Original Story of VIFAM | |
異邦人の見る夢
![]() *ご注意* この物語の世界では、2060年になってもOVA『ケイトの記憶、涙の奪回作戦!』は起こりません。 これが地球人の尋問室か、と、殺風景な部屋を眺めながら私は思った。 尋問ならククトでも受けたことがある。幼なじみだったいとこが軍から脱走した時、背後関係を疑った軍から散々取り調べをされたものだった。あれからそれほど時はたっていないはずなのに、こんな場所に座らされていると遙かな昔の出来事に思える。 私は、地球人の捕虜になっていた。 なぜそうなったのか、思い返すと自分でも馬鹿馬鹿しくなる。大破漂流している地球の軍艦を見つけ、データ収集の命令を受けて部下と共に向かった所で、母艦が奇襲を受けたのだ。制宙権がこちらにある場所だからと安心しきった艦長が、相対速度を漂流艦に合わせてほとんど停止状態にしていたのが災いし、いきなり機関部を直撃されて艦は爆発、帰る所を失った私たちは降伏せざるを得なかった。捕虜になどなりたくない、地球人と差し違えようと言う者もいたが、こんな誰も見ていない所で死んでも損なだけだとやめさせた。そして私たちは武装解除され、彼らの艦に収容され、施設へと送られたのだった。 意外にも、考えていたほど地球人は野蛮ではなかった。もちろん捕虜だから何かと我慢をさせられることが多かったが、食事や入浴などはきちんとさせてくれたし、覚悟していた罵声や暴力も浴びせられることはほとんどなかった。陰険で悪知恵ばかり働く連中だと思いこんでいた──正確には思いこまされていた──私たちにとっては、地球人のこの態度は衝撃的ですらあった。 後で聞いた話だが、地球では、あまり捕虜を手荒く扱うと世論から叩かれるのだそうだ。軍が世論のご機嫌を取って行動しなくてはならないなどご苦労様なことだが、そのおかげで良い扱いをしてもらえるなら感謝しなくてはならないだろう。もし世論がやれと言ったら、奴らは赤ん坊でも殺すのだろうかとも思いはするけれど。 ……天井のパネルのつなぎ目で迷路遊びをしていた私は、ドアが開く音に目を向けた。いよいよ始まるのだろう。ドアが開いて数人の地球人が入ってくる。尋問官とおぼしき女と武器を抱えた兵士がふたり、そして何のためか民間人とおぼしき男がひとり。一見ククトニアンにも見えるその男に私は興味を引かれ…… 「……シド!」 私は思わず椅子を蹴立てて立ち上がった。同時に彼も私を認めて棒立ちになる。その顔色がさっと蒼白になったかと思うと、彼は何事かを地球人に言い、ドアの外へ姿を消した。3人があわてて後を追い、ドアが素早く閉められる。 「…………」 残された私は、ただ呆然として閉じたドアを見つめていた。ややあってようやく我に返り、今のは何? と自問する。 人違いではない。子供の頃から見慣れきった顔を間違える訳はないし、何より私を見て動揺したのが本人である証拠だ。だが、なぜ地球人と一緒にいるのか、捕虜の尋問などに同席しようとしたのか、どう考えても説得力のある理由を思いつくことができない。 脱走兵、という言葉が頭に浮かび、尋問──ここではなく、ククトでの──で聞かされた彼の失踪の顛末がよみがえった。そんなはずはないとあわててそれを打ち消すが、他に彼の存在をどう考えたら良いか分からなかった。 急に身体が重く感じられた。私は床に座り込もうとし、ふと、椅子を倒したままなのに気付いて引き起こす。そしてそこに座るとそのまま頭を抱えた。 その日、とうとう尋問は行われなかった。しばらくして、武器を持った兵士だけが現われ、私は部屋へと連れ戻された。 戻って落ち着いてみると、今度は無性に腹が立ってきた。 彼が無事だったのはうれしい。素直にうれしい。だが、彼は私を見て逃げたのだ。絶対何か後ろめたいことがあったとしか思えない。一体私に顔向けできないようなどんなことをやったのか。散々心配した人の気も知らないで逃げるとは何事か。 絶対に百万倍にしてお返ししてやる、と私は思い、その後しばらく思いつく限りの方法で彼をとっちめて楽しんだ。そのお陰で少し気が晴れ、明日彼に会ってもいきなりはり倒さないだけの心の余裕ができたところで、私は床についた。 だが、翌日の尋問に彼は現われなかった。尋問官とふたりの兵士は同じだったが、一緒にいたのは彼ではなく、どこから見てもさえない地球軍の男だった。