定の席に引きずり出したというのが実情だったからである。当然ながら政府軍がそれでおさまる訳はなく、一応の停戦となった今でも、各地でゲリラ活動にも似た軍事行動を繰り返していた。 一方で、リベラリストは混乱の中でククト星を得ることに成功。地球軍の後ろ盾の許に、リーダー格であるジェダを首班とした政府組織を樹立していた。そして、「平和と協調」をアピールすべく、彼らと地球軍との接触のきっかけとなった地球人の子供たち──ジェイナスの13人を主賓とした友好記念式典を開催することにしたのである。 たった数日、しかも、大半は大人たちの政治的な式典につきあわされるとはいえ、再び集まれることを子供たちは素直に喜んだ。ククトに向かったカチュアとジミーを始め、皆ばらばらになって久しかったし、何より、日程の中に、ククトに不時着したジェイナスを訪問する予定が組み込まれていたからである。 かつてのようにまた13人揃ってジェイナスに戻る事ができる、ボギーがまだ生きているだろうか。やむを得ず置いてきたあの品はまだあるだろうか、折に触れて子供たちはそんなことを話し合い、訪問の日を楽しみに待っていた。 ところが、ここでアクシデントが起こった。 ジェイナスへの訪問が、リベラリスト政府の意向で突然中止されたのである。 5日ほど前に、政府の関係者が、そのあたりでコロニー政府軍残党の襲撃を受けたからというのがその理由だった。確かに、ジェイナス近辺ではそれまでにも正体不明の武装勢力が何度か目撃されており、政府軍のゲリラ活動の拠点があるのではと言われてはいた。 だが、リベラリストならともかく、非武装の、しかも思い出の地を尋ねる年端のいかない子供の集団にまで手を出したとなれば、話はただ事では済まなくなる。以前ならともかく、今のコロニー政府には、そこまでやって地球-リベラリスト同盟をはっきりと敵に回すだけの余裕はないだろうというのが大方の予想ではあったし、子供たちもそう聞かされてきたのだった。 それが、前日になっての中止である。もちろん、子供たちががっかりするであろうことは大人たちも予想していたから、即代わりの予定を出してきた。地上から行くのは無理だが、シャトルを使って上空から(ただし、政府軍残党は携帯用の対空ミサイルを所持している可能性もあるので、高々度から)ジェイナスを見ることはできるというのである。そして、不承不承ではあるが、子供たちもそれを受け入れたかに見えた。 だが、13人の失望がどれほど深いものであったか、実際の所大人たちは完全には理解していなかった。そして、一旦目的を決めた13人がどれほどの行動力を持ち、どれだけのことを成すのかも。 ……かくして、大人たちが気付いた時には、親善式典の主賓たる13人の子供たちは、トレーラーとバギー、さらに数日は夜営が可能なだけの品々を、宿泊先である軍の基地から持ち出して姿を消してしまっていたのだった。 「大体誰なんだよ、あんなポンコツ車選んだのは、全然役にたたねーじゃんかよ!」 崖の下で難渋する3人を眺めながら、ケンツがぶつくさと文句を言った。その腕には相変わらずバズーカが抱えられているのはお約束である。 「選ぶも何も、あそこにはこれ1台しか置いてなかっただろー」 こちらは我関せずといった調子で木陰に座り込んだシャロンが混ぜっ返し、ケンツは彼女をにらみつけた。そんなふたりをペンチとフレッドが途方に暮れたように眺めている。 「やっぱり、道路じゃないとこを無理矢理走ったのがいけなかったのかしら」 「でも、あそこも大昔にククトニアンが作った道路だったってカチュアは言ってたよ。今は使われてないだけで。ほら、よく見ると舗装の跡があるし」 「っていうかさ、壊れてたから放り出してあったんじゃねーのか? あのトレーラー」 ガムを口に放り込みながらシャロンが言う。フレッドが彼女に向かって首をかしげた。 「シャロンもそう思う?」 「思うぜ。ずいぶんあっさり持ってこれちゃったもんなー。ロックもかかってなかったしさ」 「おまえら、そういうことは早く言えよなー!」 「ご、ごめんケンツ、でも……」 「フレッドはちゃんと言ってたぜ。オレ聞いたもーん。オマエの耳がフシアナなんだよ」 「なんだとー!」 「シャロン、耳は節穴って言わないわよ」 状況の深刻さも忘れてわいわいと騒ぐ4人のもとへ「ねえみんな」と声をかけてきたのはクレアだった。ケンツが目を輝かせて立ち上がる。 「なんだー? おやつできたの?」 「もう少し待ってねケンツ。それよりみんな、マルロはこっちに来てない?」 4人は一斉に顔を見合わせた。ペンチが代表して首をふる。 「いいえクレアさん、見てませんけど?」 「そう……」 「マルロがいないの?」 「ええ。ここにいないとなると、トレーラーにでももぐりこんでるのかしら」 「森に行ったんじゃねえのー? シッコでもしに」 「森へは危ないから入らないように何度も言い聞かせてるわ。でも……」 クレアは黙り込み、幾分不安そうに森を振り返る。ぱっと見た限りではそれほどのものには見えないが、数百年にも渡って人の手が入らなかった森である。中で迷いでもしたら、マルロのような小さな子供はまず出てこれないだろう。 「……トレーラーを見て、いなかったら森に探しに行ってみるわ」 「オレも行く!」 「あたしひとりで大丈夫よ。