Original Story of VIFAM

星の行方 〜おまけ


「おおい、ふたりとも早く来なさい。遅れるぞ」
 玄関で待つシアリーズ少将が奥に向かって声をはりあげた。ややあって、ククトニアンの女がスーツケースを手にして姿を見せる。
「なんだ、君だけか……シドは?」
 少将が問いかけると、ナダ・メリニは青い目をきらめかせて自分の首を指先でつついた。
「ネクタイにてこずっています」
「……相変わらず苦手のようだね」
「笑い事じゃありませんよ、あなた」
 思わず笑う少将のかたわらで、シアリーズ夫人がとがめるような声をあげた。
「可哀想に、慣れないことで苦労してるんじゃありませんか。ちょっと手伝ってきましょう」
「おいカレン、彼も子供じゃないんだからひとりでできるさ。そんなお節介を……」
 言葉半ばに口を閉じ、シアリーズ少将はそそくさと奥へと姿を消した妻を苦笑いして見送った。ややあって、ナダに向かって肩をすくめる。
「済まないね、いつまでも世話焼きで」
「いいえ、実はまんざらでもないみたいですから、彼も」
「……そうなのか?」
「ええ、何だかんだ言っても素直に言うことを聞いてるでしょう」
「そういえばそうだな」
 指摘するとへそを曲げるから黙っていてください、と面白そうに彼女は言い、少将は笑ってうなずいた。そしてふと真顔に戻る。
「ところで……今更だが、本当に良かったのかね? その、地球側の通訳なんて……」
「良く考えて決めたことです」
 ナダはあっさりと答える。
「確かに、私たちの存在が公になれば、いろいろ面倒なことも増えるでしょう。ですけど私はいい機会だと思っています……私はククトニアンです。彼もそうです。一生地球人のふりをして暮らすなんてまっぴらです」
 今度始まる地球−ククト間の和平交渉の通訳、それがふたりに与えられた“仕事”だった。
 もちろん、ククト側がかなり高度な翻訳機を持っていることを、すでに地球側では把握している。それを利用すれば、特に双方とも問題はないはずだった。だが、翻訳という極めて重要な作業を一方的に異星人に頼ることを懸念した地球人たちが、自分たちの側でも通訳を用意することを思いついたのだった。そして今回、その用途に“抜擢”されたのが、シアリーズ少将管理下の英語に堪能なククトニアン、M321号とF538号という訳である。
 もちろん、背後にあるのは技術的な問題だけではない。地球側のメンツはもちろん、もっと微妙な思惑もからんでいるのだろう。要するに、彼らもまた交渉道具のひとつなのだった。
「お待たせしました、できましたよ」
 シアリーズ夫人の声と共に、夫人と青年が奥から現われた。どこか決まり悪そうなシドを従えた夫人は、憤懣やるかたないといった調子で少将とナダに訴える。
「ちょっと、聞いてくださいな。この人ったら、このスーツにえんじ色のネクタイなんかしようとしてたのよ。いくらククトニアンのセンスったって限度があるでしょう?」
「待ってください。ククトニアンのセンスにもそんな組み合わせはないです」
 すかさずナダが混ぜ返し、シドが彼女をじろりと見る。シアリーズ少将は吹き出しそうになるのをこらえながら、手を叩いて一同の注意を引いた。
「さあ、おしゃべりはそのくらいにして出かけるぞ。それじゃカレン、行ってくる」
「行ってらっしゃいあなた。ナダ、シド、あなたたちも気を付けてね」
「はい」
 ナダは微笑して、シドはそっけなくうなずいた。そしてきびすを返すとシアリーズ少将と共に歩き出す。
 その足取りに、すでに迷いは見えなかった。

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