Original Story of VIFAM

ふたつの星ふたつの過去


 西暦2058年に始まった地球-ククト戦争は、ククトニアンリベラリストによる仲介により、2060年の休戦協定をもってひとまず終わったかに見えた。
 だが、元々軍事政権からの民衆の解放を最終目的としているリベラリストは、この協定だけでは満足しなかった。地球/リベラル派の協調体制により劣勢に陥ったとはいえ、ククトニアンの故郷であるコロニーは依然として軍事政権の支配下にあったのである。
 休戦協定によりククト星を獲得したリベラリストは、拙速とも言える素早さで組織を整備し、ククト政府を樹立する。そして2062年、ククト政府はコロニー政府に攻撃を開始、ここにククトは内戦に突入した。
 一方で、仰天したのは地球側である。そもそも地球軍の戦力をあてにして開戦に踏み切ったリベラリストたちは、不介入を明言されるのを恐れ、軍事行動を行うことを事前に通告していなかったのだった。まさに寝耳に水の事態に、地球側は大混乱に陥った。
 しかも巧妙なことに、彼らは攻撃開始期日を地球軍とのトップ会談直後に設定していた。「今後も両者は共に緊密な関係を築き、平和を脅かす者には協調して抵抗する」という声明が発表された後の宣戦である。いくらリベラリストが勝手にやったことだと言ってもコロニー側は納得しないであろう。事実、最初の戦闘の後、コロニー政府はククト政府、地球軍双方を非難し、敵と見なすことを宣言していた。
 梯子をはずされた形の地球側は、とりあえずベルウィックその他の民間人を避難させると共に、その保護のためという名目で再びククトに部隊を派遣した。
 だが、言ってみれば「騙され戦争に引きずり込まれた」ことに対する地球側の反発は大きく、派遣の規模は以前の戦争の時とは比較にならないほど小さなものにとどまった。そして、派遣部隊はククトの地上基地やステーションに間借りをする形で拠点を整え、活動をすることになった。


「どうもやりづらいな。異機種同士で隊を組むのは……」
『あちらさんは結構慣れてるようですがね。ちゃんとこっちについてきますよ』
 フレッチャー大尉のつぶやきに、列機のリー軍曹が応じてきた。コクピットのスクリーンには、4機のバイファムと隊列を組んで飛ぶククト政府軍の機動兵器──ギャドル──の6機編隊が映っている。
 地球では、RVの集団運用は同機種または性能の似た機種同士が基本である。だが、ククトニアンの場合、目的に応じて全く性能や機能の違う複数の機種を組み合わせて使うのが普通のようだった。彼らの機動兵器はRVと違って専門性が高いものが多いから、そういうやりかたもうなずけはするのだが、地球人の目にはいかにも非効率に見えた。事実、この出撃でも、フレッチャーたちのバイファムは、より低いギャドルの運動性に合わせる形で行動する羽目になっている。
「ま、俺たち協力して一緒にやってますってことが重要なんだろうな」
『無理矢理ひきずりこんどいて協力もなにもないって気はしますけどねえ』
 ヘルメットの中で、フレッチャーは顔をしかめた。
「ククトニアンの前ではそんなこと言うなよ、ディック」
『分かってます。悪いのは偉い連中どもであいつらじゃありませんからね』
「……それも言うなよ」
『フレッチャー大尉。こちらデュラです』
 不意にククトニアンの声が通信に割り込み、今のを聞かれていたかと彼はどきりとした。返事をする声がやや上ずったが、幸い向こうは何も知らないようで淡々と報告をしてくる。
『敵輸送船を発見しました。数は2。続いて敵機動兵器隊を発見。機数8、方位×××、距離×××。うち4機がこちらに向けて接近を開始。捕捉されました。指揮をお任せします』
 同時翻訳では訳しきれなかった距離と方位が自動的に訳し直され、別モニタに表示された。それを一瞥してフレッチャーは素早く作戦を組み立てる。
「よし、リュカス中尉隊、タリサ隊、輸送船撃破に向かえ。デュラと俺は敵機迎撃。デュラ、二手に分かれて挟み撃ちする。俺とリーが右、そっち3人は左に回ってくれ」