男はたどたどしいククト語で自分は通訳だと自己紹介し、昨日の彼はと尋ねると、彼も通訳だが、今日は病気だと答えた。 嘘だ、と私は思い、再び神経を逆なでされた気分になった。何より気に入らないのが、そんな見え透いた嘘を使うほど、彼が私を避けているということだった。分かりやすいといえばこれほど分かりやすい意思表示もないが、だからといってこっちが納得できるものではない。 絶対に引きずり出してやる、と腹立ちまぎれに私は考えた。そして腹をくくった。 「彼を出しなさい」 尋問を始めようとした矢先に、通訳を遮り私は言った。 「彼?」 「昨日、あなたの代わりに来た男よ。あなたなんかに話す気になれないわ。誤訳されそうだから」 「しかし、彼は病気で……」 「私に嘘をつくことはあなたたちに不利益になると思うのだけど……」 にっこり笑ってひとつふたつ、私が把握している地球軍の情報を披露すると、地球人たちの顔色が変わった。若い下っ端将校にすぎない私が知っていることといえばたかが知れているはずなのだが、それでも、彼らには衝撃を与えたらしい。一斉に険しくなった異星人の視線の中で、対尋問訓練なら受けていますからと私はのんびり言った。 この時、自分が祖国を裏切りつつあるのだという意識は私にはなかった。むしろ、どうしたらこの地球人たちを乗せられるかと、そればかり考えていた。何しろ私の立場はあまりにも弱い。要求を通すためには、とにかく連中に興味を持たせ、取引する気を起こさせなくてはならないのだから。 「…………」 黙ったままの通訳に尋問官がふと声をかける。ふたりは何事か囁きあっていたが、やがて通訳が私に向きなおった。 「彼はあなたと話したくないそうです」 「知ってるわよ、そのくらい」 彼らがまともに答えた。ということは、とりあえずこちらのペースに合わせる気があるということか。少し気が大きくなった私は、ぞんざいに言い返した。 「悪いけど、私だってだてに長くあの男とつきあってるわけじゃないのよね。彼に言ってやってよ。もしこれ以上逃げ回るってんなら、あんたの恥ずかしい秘密も軍機と一緒に地球人にぶちまけてやるからって」 「…………」 俗語とコロニー方言を満載した私の言葉は、この未熟な通訳にはほとんど理解できなかったようだった。だが、何となく内容は察したらしく、少し考えるとこう尋ねてきた。 「なぜそんなに彼を気にするですか? あなたとの関係は?」 幼なじみ、と答えた私は、通訳がきょとんとしているのを見るとうんざりして言い換えた。 「子供の頃からの知り合い。きょうだいみたいなもの」 「ああ」 通訳はうなずき、尋問官に説明を始めた。彼女は目を丸くして私を見、何やら感慨深げにつぶやいた。聞こえなかったが、多分、偶然って不思議なものだとか、そういう類のことを言ったのだろう。 「……あなた、仕事なんでしたか?」 通訳が問いかけ、どうやら彼らが乗る気になってきているのを私は感じた。私から何を搾り取れるのか、確認してから餌を与えるかどうか決めようという腹だろう。つまり、ここが勝負のしどころという訳だ。 「地球軍に関する情報の収集、調査、分析」 それまで一切口にしなかった自分の仕事を、私は明かした。そして口をつぐみ、地球人たちの様子をうかがう。通訳から私の言葉を聞いた尋問官は眉をひそめてしばらく考えていたが、やがて何かに思い当たったようにはっとした。座っていた椅子から立ち上がると、初めて私を見据えて口を開く。 『……もしかしてあなた、我々の言葉も分かるの?』 ……私がにやりと笑ってみせた時の地球人の顔といったら、まったく見物だった。 数日後、またも私は尋問室に入れられた。 期待はするまいと思っていたが、それでも、私は何となくそわそわするのをおさえられなかった。ここまで連れてきた兵士たちの態度が、何となく違っているように思えたからかもしれない。 待つほどもなくドアが開き、私は無理矢理自分を落ち着かせた。きっと監視カメラでお見通しだろうが、それでも、地球人の前では感情を出したくなかった。1、2度まばたきをして表情を消すと、私は兵士と一緒に入ってきた彼を見やる。 「シ……」 声をかけようとして彼と目が合い、私は言葉を飲み込んだ。 それは確かに彼だった。だが、一瞬別人だったかと思ったほど、その目は暗かった。 こんな目をした彼など見たことがなかった私は、そのまま面食らって黙り込んだ。