Original Story of VIFAM | |
星の行方
![]() *ご注意* この物語の世界では、2060年になってもOVA『ケイトの記憶、涙の奪回作戦!』は起こりません。 「……それで君は、まんまと538号にのせられてしまったという訳だな?」 「はい、申し訳ありません……気を付けてはいたのですが」 シアリーズ少将の視線を受けて、フェルナンド中佐は女性にしては大柄な身を縮めた。どこかユーモラスなその仕草に少将は思わず笑いかけ、デスクの上の資料に目を落としてごまかす。 「分かった、仕方がない……と言って済まされることではないが、異星人相手とはいえ一旦口に出したものを取り消す訳にはいかないからな。それに……」 もし538号が本当の事を言っているのなら聞き捨てにもできないだろう。そう言うシアリーズ少将を、フェルナンド中佐は上目遣いにうかがう。 「閣下は信じておいでなんですか? あんな……地球人との混血だなんてよた話を」 「信じるか信じないかはこれから決めることだよ。321号本人には確認してみたかね?」 「はい。『彼女の言うことを真に受けるな』と、それだけでした」 「なるほど」 穏やかにそれだけ応じて、彼は退出の合図をした。敬礼をした中佐がドアの外へ姿を消すのを待って、ディスプレイに呼び出した資料を改めて読み直す。 捕虜F538号。個人名ナダ・メリニ。情報将校と推測。英語を習得。要注意。 娘が生きていたらこのくらいだろうか、とシアリーズ少将は思った。捕虜特有の固い表情をしてはいるが、写真で見る限りではごく普通の若い娘だった。とてもではないが、ベテランのフェルナンド中佐を手玉に取るようなタマには見えない。もっとも、フェルナンド中佐もこれまで扱ったのはパイロットや輸送艦乗員といった連中ばかりで、訓練を受けた情報将校──しかも女──は初めてだったというのもあるが。 あるいはそれだけ必死なのか。と、彼はもうひとつの資料を表示する。捕虜番号M321号。個人名不明。機動兵器パイロット。詳細不明。英語を習得。F538号と知己。 確かにふたりの会話の様子からは、長期間に渡って親しい関係にあったことが見てとれる。いわゆる幼なじみという奴か、漠然とそんなことを思い浮かべ、その響きに違和感を覚えてシアリーズ少将はとまどった。異星人とはいえ家族も友人もいるだろうし、幼なじみという関係があったとしても別に異常ではないのだが、どうしても彼らとその言葉が結びつかなかった。 いつの間にか連中を人間と見ないようにする習慣がついてしまったのか。と少将はため息をつく。彼らがただのモノではないことはあの時いやというほど思い知らされたはずなのに、長い年月の間に麻痺してしまったか。 無意識にふたりの写真を並べ、その幼い頃を想像しようとしていた自分に気付いて、シアリーズ少将は苦笑した。そしてウィンドウを閉じると、たまっている他の業務に取りかかった。 対ククト戦争は、今も続いていた。 開戦当初は苦戦を重ねた地球軍だったが、異星人──ククトニアンの反政府組織の協力もあり、次第に勢いを盛り返しつつある。大目標であるクレアド、ベルウィックにはまだ触らせてももらえないが、とりあえずイプザーロン系の外惑星衛星に拠点となる基地を構えるまでにはなっていた。アンドリュー・シアリーズ少将はそこの司令官であると同時に、併設された捕虜収容施設の責任者も兼ねている。 「いいんじゃありませんか? 裏を取るくらいはしてやっても」 副司令官のスクルイドロフ准将は、F538号の話を聞いて気楽に言った。 「嘘だとしてもまあ損はせんでしょうし、もし本当だったら異星人向けとしても地球向けとしてもまたとないプロパガンダになります。何だったらわたしが担当しましょうか」 「……いや、いい」 何となしに不快感を感じて、シアリーズ少将は手をふった。この准将は悪い人間ではないのだが、どこか配慮に欠ける部分がある。前線を経験したことがないそうだから、あるいはそのためかもしれない。それほど長い戦争ではないのに、戦場を知る者と知らない者の意識のズレはすでに顕著になりつつある。 「確かに成りゆき次第では微妙な判断が必要になりそうだな。これは僕が直接取り扱おう。あと、この件については他言無用だ。関係者にも箝口令を引いてくれ。万が一にでも士気に影響するのは避けたい」 「それは大丈夫と思いますが……承知しました」 実際、異星人と地球人との混血など、信じない者のほうが多いだろう。シアリーズ少将にしても半信半疑だった。 少なくとも、M321号に対する医学検査……簡単なものでしかないが……からは、混血を証拠立てるものは見つかっていない。確かに、これまでのククトニアンの例とは異なる値が出ているようだが、それが地球人の血からくるものなのか、単なる人種差、個体差なのか、現状では何とも判断しかねるというのが医師の意見だった。もしこれ以上調べたいのであれば、遺伝子を含むサンプルを地球に送って解析してもらうしかないが、そこまでやるとなると手続きが格段にややこしくなる。