『リュカス中尉了解』
『タリサ、了解』
『デュラ、分かりました』
『リー了解』
「よし、行くぞ!」
 リュカス、タリサ両人の指揮するバイファム/ギャドル隊がさっと分離し、輸送船に向かって去っていく。それを追おうとした敵機動兵器隊に向かって、フレッチャーたちは突っ込んでいった。こちらの意図を悟ったのか敵機動兵器が進路を変更しようとするのを、運動性を活かして巧みに押さえ込む。そこへデュラたちがつっかけるようにして攻撃に入った。たちまち2機が彼らに仕留められる。
『腕は悪くないんですよね、あちらさんも』
「論評は後だ、こっちに来たぞ!」
 攻撃の余勢を駆ったギャドル隊が、残った敵を今度はこちらに追い込みにかかっていた。ところが、圧倒的優勢と見て油断したらしい。1機のギャドルが不用意な機動を行った。その瞬間、待ちかまえてでもいたように敵機動兵器から一発が放たれ、ギャドルは爆発する。
「ちっ、やりやがる」
 ククトニアンたちの頭に血が上るのが見えるようだ、と思いながら、フレッチャーは素早く敵との間合いをつめた。デュラたちに加え、フレッチャー機にまで弾幕を張られて、敵はたまらず方向を変える。ところがそこに、彼らの進路を完全に予測したリーが出現した。一瞬生じた動揺をつかれ、1機が、続いてもう1機が撃破される。
「デュラ、誰がやられた?」
『サルカです』
 悲しそうなククトニアンの声が、通信機を通して伝わってくる。とっさにサルカの顔を思い出せなかったフレッチャーは、そうかとだけ応じて輸送船攻撃隊に首尾を問うた。程なく爆発光が連続してモニタに映り、輸送船撃沈、我に被害なしというリュカス中尉の声が通信機に響いてくる。やれやれ、どうやら犠牲はひとりで済んだか、と彼は息をつき、戦闘終了を宣言した。
「リュカス、タリサ、そっちはそっちで母艦への帰還軌道に乗れ。その位置だとこっちにわざわざ合流するよりそのほうが早いだろう」
『そうですね。了解、そうします。リュカスより以上』
 リュカス中尉の返事にこれでひと仕事済んだとばかりにフレッチャーはうなずいた。こちらも手早く損傷を確認すると隊列を組み直し、母艦へ帰ろうとする。
 とその時、比較的原型をとどめた機動兵器の残骸が彼の目に留まった。
 脚部がちぎれ、背中の推進用バーニアも吹き飛ばされているが、どうやらコクピット部分は無傷らしい。もしかすると乗員が生きているかもしれないとふと思った彼は、救助に向かうことをククトニアンに提案する。
『その必要はありません』
 だが、デュラから返ってきた答えは冷淡なものだった。フレッチャーは驚いて問い返す。
「どういうことだ、見捨てるというのか?」
『生きているかどうかも分からないのに、無駄な活動をすることはないでしょう。もたもたしていたら救援部隊が来るかもしれませんし、生きていたとしても所詮パイロットですから、有益な情報を持っているとは思えません』
『……おい、そういう問題じゃないだろう』
 人を人とも思わないようなその説明にリーが気色ばんだ。仲間が殺されたことを根に持っているのだろうか、と考えながらフレッチャーは彼を制すると、なるべく落ち着いた声を出そうと努めながら応じる。
「済まないがこれは我々にとっては義務なんだ。地球では、たとえ敵兵でもできる限り救助するよう定められている。もし生きていた場合はこちらの捕虜として取り扱うし、そっちに迷惑はかけない。協力を頼めないか」
『……分かりました』
 短く話し合う気配がし、デュラはややそっけなく答えた。去りかけていた2機のギャドルが戻ってくると哨戒を開始する。やれやれ、と内心ため息をつきながら、フレッチャーはリーを促して残骸に取り付いた。状態を調べ、ここでハッチを開いて乗員を収容するより、とりあえずこのまま持って帰るほうが良さそうだという結論に達する。
『大丈夫ですかね。自爆装置がしかけてあって開いたとたんドカンってのはごめんですよ』
「うーん、その可能性もありそうだが、下手にひっぺがして乗員が真空暴露ってのもぞっとしないからなあ……ちょっと待て」