そんな私から彼は目をそらし、何の感慨も感情もない様子で歩みよると、ゆっくりと私の前に腰をおろす。そしてまるで私などいないかのように、身じろぎもせず座っている。 「…………」 私は途方に暮れてしまった。 どうやらただならぬことが彼に起こっているのは確かだが、それがなんなのか見当がつかない。食ってかかって来られたら言い返しようはある。暴力であっても及ばずながら反撃の方法は知っている。だが、こういう形で……無視という拒絶に対しては、私はどうすればいいのか。 とりあえず彼の視線をとらえて会話のきっかけにしようとしたが、まるで人形でも相手にしているようで、全く手ごたえがなかった。私の知る彼は実に分かりやすい性格をしていただけに、この変貌は気味悪くすら見えた。一体どうしちゃったの、と私は思い、いろいろと心当たりを巡らせた。例えば地球人から私を無視するよう命じられている、無理矢理引きずり出した私のやり方が気に入らない、例えば精神に変調を来たした、私を嫌いになった、等々……。 ……だが、悩んでいるうちに私は段々あほらしくなってきた。同時に、どこまでもだんまりを通そうとする彼の態度に、理不尽なものを感じ始めた。確かにこういう再会は不本意かもしれないけど、それでももう少しやりようというものはあるじゃないのと考える。そうなると、彼の暗い目すら、なんだか人を馬鹿にしているようで気に入らなかった。 なんであたしがそこまでしてあんたのご機嫌とらなきゃならないの? 子供の頃から、我慢比べではいつも勝つのは私だった。私は椅子に座り直すと腕を組み、息をついて待ちの姿勢に入った。私の意図を察したのか、彼は一瞬無表情に私を見やるが、すぐにまた目をそらしてしまう。ああそう、そういうつもりなのね、とさらに私はむっとし、意地になって腰を落ち着ける。 じりじりと時間が過ぎていった。 沈黙が長引くにつれ、部屋の隅で見張っている地球人兵士たちがそわそわし始めた。最初は落ち着かなげに身じろぎしているだけだったが、そのうちふたりでひそひそと何事か囁きだす。無理もない、と私は思い、彼らに少し同情した。何をするでもなくただひたすら黙りこくっている異星人の男女など、連中にしてみれば不気味以外の何物でもないだろう。私だって、こんな捕虜たちを相手にするのはいやだ。 頑固者、と心の中でののしり、彼の横顔を眺めた私は、面立ちがずいぶんとやつれたのに気付く。身だしなみは悪くないからそこそこの待遇は受けているのだろうが、やっぱりこんな生活では気の休まる暇がないのだろうか。いくら地球人の血を引いているといっても、地球の習慣や考え方を知っている訳ではないのだし、何より、周囲の地球人には彼はククトニアンにしか見えないはずだ。地球人の手先として同胞の尋問を手助けするククトニアン……地球人からも、ついでに捕虜たちからも、向けられる感情は最悪に違いない……。 ……と、そんなことをとりとめもなく考えているうちに、いつしか私は寝てしまったらしい。 突然妙な音が聞こえ、私はびっくりして顔を上げた。とっさに自分がどこにいるのか分からず見回すと、すぐそばに必死で笑いをこらえる彼の顔があった。私と目が合い彼はあわてて口元を引き結んだが、いくらもたたないうちにまた吹き出し、そのまま我慢できなくなったように笑い崩れる。 「…………」 その時になってようやく、私は自分が居眠りをしていたことに気付いて憮然とした。精一杯威厳を保って彼をにらみつけてはみるが、彼は知らん顔でなおも涙を流さんばかりに笑いこけている。いっそひっぱたいてやりたくなったが、何しろ間抜け面をさらした後だけに強くも出れない。 「……ここん所良く眠れなかったんだってば」 我ながら言い訳じみているのに気付いて、私はそれきり口を閉じた。私の内心の葛藤など知るよしもないその眠れなかった原因は、笑うあまりにむせながらやっとのことで語を絞り出す。 「こんな所まで来て……お前の寝ぼけ顔を見ることになるとは思わなかったよ」 「……誰のせいだと思ってんのよ」 むっつりと言い返しながらも、ようやく彼が口をきいたことに私はほっとした。と同時に彼の目にもどこか安堵したような光があるのを見て奇妙に思う。 「あんたが最初っから素直にしてれば、あたしだって馬鹿面さらさずに済んだのよ。