携帯用の通信機があったでしょ? あれを持っていくし……今はみんながばらばらにならにほうがいいと思うの」 「でもクレアさん……」 ペンチが何か言いかけた時、がさり、と木立の一角が揺れた。振り返る一同の目に、這いずるようにして茂みを抜け出してくるマルロの姿が映る。 「マルロ!」 「……クレアおねえちゃん!」 クレアの叫びにマルロは顔を上げ、途端に半べそ顔になった。駆け寄ったクレアに抱きしめられるとそのまましがみつく。 「おねえちゃん、あのね、あのね……ぼくがおしっこしてたらね!」 「まあマルロ、ひとりで森へ行っちゃいけないってあれほど言ったでしょう!」 「だっておしっこがしたかったんだもん。それでね、それでね……」 半ばしゃくりあげながらも、せきたてられるようにマルロは言いつのった。 「ぼくがおしっこしてたらね、奥のほーうにバイファムにちょっと似てるけど全然ちがうまっくろいのがいたの。何だろうとおもって見にいったら、こわいおじちゃんがいたよ。だからぼく、みんなに知らせようとおもって音をたてないようにいっしょうけんめい逃げてきたの」 「え……?」 マルロが何を言っているのか分からず、クレアは首をかしげた。その一方で声を荒げたのはケンツである。 「まさか敵か!? おいマルロ、その機動兵器ってジェダさんたちのか、政府軍のか、どっちだった!」 「そんなことマルロに分かるわけないでしょ、それに、敵かどうかだって……」 「そんな森の中でこそこそしてる奴なんて敵に決まってるだろ! きっとオレたちに気付いて奇襲しようと狙ってるんだ。くそっ、そんなことさせるもんか!」 「奇襲しようとするような奴らが、マルロに見つかるようなヘマするのかよ?」 「うっ……」 「とにかく」 シャロンの横槍でケンツが詰まったのを幸い、クレアが口を開いた。 「スコットたちに知らせてくるわ。敵にしろそうじゃないにしろ、あやしいことには変わりないし……ペンチ、マルロを見ててくれる? フレッド、マキやカチュアたちに、もしかすると急いで片付けなきゃならないかもって伝えて。それからケンツ」 「な、なんだよ?」 「キャプテンがどうするか決めるまで、ここにちゃんと居てね、いい?」 「なんだよそれ、まるでオレが勝手に攻撃を始めるみたいな……」 「そのつもりだったんだろー?」 「…………」 すかさずシャロンに突っ込まれ、再びケンツは黙り込む。あまりに素直な反応に思わず笑い出しながらも、クレアはきびすを返すとトレーラーに向かって駆けだした。 「ロディ、これはずしてみるからちょっと支えててくれ」 「オッケー……うっ、結構重いな」 「しっかり持っててくれよー。キャップ、わりいけどそこの工具取ってくれねえか? マイナスドライバーに似たのが右から2番目にあるだろ」 「こ、これか?」 「スコット! ロディ! バーツ!」 修理を続ける3人のもとへ、クレアが息せき切って駆けてきた。 「すぐこっちへ来てちょうだい。マルロが、機動兵器かなにかが森にいるのを見つけたらしいの」 「何だって!?」 愕然として立ち上がった3人だったが、クレアから話を聞くうちに平静を取り戻したようだった。彼女にいざなわれるままに他の子たちの所へ戻り、手早く検討する。 「……とにかく、ここを離れる準備はしたほうが良さそうだな」 そして、スコットが出した結論がこれだった。 「離れるって言っても、トレーラーが動かないのに……」 「人間だけならバギーに乗れるぜ。ま、荷物は乗せられないから、連絡して迎えに来てもらわなきゃならないけどな」 「それって、ジェイナスに行けなくなるってこと? そんなのイヤだよバーツさん!」 「わがまま言うなよフレッド。ここで危ない目にあったらジェイナスどころじゃないだろう」 「でもさ、本当に危ないかどうかなんて分からないんでしょ?」 フレッドに味方するように、マキが口をとがらせた。 「マルロが何を見たかだってはっきりしないんだし……あたいもイヤだな、ジェイナスに行けないなんて」 「オレも反対!」 「あたしも……あたしもジェイナスに行きたい」 「ああ、だから僕とロディが確かめてくる」 口々に訴える12人を前に、スコットはうなずいた。 「危険なものじゃないならこのままここで修理を続けよう。僕だってこのまま帰るのはいやだ」 「あなたとロディが? でもスコット、大丈夫なの? それって……」 クレアが心配げに言いかけた時のことだった。 「そんなところで何をしているのかね?」 半ば呆れたような、ぶっきらぼうな声が聞こえ、13人はぎょっとして飛び上がった。だが次の瞬間には、それが英語だったことに全員が安堵する。少なくとも敵ではない。 「いえその、ちょっと……」 振り返り、言い訳をしようとしかけたスコットの声が凍り付いた。いつの間に現れたのか、ひとりの男が少し離れた所に立っている。私服姿で、肩には銃をかけているものの、片手をそばの木に、片手を腰に当てた気楽な様子だった。 だが……。 「ミューラァ!」 かすれた声をあげたのはロディだった。それにつられたケンツが真っ先に反応する。 「何しに来た、このっ!」 「ケンツ、やめろ!」 「ケンツ!」 バズーカを構えたケンツにスコットとカチュアの制止が飛ぶ。その間にミューラァは肩の銃を下に置くと、ひょいと両手をあげてみせた。 