 ククトニアンたちに確認すると、そういう装置は聞いたことがないとのことだった。それを聞いたふたりは早速残骸にワイヤーをかけ、牽引し始める。
「これだけ手間をかけるんだからな、生きていてくれよ」
 コクピットの中で、フレッチャー大尉はひとりごちた。


 ククト政府の機動兵器母艦の格納庫の一角は、地球人向けに改装されている。フレッチャーたちがバイファムを降りた時には、すでに作業員や救護兵の手で残骸の中からパイロットが引っ張り出されていた。
「生きてそうか?」
 汗に濡れた髪を手櫛で梳きながら、フレッチャーが担架をのぞき込む。「生きてますよ」と短く応じながら、救護兵は意識のないパイロットのヘルメットを脱がせにかかった。留め具が壊され、まだ若いククトニアンの顔があらわになった瞬間、救護兵とフレッチャー、両方の手が止まる。
「……え?」
 そこにあったのは、フレッチャー自身の顔だった。
 明らかに違っているのは髪型くらいのものである。目鼻立ちはもちろん、年頃も、風変わりな淡い青色の髪も、全てが気味が悪い程良く似ていた。フレッチャーのほうが日焼けしやや筋肉質な印象はあるが、それもアウトドア派かインドア派かといった程度でしかない。
「た、大尉……?」
「…………」
 困惑して振り返る救護兵に、フレッチャーはただ唖然とした視線を返すだけだった。ふたりの異変に気付き、リュカスを始めとする他の者たちも寄って来る。そして皆一様にぎょっとした顔になると、担架の上の捕虜とフレッチャーを交互に盗み見た。
「……おい、なんだかたちの悪い冗談だな」
 石のような沈黙の後、ようやくフレッチャーは声を絞り出した。見比べられるのを恐れるかのように無意識に歩を下げる。と、後ろから誰かに肩を叩かれ、びくりとして彼は振り返った。
 そこにはリー軍曹がいた。特に表情も変えずにククトニアンのパイロットを見おろした彼は、フレッチャーと目を合わせると肩をすくめ、気楽な調子で口を開く。
「驚きましたねえ、大尉にそっくりですよこいつ」
 叩き上げの軍曹の世にものんびりとした言葉に、場の雰囲気が一気に和らいだ。
「世の中には同じ顔が3人いるっていいますけど、そのうちふたりが鉢合わせですか」
「それってすごい確率ですよ。きっと大尉は運がやたらといいか悪いかどっちかですね」
 救護兵とリュカス中尉がどこかほっとした口調で軽口を返す。リーはにっと笑ってフレッチャーに片目をつぶってみせた。何となく助けられたような気分でフレッチャーは苦笑を返す。
「ま、そっくりさん同士がここで会ったってのも何かの縁なんだろうな。俺だと思ってせいぜい丁重に看てやってくれよ」
「はい、分かりました」
 救護兵の返事にうなずいて、フレッチャーはきびすを返した。報告を聞こうとリュカスを促すと格納庫を後にする。
 だが実のところ、漠然とした困惑は全く去ってはいなかった。
 他人のそら似、で済ませたい気持ちは大いにある。だが、彼の中の何かがそうではないと言っていた。何だか良く分からないが、あの男と自分には何かつながりがあるような、そんな気がして仕方なかった。
 馬鹿な、とフレッチャーは打ち消す。40光年離れた場所で生まれ育った異星人同士の間に、一体何の関係があるというのだ。それに、目を閉じている時と開けている時では顔の印象は変わってくる。もしかすると、髪の色や肌の感じが同じだから似て見えたという可能性だってないわけではないのだ。案外、目を覚ましてみたら実はあまり似てなかった、ということになるのかもしれない。
 髪の色か……。
 淡い青色をした髪を、フレッチャーはそっと引っ張った。ファッションだと思われることもあるが、れっきとした地毛である。この奇妙な色が彼はたまらなく嫌で、ハイスクールの頃には黒や茶色に染めたりもしていた。養子の彼と今の両親が全く違う髪の色をしているのは当然だが、では実の両親はといえば、彼が生まれてすぐに他界し写真も残っていないから、この髪が親から受け継いだものなのか、それとも突然変異のいたずらなのかは分からない。