全く、地球人の前でいらん恥かいちゃったでしょ」 「たまには奴らの困る顔を見るのも悪くないさ」 「どうやら魂まで地球人に売ったって訳じゃなさそうね。安心した」 ……まるでいきなり現実に引き戻されたかのように、彼の顔から笑いの余韻がすっと消えた。一瞬の後、私から距離をとるようにわずかに身を引き、椅子の背にもたれかかるとことさら辛辣な調子でふんと言う。 「……売るも何も、俺は半分奴らの同類だからな」 その辛辣さが誰に向けられているかはすぐ分かった。他でもない彼自身だ。でもなぜ? と私は思い、試しに探りを入れてみる。 「だから奴らに協力してるって訳?」 「そうだと言ったら?」 「あんた、嘘つくとき右の腕がぴくって動く癖があるの知ってる?」 「…………」 彼は思わず自分の右腕に目を落とし、次いで渋い顔で私を見た。やがて、ごまかしても無駄だというのを悟ったらしく、ひとつため息をつくと開き直ったように椅子の上で伸びをする。 「……聞かないのか? 俺がどうして地球人の手先になってるのか」 先ほどと同じように辛辣な、そして投げやりな口調だった。今度はこっちが試されているのだろうかと私は彼の様子をうかがったが、そうでないことにすぐに気付いた。むしろ、私がどう反応するかが分からず、身構えている風に見える。 「そりゃあ聞きたいのは山々だけど……」 彼の肩がこわばるのを横目にしながら、私は答えた。 「あんたのことだもの、聞いたって言いたくなければ絶対言わないでしょ」 「…………」 彼は無言だったが、ほんの少し肩の力が抜けた。しばらく沈黙が続き、唐突にまた彼は口を開く。 「……本国じゃどういうことになってる? 戦死か?」 話してもいいものかと私は逡巡したが、ごまかしても意味がないとすぐに思い直した。 「私が聞かされたのは……任務をはずされたのを逆恨みして、戦闘中に上司を攻撃、そのまんま逃亡だって」 「……ふん」 「でも違うんでしょ?」 「どうしてそう思うんだ」 「だってあんたらしくないもん」 「……それはお前がそう思ってるだけさ」 「じゃあなに、その通りだって言うの」 我知らず口調がきつくなっていたが、彼は答えなかった。 「はっきりしなさいよ。いい、あんたが本当に脱走兵だったりしたらあたしあんたを許さないわよ」 「好きなように考えたらいいだろう、俺にはもう関係ない」 彼の皮肉はいつものことだが、疳に障る言い方を続けるにもほどがある。本当にとっちめてやろうかと思いながら、私は威嚇するように声を低めた。 「どうやら分かってないようね。関係は大ありなの、あんたはあたしだけじゃなくて、父さんや母さんまで馬鹿にしてるのよ」 「何でお前の親が出てくるんだ」 「ふたりとも言ってるからよ! シドは地球人だけど悪い子じゃない。そんな卑劣なことをするような子じゃないって。それをあんた関係ないとは……」 そこで彼の顔に気付いて私は首をかしげた。しばらく迷ってから「どうしたの?」と尋ねる。 「……おじさんとおばさんが……そんな風に?」 心底驚いた表情で彼はつぶやいた。わずかに首を振ると私を見やる。 「嘘だろう?」 「へえ、あんたあたしを嘘つきって言うんだ?」 とうとう私がかんしゃくを起こすと、彼はまるで少年に戻ったかのような顔で恐縮した。 「……悪かった。でも、ふたりとも確か俺を疎んじて……」 その言葉に含まれるとまどいと畏れを感じて、私はああそうかと思い当たった。私の両親も他の人たちと同じように、彼に近づこうとしなかった。だから彼は、私の両親も他の人と同じに自分を忌み嫌っていると考えている。というか、彼にしてみれば、自分に好意的な人間がいるかもしれないなどということは、想像するだけ無駄だったのかもしれない。彼が置かれてきた現実を考えると、無理のない思いこみではあるのだが。 「サライダのおじさんにだまされてたってのがあったからね」 そうと分かれば怒る理由はない。私は彼に説明した。 「それに、父さんも母さんも臆病だから、世間からとやかく言われるのがいやさにあんたを遠ざけてたのよ。でも、実は結構気にしてたみたい。時々あんたのこと話してるの聞いたわ」 そう、両親は自分から彼に関わろうとはしなかったが、娘が彼と遊び回ることは止めなかったし、他の大人のように彼の悪口を子供に吹き込んだりもしなかった(もっとも、伯父については良く文句を言っていたが)。子供の頃は別に不思議でもなかったが、もしかすると、ずいぶんと両親には勇気があったのかもしれない。 