Original Story of VIFAM

私の友達


 軍の幼年学校へ行く、と彼が言い出したのは、彼の家で一緒に勉強をしていた時だった。
「幼年学校? なんでいきなり?」
「いきなりなんかじゃないさ。前から考えていたんだ。俺みたいのが人並みに認められるには、軍人になって出世するしかないだろうってな」
 私はあえて肯定も否定もしなかった。代わりに尋ねてみる。
「サライダのおじさんにはしてるの? その話」
 彼の保護者は厳格だ。おまけに軍をあからさまに嫌っている。養子とはいえ息子が軍に入ることなど許さないに違いない。
「義父さんなんか関係ない」
 思った通り、彼は肩をそびやかすとことさら挑戦的に応じてきた。気まずいことがある時の癖である。
「俺の人生だ。俺が決めて何が悪い」
「……つまり、ケンカしたんだ」
「お前には関係ないだろ」
「関係ないはいいけどね」
 私はため息をつくとビューアーのスイッチを切った。
「あれって確か出願には保護者の承諾が必要でしょ。ケンカなんてしちゃってどうするつもりなのさ。おじさん、絶対に承諾しないわよ」
「学校の推薦プログラムがあるだろ。あれなら保護者はいらないんだぜ」
 やや得意げに彼は指摘し、そういえばそんなものもあったことを私は思い出した。確か学校が成績優秀な生徒を推薦することで、普通より有利な条件で受験ができる制度である。興味もないのですっかり忘れていたが。
「あんたを推薦してくれるのもんなのかしらね」
 何気なく言ってから、私はしまったと思った。彼が悔しそうな顔になるのを見て、ますますいたたまれない気分になる。
「……ごめん」
「いいさ。実際断られたし……今年はサジヌから希望が出てるってよ」
「サジヌ? あれのどこが成績優秀なのよ。上位20位にも入ったことないじゃない」
「基準はクリアしてるんだってさ」
「で大人しく引き下がってきたわけ。あんた、普段はねちっこいくせに変な所であきらめがいいんだから」
「うるさいな、あきらめてなんかないさ。他の方法を考えてるんだ」
 彼が口を尖らせた時、彼の保護者が帰ってきたので私たちは黙り込んだ。それっきりこの話には触れず、私は勉強を済ませると家に帰った。


 異星人を友に持つ、というのは、一見夢のようなわくわくする経験に思える。だが実際には苦労のほうが多い。
 私の幼なじみは地球人だった。正確には、片親がククトニアン、片親が地球人といういわゆる混血だったようだが、周囲からは地球人で通っていた。何しろ本物の地球人を見たことがある者などこのあたりではいなかったし、現実に、彼の顔立ちや体つきは私たちとは少し違っており、それは私たちに違和感を抱かせるのに充分なものだったのだから。
 悪いことに、当時私たちククトニアンの地球人への感情は最悪だった。連中は私たちの度重なる呼びかけを無視して、ベルウィック、クレアドと侵略の手を広げつつあり、母なるククトやコロニーへの侵攻も時間の問題だと言われていた。
 そんな風だったから、彼に対する世間の風当たりは実に強かった。勿論、コロニー生まれの彼はちゃんとククトの国籍を持っていたから、あからさまに危害を加えれば犯罪になる。だが人間とは、どんなうすのろでも人に意地悪するとなると不思議に知恵が働くものらしい。普通だったら、大の大人が子供相手に嫌がらせをする様などみっともない以外の何物でもないのだろうが、ここでは、彼に意地悪をするのはククトニアンとしての正当な権利である、というような風潮までまかり通っていた。
 ……そんな彼と私がつきあっていたのは、家がたまたま近かったことと、彼の保護者が私の父の兄で、その関係から小さい頃は面倒を見たりしていたことからだ。つまり、うんと簡単に言えば、彼は私のいとこになる。
 もちろん、私の両親は、私が彼と仲良くするのを嫌がっていた。彼が地球人だというのは勿論だが、それよりも最初の頃、彼の保護者──伯父がそれを隠してこちらに世話を頼んでいたのが主な原因だ。これがもとで両親と伯父はおおいにもめ、ほとんど国交断絶状態となった。
 だが、私自身は彼を嫌いではなかった。ピダクムも3日飼えば情が移るというが、何しろ小さい頃から一緒にいて、お互い良い所も悪い所も知り尽くしていたから、実は地球人だと知った時も、別にそれがどうしたという位にしか思わなかった。むろん私以外の人はそうでもないから、時々とばっちりをくらってひどい目にあうこともある。でも、何があっても、不思議と彼とのつきあいをやめる気にはならなかった。