 だがどちらにしろ、あの男と同じ色なのは偶然でしかないはずだ。と彼は再び結論した。というか、どう考えても、それ以外の結論は思い浮かばなかったので、それで納得するしかなかったのだ。


 捕虜が目を覚ましたという連絡を受けたのは、それから1日後のことだった。ステーションに着くまでの管理責任者として……というより、本当に同じ顔をしているのか、自分を見て一体どんな反応をするかという、恐いもの見たさというか好奇心にも似た気持ちで、フレッチャーは彼に会ってみることにした。
 果たして、フレッチャーが入っていくと、ベッドの上の男ははっと息を飲んだ。明らかに無理をして身を起こしかけ、苦痛に顔を歪めて再び身を横たえる。ぱっと見には分からなかったが、彼はあばら数本及び頭蓋骨の骨折を始め、重体と言ってもいい状態だった。患者の負担になるから面会時間は15分までです、と軍医少佐は厳かにフレッチャーに言い渡したものである。
「セオドア・フレッチャー国連軍大尉だ」
 翻訳機ごしにそう名乗る彼を、男は声もなく凝視した。その顔は勿論、驚愕と混乱をたたえた瞳までもが自分と同じ色をしているのを、フレッチャーはもう驚く気にもなれずに受け入れる。
「……地球人なのか?」
 しばらくして、かすれた声で男は尋ねてきた。
「ああ」
「本当に?」
「白状すると、あんたを見て自信がなくなった」
 冗談めかしてフレッチャーは笑い、座る場所を探して視線をめぐらせた。あいにく見あたらなかったのでベッドに近づき、足元のほうに腰を下ろす。ククトニアンは嫌な顔をしたが彼は無視し、肩をすくめて両手を広げた。
「全く驚いたよ。ヘルメットの下から同じ顔が出てくるんだもんな……あんたの名前は?」
「……スレン・ダウア第3軍大尉」
 思いの外異星人は素直に答えた。
「大尉……ということは、あんたも部隊指揮官か?」
「それは尋問か?」
 今度はそっけなく返され、フレッチャーは鼻白む。「そういう訳じゃないんだが」と口の中でつぶやき、話の接ぎ穂を探した。ふと、彼の首の付け根のあたりから胸にかけて、パジャマの中まで続く大きな傷跡を眼にして、特にどうという目的もなく口にする。
「あんたの首……それ、今度の傷じゃないよな?」
 瞬間、ダウアの顔がこわばったのを見て、どうやらこれはまずい話題だったらしいと彼は悟った。
「地球人にやられた」
 短い沈黙の後、吐き捨てるようにダウアは応じる。
「まだ子供の時にな……家族も全員殺されたよ」
 これはまずいどころの話ではないぞ。とフレッチャーは内心あわてた。どうやら、彼の逆鱗に触れてしまったらしい。
 家族までもが殺されたということは、ダウアは過去にクレアドにいたククトニアンなのだろう。実はクレアドには地球人以前にククトニアンが入植していたこと、地球軍が武力でそれを潰した一件が2058年に起こった戦争のそもそのも原因だったこと、そのことについて彼らが現在も怨恨に似た気持ちを捨てきれないでいることは、フレッチャーも聞き及んでいる。聞き及んではいるが……その犠牲者と直接ご対面というのは全く想像していない事態だった。地球側の戦闘指揮官として折衝などを行う必要から、相応の対異星人コミュニケーション教習も受けてはいるフレッチャーだったが、こんな場合の対処法など教わっていない。
「出て行け、地球人」
 それだけ言って、ダウアは顔をそむけた。何と返したらいいのか分からないままフレッチャーはしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと立ち上がりドアへ向かう。
「……悪かった」
 ドアの前で、彼はぽつりと言った。
「あまり……馴れ馴れしくするべきじゃなかったな。不愉快な思いをさせて済まない……怪我、ゆっくり直してくれ」
 返事はなかった。フレッチャーはひとつため息をつき、そのまま背を向けた。
 長い会話に思えたが、実際には5分にも満たなかった。


「フレッチャー大尉」
 振り返ったフレッチャーは、ククトニアンのデュラが近付いてくるのを眼にして片手をあげた。
「悪いな、変なことを頼んで」