「こんな所でピクニックか? あまり遊ぶのに向いている場所じゃなさそうだが」 「…………」 どう返事をして良いか分からず、子供たちは顔を見合わせた。やがて、とりあえずの時間稼ぎのようにロディが口を開く。 「生きていたのか?」 その問いに、ミューラァはわずかに肩をすくめることで答えてみせた。敵意も殺気もないそのポーズに、ロディは目をぱちくりさせると、やや困惑した顔になる。 「……なんでこんな所にいるんです」 次の質問は、さらにあやふやな調子になっていた。ミューラァはそれに対してもわずかに肩をすくめる。 「……少なくとも、政府軍としてではないな。それが君たちの聞きたい答えなら」 「嘘だ、こいつ、オレたちをだましてつかまえようとしてるんだぜ。だまされてたまるもんか!」 「よせケンツ、忘れたのか? この人は僕たちを助けてくれたんだぞ!」 「でもキャップ!」 「それをおろせケンツ。キャプテン命令だ」 「…………」 厳しいスコットの言葉に、ケンツは歯を食いしばり、顔を真っ赤にしてバズーカをおろす。他の子たちは、ケンツのもっともな言い分の味方をするか、キャプテンたるスコットの言うことを信じるか、どちらにするか決めかねている風で、黙ったままケンツとスコット、それにミューラァを交互に眺めている。 何となく気まずい雰囲気がその場に漂った。 「あの……!」 そんな雰囲気を壊そうとするように、突然カチュアが声をあげた。ミューラァと目を合わせると、しっかりとした口調で言う。 「車が、壊れてしまったんです。それで私たち、立ち往生してしまって……」 「カチュア! 敵に弱点を教えるのかよ!」 「車?」 ミューラァは視線をめぐらせ、崖下のトレーラーを見やった。そしてすっとそちらに向かって歩き出す。 「……何をするんだ?」 「見てみよう。こんな所でもたもたしていたら、政府軍に襲われかねんからな」 「…………」 訳が分からなくなった子供たちはお互いに顔を見合わせ、次いで歩いていくミューラァの後ろ姿を見つめた。バーツがひそひそとスコットに囁きかける。 「おい、あれ本当にミューラァか? あんな奴だったか?」 「間違いないよ」 スコットは短くうなずく。バーツは次にカチュアを見やった。彼の視線に気付くと、カチュアもまたひとつうなずいてみせる。 「……よし、ここまできたらなるようになれだ!」 ややあって、ふっきるようにバーツはぱん、と両手を合わせた。 「おいキャップ、ちょっくら奴を手伝ってくるぜ。別にいいよな?」 言うが早いか、彼はトレーラーに向かって駆けだしていた。一瞬きょとんとした顔をしたスコットが、「おい待てよバーツ、僕も行くよ!」とあわてて後をおいかける。それを見ていたカチュアが、ジミーを振り返った。 「……ジミー、私たちも何かお手伝いできるかしら?」 「……ぼくわかんない、けど……」 「そうね、行ってみましょ」 ふたりがが歩き出すと、「面白そーう」とひとりごちたシャロンがその後に続いた。そしていまひとつ信じきれない風情ながらもロディが1歩を踏み出す。やがてマキやクレア、フレッドといった面々もためらいがちな足取りながらトレーラーに向かい、いちばん最後までぐずぐずしていたケンツも、ひとりだけ置いて行かれるに至って渋々と歩き出したのだった。 「これは素人の手には負えないな」 車の前にかがみこんだミューラァが、そう言うまでにあまり時間はかからなかった。 「ハードだけじゃなくてソフトにも問題がありそうだ。何だってこんなになるまで放っておいたんだ? 走るときに相当異音がしたはずだぞ」 「すみません、僕たち、ククトの車のことは良く分からなくて……」 肩をすぼめるスコットを一瞥したミューラァは、不意にバギーを指差した。 「……向こうのは生きてるんだな?」 「えっ? はい」 「ここをまっすぐ行って、最初の分かれ道で右に折れると新道に出る。距離にして大体……10キロぐらいだ。そこで誰か待つか助けを呼べばいい。通信機はあるんだろう」 「はい、でも……」 「そんなことしたら連れ戻されてジェイナスに行けなくなっちゃうじゃないかよ!」 口ごもるスコットに代わってケンツがわめいた。ミューラァが眉をひそめる。 「ジェイナス……というと、あの艦か? 君たちが乗ってきた」 「そうだよ! あそこはオレたちのうちなのに、おまえら政府軍の残党どものせいで行かれなくなったから、こうやってオレたちだけで来たんだ。これ以上邪魔なんかさせないからな!」 「……ふむ」 ミューラァは口をつぐみ、周囲に群がる13人を見渡した。その顔にそれぞれの性格に応じて同じ決意の色が浮かんでいるのを確認し、考え込む。 ややあって、彼は口を開いた。 「直せそうな技術者を連れてくる」 「……そんなこと言って、仲間を呼んでオレたちをつかまえるつもりじゃないだろな」 「ケンツ、そういう事を言わないの」 とうとうクレアにたしなめられ、ケンツは口をとがらせて黙り込む。ミューラァは気にした風もなく淡々と語を続けた。 「それではこうしよう。我々はこのトレーラーを修理する。その代わり条件を出す。君たちは俺が生きていた……我々と会ったことを誰にも言うな。どうだ?」 「誰にも?」 「そうだ、反政府主義者たちにも政府軍にも、地球人たちにもだ。それができるなら修理しよう」 けげんな顔になりながらも、子供たちに否やはなかった。それを聞いたミューラァは「分かった」と言って立ち上がり、そしてふと13人を見回してちらりと苦笑する。 