Original Story of VIFAM

指揮する資格


「おはよう諸君、奴らの動きはどうだ?」
「相変わらずですよ、進路変更なし、加速減速なし。まっすぐこっちに突き進んできます」
 朝一番の観測員の報告に、責任者のリレダ大尉は腐った表情を隠そうともしなかった。
「いい加減、よけてやろうって気にならないもんかねえ。向こうだって衝突すれば大損害なんだろ?」
「大損害どころかきっともろともに吹っ飛びますね」
 ……正体不明の航宙艦の接近をこの観測ステーションが検知したのは、3日ほど前のことだった。
 軌道から見て、それはごく最近にベルウィックを脱出した地球人の軍艦だと推測されていた。念のために航路局の最新データを洗い直してみたが、軍民含めて該当宙域を航行中、あるいは航行予定の艦船はない。
 そして現在、その艦の軌道は観測ステーションとの衝突コースに乗っている。
「いっそよけてくれって通信してみましょうか」
「おー、よけるどころか大喜びで襲ってくるぞー、きっと」
 自航能力のないこのステーションは、攻撃されればひとたまりもない。どうせ向こうから見ればこちらはただの廃船にしか見えないのだから、ぎりぎりまで死んだふりをしているほうがいい。リレダ大尉の言葉に、だが観測員はややうさんくさげな顔になった。
「よけてくれる気になればいいですけどね、ならなかったらどうすんです?」
「どういう意味だ?」
「奴らがこっちを障害物と見なして、爆破なり砲撃なりで破壊しようと考えたらってことですよ」
「…………」
 それは最も考えたくない事態だった。
 もし大尉があの航宙艦の指揮官だったら、最小限の軌道変更なり加減速なりでかわそうとするだろう。わざわざ破壊までして無駄なエネルギーを使う必然性はない。
 だが相手は地球人だ。連中にこちらの常識は通用しない。もしかすると、何の目的もない、単なる破壊のための破壊を行わないとも限らない。自分たち軍人はともかく、観測要員のほとんどは軍属の民間人だ。みすみす無駄死にさせる訳にはいかない。
 やはり、早めに脱出させるべきだろうか。と大尉は考えた。だが、脱出させればこの“廃船”が実は生きていることが地球人にばれてしまう。逆にそれが攻撃を誘発してしまったら……。
「おはようございます」
 いやな思考を幸いなことに破ってくれたのは、セレニ少尉の若々しい声だった。リレダ大尉は振り向き、社交辞令にとどまらない笑顔を少尉に向けた。
「おはよう少尉。今日も元気だな」
「お早いですね、大尉」
「うん、まあな」
 我知らず大尉の眼が壁の情報スクリーンへと向かった。その視線を追ったセレニ少尉は、まだあどけなさの残る顔に不安げな表情を浮かべる。
「……変わってませんね、まだ」
 士官学校を出たてのこの少尉は、つい最近ステーションに着任したばかりだった。宇宙に憧れ、パイロットか艦隊勤務を希望したものの健康上の事情からはねられ、かろうじてここに回されてきたのだという。だが、自他共に認める二線級の現場で、まさかいきなり地球人の軍艦とにらめっこをする羽目になるとは思わなかっただろう。
「おいこら坊や」
 そんな彼の背をリレダ大尉はちょいとつついた。びくっとして振り返るのに冗談めかしてにやりと笑ってみせる。
「そんな顔するなよ。士官が恐がるとな、下にもうつっちまうんだ。少尉もそのうち部下を持つんだから、今から気を付けとけ」
「あ……はい」
 あわててうなずく少尉に大尉はうなずき返す。そしてひとつのびをした
「さて、少尉が来たところで俺はちょこっと休憩するか。後を頼むぞ」
「……えっ?」
 少尉は目をぱちくりさせる。
「俺が戻るまで指揮を任せるって言ってるんだよ」
「え……でも僕はまだ指揮資格は……」
 士官といえども、試験に通らないと部隊や航宙艦を率いることはできない。卒業からまだ半年しかたっていない少尉には、まだ受験資格すらなかった。
「指揮なんざ資格でするもんじゃないんだよ」
 ためらうセレニ少尉を、だが大尉は笑い飛ばす。
「いい機会だ。実習だ実習。ああ言えばこう言う軍属連中を適当にあしらう訓練なんてコースじゃさせてくれないからな、この際経験のひとつも積んどけ」
「ひどいなあ、大尉。俺らがいつああ言えばこう言いました」
 観測員のひとりがにやつきながら抗議の声を上げた。リレダ大尉はわざとらしく顔をしかめ、肩をそびやかす。
「いつも言ってるだろがよ。もう俺は毎朝憂鬱でたまらないんだ。今日もまたお前らに何かつっこまれるかと思うと……」
「それ、昨日の寝坊の言い訳ですよね」
「……とまあこんな調子だな。少々気は滅入るかもしれんが心臓を鍛える役には立つぜ」
 セレニ少尉はきまじめな面持ちでうなずいた。
「……分かりました。できるかどうか分かりませんけどやってみます」
「よしその意気だ。頼んだぞ」
 リレダ大尉は彼の腕をぽんと叩くと背を向け、何やら調子っぱずれの口笛を吹きながら去っていった。