「いえ、こちらこそこんな所まで呼び出して申し訳ありません」
 ふたりはステーションの展望室にいた。ここから見えるククト星の眺めは最高なのだが、来るためにはククトニアンが使用している区画を通り抜けなくてはならないため、地球人はあまり近寄ろうとしない。かく言うフレッチャーもたどりつくまでにククトニアンたちの遠慮のない視線を浴び、ずいぶんと居心地の悪い思いを味わった。
「これがご依頼のスレン・ダウアのデータです……すみません、こんな紙ではなくてもっときちんとした形でお渡しできれば良かったんですが」
「構わないよ。あんたたちにも機密保持やら何やらはあるんだろうしな」
 コロニー内にも情報網を持つリベラリストたちは、政府軍の現役士官のデータベースをも入手している。尋問を担当している同僚に頼まれて、フレッチャーは彼らにダウア大尉のデータを依頼していたのだった。ククトには珍しい紙綴りの書類を受け取り、そこに記された名前と──その程度のククト文字は彼にも分かった──自分ものであるかのような顔写真を確かめたフレッチャーは、ひとつうなずくと持ってきていたフォルダにしまってロックする。デュラはといえば、そんな彼の顔をどこか興味深げに見つめていたが、やおら口を開いて問いかけた。
「あなたは何とも思わないんですか?」
「何を?」
「その男はあなたと同じ姿をしていますね。敵なのに」
「好きでそう生まれた訳じゃないだろう。お互いに」
 書類の入ったフォルダをちらりと見おろし、フレッチャーはうなずいてみせる。
「別にこの顔で苦労をしたこともないし、少なくとも俺は恨んだり嫌ったりする理由はないよ」
「でも、この男は地球人を殺している可能性もありますよ。そんな男と全く同じ姿でいることに何の問題も感じませんか?」
「……何が言いたい?」
 デュラは地球で言えば肩をすくめる仕草をしただけで、それ以上は何も言わなかった。その目がやや意味ありげにフレッチャーの淡青色の髪を見たような気がする。少なからず不愉快なものを感じながらも、フレッチャーはもういちどデータ提供に対する礼を言い、その場を後にしようとした。
 と、デュラが彼を呼び止める。
「ダウアの家族が地球人に殺されていること、ご存じですか?」
「良く知っているな」
「そのデータに書いてありますよ……ご存じのようですね」
「ああ、本人から聞いた」
「どう思いますか?」
「どうって……俺にはなんとも言い様がないな」
 その時のダウアの表情を思い返し、フレッチャーは口ごもる。
「地球人のひとりとして責任を取れというなら、俺のできる範囲で精一杯のことはしたいと思うが……ああそうか、あんたが言っていたのはこのことか。確かに、彼にとってはやりきれないだろう」
 家族を殺した地球人が自分と同じ姿をしていたら、とても平静ではいられないに違いない、と彼は思い当たった。やっぱり面白半分で会いになど行くのではなかった、と改めて反省する。
 だが、デュラの次の言葉は、彼の意表をついていた。
「地球人ならともかく、あなたに責任なんて期待できないと思いますが」
 今度こそフレッチャーはむっとした。険悪な視線をデュラに向ける。
「悪かったな。どうせ大尉ごときの責任感では不足だろうよ」
「そういう意味ではありません……あなたは不思議に思ったことはありませんか? なぜあなたひとりだけがそんな姿なのか、まわりに同類が誰もいないのか」
「ないと言えば嘘になるが、別に人生最大の関心事でもないな。世の中には他に不思議なことがたくさんあるんでね」
「怒らないでください。悪意はありません」
「そうか。きっと地球人とククトニアンの悪意の基準は違うんだろうな」
 地球式の皮肉はどうやらデュラには通じなかったようだった。まばたきひとつせずに彼は続ける。
「違います。我々はあなたが持つ様々な特徴を観察した結果、あなたは地球人ではなくむしろ我々の同胞、つまりククトニアンだと結論しています。だからなのです。あなたがあの男に謝っても意味がないと言ったのは」
「……は?」