「なんですか?」 「いや……ピクニックというよりも孤児院の集団脱走だな」 「へえー、孤児院なんてククトにもあるんだ」 「あるさ。俺もいたことがある。そんなに長い間じゃなかったが」 誰かが何か反応する前にミューラァはきびすを返し、「少し待っていろ」とだけ言って森に入っていった。 ミューラァを待つ間、ヴィーは暇つぶしに機動兵器の整備をすることにした。 するとどうやら夢中になって時間を忘れたらしい。自分を呼ぶ声に気付いた彼女は、あわててよじのぼっていた機体から降りた。 「遅かったじゃないミューラァ、何か珍しいものでも見つけた?」 「孤児院からの集団脱走」 「は?」 「何でもない。あんた、トレーラーの修理はできるか? ソフトも含めて」 「それはまあ、基本的なものはひととおりできるけど……一体誰に会ったの? 修理って何?」 「説明するとややこしい。とにかく来てくれ」 「???」 さっぱり訳が分からないまま、せきたてられるようにして彼女は修理道具をととのえると、ミューラァの後について森に分け入った。もともと、何かに夢中になると他人のことなど頓着しなくなる彼だったが、この時もヴィーのことなどおかまいなく、どんどん木立の中を進んでいく。一体何をそんなに熱中するものがあったのやら、と思いながらヴィーはその後を追ったが、何しろ剪定などされたことのない森の中である。髪を枝にひっかけるわ、服は破くわで、彼女はすぐにこの強行軍が嫌になった。 「ねえミューラァ、一体どこまで行くつもりよ。はっきりさせてくれないんならあたしもう戻る」 「もうすぐだ」 「もうすぐって……」 その時突然森が開けた。その明るさにヴィーは思わず目をすがめ、手をかざして日を避ける。しばらくして手をおろした彼女は、そこに広がる光景に目をみはった。 ざっと10人以上はいるだろうか、年齢も服装もまちまちな子供たちが、遠巻きにしてヴィーとミューラァの様子を見守っていたのである。 「……何? この子たち。地球人? なんでこんな所にいるの? こんな所で何やってるの? どこから来たの?」 「後で説明する」 ぶっきらぼうにミューラァは応じた。 「全員ククト語が分からないからそのつもりでいてくれ。言いたいことがあったら俺が通訳する」 「え? でもククトニアンもいるみたいだけど?」 「いろいろと訳ありなんだよ。とにかく、日が暮れる前に出発させたい」 ふたりのやりとりを、子供たちは不安げな面持ちで眺めていた。どうやら、信用したいがいまひとつ信用しきれないといった表情である。 と、最年長と思われる少年がミューラァに何か話しかけ、ミューラァが答えるとヴィーを示した。緊張した瞳に一斉に見つめられてヴィーはややたじろいだが、それでも笑顔で手をふり、工具入れを示して「こんにちは、おねーさんが修理に来たわよ」と言ってみる。 ……その効果は、ヴィー本人が驚くほど劇的だった。 子供たちの表情が、そろってほっと緩んだのである。女の子の数人はヴィーに向かって微笑を返しさえした。彼女はもういちど子供たちに笑いかけ、そしてからかうように横目でミューラァを見やる。 「察するにあなた、また恐い顔してこの子たちをおびえさせたんだ?」 「この顔が普通なんだから仕方ないって言ってるだろうが」 「ふーん。ところで何人いるの、この子たち」 「13人」 「とてもあなたと接点があるように見えないけど、一体どこで知り合ったの?」 「こいつらを追うのが俺の任務だったのさ……トレーラーはあそこだ」 断ちきるように言って、ミューラァはトレーラーを指差した。ヴィーは一瞬立ちつくし、それから慎重に工具入れを持ち直すとトレーラーに向かった。 「……ケンツの奴、何やってるんだ?」 「見張りだとよ」 スコットの不思議そうな声に、バーツが短く答えた。彼らの視線の先では、例によってバズーカを抱えたケンツが地べたに座り込み、作業をするふたりのククトニアンに油断のない──と本人は思っている──視線を向けている。 「またそんな勝手なことを……」 「まあいいんじゃねえの? ケンツだってあのふたりが本気で俺らをどうこうするとは考えてねえよ……多分」 「それにしたって失礼じゃないか。あんな武器を向けるような真似をして……」 「向こうは全然気にしてねえと思うぜ」 バーツの冷静なつっこみにスコットは少々気分を害した顔になる。2人の会話をそばで聞いていたロディが笑いをこらえた。 「でも、なんでミューラァがこんな所にいたんだろうな」 「さあなあ」 ロディの疑問にバーツが頭を掻く。 「また何か任務って奴じゃねえの? 機動兵器や技術者が一緒ってことは」 「任務って何の?」 「俺が知るわけないだろがよ、スコットさんよ」 「でも、さっきの口ぶりじゃ、政府軍なんて赤の他人みたいな感じだったけどな。というか、むしろ自分の存在を知られたくないような言い方だった」 「リベラリストに加わってるんなら、サライダ博士から話があってもいいはずだよ。博士ってあの人の育ての親なんだろう? ロディ」 「ああ、そう聞いてる」 誰からともなく3人は黙り込み、崖下のトレーラーを眺める。運転席で何やらチェックをしていた女性が、出てきたかと思うとボンネットをのぞきこんだ所だった。