 翌日、学校へ行った私は、サジヌが何やら彼にからんでいるのを見て首をかしげた。手近にいた友人をつかまえて尋ねると、彼女は何だかいやな笑い方をした。
「ナダは知ってた? あんたのいとこの地球人、幼年学校への推薦プログラムを希望してるんだってね」
 私は眉をひそめた。
「……誰から聞いたの」
「先生がサジヌに言ったそうよ。ミューラァのほうが成績は上だけど、地球人なんか軍に行かせられないから、サジヌを推薦するって」
「…………」
 言いふらすサジヌもサジヌだが、そんなことをわざわざサジヌにばらす先生も先生だ。私はまっすぐにふたりの所へ向かうと、まさに我慢できなくなった彼がサジヌにつかみかかろうとした瞬間、その背中をどついてやめさせた。
「朝っぱらから暴力沙汰はやめてよね、シド」
 彼にそう言い放ち、私はサジヌに向き直った。ことさら明るく声をかける。
「おはよう、何だかもめてたみたいだけど……ミューラァが何かした?」
 するとサジヌはどこか困ったように目をそらした。一方的に彼をかばえばますます角が立つが、こういう無邪気な聞き方をすれば普通の人はまず矛をおさめる。長い間の経験で得た私流の処世術である。
「お前のいとこ、幼年学校に入りたいんだってな」
 だが、このまま引き下がってはカッコ悪いとでも思ったのだろうか。サジヌは今度は私を挑発してきた。いとこ、という部分にことさら力を入れて発音する。
「地球人のくせに、軍なんかに入って何するつもりだ。スパイか?」
「……!」
 すぐそばで彼が激昂する気配がし、私は片手を上げて無言でそれをなだめた。口に出しては、さらにサジヌに問いかける。
「推薦プログラムのこと?」
「ああ。地球人が軍に入るなんて聞いたこともないって先生は言ってたぜ」
 そんなサジヌの物言い、そして先生の言葉は私の気に障った。そして同時に、私はとんでもないことを思いついたのだった。
 気がついた時、私はこうサジヌに言っていた。
「きっとそれ、先生の勘違いよ。だって……」
 自分の考えに驚きながらも、一端言葉を切って素早く計画を検討する。もし成功したら、彼の希望は通るし、サジヌや先生に吠え面をかかせてやることもできそうだった。だが、失敗すればこっちが放校処分にもなりかねない。
「だって推薦プログラムを受けるの私だもん。たまたま暇がなかったから、彼に詳しく聞きに行ってもらっただけ」
「……お前が?!」
 彼とサジヌが全く同時に声を上げ、私はそっと、しかし全体重をかけて彼の足を踏んづけた。息をつまらせる彼に知らん顔をしたまま、サジヌにうなずいてみせる。
「そうよ、サジヌ、悪い?」
「……別に悪くはないけど……ずいぶんいきなりじゃないか」
「いきなりじゃないわ。ずっと前から考えてたわよ……さて、誤解が解けたところでからむのはよしてくれる? 私、今日出そうな問題を聞きたいんだから」
 サジヌを追い払った私は、彼のほうへ目を向けた。だが、どうやら彼はすっかりへそを曲げてしまったらしい。くるりときびすを返すと、私のほうを見もせずに教室から出て行った。
 これは後で説明するのが大変だ、と私は思った。