 いきなりの論理の飛躍に、今度はフレッチャーは呆気にとられた。デュラは平然とした顔で彼を見返している。自分がおかしなことを言ったとは露ほども思っていないらしい。
「……おい、頼むから勘弁してくれよ」
 しばらく後、憮然としてフレッチャーは自分の髪を指でつまんだ。この色が妙な誤解を招いたことは多々あるが、よりによって異星人に同類呼ばわりされるとは……彼は内心ため息をつき、いっそまた染めようか、とひそかに考える。
 だが、デュラは首をふった。
「根拠のないことではありません。地球の皆さんの耳には入れないようにしていましたが、あなたについては以前から我々の間では話題になっていました。なぜ、ククトニアンが地球軍でパイロットなどやっているんだろうと」
「悪いが俺はアラバマ生まれだ」
 ぶっきらぼうにフレッチャーは言う。
「実の親は赤ん坊の頃死んだが、出生地登録もちゃんとある。何なら取り寄せようか」
「ククトニアンの子供が地球人と偽って育てられた例は、実は何件かあるんです。いずれもクレアドなどでの戦闘で実の両親とはぐれたり死に別れたりした後、やってきた地球人に連れ去られたものです。何年か前に有名になった女の子がいましたから、あなたも知っているでしょう?」
「まあな……」
 4年前の戦争の時、フレッチャーも話題のその子を見たことがある。そういえばあの子も青というか緑というか、変わった色の髪をしていた。だが……
「地球軍がクレアドを攻撃したのは14、5年だかそこらの話だろう。俺は今年30だ。そのころはハイスクールで学生やってたよ」
「30年前にも地球人の襲撃はありましたよ」
「なに?」
 デュラの言葉に、彼は眉を寄せた。
「30年前、我々のベルウィックでの入植地が、地球人の攻撃でほぼ全滅しているんです。これは地球側では伏せられているようですが、ククトニアンの間では子供でも知っている事件です。あなたがクレアドの入植者ではなく、また、あなたの年齢を考えると、あなたとあなたの家族はベルウィック入植計画の一員だった可能性が極めて高いと思われます。そして、そこで地球人の襲撃に遭遇した」
 確かに、それはフレッチャーが初めて聞く話だった。
「おい待てよ……それじゃ俺は……その時の生き残りだとでも言うのか……?」
 驚くよりむしろ呆れて彼はうめいた。デュラは地球式にこくりとうなずく。
「地球人の襲撃を生き延びたあなたは彼らに収容され、地球へ連れていかれた。そして、異星人と遭遇したという事実を隠すために偽りの出生登録をされて、地球人の子供とされたのだと思います。事実、これまでに判明している例では、全員がそうやって自分を地球人だと信じさせられていました」
「…………」
「あなたに当時の記憶がなく、また、我々のことをなにひとつ知らないのも無理はないのですよ、フレッチャー大尉。恐らく襲撃当時は生まれて間もなかったでしょうし、あなたを育てた地球人たちはあなたに真実を伝える気がなかったのですから……」
 そのどこか同情を含んだ言葉に、フレッチャーはかっとなった。胸ぐらでもつかみそうな勢いでデュラに詰め寄る。
「いい加減にしろ。あんたの話はこじつけも甚だしいぞ。そもそも、俺がククトニアンだという根拠は何なんだ。見ただけで分かるなんてのは話にならん」
「あなたがたはククトニアンを見慣れていませんからね。我々から見ればすぐ見分けられます」
 声を荒げるフレッチャーに、デュラはしれっと応じた。
「それに、根拠を示すのも難しくはありませんよ。顕著なのは第三頸椎の退化と体毛の色ですが、遺伝子上の差異も明らかになっています。たとえば……」
「第三……なんだって?」
「第三頸椎、首の骨です。ククトニアンはここが欠損しています。それに、あなたも持っているような、地球人にはない青や緑といった色合いの体毛に……」
「…………」
 フレッチャーはぞっとした。子供の頃、健康診断でまさに第三頸椎の欠損を指摘されたのを思い出したのである。健康上は全く問題ないとの話だったが、奇形と言えば奇形であり、両親はずいぶん心配したものだった。
 だが、それが奇形ではなかったとしたら……?