ヴィーと紹介されたこの技術者は、先ほど手伝おうと申し出た3人に対して「素人に手を出されるとかえって邪魔だから」と(ミューラァが訳すところによれば)とにべもない返事を返していた。確かに、無駄のない動作で手順をこなしていくその姿には、彼らの手伝いなど全く必要としない自信と確実さがある。 バーツがひとつ溜息をつく。 「……まあ、何というか、会ったのがミューラァで運が良かったんだろうな。他の奴らだったら絶対に一悶着なしじゃ済まなかったぜ」 「あいつが俺たちの事情をいちばん良く分かってくれるっていうのも変な感じだけどな」 ロディが苦笑する。と、スコットが「そうか!」と声をあげたので、彼はびっくりして口をつぐんだ。 「……スコット?」 「今ならお礼を言えるじゃないか! なあロディ、バーツ!」 「……は?」 「お礼……?」 「ちょっと行ってくる! あ、僕ひとりで大丈夫だからな!」 言うなり駆けていったスコットを、ロディとバーツはきょとんとして見送った。 「……あの……」 おずおずと声をかけるスコットに、修理の手を止めたミューラァは軽くうなずいてみせた。 「ハードのほうはじきなおりそうだ。ただ、ソフトのほうが少々厄介かもしれんな」 「は……ソフトですか?」 何か違う話題に引きずり込まれそうな気がしながらも、スコットは聞き返す。ミューラァはコン、と軽く車体を叩いた。 「彼女の言う所では、制御プログラムの不良が原因でハードの動作に狂いが生じた結果高負荷がかかり、連鎖的に機械系がいかれていったんだそうだ。だから、プログラムを何とかしないことには同じことの繰返しだろう」 「それは……どうすれば直るんですか?」 ミューラァは即答せず、ヴィーにククト語で尋ねた。ボンネットに顔を押しつけるようにして作業をしていた彼女は、振り向きもせずに返答する。 「再インストールするそうだ。設定は全部初期化されるが、衛星データから現在位置を割り出しつつ砂漠越え最短記録を狙うとかでもしない限りは大丈夫だろうと言っている」 「本当ですか、良かった!」 安堵に胸をなでおろしたスコットは、「みんなに知らせてきます!」と駆け出そうとした。が、数歩行ったところで危うく本来の目的を思い出し、くるりと方向転換するとふたりのもとへ駆け戻る。 「ミューラァさん、本当にありがとうございました!」 いきなり頭を下げられ、ミューラァばかりかヴィーまでもが目を丸くして振り返った。 「……別に礼を言われるほどの事じゃない」 しばらくして、ミューラァが居心地悪そうに応じる。 「たまたま暇だったから手を貸した。それだけだ」 「それでも、助けてもらったことに変わりはありませんから……それに、今日だけじゃないんです。お礼を言いたいのは」 スコットは続けた。 「前に、ククトでも、2度も助けてもらったのにお礼を言えないままで……本当に僕たち、あなたに感謝してるんです」 「2度?」 「はい。航海日誌を見つけてもらった時と、ロディがあなたと最後に戦った時に」 最後に戦った時、という言葉に、ミューラァの顔がわずかにこわばる。 「……あれは別に助けた訳じゃない。通信を聞いてただろう」 幾分吐き出すような口調だった。ヴィーが目を見張って彼を見る。一方のスコットはきまじめにうなずいた。 「ええ。実を言うと、あの時何があったのか、本当のところは僕たちも良く分かっていません。でも、あなたが政府軍に向かっていってくれたから、僕たちがやられずに済んだのは確かなんです。だから僕はお礼を言いたいんです」 ……そう言うスコットの顔を、ミューラァはしばらく無言で眺めていた。やがて、つと視線をそらすとトレーラーに目を向ける。そんなふたりの様子を、英語の分からないヴィーが半分気遣わしげな、半分いらだたしげな表情で交互に見やった。と、それに気付いたスコットが急にあわて出す。 「す、すみません。忙しいのに邪魔をしてしまって! あの、僕もう行きます。それじゃ!」 再びぺこりとお辞儀をし、今度こそ走り去っていったスコットは、ミューラァがその時どんな顔をしていたのか見ていなかった。 「……何を言ったの? あの子」 泡を食って逃げていく少年を見ながら、ヴィーはミューラァに尋ねた。そっぽを向いたまま、彼は「別に」と言う。 「たいしたことじゃない。子供の幻想だ」 「子供の幻想にしてはずいぶんな顔してたけど」 「驚いただけだ。子供ってのは時々……訳のわからない発想をするな」 「ふぅん? まるで自分が子供だったことなんてないような言い方じゃない」 茶化すような彼女の言葉にミューラァは一瞬何か言い返しそうな様子になったが、結局「ふん」とだけ言って背を向ける。 「……時間がないんだから早いとこ済ませてくれ」 「はいはい、日暮れ前には出発させたいのよね。分かってるわよ。いつまでもあんな所で座り込ませといたんじゃ可哀想だものね」 見張りのつもりか、少し離れた所で年端もいかない男の子がバズーカを手に頑張っている。ヴィーが笑って手をふると、その子はあからさまにたじろぎ、赤面するとそっぽを向いた。何だか誰かさんに似た微笑ましい光景だわ、と思いながら、彼女は再び修理にとりかかった。 そろそろ日が傾いてこようかという頃── トレーラーの助手席にモニタ用端末をつないだヴィーが、運転席のスコットの肩を軽く叩いた。それを合図に、スコットは慎重にトレーラーのイグニッションを入れる。