Original Story of VIFAM

いつものこと


【機動兵器シミュレーション対戦訓練】
・赤部隊
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スレン・ダウア(隊長)
ディ・リッシャ
バルダ・イリアヤ
・青部隊
---------------------|
シド・ミューラァ(隊長)
マルケ・エナーダ
ダーラ・エディア



「……64象限に敵3機発見。58方面に移動しつつ急速接近」
「陣形3に展開、迎撃」
「了解」
 この対戦は最初から不利だった。
 何しろ相手は経験、技量共にまさる上級生である。その上、憎たらしい混血児の鼻っ柱をへし折るまたとないチャンスと張り切っている。
「おいミューラァ、回り込まれそうだぞ!」
「放っとけ! 連中こっちを引き離して叩くつもりだ、誘いに乗ったら食われるからな!」
「んなこと言ったってこのままじゃ……うわ!」
「ミューラァ、エナーダ機被弾!」
「援護に入れ!」
 ミューラァ機とエディア機は一斉にエナーダ機に向かう。が、2機の敵機が素早く割り込み妨害した。その間にエナーダ機は残った1機に仕留められ、爆発する。
「……ちっくしょう、汚ねえ」
「いや、戦術としては理にかなってる」
「冷静に言うな! ダウアの奴、お前が相手だからわざとこんないたぶるような手使ってくるんだぜ!」
「やっぱりそう思うか?」
「思わいでか!」
 実はミューラァも早いうちから気付いていた。隊長役という立場上自制していたが、エディアが分かっているなら遠慮はいらない。
 一瞬彼は考え込み、口を開いた。
「エディア」
「なんだ?」
「乱数加速プログラムを起動しながら狙撃モードに移れ。照準は自動」
「んなことしたって安全装置が働いてどっちかがキャンセルされるだけだろが」
「しないんだよこのシミュレータは。バグなんだ」
「……なんで知ってるんだそんなこと」
 もっともなエディアのつぶやきには答えず、彼は素早く乱数加速プログラムを呼び出した。Gが身体にかかるのを感じながら狙撃モード、自動照準を指定する。どうやらエディアの方も同様の設定をしたらしく、加速を始めるのがレーダーの映像から見て取れた。
 乱数加速というのは、こちらの軌道を読まれないために、コンピュータが自動的に不規則な加減速や進路変更を繰り返すものである。敵の攻撃や追跡をかわすために使用するもので、逆に言えば、その真っ最中に狙い定めた狙撃などできないし、無理にやろうとすれば自動的にキャンセルされるようになっている。容量の少ない機動兵器のコンピュータで、加速のための計算と照準を合わせ続けるための計算を同時に行えば、オーバーフローを起こすからだった。
 だが、起こるはずのことがここでは起こらなかった。
『エディア機、敵1撃破』
『ミューラァ機、敵3撃破』
『ミューラァ機、敵2撃破。敵全滅。戦闘終了』
 ありえない加速からの攻撃を受けた赤部隊は次々と破壊され、戦闘はあっけなく終わった。


「……シミュレータのバグを利用したなど……」
 整列した3人を前に、判定役の教官は渋い顔をしていた。
「ミューラァ生徒。君はそんなルール違反が勝利として認められると思っていたのかね?」
「いえ、思っていません」
「じゃあなぜやった?」
「勝ちたかったからです」
「…………」
 教官はさらに渋い顔になった。「全くこれだから……」と言いかけて途中で言葉を飲み込み、指でデスクをいらだたしげに叩く。
「とにかく、今回の対戦は成績にはカウントしない。今後同様の手を使った場合も同じだ……以上、退出してよし」
「はっ!」
 3人は神妙に敬礼をし、そのまま退出した。が、ドアが閉まったとたん、エディアが教官室に向かって小馬鹿にしたように手をひらひらさせる。
「へーんだ。どんな手を使おうと勝てば勝ちなんだよ」
「……お前、ダウアのこと汚ねえとか言ってなかったか」
 ミューラァが呆れた声を出す。エディアは悪びれもせずふんぞり返った。
「言ったとも。でも先にしかけてきたのは向こうだからな。こっちをいたぶるような真似するから悪いんだ」
「でもさ、少なくとも向こうは違反はやってないよ」
「エナーダ、お前どっちの味方だよ」
「正義と公正の味方」
「その口で言うか、その口で!」
「しっ、ご本人たちの登場だ」
 ミューラァの声に、ふたりはぴたりと口を閉じた。近付いてくる対戦相手に道を開けると敬礼する。
 いくらルール違反といえども、負けたのはやはり悔しかったのだろう。リッシャとイリアヤは答礼もせずにその前を歩いていった。が、ダウアだけは通り過ぎる瞬間、鋭く彼らを……ミューラァをにらみつける。
「──ずる賢い手を思いつくな、さすが地球人だ」
「!」
 吐き出すように投げつけられた言葉に、エディアとエナーダは息を飲んだ。が、当のミューラァは微動だにせず、完全な無表情を保つ。そんな彼をダウアは忌々しげにもういちどねめつけ、足早に去っていった。
「……おい、ミューラァ」
 3人の姿が完全に見えなくなってから、ふたりは様子をうかがうようにミューラァを振り返った。
「なんだ」
「いや、なんだって……その……気にするなよ」
「いつもの事さ、いちいちつきあってられるか」
 なんでもないように彼は答え、握りしめていた両手をゆっくりと開いた。だが傍目にも無理矢理に見えるその仕草に、実は相当気にしてるぞ、とエディアとエナーダは目で会話する。
「……ま、まあ奴らも楽っちゃ楽だよな。負けたのは実力じゃなくてお前が地球人だからって思えばいいんだから」
「…………」
「お前……そこで傷口広げてどーするよ、エディア」
「あ……」
 ますます仏頂面になったミューラァを見て、エディアはあわてて口をおさえる。気まずい沈黙が漂った。
「先に行く」
 それだけ言い残して、ミューラァはさっさと歩き出した。残されたふたりは後を追うに追えず、その背中を見送る。
「……あちゃー、ああなると手に負えないぞ」
「ちょっと待て、俺のせいかよ? ダウアじゃなくて」
「いやダウアのせいだと思うけどさ」
「…………」
 何となく複雑な思いで、エディアとエナーダは顔を見合わせた。やがてエナーダがぼそりと言う。
「あいつの気が荒いのって……やっぱり地球人の血が入ってるからかな」
「……死んでも本人の前で言うなよ、そんなこと」