肝心の本人が否定していることもあり、少将も今ひとつ決断に踏み切ることができないでいた。 だが、F538号が嘘をついているようには見えないというのも、また確かだった。スクルイドロフ准将ではないが、嘘をつくことで彼女や321号が得るものは何もない。逆にその意図を疑われてより厳しい立場に置かれるのがオチだろう。何より、地球人とククトニアンとの混血など、嘘としては出来が悪すぎる。 ということは、本当に321号は人類史上初めての異星人と地球人の混血児なのだろうか。 ……地球には、異なる人種同士の対立と、その中で両方の血を受けて生まれた子供たちにまつわる暗い記憶がいくつもある。そして、ククトニアンについては、突然の奇襲というやりかたに対していまだに強い怒りを持つ者が今も少なくない。そんな中でM321号の存在が──“祖国”ククトに裏切られた元将校という経歴をひっさげて──明らかになったら、人々は一体どういう反応を示すだろうか。 少なくとも、大混乱が起こることは間違いないな、と少将は考え、多少憂鬱になった。 538号はそこまで考えて321号について明かしたのだろうか。だとすれば、相当の情報がククトに流れているということになるが、それは深読みに過ぎるだろう。538号は単に、彼女なりのやり方で友人を助けようとしているだけに違いない。 「……しかし、あの緑髪野郎にこんな知り合いがいたとは意外でしたね」 スクルイドロフ准将のつぶやきに少将は我に返った。 「……そういう呼び方は感心しないな、ロベルト。会ったことがあるのか?」 「いえ、アーロン大佐から聞いただけですが。なんでもこっちの気が滅入るほど陰気な奴なんだとか」 「ほう?」 一般に、明らかな異常が認められるとでもいうのでない限り、捕虜のメンタル部分について記録がされることはあまりない。だからそれはシアリーズ少将が初めて聞く話だった。確かに、捕虜管理の責任者であるアーロン大佐なら、資料に載せるまでもないような捕虜の細かい動向を知っていても不思議ではない。 「そんなに扱いにくい男なのか」 「いえ、そういう意味ではむしろ扱いやすいんだそうです。ただ何というか……ここへ来るまでに何かよっぽどキツい目にあったんだろうかと大佐は言ってましたよ」 「なんでも、自軍から処刑同然に排除されたらしいがね」 そのあたりは尋問記録にも書いてあったから、少将にも関連は大体推測できた。かいつまんで話すと、スクルイドロフ准将は目を丸くして絶句する。 「そいつは……ひどい話だ。そんなことがまかり通ってるんですか、ククトの軍では」 「まあ、フェルナンド中佐などはなから信じていないようだが」 「おおミネルヴァよ、その智恵に栄光あれ。彼女は優秀ですが、相手への共感といったものにいまひとつ疎い傾向がありますからな」 「ふむ……そういう君はどうなんだ? 信じるのか?」 信じないのは当然、という返答を予想していた少将は、スクルイドロフ准将の反応にふと興味を覚えた。彼の問いかけに准将は肩をすくめる。 「正直、微妙なとこではありますがね……こうも思うんですよ。野郎なんてもんは、女の子の前では死んでも格好つけようとするもんだ。そうでしょう?」 「……まあ否定はできないな」 「ましてや、久しぶりに会った幼なじみなんていったら尚更、男のプライドにかけて格好の悪いことは言えませんよ。それがそんなみじめったらしい話しかできないっていうんなら、きっと本当のことなんでしょう」 「君らしい発想だね」 シアリーズ少将はおかしくなった。そして、案外そんなものかもしれないとちらりと思う。しょせん、異星人のメンタリティなど地球人に理解できる訳がない。ならば……もしかすると321号も、異星人だからと無理に理屈をつけてその言動を解釈しようとするよりは、単に傷つき帰る所をなくした若者とでも見てやったほうがいいのだろうか。 少将は考え込み、やがて准将に目を向ける。 「ロベルト」 「なんですか?」 「この件だが、やはり君にまかせていいかな?」 「構いませんが……いいんですか?」 「ああ、どうやら君のほうが僕よりも向いていそうだ」 ククトニアンとの対決を経験しているということが、逆に自分の思考を型にはめてしまっているのかもしれない。むしろ適度に知識はあるが、敵としての彼らと接触したことのないスクルイドロフ准将のほうが、融通のきくものを持っているのではないか。そう自覚したシアリーズ少将はうなずいた。 「とりあえず、混血かどうかの確認は後回しにしよう。確かにプロパガンダネタにはなるかもしれないが、何しろ雲をつかむような話だしな。むしろ……現状でどこまでM321号を保護することができるか、そのあたりを調べてみてくれないか。そうだな……亡命とか、そういったことも視野に入れて構わない」 「亡命、ですか。またいささか荒っぽいですな?」 「321号が祖国から排除されたのだとしたら、将来、捕虜交換なりなんなりが行われたとしても、ククトに戻すのは難しいだろう。もちろん、本国で何があろうが知らんと無理矢理送り返すことはできるが……」 スクルイドロフ准将は顔をしかめた。 