一瞬の間の後、低い駆動音と共にトレーラーのエンジンが起動した。 「わあ……!」 遠巻きにしていた子供たちが歓声を上げかけるが、まだチェックは終わっていないことを思い出してその声を途中で飲み込んだ。そんな彼らの様子など知らぬげにヴィーは厳しい目でモニタを見つめていたが、やがて再びスコットの肩を叩き、前を指差す。 ゆっくりと動き出したトレーラーを、12人とミューラァの視線が追った。道とも言えない古い道をトレーラーは100メートルほどガタゴトと走り、停止し、方向転換するとこちらに戻ってくる。 そして再び、トレーラーが停止した。 ……固唾を呑んで見守る子供たちに向かって、窓から乗り出したヴィーが片手で大きく丸を描いてみせた。 「……やった!」 今度こそ大歓声が崖にこだました。12人が一斉にトレーラーに駆け寄るのと同時に、トレーラーからはスコットが飛び出してくる。13人が一緒くたになって跳び上がり、はしゃぐのを、やや離れた所でミューラァはひとり見ていた。その横に、こちらは余裕たっぷりでトレーラーを降りたヴィーが並ぶ。 「よーしみんな、ジェイナスに出発するぞ! 準備にかかれー!」 スコットの拳が勢い良くつきあげられると「おう!」と12人の声が唱和した。テーブル、テント、携帯コンロ、護身用の銃やゲームなど、待ちぼうけの間に持ち出されていた品がにぎやかなおしゃべりと共にあっという間にたたまれ、しまわれていく。5分とたたないうちに、わずかな痕跡だけを残してその場は完全に片付けられていた。 「ぼくクレアおねえちゃんと一緒に乗りたいー」 「ルチーナもー」 「じゃあ今度はあたしがバギーに乗るから、クレアさんトレーラーに移ってください」 「あ、僕もバギーでいいや」 「ケンツー! あんたこのバズーカ何とかしてくれない? 邪魔なんだよね!」 「何だよーマキ、いいじゃねえかよー!」 「良くないよ、窮屈でたまんないじゃないか! あんたがどうにかしないんならあたいが放り出してやるから!」 ……そんな楽しげな子供たちの様子を、ミューラァとヴィーは言葉を交わすでもなく黙然と眺めていた。そこへロディとバーツが駆け寄ってくる。 「……?」 無言のまま見やるミューラァに、ふたりはややひるんで立ち止まった。しばらくの間、黙ってお互いを見交わしていたが、やがてロディが意を決したように1歩前に出る。 「あの……お礼を言いたくて……」 だがそこで言葉が続かなくなり、彼は口を閉ざした。ミューラァも先をうながすでもなくただ彼を見ている。 ……沈黙は思いがけず長引き、バーツが口を出すか出すまいかと迷う表情になった。一方で、何も知らないヴィーのほうは、何をしてるのこのふたりはという顔になり始める。 どの位、そうやってふたりは立っていただろうか。 不意に、ミューラァがすっと片手を差し出した。 「…………」 とまどったロディは差し出された手を見おろし、次いでミューラァを見上げる。だが彼はそれ以上は何をするでも言うでもなく、無表情にロディを見おろしている。 やがてロディはおずおずと手をのばし、そして、なおもためらってから、ミューラァの手をそっと握った。思いの外大きな手がロディの手を一瞬握り返し、そして離れていく。 端で見ていたバーツがほっとした顔になった。 「……まだあの艦に行くつもりかね?」 ようやくミューラァが口を開いた。その声には、どこか皮肉げながらも率直な調子がある。その調子につられるようにして、ロディはうなずいた。 「はい。もちろんです」 「今あの艦に行っても、恐らく何もないぞ。めぼしいものは我々が捜索の時に持ち出してしまったし、コンピュータだって、あんな場所で整備もなしに何年も生きられるとは思えん。言ってみれば、大きなガラクタでしかない可能性のほうが高い……冒険ごっこはほどほどにして、大人しく帰ったほうがいいと思うが?」 「それは分かってます。それでも行きたいんです」 きまじめにロディは答える。 「どう言ったらいいのか分からないですけど……ジェイナスは俺たちにとってそれだけのものなんです。それは、ガラクタになってたらがっかりはするだろうと思いますけど、でも、それがジェイナスだったっていうだけで、俺たちには特別なんです」 「そうそう、何てったって俺たちを守ってくれた家だったんだから」 バーツが口をはさんだ。そしてふたりは顔を見合わせ、うなずきあう。ミューラァは納得したのかしないのか、「なるほど?」とだけ言ってロディから視線をはずすと、ヴィーをうながした。彼女が小さく手を上げ、ふたりはそのまま背を向けようとする。 「あの……あの、俺、あなたが生きてて良かったと思います!」 その背に向かって、ごく自然にロディの口から言葉が出ていた。足を止め、振り返るミューラァのほうへ、ロディは踏み出す。 「みんな悪いのは戦争だったんです。戦争だから……戦争だったから俺たちはあなたと戦わなくちゃならなかったけど、終わったんだからもうそんなこと必要ない、そうでしょう? だから……だから……」 挑戦的ではあったが、その物言いは中途半端に途切れた。続きに困り、口ごもるロディを見て、ミューラァの顔にはふと苦笑めいたものがよぎる。 「軍はやめた」 唐突に言われて、ロディは目を白黒させた。 「え?」 「今は軍の仕事はしていない。