 他にもあれこれとククトニアンと地球人の違いを並べ立てるデュラから、彼はじりじりと後ずさった。そして「失礼、打ち合わせの時間なので」とだけ言い、返事も聞かずに身を翻すと早足で展望室を出て行く。いっそ走って逃げたかったが、それを思いとどまらせたのは、皮肉にも、地球人として異星人の前でみっともない真似はできないという矜持だった。


「……大尉……フレッチャー大尉!」
 ……気がつくと、リー軍曹が肩をつかんでのぞきこんでいた。
「大尉、大丈夫ですか? 気分でも悪いんですか?」
「ディック……」
 見回すと自室の近くだった。どうやら無意識に戻ってきたらしい。
「俺は……」
「顔色が真っ青だ。少し休んだほうがいいですよ」
「ディック、俺は何に見える?」
「はあ?」
 唐突な問いに、リーは面食らった。だが、フレッチャーの様子に何かただならぬものを感じ取ったらしい。表情を引き締めるときまじめにうなずいてみせる。
「フレッチャー大尉に見えますよ。それ以外の何だって言うんですか……ちょっと医務室へ行きましょう。何があったか知らないけど、とにかく休んだほうがいいです」
「いや、大丈夫だ……部屋に戻るよ。すぐそこだし」
 リーを押しのけ、前に出ようとしたフレッチャーは、そこで自分が持っているフォルダに気付いた。これ幸いと彼に押しつける。
「これをカシウス大尉に持っていってくれ。俺からだと言えば分かる」
「ですけど大尉……」
「ひとりで部屋くらい戻れるさ。こいつは機密Cだからな。必ず本人に手渡しだぞ」
「……はい」
 これ以上何を言っても無駄だと悟ったらしい。心配そうな目をしながらも素直にフォルダを受け取り、リーは背を向けた。その後ろ姿を見送ってフレッチャーはほっとため息をつく。彼の気遣いは嬉しいが、今はとにかくひとりになりたかった。というか、自分が異星人だと指摘され、思い当たる節があって動揺しているなどと絶対人には言えない。
 ……俺は、どうしたらいいんだろう。
 これほどの孤独感を感じたのは生まれて初めてだった。重い足取りで自室へと向かいながら、フレッチャーはただ途方に暮れる。恐らく今日はもう仕事にならないだろう。だが、ひとりでこのままずっと過ごすのは耐え難い──。
 と、その脳裏にふと浮かんだ顔があった。
 スレン・ダウアか、と心の中で彼はつぶやき、そうだあの男に会おうと考えた。別に何を期待しているわけでもないが、少なくとも、リーや他の者たちよりはあの男のほうが話しやすいように思えた。これも俺がククトニアンだからなのか、と陰鬱な気分になりながら、それでも何か光を見出したような気持ちで、フレッチャーはダウアの病室へと歩き出した。


 母艦で会った時より、ダウアは回復しているように見えた。だがまだ起きることはできないようで、ドアの音に首だけめぐらせてこちらを見、すぐに顔をそむける。やはり嫌われているか、と萎えそうになる気持ちを奮い立たせ、フレッチャーはそのそばに近寄った。
「なあ……聞きたいことがあるんだが」
「地球人に話すことなどない」
「尋問じゃないんだ。俺は……俺は何に見える?」
 それはリーにしたのと同じ問いだった。そしてダウアもまた、彼が突拍子もないことを聞くと思ったらしい。怪訝そうな顔でまばたきをする。
「地球の軍人だろう」
「それはそうなんだが……なあ、正直に言ってくれ。掛け値なしに、あんたの目に俺は何に見えてる? 何で俺たちは同じ顔なんだと思う?」
「…………」
 ククトニアンはまじまじとフレッチャーを見つめた。フレッチャーは身じろぎもせずその視線を受け、彼を見返す。数秒間、この奇妙な睨み合いは続いただろうか。
 やがて、ダウアがゆっくりと口を開く。
「……何かあったのか?」
 驚いたことに、その口調には意外な程棘がなかった。むしろ優しいと言っても良かったかもしれない。フレッチャーは息を吸い込み、脚の震えに耐えきれなくなってベッドの端に腰掛ける。
「俺は実はククトニアンなんだと言われたよ」
「誰に」
「リベラリストにさ。連中の間じゃずいぶん前から、地球軍には地球人面したククトニアンが混じってると評判だったらしい」
「ふん……お前はどう思っていたんだ」
「そもそもククトニアンなんてのがいることすら、4年前まで知らなかった……本当だ」
「別に嘘だとは思わない。地球の奴らの無知は驚くべきものだからな」
 完全な無表情でそう言い放ったダウアは、そのまま何か思案するように天井を見上げて言葉を切る。
「だが私も……お前は地球人ではないと思う。顔のことは抜きにしても」
「でも、俺を地球人と呼んだだろう」
「お前がそう主張していたからだ。それに……」
「それに?」
「…………」
 ダウアは答えず唇を噛む。そんな彼の気持ちがフレッチャーには何となく分かった。地球人を憎悪する彼は、きっと同胞であるククトニアンが地球人の仲間になっているなどと認めたくなかったに違いない。
