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CREGUEAN#5 "The Babilon Emblem" Private Reaction
対立
1
……マンションの影に車を止め、そのカップルはひそかにささやきあっていた。恐らくは30そこそこの派手目の男と、それよりかなり若い……もしかすると10代かもしれない女である。しばらくふたりは言葉をかわしていたが、やがて引きよせられるようにお互いの体に腕を回した。そっと、だが熱っぽく唇があわせられる。その時……
カシャッ!
フラッシュがあたりを照らし、驚いたふたりは身を離した。何やらわめいた男が女を突き飛ばすと車を急発進させる。
「うわやべ! 車できたよ!」
「つかまってて
ハリー
!」
後ろのカメラマンの叫びに、アルドラ・ムルズィイムはバイクの駆動を思いっきり入れた。危うくハリーを振り落としそうになりながらバイクはターンし、迫りくる車をかすめてすれ違うとあっという間に後方へ走り去る。怒り狂ったエンジン音がほんの少しの間聞こえていたが、すぐにそれは遠くなった。
「やったぜアルディ、あいかわらず鮮やかじゃないか!」
「へっへーん、ざっとこんなもんよ」
ハリーの言葉に、アルドラはご機嫌で応じる。
「人気ロック歌手メテオ・フランク、愛人の16才少女と深夜に抱擁。これで今週の特ダネはもらいって感じじゃん。一瞬で逃げたから向こうにはこっちが誰だかわかんなかったはずだしぃ」
「完璧!」
「そういうこと」
鼻歌まじりでふたりはバイクを飛ばした。万一の追っ手を警戒してしばらく街を走りまわり、ようやく1棟のアパートの前で止まる。さっきのマンションと比べると格段に家賃が低そうである。
「ここだっけハリー? あんたの家」
「あたり、良くおぼえてたな」
「こんなボロアパート、
リンボ
にふたつとありゃしないじゃん」
「悪かったな」
ひょいとハリーはバイクから降りた。
「んじゃハリー、おやすみ。今夜はどうも」
「あ、おい待てよアルディ」
あっさりと走り出そうとしたアルドラを、あわてて彼は止める。けげんそうに振り向いた彼女に、アパートの入り口を示してみせた。
「せっかくだから寄ってけよ。飯くらいつくるぜ。腹へってんだろ?」
「ありがと」
にこりとしてアルドラは応じた。
「でもこれから原稿が1本あるしぃ、また今度ごちそうになるわ。そんじゃねー」
返事もまたずに彼女はバイクを発進させると、たちまち視界から消えてしまう。取り残された形のハリーは最初眼をぱちくりさせ、そして小さく舌打ちした。
「ちぇ、あいかわらずガードが固いんだから」
2
「アルドラ、昨日はどこ行ってたんだ?」
ベイオウルフ
が尋ねた。端末を打ちつつ、アルドラは目立つ赤毛をひょいとかしげる。
「特ダネ狙いの張り込み。早くかたがつくかと思ったら結構時間がかかってさぁ。もうお腹はすくし退屈だしで参っちゃった」
「
リーリン
さんが怒ってたよ。大事な会議をすっぽかしたって」
「ひとりいなくってとどこおるような会議じゃないじゃん」
ちょっと心配そうに声をひそめた彼を、アルドラは笑いとばす。
「彼女と違って私は仕事しなくちゃ食べていけないんだしぃ、そっちを優先するのは当然だと思うんだけどさ、違う?」
「そういう問題じゃない」
振り返ると、話題の主が厳しい顔で立っていた。
「あらリーダー、いたの? 立ち聞きなんて趣味悪いじゃん。ちゃんとノックしてよ」
「アルドラ」
茶化す彼女を、リーリンは腕を組んでにらみつけた。
「少しの情報の行き違いが失敗につながることを、ジャーナリストがわからないわけではないだろう」
「もちろんわかってるわよ。だからこうして後からフォローしてるんじゃん。何か文句でもございますの? ミス・リン」
アルドラも負けてはいない。痛烈な口調でやりかえす。そばでベイオウルフがはらはらしながら見つめていた。
この支部で、アルドラほど公然とリーリンにたてつく者はいない。性格がどう見てもあわないというのを考慮に入れても、ふたりの仲は険悪すぎた。幸い、双方とも任務に支障をきたさない程度の自制心は保っているのだが、普段たまたま居合わせる連中にとってはいい迷惑だったりする。
「……どうもあなたはここが気に入らないようだな」
リーリンの声が低くなった。反対にアルドラの声は半音ほど高くなる。
「ご冗談、私が気に入らないのはあなたひとりよ。その証拠に任務で手を抜いたことはないでしょ?」
「私のどこが気に入らない?」
「あなたの能力以外全部」
「なるほど?」
ぴくり、とリーリンの眉が動く。アルドラがゆっくりと立ち上がった。ふたりは黙ってにらみあう。
「…………」
だが、眼をそらしたのはリーリンの方だった。唐突にくるりときびすをかえすと去っていく。アルドラはやや拍子抜けした顔になり、それから後ろ姿にふんと鼻をならして端末に戻った。
「……なんでそうリーリンさんに逆らうんだよ、アルドラ」
「別に逆らってないわよ」