ククトニアンとして生きてはいるがな……それ以上、君たちに話す義理はない」 「……そうですか」 どこかほっとしたような拍子抜けしたような気分でロディはうなずき、そして、今度は自分から手を差し出した。一瞬、応じるかそのまま立ち去るかミューラァは迷ったようだったが、ゆっくりと彼のほうに向き直ると歩み寄り、その手を握る。 今度の握手は、最初の時よりいくらか長かった。 「スコット……スコットったら、何やってるの? もう出発でしょ?」 クレアの声も耳に入らない様子で、スコットはバッグをかき回していた。やがて「あった!」と声をあげて1冊の本を取り出すと、ロディやバーツと話しているミューラァのもとへ一目散に走っていく。 「ミューラァさん、これを!」 ロディとバーツを押しのけるようにして、彼は手にした本を差し出た。 「あの時見つけていただいた航海日誌、本になったんです。ククト語版の話もあるんですけど、いつになるか分からないから……どうぞ。あの、一応サイン本です」 「……サイン本って……おい、スコットの奴、意外とずうずうしいな」 「らしいと言えばらしいんじゃないか?」 「バーツ、ロディ、何か言ったか?」 「いやなんにも」 何とも言い難い表情で、ミューラァは本を受け取った。その様子を見てスコットは嬉しげに顔をほころばせる。 「あなたのことも書いてあるんです。あ、そうそう、読者の人から、あなたの消息を尋ねる手紙も来るんですよ。ここでのことを教えたらみんなきっと喜ぶと思うんですけど……でも、言わないって約束したし、仕方ないですね」 ますます妙な表情になっていくミューラァに、たまらずヴィーが吹き出した。からかうように何か言うのにミューラァが言い返し、半ばやけになったように本を小脇に抱える。 「本当に、どうもありがとうございました。お元気で」 そんなふたりにスコットはもういちど頭を下げ、ロディとバーツを振り返った。ふたりが心得顔でうなずくのにうなずき返すと、それぞれの車に戻っていく。 やがて、トレーラーとバギーのエンジンがかかった。 2台の車から手をふる子供たちに、ヴィーは手を振り返した。みんな屈託のない笑顔を彼女たちに向け、懸命に何か言っている。何を言っているのかヴィーにはさっぱり分からなかったが、それでも、彼らが感謝を表現しているであろうことは推測できた。 『ありがとう!』 不意に子供たちの中からククト語が飛んだ。ヴィーは仰天し、振っていた手を思わず止める。あのバズーカを抱えた男の子が、顔を真っ赤にし、バギーから身を乗り出すようにして叫んでいる。 『ありがとう!』 『ありがとう!』 そのククト語は、他の子供たちにも伝染したようだった、たちまちあたりは拙い発音の『ありがとう』でいっぱいになる。 そして、トレーラーとバギーが静かに走り出した。反射的にヴィーは駆動音に耳を澄ますが、異常の兆候はない。2台の車はすぐにスピードを上げ、子供たちの『ありがとう』もたちまち遠ざかる。 「……ちょっと、あの子たちククト語が分からないってあなた言ってなかった?」 彼らが見えなくなってから、ヴィーはミューラァを軽くこづいた。ミューラァはしれっとして応じる。 「あいつらは一時期リベラリストの中で暮らしてたからな。単語のひとつふたつぐらいは覚えることもあるだろう」 「ふーん」 彼女はあえて追及せず、子供たちが去っていった方向を見やった。車輪が上げる砂埃もすでに消え、あたりが急に静かになったように感じられる。 「……それにしても、不思議な子たちだったわね」 しばらくして、ヴィーはぽつりとつぶやいた。 「ただの子供に見えたのに、行動力といい技能といい普通じゃなかったわ。武器の扱いにしても、出発するまでの手際にしても、相当手慣れてる感じがしたけれど」 「あいつらがただの子供なもんか」 ミューラァが苦笑混じりに言う。 「このククトで、俺の部隊を翻弄してのけたのがあの連中なんだぜ。しかも、装備といったら丁度あんな車が2台、それに機動兵器が2、3機といったところだったか」 「まさか、嘘でしょう?」 「嘘なものか。あいつらには散々煮え湯を飲まされたさ。そしてそこまでした理由が、捕虜になった親に会いたいからときた……正直、俺は呆れたよ」 ミューラァはそこで言葉を切り、空を見上げた。雲にはすでに夕焼けの気配が出てきている。 「……だが、さすがに彼らも今回はきついか」 彼のつぶやきに、ヴィーは耳をそばだてた。 「え?」 「ヴィー、別に今回は急ぐ必要はないんだな?」 「多分……何をするつもり? ミューラァ」 「この地形なら低空を行けばレーダーにはひっかからないはずだ。まあトレーラーの速度に合わせるのが少々骨だが……」 「ちょっと、あなた、まさか……」 ミューラァは答えず、足早に森に入っていった。ヴィーはしばし呆然としてその後ろ姿を見送っていたが、やれやれという顔になるとその後を追った。 『……まずいぜスコット、このままだと着く前に日が暮れちまいそうだ』 「ああ」 バギーがトレーラーの横に並び、運転するバーツの声がスピーカーから聞こえた。トレーラーを運転するスコットは深刻な顔でうなずく。 リベラリストは平和を謳っているが、実際にはククトの治安は想像以上に悪い。まだ都市化がが進んでいない……というか、惑星の大部分が未開発地状態のククトでは、地球やクレアド、ベルウィックと比較しても夜は格段に危険が増すのだった。