「ねえ……ちょっと待ってよ、待ってってば」
 案の定、授業が終わっても彼の機嫌は直らなかった。無言のまま、駆け出さんばかりの勢いで歩いていく彼を、私はあわてて追いかけた。
「今朝は悪かったわ。いきなりあんなことを言って。でも思いついたことがあったのよ……お願いだから止まって話を聞いてよ。止まらないと靴ぶつけるからね!」
 さすがにこれには危機感を覚えたようで、彼は渋々立ち止まった。私はようやく追いつくとその前に回り込む。
「だからさ、要するに成績のいいククトニアンなら、確実にサジヌより選ばれるでしょ?」
「それがどうした? どうせ俺はククトニアンじゃないさ」
 ぶすりと彼は言う。返事をするということは話を聞く気があるということだ。私は少しほっとした。
「頼むからひがまないでよ。あたしが推薦プログラムを希望して、決定したところで辞退するの。そしてあんたを代わりにって言うのよ」
 彼から不機嫌な表情が消えた。代わりに不思議そうな顔になると首をかしげる。
「どういうことなんだ?」
「分からない? 学校としては、後釜としてあたしより格段に出来の悪いサジヌを出すか、半分地球人だってことには目をつぶって首席のあんたを出すかの選択になるってこと。学校にだって体面はあるもの。考えると思うわよ」
 当時、私の成績は2番だった。つまり、私に匹敵する生徒といえば彼くらいしかいない。推薦者のレベルが低ければ評価にも響くから、学校側が彼の素性より成績を優先する可能性は高いように思えた。
「…………」
 彼はしばらく考え、そして疑わしげに頭を振ると私を見やった。
「そんなにうまくいくかな」
「いかせるのよ。あんた行きたいんでしょ? 幼年学校」
「行きたいけど……でも、そんなことしたらお前が後で困らないか?」
「あたしは別に軍に入る気はないもん。目を付けられたってどうってことないわ」
「…………」
 彼はまた、長いこと考え込んだ。多分自分の希望と私にかける迷惑の間で揺れているのだろう。強気で強情に見えるくせに、彼には時々そんなところがある。
「分かったよ、頼む」
 しばらくたって、彼はようやく言った。私は笑って任せてと答えた。


 結果として、この企みは成功した。いくらかのすったもんだはあったものの、辞退した私の代わりに彼が推薦を受けた。勿論、サジヌを始めいろいろと言う者は出たが、彼がトップで試験を通過するとそれも黙るしかなかった。幼年学校側が断るかもしれないというのが心配だったが、成績が功を奏したのか、それとも、学校が腹を決めて全面的なバックアップをしたのか、何事もなく入学は認められ、彼は口うるさい伯父のもとを離れて意気揚々と街を出て行った。
 もっとも、彼との関係はこれっきりにはならなかった。その後もしょっちゅう手紙のやりとりはしていたし、休暇が来れば会って遊んだ。自分から口にすることはなかったが、幼年学校での生活はいろいろな意味で彼にとっては厳しいようだったから、私との馬鹿騒ぎはいい息抜きになっていたのではと思う。
 だが、数年後に伯父が反政府主義者として指名手配されると、彼からの連絡はぱたりと途絶えた。
 この件について、彼がどう考えていたのかは分からない。私にとばっちりが行くのを恐れたのか、それとも、犯罪者の身内同士が接触することがあらぬ疑いを招くのを嫌ったのか……どちらにしろ、彼からの音沙汰は全くなくなってしまった。寂しくないと言えば嘘になるが、彼を困らせるのは本意ではなかったから、私のほうからも連絡するのはやめにした。どちらにしろ、そのころにはのんびりと遊んでいる時間もなくなっていたのだった。
 私は士官学校に進んでいた。
 別に希望した訳ではない。地球人との戦争に備えた士官の大量育成のために、成績の良い生徒は卒業後半ば強制的に入学させられたのである。幼年学校の推薦辞退という“前科”を持つ私には、この措置を拒否する術はなかった。
 唯一の楽しみは、彼と一緒に学べるかもしれないというひそかな期待だった。が、彼は幼年学校を卒業した後、特別選抜で少尉に任官、すでに実務についており、士官学校には来なかった。