 ましてや、同じ顔、同じ姿を持つ者が。
 ……きっとつらいのは俺だけじゃないな、とフレッチャーはふと思った。過去を抱え込んでいる分、この経験は彼にとってのほうがきついものなのかもしれない。
「なあ……もうひとつ聞いていいか?」
「……何だ」
「あんたと家族が地球人にやられたのって……クレアドか? ベルウィックか?」
 ダウアの眉がびくりと動いたのを見て、また拒否されるかとフレッチャーは思った。だが彼は「ベルウィックだ」と即答する。
「いくつの時に?」
「まだ生まれて間もなかったと思う」
「あんたは……なんで助かった?」
「母親が死ぬ間際に、脱出する兵士に預けたそうだ……後で聞いた話だが」
「他の家族は?」
「さあ、遺体の行方すら分からん」
「そうか」
 フレッチャーは嘆息した。心の中に穴が開いたような、胸が一杯のような、奇妙な気分でうなずいてみせる。
「俺も、ベルウィックの生き残りじゃないかと言われた」
「クレアドじゃないのか」
「その頃はもう地球にいた。学生だった」
「……本当に何も覚えてないのか? 断片的にでも?」
「覚えていたらこんなに悩まないさ。それに、ベルウィックだとしたら、俺もまだ赤ん坊だからな」
「お前、いくつだ」
「今年30になる」
「…………」
 ダウアの沈黙は、その数字がククト語に換算されるのに時間がかかったからなのか、それとも他の理由なのか、フレッチャーには分からなかった。ふと片手が首から胸へ、傷跡をなぞるような仕草をしたのは、恐らく無意識のことなのだろう。もしかすると、フレッチャーの髪に触る仕草と同じように癖になっているのかもしれない。
 と、無言のままダウアが身動きした。
 片肘をついて身を起こし、ベッドサイドのテーブルから何かを取り上げる。
「……尋問官が私物を返してよこした」
 驚いて止めようとするフレッチャーを、触るなとでも言いたげに彼はじろりとにらんだ。
「お前が何かやったのか?」
「いいや」
「……ふん、いらんところで親切だな。お前の仲間は」
 やはり動くと痛むのだろう。苦しげに息を吐きながら、ダウアは手にした物をフレッチャーによこした。受け取ったフレッチャーは目を見張る。
 それは写真だった。戦火の跡だろうか。ククト特有のクリスタルにも似た材質は一部が焼けこげ、ひび割れていたが、画像そのものははっきり写っている。地球で言えば20代後半あたりとおぼしきカップルと、彼らの娘らしき年端もいかない幼女、それにふたりの赤ん坊が被写体だった。笑顔の幼女を真ん中に男女が並び、同じ顔と淡い青い髪を持つ赤ん坊が、これまた機嫌のよい笑顔を見せてそれぞれの腕に抱かれている。
 ……男のほうの面差しが自分とダウアに良く似ているのに気付いたフレッチャーは、我知らず息を吐き出していた。
「双子か?」
「どっちかが私だ」
「どっちかって……どっちだか分からないのか」
「分かるもんか、同じ顔だ。それに……どっちでも変わらんと思っていた」
「……みんなベルウィックで?」
「ああ」
「……そうか」
 切れてしまったと思っていた糸、切れていたことすら知らなかった糸がちらりと見えたような気がした。つらいのか嬉しいのか、諦めたのかはねつけたいのか、良く分からない感情のまま、フレッチャーは写真をダウアに返す。そして両手で顔をこすり、深いため息をついた
「……俺は……これからどうすればいいんだろうな……」
「俺にも分からん」
 それはそっけなかったが、率直にフレッチャーの耳に響いた。そうだな、と彼はつぶやき、立ち上がる。
「……また話しに来てもいいか?」
 ダウアは眉をしかめた。思い出したように彼から眼をそらす。
「お前の勝手だ。私の知ったことじゃない」
 その言葉はつっけんどんだったが、やはり棘は感じられなかった。少なくともフレッチャーを拒んではいない。今後はどうなるか分からないが、とりあえず今は。
「そうか、ありがとう」
 どこか救われた気分で彼は笑い、片手を軽く上げると病室を後にした。

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 最初は「架空戦記みたいなのを書いてみたいなー」と思って始めたものです。なので設定も2062年内戦とかいうきな臭いものになっています。でもフレッチャーを出した時点で変な欲が出てきて、気付いたらやっぱり全然架空戦記じゃなくなってました(爆)。というか、そもそもフィクションのアニメのさらに架空戦記って何よって感じですな。
 フレッチャーには実は元ネタがありまして、以前に作ったメイルゲームのキャラクターがそうです(メイルゲームって何? というかたはこちら。どんなキャラクターやねん、というかたはこちら)。というか、このキャラクターが元々カチュアとミューラァを足して2で割ったものでした。ゲームが会社の倒産で未完のままになってしまったので、こういう形で使ってみた次第です。