生まれ育った狭い街と小さな家、そして両親の姿が不意に思い出された。多分二度と戻れないであろうその風景を私はなつかしく思い、胸が痛くなった。 その気持ちが表に出たのだろうか。彼はしばらく私の顔を眺めていたが、ふと厳粛な面持ちになると姿勢を正した。 「そういえば、お前、情報を吐く代わりに俺と会わせろって言い張ったらしいな」 突然何を言いだしたのか分からず、私はきょとんとした。ややあって、尋問官が彼にしゃべったのだというのに思い至って舌打ちをする。 「あの女ね……口の軽い女」 彼は眉をしかめた。 「ごまかすなよ。分かってるのか? お前がやるって言ったことはククトへの裏切りなんだぞ」 「そういえばそうね。でも、そうしなきゃあんたに会わせてもらえないと思ったのよ」 「お前それでもククトニアンか!」 「怒鳴らないでよ。連中が飛びつきそうな餌がそれしかなかったんだもん、仕方ないでしょ」 「…………」 しれっとした私の答えに彼は呆れて口をつぐんだ。ひとつため息をつくとどこかしみじみと語を継ぐ。 「……なあ、いつも思ってたんだけどな」 「何よ」 「一体どこからそんな無茶苦茶な考えが出てくるんだ、お前」 「あんたに言われたくないわ、それ」 まっとうな方法で彼を助けられるならそれに越したことはない。できないから、いつもひとひねりもふたひねりもしなくてはならないのだ。全く人の気も知らないで、と私は心の中でぼやき、彼が何を言ったかを聞き逃す所だった。 「……え? 何?」 「何があったのかお前に話すって言ったんだよ」 「話すって、何を?」 「俺がなんで……ここでこんなことをしてるかさ。それを聞けば気が済むんだろう? だから奴らに情報をもらすなんて馬鹿なことはやめろ」 「……ちょっと待ってよ。ここでの会話って録音されてるんでしょ? そんなこと言ったらあんたがまずい立場に……」 思いがけない成り行きに私はあわてた。だが、彼の次の言葉につと胸をつかれ、言葉を失う。 「いいさ、俺にはもう帰る所なんてないからな」 「…………」 「でもお前は違うだろ。いいか、お前は絶対裏切り者になんかなるなよ。いつかククトに帰って……」 そこで彼はためらい、私の顔を見た。俺の名誉を回復してくれ、彼がそう言うのかと私は思った。 「……機会があったら、おじさんとおばさんに迷惑をかけて申し訳ないと伝えてくれ」 一瞬、また彼の顔に少年の面影が戻ったような気がした。だがそれはすぐに消え去り、無表情になった彼は私の反論を手で遮った。そして、堰を切ったように話し出した。 それはあまり長くもなく、彼らしくきっちりとまとめられた話だった。開戦後に命じられた地球人がらみの任務のこと、母なるククトで反政府主義者に捕らえられ、サライダ博士と再会したこと。ようやく脱走したものの、情勢が悪化する中、“敵との混血”である彼の居場所は軍の中にはなくなっていたこと。そればかりか、戦闘中に消されかけ、危ういところで脱出したこと……。 「……結局、全部無駄なあがきだったって訳さ」 そこだけふと自嘲的になり、彼は言った。 「どんなに頑張っても、どれだけの事をしても『お前には奴らの血が流れている』の一言で全部否定だ……いや、最初からそんなことは分かってたんだな。所詮、ククトは俺を認めはしないなんてことは……ただ、俺のほうが認めたくなかったんだよ。で、あがいてあがいて結果がこれだ」 「…………」 私はただ沈黙するしかなかった。 その後、機動兵器と共に漂流していた所を地球軍に発見され、幸か不幸か救助された。だが、自分の人生の限界を目の当たりにしてしまった彼は、もはやククトも地球も、自分自身のことすらどうでも良くなってしまったのだという。そうして生きるでもなく死ぬでもない日々を過ごすうち、両方の言語に堪能なのが地球人にばれて、言われるままに尋問の通訳を務めていたのだそうだ。 それだけのことを、激しやすい彼がなんの感情も交えず淡々と話す姿は、その性格を知っているだけに痛々しいものすら感じられた。それが自制ならともかく、絶望ゆえとなれば尚更である。ここに現われた時、なぜ彼があんな暗い目をしていたのか、私を避けようとしたのか、今更ながらに私は合点がいった。 だが……。 恐らく、彼の気持ちは私には絶対理解できないだろう、と私は思った。なぜなら私はククトニアンだからだ。