 ミューラァがかろうじて平静を保っていたのも、自室に戻るまでだった。ドアが閉まるやいなや彼は感情を爆発させる。
「地球人、地球人! 地球人!!」
 ダン! と彼はデスクにこぶしを叩き付けた。
「何かといえばふたことめには地球人呼ばわりだ! くそ! 俺が何をした、俺にどうなれって言うんだ!」
 毒づくというには悲痛な響きのある言葉だった。2度、3度、続け様にこぶしでデスクを叩いたミューラァは、そのまま歯を食いしばり、身じろぎもせずに立ちつくす。
 ──どのくらいそうしていただろうか。
 ふとその肩から力が抜け落ちた。次いで、深いため息が口からもれる。
「……いつもの事さ」
 自分に言い聞かせるように低くつぶやき、彼は椅子に座り込んだ。頭を抱えようとしたその時、ドアホンの音が響き、彼を現実に引き戻す。
「……あ、やっぱり戻ってた」
 顔を出したミューラァに、遠慮がちに言ったのはエナーダだった。
「次の実習……遅れるとやばいだろ?」
 ミューラァは時計を見た。いつの間にか時間が過ぎている。
「今日の教官、スェラだぜ」
 エナーダの後ろから、エディアが口をはさんだ。
「始業前に来てるからごまかせないぞ。早くしろよ」
「……俺を探しに?」
「当たり前だろ。お前ひとりをさぼらせるかよ」
「…………」
 ……きっと世界のどこにも、自分の気持ちが分かる奴などいないだろう。
 それでも、こうして迎えに来てくれる奴はいる……。
「ああ……ああ、うん、悪い、すぐ行く」
 こくりとうなずき、ミューラァは中にとって返した。手早く教材をまとめると部屋を出る。そして待っていたふたりの肩を叩くと、教室へと向かった。


**おまけ**
「おいミューラァ! お前の気持ちは分かるぞ!」
「なんだよいきなり、気持ち悪いなエディア」
「誰だって好きで今の家族に生まれてくる訳じゃないんだもんな! だのにいっつも家族のせいで苦労するんだ。ああ、もし親兄弟を自分で選んで生まれてこれるんなら、みんな幸せになれただろうに。なんて世界は残酷なんだ!」
「……エナーダ、あいつ何があったんだ?」
「つきあってた彼女が、実は兄貴狙いだったんだってさ」
「…………」
 それで共感されるってのもなんだかちょっとなー、と思ったミューラァでした。


**おまけ2**
エナーダ「でもさ、混血っていうんなら人類なんてみんな混血だよ」
エディア「何のだよ(なんかくだらねーこと言い出す予感)」
エナーダ「男と女の☆」
エディア「……(やっぱり)」
ミューラァ「でもそれだと子供はみんなオカマになるはずじゃないのか、理論的には」
エディア「……(こいつも微妙に変な奴だよ)」

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 DORAさんのblogコミック『いつものこと』の原作です。士官学校の初期あたりくらいの出来事だと思ってください。
 なにげにスレン・ダウアが出ていますが、実は作品としてはこっちのほうが先にできたものです。最初は単なる「意地悪な上級生その1」だったんですが、DORAさんがやたらといい男に描いてくださったので、よーしそれじゃきちんと人物として作ろうかなーと書きかけていたフレッチャーの話に当初予定してたキャラクターと差し替え、あの形になったというのが真相です。
 ちなみに、最初はどんなキャラクターがフレッチャーの兄弟になる予定だったかというと……「技術者を装ってリベラリストに入り込んだ政府軍の工作員。ステーションで破壊活動を行い追いつめられて死亡」というものでした。
 ……差し替えて良かったかも……。