厳しい気候もそうだし、野生動物、コロニーから逃げ込んできた犯罪者、そして何より、政府軍残党の活動が飛躍的に活発になる。 『こんなことなら無理してでもレーダーがついた車をかっぱらってくるんだったぜ……とりあえず、こっちの連中でまわりを見張るからな。前に出るぞ』 「ああ、頼むよバーツ」 トレーラーが少しスピードを落とし、代わりにスピードをあげたバギーが前に出る。荷台に乗っている子供たちが、手分けして空と周囲の見張りを始めるのがトレーラーからも見えた。スコットは唇を噛み、どうか無事にジェイナスにつけますように、と祈る。 「……ねえスコット、これ何かしら?」 沈黙の中、ルチーナを膝枕していたクレアが不意に身を乗り出した。彼女が指差す情報表示モニタに何か文字が現れている。表示の形式からすると、何かの通信のようだった。 ほぼ同時に、スピーカーから再びバーツの声がする。 『……おいキャップ、なんか妙な通信が入ってるみたいだぜ』 「そっちもか?」 『ああ、何だろう、ジェダさんたちが俺たちに呼びかけでもしてるのかな』 「今頃になって?」 『そう言われればそうだな』 どうやら考え込んでいるらしく、スピーカーが黙り込む。ふと思いついてスコットは言った。 「……カチュアに読めないかな?」 『そうか! カチュア、ちょっと来てくれ……』 バーツの言葉が途切れ、スコットは待った。しばらくして、スイッチが入る音と共にカチュアの声が聞こえてくる。 『スコットさん、読みます。"半径50キロ以内に敵影なし。そのまま進め"』 「……それだけなのか?」 『はい』 「送信元は?」 『それが……偽装されてるみたいで何も表示されないんです』 「僕たち宛なのか?」 『多分……宛名が"子供たちへ"になっていますから』 「?」 スコットは首をひねった。敵影なし、というのは、危険なものが見あたらないということだろうか。それにしても、誰がこんな通信を送ってくるのかさっぱり分からない。 『ねえスコット、あれ何? あれ、右側! 森の上!』 突然、叫ぶマキの声がスピーカーに入ってきた。スコットと、隣にいるクレアは反射的に右側の窓を見やる。 森の上の梢すれすれを何かが飛んでいる。やや距離がある上にイプザーロンの太陽の最後の残照を反射してその形は分かりにくいが、動物や鳥でないことは明らかだった。 「……機動兵器!?」 ぞっとしたスコットは思わず口走った。クレアは無言だったが、その顔色がさっと変わり、両隣にいたマルロとルチーナを抱き寄せる。 その間にも、バギーの通信機は口々に叫ぶ声を拾っていた。 『あれは……ちくしょう、政府軍の残党かよ!』 『誰か双眼鏡、双眼鏡出せ!』 『ねえ、ここまで来てやられちゃうの?』 『おい落ち着けみんな、キャップ、どうする? 森の中でも逃げ込むか?』 そのバーツのひとことで、パニックにも近かったスコットの気持ちは呆気なく鎮まった。彼は広がる森に目を走らせ、生き延びる可能性を必死で考える。左は崖、右は森、前後に遮蔽物はない。とすれば……。 「そ、そうだな。ここで狙い撃ちされるよりましだ。バーツ、先導してくれ!」 『よーし、ちっとばかし揺れるぞ、みんなつかまってろ!』 『……いや違う!』 その時、唐突にロディの叫びが飛び込んできた。 『あの機体は……おいバーツ、スコット、見ろよ、あれは……!』 ロディの声にあるのは敵を見る恐怖ではなく、単純な驚愕だった。なぜ彼がそんな声を出すのか分からず、スコットは眉をひそめる。 「おいロディ、もっと分かるように言ってくれ」 『見れば分かるよ! バーツも!』 「……?」 残照はすでに薄れ、ククトの森も遠くのほうから少しずつ闇の色に変わりつつある。その森の梢をかすめるようにして、機動兵器は飛行を続けていた。 トレーラーとバギーのやや前方にあるその機影は、元々暗い色で塗装されているのか、黒さを増す風景の中に次第に溶け込んでいっている。だがそれでも、特徴的なシルエットと、腕に備えたシールドははっきりと分かった。 そして、手にした武器は、こちらではなく前方に向かって油断なく構えられている。 『……スコット、前にメルのおやじさんが言ってたこと覚えてるか?』 ……落ち着きを取り戻したバーツの声が聞こえてきたのは、しばらく後になってからだった。スコットが応じる。 「何だったっけ?」 『奴は徹底的にやらないと気が済まないタイプだって、そう言ってただろ』 「ああ、そういえば言ってた」 急に安堵の思いがこみあげ、スコットは笑い出した。バーツも笑いをはじけさせる。 『……結局、変わったんだか変わってないんだか良く分からねえな、ミューラァも』 「ああ。でももしかすると、あの人自身も気にしてないのかもしれないな。どっちにしろ、戦争はもう終わったんだし」 『違いねえ』 ふたりはまた笑う。そのかたわらでは、クレアが不思議そうな顔をして、窓の外とスコットを交互に見ていた。 「ねえスコット、良く分からないんだけど……あれに乗ってるのってミューラァさんなの? なんでわざわざ機動兵器なんかで……あたしたちのそばを飛んでるの? ジェダさんたちに見つかったら大変でしょう?」 「うん、きっといろいろ事情はあるんだと思うよ。でも……」 スコットは言葉を切り、闇に溶けた心強い護衛の姿をもういちど探す。 「平和になるっていいことだね、クレア」 ![]() |