 そしてまた数年がたち、私は軍人となった。
 戦争が始まり、地球人を蹴散らす機会が来たことに世間は沸き立っていた。


 ……部屋では治安維持局中佐が待っていた。私を見ると中佐はかけたまえと言って椅子を示した。同じ尋問されるなら座ってのほうが楽だったから、私は遠慮なく腰を下ろした。
「ミューラァ少佐とは親しかったそうだな」
 開口一番、中佐はこう尋ねてきた。
「はい。伯父の養子だったもので」
「サライダ博士か。反政府組織のトップだ」
「そのようですね。私が知っているのは指名手配されて逃亡したところまでですが」
 もうすでに何度も言った答えだった。中佐も多分、形式的に聞いているだけなのだろう。
「少佐は博士について何と言っていた?」
「何しろ育ててもらっている立場ですから、一応、相応の敬意は払っていました。ただ……」
「ただ?」
「伯父は最初、少佐が混血だということを隠していました。隠しきれなくなると今度は、ふたつの星の架け橋として誇りを持て、と言い始めました。そういう人物を父親として慕っていたかというと、ちょっと自信がありません」
「……なるほど」
 彼が軍を脱走した、という話を聞いたのは、しばらく前のことだった。何でも、不手際が元で任務をはずされたのを逆恨みし、戦闘中に上官を攻撃した挙げ句逃亡したのだという。
 折しも地球軍が母なるククトへの侵攻を始めた時でもあり、少佐という幹部クラスの士官が脱走兵となったことは、軍を動揺させた。彼が地球人との混血であり、反政府主義者のもとで育ったということが、それに輪をかけていた。治安維持局は彼が反政府組織に身を投じたのではと疑い、関係者を厳しく取り調べた。私もそのひとり……多分、最もしつこく調べられたひとりだった。
 もっとも私自身は、この話には裏がありそうだと思っている。確かに彼は直情径行だが、同時に自分の立場も良く知っている。逆恨みなどしている暇があったら、人一倍頑張って不手際を挽回しようとするだろう。
 それに、件の上官については、いくつか噂も漏れ聞いていた。軍人としての能力より政治力で昇進したような人で、あまり評判は良くない。将来自分の競争相手になりそうな部下を最前線に追いやり、戦死させたというような話もある。つまり、素直に彼が脱走したと信じるよりは、裏に何か事情があると考えるほうが、私にとっては自然だった。
「ところで……」
 しばらく質問を続けた中佐が、ふと思い出したように言い出した。
「少佐の私物だが、死亡時の返還先が中尉で登録されている……まあ今回は死亡ではないが、どうだね、引き取る気はあるかね?」
「私物なんて残っているんですか?」
「ああ、調査は済んだし、後は処分するだけだから、もし中尉が希望するなら引き渡してもいい」
 盗聴器つきで、と私はひそかに考え、それを打ち消した。どうもこの逃亡騒ぎ以来、猜疑心が強くなっている。やましいことがないのだから気にしなければ済むことだ。
「それではお願いします」
 迷うことなく、私は引き受けた。


 やってきた私物は、驚くほど少なかった。勿論、メモや日記の類などは押収されているのだろうが、それでも、その少なさは彼の孤独を如実に表わしているような気がして、何だか泣きたくなった。
 一体彼に何があったのだろう、と、物言わぬ品々を前に私は考えた。脱走兵などという穏やかではない扱いを受けるからには、相応の何かがあったに違いない。恐らく私には知る術もないだろうが、だからといってこのままあきらめてしまうのは納得がいかなかった。
 もし彼が不当な扱いを受けているなら、何としても救い出してやらなくてはならない。それが友達としての私の義務だ。
 ……全く、いつもあんたはそうなのよね、と心の中で私はつぶやいた。人に尻ぬぐいを押しつけてかっとばして行っちゃうんだから。少しは人のことも考えてほしいわよ。
 だが実のところ、それほど迷惑な気はしていなかった。
 むしろ、また彼の役に立てる事をうれしいと思った。

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 ミューラァにはまってます、というかたの話を聞いて、嬉しくなって書いた作品です。
 一応、彼の子供の頃のお話……だったはずなんですが……気が強くてお節介で小知恵の回る幼なじみに振り回されるってシチュエーション萌えかも〜、と書き始めたらすみませんなんか違う話になったようです。
 まあ、設定に基づいたオーソドックスなのは書いてる人はたくさんいるだろうし、たまにはこういう変化球があってもいいかなとちょっと自分を正当化してみたりして。