まあ反政府組織の総領などというとんでもない伯父はいるが、少なくとも、それで私の存在そのものが否定されることはまずない。 だから私には、親が地球人というだけで存在すら許されなくなってしまう、そんな心の底からの苦しみを分かることなどできないのだ。それが私にはたまらなく悔しくつらかった。いくら表面的にかばうことができても、彼を理解できないのでは意味がない。もしかすると、私がこれまでしてきたことは、彼にとってはむしろ重荷となることが多かったのではないか……。 「……ごめん」 「何だいきなり」 我知らず漏らした言葉に、彼は驚いたように笑った。そして私の肩を軽く叩くと、私が何も言わないうちに立ち上がる。 「お前に話せて少しすっきりしたな」 話は終わった、と隅で退屈そうに控える兵士たちに告げ、彼は私を振り返った。 「博士どころか俺まで反乱分子になったと一生お前に恨まれるのは、想像するだけでぞっとする」 その台詞で、彼が別れを告げようとしているのが私には分かった。 「……どうするのよ、これから?」 ずっと地球人の中で……? と尋ねかけて私は言葉を切る。彼はもういちど、今度はどこか悲しげに笑った。 「今度は半分ククトニアンだと嫌われるのかな。まあ、それもまた俺の人生か……いいか、お前は家に帰れよ。俺ひとりのためにククトを捨てるなんてことはするな」 それきり彼はきびすを返した。そして、地球人たちと共に去っていった。 件の尋問官が現われたのは、しばらく時間がたった後のことだった。 『なかなか面白い話を聞かせてもらいました』 通訳も伴わずにひとりで入ってきた彼女は、開口一番こう言った。私も今更言葉が分からないふりはせず、素直に応じる。 『内容を把握するのが早いこと。彼以外にも優秀な通訳を持っているんですか?』 『録音されたものをコンピュータで直訳するならそう難しくはないんですよ。ただ、意訳はできないし、即時性もないので同時通訳には使えないんですけど』 『そう、それでどこが面白かったですか?』 『というより、良く把握できない部分がありまして。それであなたに確認に来たんです』 やれやれ、早速来たか、と私は思った。彼から口止めされたのを私が守るかどうか試しているに違いない。もし素直に答えなければ彼を罰するという訳だ。多分、これほど気分が沈んでいなかったら、私は彼女を殴っていたことだろう。 ところが、尋問官の質問は意表をつかれるものだった。 『なぜ彼を地球人と言うんですか?』 「……は?」 私は呆気にとられた。からかわれているのかと思ったが、彼女の顔は至って真剣だった。 『会話の中で、あなたは彼を地球人だと言いましたね。そして彼もそれを否定していない……普通、ククトニアンの間で地球人という語が使われる時は、悪口や非難の意味でのことが多いんです』 『そうかもしれませんね』 自分の経験を思い返しながら私は答えた。尋問官はなんだか困った顔になる。 『ということは、あなたも地球人という語は悪意を含むと知っているんですね。だとしたらますます分からないわ』 『何が?』 『あなたと彼との会話には、全くそういう意図が見えないからですよ。つまり、事実として彼が地球人だという意味になるのだけど……まさかそんなことがあるわけはないし……』 言っておくけど、翻訳機能に問題はありません。何度も確認しました。そんなことをまくしたてる彼女を前に、私は何だか笑い出したくなった。ここでばらしたら彼は怒るだろうかと考え、構うまいと思い直す。そろそろ彼も、地球に対して負債の返還を請求してもいい頃だ。 それに、久しぶりに怒る彼を見るのも悪くない。 『いいですよ、答えます……彼が地球人というのは事実です』 『え……?』 『正確に言うと、彼は地球人とククトニアンの間に生まれたそうです。私が知り合った時には両親ともいなかったから、どっちがどっちなのかは知らないけど……多分地球人は母親のほうかも。父親は彼が生まれる前に地球人の攻撃に遭って死んだと聞いていますから』 『……まさか……』 絶句した彼女の表情を私はそっと観察した。彼女が示すのが興味や同情か、または嫌悪かで、これからの彼の世界が分かる。 『地球人とククトニアンの混血なんて聞いたこともない』 『私も彼以外には知りません』 短く私は答え、確かこういう時に使う仕草だったかと思いながら地球式に肩をすくめてみせた。 