「楽にしていてくださいよ、少尉」
 緊張しきって指揮官席に腰を下ろしたセレニ少尉に、観測員がいたわるように言った。
「とりあえずやることは監視だけです。それに多分、今日いっぱいくらいは状況は動きませんから」
「……大尉はそれを?」
「ええ、ご存じです」
「……そうですか」
 少尉はやや肩の力を抜き、小さくため息をついた。そして情けない顔になる。
「いろいろ学校でやってきたはずなのに。いざとなると全然駄目ですね」
「まー誰でもそうですよ。俺も最初の仕事の時はガチガチに緊張しましたからね」
「でも僕は軍人なのに……」
 彼が受けている訓練は、民間人の技術者とは比較にならない程厳しいはずである。それはまさにこういう時に動揺しないためのものではないのか。そう考えると少尉は気恥ずかしかった。もしかすると、自分がパイロットにも艦隊勤務にもなれなかったのは、身体の問題ではなくこういう部分が原因だったのかもしれない、などと思う。
 だが観測員たちは、彼のそんな悩みなど頓着していないようだった。
「関係ないですよ。むしろ経験もないのにいきなり自信満々の奴のほうがよっぽど気持ち悪いですって。なあ」
「だな。ほら、前にいたあの中尉とか……」
「あー、センサひとつぶち壊して大尉に追い出された……一体どこからあの自信が出てきてたんだろうな」
「まー馬鹿ほど自分が分かってないってことで」
「センサで済めばいいが殺されちゃたまらんよ。下につく部下は気の毒だな……っとっと、こんなこと言ってたなんて内緒にしておいてくださいよ少尉」
「……分かりました」
 セレニ少尉は苦笑いをしながらうなずいた。どうやら彼らが雑談を装って自分を持ち上げてくれているのが分かったからである。観測員たちにとっては、指揮どころか子守でもしている気分なんだろうなきっと、と彼は考えた。大尉もちゃんとそのあたりを見越してここを任せたのだろう。
「少尉、現在の監視状況をそちらに転送しますか?」
「あ、はい、お願いします」
 そういえばまだ引き継ぎ記録にも目を通していないことを思い出し、少尉はあわてた。実態は子守される身とはいえ、指揮官は指揮官だ。仕事をおろそかにするわけにはいかない。彼は端末を開き、書類を読み始めた。


 それからほぼ1日後……。
 けたたましい警報に、仮眠中のセレニ少尉は飛び起きた。脱いでいた上着をひっつかみ、袖を通しながら司令室に駆けつける。
「セレニ少尉、参りました!」
「……動き出したぜえ、敵さん」
 パイロットスーツ姿のリレダ大尉が、スクリーンをにらみつけながら言った。航宙艦から機動兵器が離脱し、接近してくるのが見える。
「どうやら最悪の事態になりやがったな……おい、奴らがこっちに来るまでどのくらいだ?」
「約30分です」
「機密の破棄は?」
「あと10分ほどで完了します!」
「よし、機動兵器隊全機出撃。展開しつつ指示を待て。セレニ少尉、観測員の脱出の指揮を執れ」
「えっ?!」
 こんな時ではあったが、少尉は一瞬呆気にとられた。走り出しかけていたリレダ大尉は足を止め、じろりと彼を見る。
「えっ、じゃないだろう。復唱!」
「で、ですが僕は……」
「俺は迎撃指揮に出るんだよ。残るのは坊やしかいないだろうが」
「…………」
 少尉は茫然として周囲を見回した。大尉も含めて機動兵器が全て出撃するということは、ステーションには少尉以外の軍人がいなくなるということでもある。資格もなく経験もなく、観測員たちから子守をされるような自分が、皆を率いて脱出の準備を進めなくてはならないというのは……。
「僕……僕にはできません。大尉が指揮をなさってください!」
 その瞬間、リレダ大尉の表情が変わった。正面から見据えられ、殴られると思った少尉は反射的に後ずさる。
「……今のは聞かなかったことにしといてやる」
 ややあって、ひとつ息を吐いた大尉は静かに応じた。彼をおびえさせたことに気付いたらしい。
「いいか、俺は迎撃のほうで手一杯になるんだ。脱出の指揮までする余裕はない……ここは少尉にまかせるしかないんだよ」
「……で、でも……」
「さらに言えばだな、もし少尉がドジっても俺が代わりに脱出指揮をすることはできる。つまり、俺が少尉の予備になれるんだよ。でも俺が先に指揮を執って失敗したら、少尉は代わりをできるのか? 俺の予備になれるのか?」
「……無理です……」
「そういうことだ」
 リレダ大尉はスクリーンの中の敵機動兵器をちらりと見やった。そして若い少尉の腕を軽く叩くと低く言う。
「できる限り時間は稼ぐ。だから少尉は落ち着いていけ……大丈夫だ、お前ならできるよ」
 その声音に含まれる何かに、セレニ少尉ははっとして顔を上げた。だが彼と目が合う前に大尉は視線をそらして「復唱は」と言う。
「……セレニ少尉、観測員の脱出の指揮を執ります!」
 声が震えないようにするのが、少尉には精一杯だった。そんな彼に、視線をそらせたまま大尉はにっと笑う。
「よし、任せた! おいショウ観測員、少尉の補佐に入れ」
「了解しました。少尉、お願いします」
「はい」
 指揮官席に座るセレニ少尉の後ろ姿を見て、リレダ大尉はそっとうなずいた。そしてきびすを返すと振り返らずに司令室から出て行った。

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 17話を「船の残骸」側から書いてみました。恐らく誰もが抱いたであろう「なんで残骸の中にガッシュがいたんだ?」 という疑問がベースです(笑)。