息をついたベイオウルフの声に、彼女はむっとした顔になった。口調からいつもの軽妙ななまりが消えている。
「私は思ってることをそのまま彼女に言ってるだけだわ。それに向こうが勝手に腹たててるんでしょ」
「それにしたって……」
「狼さん、私たちは軍隊にいるわけじゃないのよ」
アルドラは片手でディスクをドライブから抜いた。そうしながら、空いた手の人差し指を顔の前でふる。
「それに、面従腹背って私の趣味じゃないのよね。言いたいことは言わないとストレスたまってお肌に悪いじゃん、わかってくれる?」
本気なのか冗談なのか、ベイオウルフは困って沈黙する。そんな彼に投げキスを送ると、彼女はバッグを肩にひっかけた。
「じゃね。また来るわ」
笑って手をふると、アルドラは事務所を出ていった。
〈……私だってさ〉
バイクをスタートさせながら、うって代わってむっつりした表情で彼女は考える。
〈何の疑問も持たずにあそこにいられるんなら、それにこしたことはないわよ。でもどうしても気に入らないもんが見えてくるんだから、しょうがないじゃん〉
気に入らないものとは、さっきも言ったリーリンの「能力以外全部」である。もっと正確には、彼女の持つ人間性と言った方がいいだろうか。
ジャーナリストは、他人の精神や心理を、わずかなヒントからある程度読み取ることを要求される。その能力が鈍ければ読者が求める情報を把握できないし、インタビューなどの時に対象から効果的なコメントを引き出すこともできない。
しかし、その能力は時として彼女に見たくないようなものまで見せることがあるのだ。たとえば……そう、対
Dケース
組織、
デモンバスターズの優れたリーダーの心の欠陥とか
……。
うまく表現できないが、アルドラはリーリンと行動を共にするうちに、彼女の心理に危険なものを感じていた。限られた人にしか心を開かず、対象が「個人」でなければ感情を抱けない、そういう部分がリーリンには確かにあるのだ。あるいは、もっと広い思いを隠しているだけかもしれない。だが、彼女の直感はその「狭さ」がリーリンの本質であると告げていた。
一般人であれば、それは別に何の問題もない。というか、そうであって当然である。ただのサラリーマンが国家や人類に愛情を寄せるなど、考えただけでも気持ち悪いではないか。
だが、リーリンは違う。彼女はデモンバスターズの人間であり、デモンバスターズは人類……クレギオンを守らなくてはならない組織のはずである。支部単位とはいえ、統率者であるリーダーがそういう心の持ち主では問題があるのではないだろうかと、アルドラは時折思うのである。
〈リーリンは「個人」は救えても「人々」を救うことはできない〉
リーリンの心の視野が、それをするには狭すぎるのだ。冷酷であれ、とは言わない。いくら彼女でもそんなリーダーはまっぴらである。だが、もっと全体を見る広い視点を彼女に期待するのは、間違っているのだろうか。
デモンバスターズは「お友達」の組織ではない。もし、大勢を救うために誰かひとりを犠牲にしなくてはならない時がきたら、リーリンは一体どう反応するのだろう。
〈まさか……〉
不吉な想像にアルドラは思わず身震いし、スピードをあげた。リーリンがそこまで愚かだとは思えない。そんなことを考えるとしたら、デモンバスターズのリーダーとしては失格である。個人と集団の命の重さをくらべる時、誰が何と言おうとそこには確かに差があるのだ。そして仮にも「人類の救済組織」の指揮官であるならば、どちらを選ぶかは自明の理のはずである。しかし彼女は……もしかしたら彼女は……。
「……だいっ嫌いだわ、こんなうっとうしい組織」
ひそかな悪態は、くるりと回って風の中に飛び去っていった。
用語解説
・
ハリー
……ハロルド・スレイトン。32歳。アルドラの相棒のカメラマン。PCでもNPCでもなく設定だけに登場するオリジナルキャラクター。
実はハロルドの愛称はハルであり、ハリーなら名前はヘンリーでなくてはならないというのは秘密。
・
リンボ
……アバトーン、シティの区域名。
・
ベイオウルフ
……精霊と自然を崇拝し超自然能力を持つというネイティブアメリカンのパロディ国家(身もフタもない)『ガイアの箱舟』の一員。「ベイオウルフ」とは一種のワーウルフで、肉体を変化させることにより強力な戦闘能力を持つ。
・
リーリン
……李鈴(リー・リン)。26歳。アバトーン・シティのデモンバスターズの支部長。能力的には優秀だがカタブツで融通がきかない性格をしている。
・
Dケース
……デモン・ケース。デモンがらみの事件に対して使う隠語。
・
デモンバスターズの優れたリーダーの〜
……後に本当にリーリンには「自分の運命を変えるような決断を自分自身で行うことができない」という精神的な欠陥があることが判明、デモンバスターズが危機に陥った時にそれに直面した彼女は、苦しんだ挙げ句自殺してしまう。
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