『もしかすると、彼ひとりしかいないのかもしれませんね』 そしてひとりで一生懸命生きてきた。何とか道を切り開こうとしながら。 その結果がこれとはあまりに皮肉すぎる話ではあるが……。 『…………』 尋問官の顔は疑わしげでこそあったものの、そこに嫌悪の色は見えなかった。ひとりぼっちの異邦人という図を想像でもしたのだろうか、どちらかといえば同情に近い表情を見て取って私はほっとし、そして、奇妙なことにひどくむっとした。 彼が辛酸をなめる原因を作ったのは地球人だ。なのに彼らはそのことを知らないという理由だけで、涼しい顔をしている。 そして他人事のように彼に同情しようとしている。 そんな考えが頭をもたげ、なぜ彼がただ黙って地球人に従っているのか分かった気がした。自分の全人生を振り回し、押しつぶした相手から無責任な同情を向けられる屈辱を味わう位なら、ただじっと自分の絶望に耐えているほうがマシなのだろう。 『……彼が軍から排除されたのは、地球人との混血だったからです』 何か思いつく先に口が出るのは、子供の頃からの悪い癖だった。そう言ってから黙って考えをまとめる私に、尋問官はやや目をみはってどうやらそのようねとうなずいた。 『翻訳からでは話の繋がりが今ひとつ分からなかったんだけど、あなたの話で合点がいったわ……敵の血を引くからといって殺してしまおうとするなんて……野蛮な……』 『野蛮、それはそうかもしれません』 ここで否定すれば、これから話を私の望む方向に持っていくのが難しくなる。私は彼女の首を絞めたくなる気持ちを抑えてうなずいた。そもそも、お互いに自分の野蛮さを認める謙虚さがあったなら、多分この戦争は始まらなかっただろう。 『ですがなぜ、地球人だということがククトでそこまで憎悪されたんだと思いますか?』 私は慎重に言葉を継いだ。尋問官は目をぱちくりさせる。 『それは……あなたたちにとっては我々地球人が敵だからでしょう』 『ではなぜ、ククトにとって地球人は敵なのか知っていますか?』 ククトニアンの尋問に関わってきた彼女が、私たちが今度の戦争を侵略者地球人への復讐と見なしていることを知らないわけがない。罠にはまったと彼女が悟るのを見て取って、私は続けた。 『地球人が我々を攻撃さえしなければ、彼が敵とみなされることはなく、排除されるようなことにもならなかった。つまりこれはあなたたちにも責任のあることです。違いますか?』 『……屁理屈よ』 そう言う尋問官の声は、やや甲高く聞こえた。 『今回の戦争はあなたたちが奇襲したことが始まりでしょう。ここは私たちが見つけた惑星で、私たちは平和的な植民をしていました。そんなことまで私たちの責任にされるのは迷惑です!』 『彼の父親は、彼が生まれる前に地球人の攻撃で死亡した、そう言いませんでしたか? 彼はついこの間生まれた訳ではありませんよ』 屁理屈なことは自分でもよく分かっていたから、私は構わずたたみかける。 『それじゃあ逆に、彼が地球で生まれていた場合を考えてみましょう。私が得ている情報では、ほぼ全ての地球人が、実際に攻撃を受けるまで私たちの存在を知らなかったようですね。あなたも言ったように、クレアドもベルウィックも、地球人自身が最初に発見し入植した場所なのだと、そう信じ込まされていました』 それを知った時、私は吐き気がしたものだった。自分たちの利得のために、他の民族を丸ごと隠蔽し消滅させようとする。大人たちは地球人がこんな連中であることを知っていたから彼を忌み嫌ったのかと納得し、同時に、彼が背負わされているもののどうしようもない深刻さにも気付いた瞬間だった。 『……つまり、ククトニアンの存在を知らない地球でなら、彼は正体不明の異星人ではあるけども、侵略者、敵であるとは認識されない。どうですか? そんな中でも、ククトの時と同じに彼は憎悪されたと思いますか?』 『…………』 『答えてください。どうですか? 私はククトニアンだから良く分かりません。地球人のあなたが答えてください』 『…………』 こうなると一体どちらが尋問しているのか分からない。きっと、別室で監視している連中も呆れていることだろう。 『私は、地球は彼に対して償いをしなくてはならないと思います』 彼女の沈黙を肯定ととらえ、私は言い放った。 『なぜなら、あなたが認めたように、地球人が侵略さえしなければ、彼が敵と見なされ、こういう境遇に置かれることもなかっただろうから。地球人は彼から多くのものを奪い、彼の人生を破壊してしまった……その支払いを私は地球人に要求します』 地球人たちが、自分たちの行為が彼をどんな目に遭わせたのかも知らずにのうのうと暮らしていること。そして平然と、彼を“ククトニアン”呼ばわりすること、他人面で彼に同情すること……それが私にはそれはどうしても許せない。 連中さえ来なければ、彼はただの異星人というだけで済んだのだ。 私の声と表情に、尋問官はあきらかにひるんだ。それでも弱みを見せる訳にはいかないと考えたか、かろうじて反論する。 『そんな……私に言われても困ります』 『あなたも地球人でしょう。しかも軍人だ。軍の力なら彼の保護は不可能ではないでしょう?』 『それはそうだけど……第一、彼が地球人の血を引くという確証もないのに……』 『確証?』 今度こそ私は激怒し、席を蹴った。 『さっきあなたは、彼が地球人だということを納得していたではないですか。何を今更確証なんて言い出すんですか。私を馬鹿にしているの!』 『…………』 『そんなに確証が欲しければ調べればどう。彼が生まれた前後にイプザーロン系で行方不明になった地球人を探すんです! 今みたいに何千人も何万人もいるわけじゃないんだから、難しくはないでしょう!』 そしてその人の血縁者と彼の間に、遺伝的なつながりがあるかどうか確認すればいいじゃない。地球にもそのくらいの技術はあるでしょう? それとも、地球人の科学力は戦争するだけしか能がないの? 途中からククト語に変わっているのに気付いたが、私は止めなかった。私の剣幕に押されたか、尋問官はまるで逃げる場所を探してでもいるかのように落ち着きなくあたりを見回している。その顔には、ひとりでここに来たのを後悔している様子がありありと表われていた。 ……私が息を切らして黙り込んでも、彼女は口を開こうとしなかった。しばらくたって私の視線を受け、ようやく渋々と言った声を出した。 『……ごめんなさい、失言だったわ……』 どうやら追いつめられて開き直ったらしい。その目には誇りとも意地ともつかない光が見え隠れする。地球人のプライドってやつ? と私は思い、冷笑したくなった。尋問官の頬が一瞬引きつったところを見ると、実際に笑ってしまったのかもしれない。 『……約束はできないけど、彼については何とかできないかやってみます。半分とはいえ、我々の同胞ということであれば、見捨てることはできません……地球人はククトニアンのように野蛮でも冷酷でもありませんからね』 最後の一言はせめてもの意趣返しのつもりだろう。同胞ね、と私はあざけりを込めて考えたが、今度は外に出すのは我慢した。彼のほうは、地球人を同胞だと思ったことなど一度だってないのに。 『是非おねがいしますよ』 私の慇懃無礼さに気付いたかどうか。彼女はもったいぶってうなずくと、長居は無用とばかりに部屋から出ていった。その余裕のない後ろ姿をいい気味と私は思い、迎えの兵士が来るまでの時間を利用して、次にどういう手が出せるか考え込んだ。 ……きっと私のやったことは無意味なことに違いない。あの女ひとりが動いたところでたかが知れているし、そもそも彼自身が、地球人になることをよしとしないだろう。もしかすると、また彼に重荷を背負わせてしまうだけになるのかもしれない。 ならばなぜ、私は地球人に彼を認めさせたいと思うのだろう。 彼が失ったククトのかわりに、地球を渡したいのだろうか? 地球人に、自分たちがしたことを思い知らせてやりたかったのだろうか? ……自分の心は人の心以上によく分からない。だが、すでに私は石を転がしてしまった。 今はただ、その転がりゆく先をなるたけ良いものにし、そして、祈るしかない。 ![]() 『私の友達』の続編にあたります。何というか、相変わらずな出来でございます。どうもいまいちミューラァの言動が本編と違うような気もしますが、まあ遠慮も警戒もいらない幼なじみだけに見せる顔ってことで。 パラレルワールド仕様というのはこういうサイドストーリー物では反則技ですが、今回はあえて『ケイトの記憶』を無視しました。理由は簡単で、あれに合わせるとネラを出さざるを得ないし、そうなると話が女の戦いになっちゃうからです。それもそれで面白そうな気もしますが、とりあえずはミューラァの平和のためにも、ここは別世界で遮断してネラにはご遠慮いただくことにしました。 |