「人としてどうかと思いますね、そいつは」 「だろう? かといってこのままとどめておけば、今はともかく、いずれ処遇に困ってもてあますことになる。その時に下手なことをやって人権団体あたりに嗅ぎつけられるよりは、いっそ、早いうちに亡命でもさせて穏便に処理するというのもひとつの考え方じゃないかな」 「ふむ……」 少将の言葉に、今度はスクルイドロフ准将がしばらく考え込む。そして、勢いよくうなずいた。 「了解しました。その方向で調べてみましょう」 「頼むよ。君には321号と538号の尋問記録を含むパーソナルデータへのアクセスを許可する。とりあえずはリードオンリー権限だが、調査の過程で付け加えたい情報が出てきたら言ってきてくれ」 「いいですよ。それではロベルト・スクルイドロフ准将、任務にかかります」 幾分不真面目な敬礼を残して、スクルイドロフ准将は去っていった。その後ろ姿を何となく頼もしく眺める自分に気付き、シアリーズ少将は内心苦笑する。最初は彼の言葉が不愉快にすら感じられたのに、人間とは現金なものだ。 いや、あれはきっと不愉快というのではないのだろう。と、彼はその時の感情を思い返す。自身の考えに疑いを持たず、それをあけっぴろげに示せる准将が多分うらやましかったのだ。この戦争のそもそもの発端から関わってしまった自分は、あんな風に屈託なく物事を見ることができない。それでいて、現実の容赦なさだけは嫌というほど目の当たりにしている。 早く戦争が終わらないかな、と単純な気持ちで少将は願った。戦争は本当に厄介なものだ。人の心を縛り、人生を縛る。しかも大抵の場合、本人は縛られたことも気付かず、気付いた時には、そこから逃れる機会を失っている。 自分が戦うのは誰かを守るためだ、などと単純に思いこめるほど、シアリーズ少将は脳天気でもずうずうしくもない。だが現実問題として、自分たちの行為がこうやって誰かの不幸につながったという事実を知ってしまうと、やはり何かが間違っていたのではという気がして仕方がない。それは今となってはどうにもならないし、自分ひとりが思い悩んでも仕方のないことではあるのだが……。 少将は首をふり、考えるのをやめた。そう、どうにもなることではない。だから今は目の前の案件の解決だけを考えよう。さしあたってはまあ、321号の件でも……。 スクルイドロフ准将の仕事は早かった。話してから2週間もたたないうちに、彼は結果をまとめてシアリーズ少将のところに持ち込んできた。 「結論から言うと、我々はM321号を好きなように保護も亡命もさせることができるってことになりますね」 目を通す少将を前に、准将は言った。 「……というか、不可能という根拠が、どこをひっくり返しても見つからなかったってだけなんですが」 「まあそうだろうな」 地球側は今回のこの戦争の法的正当性を、現行の戦争規定や国際法規の拡大解釈でしのいでいる。理由は至って簡単で、異星人とのファースト・コンタクトがこれほど大規模な戦争で幕を開けるなど、誰も想像していなかったからだった。 もちろん、異星人相手に法的正当性もくそもあるかという声もあることはある。だがそもそも、法律云々というのは、異星人ではなく地球人自身に対する歯止めとして適用するのを目的としての措置だった。法によって規定されない戦争は、手段を選ばない殺戮へと簡単に堕ちてしまうからだ。 とはいえ、異星人は地球の法律など知ったことではないだろうし、こちらにしてもいつまでもそんな間の抜けた状態を続けるわけにもいかないから、異星人との交戦も含めた新しい規定や法規の作成が、現在国連の主導で進められてはいる。が、果たして戦争が終わるまでにできるかどうか非常に怪しいというのが、大方の一致した予想になっていた。 ともあれ、地球の規定を使って戦争を行っているということは、言ってみれば、未知の存在である異星人に、無条件に地球人と同等の扱いを保証してしまうということでもある。スクルイドロフ准将はそこに目を付け、M321号を最大限保護し、地球へ……正確には、地球の任意の一国家へも亡命させうる手段を見つけ出したのである。 「ただし、あくまでも321号本人が希望するなら、なんですが」 その言葉に微妙な含みを感じて、シアリーズ少将は資料から准将へと視線を上げた。 「何かあったのか?」 「それがですね」 聞いてくださいよと言わんばかりにスクルイドロフ准将は姿勢を崩し、大きくため息をついた。 「参考までにと思って321号からも聴取をしてみたんですが……一体あれのどこが扱いやすいのか、アーロン大佐の感性を疑いますよ。自分のことだってのに全く話を聞こうとしないんだから」 「ははあ、もめたのか」 「もめたも何も、とにかくお前らに何が分かるって調子ですよ。てんで話になりません。ハイスクールのひねくれ小僧じゃあるまいし、自分の部下だったらまず間違いなくぶん殴ってますね」 「ふむ……」 シアリーズ少将は首をかしげた。ややあって、ふと思いついて指摘する。 「保護とか亡命とか、何か言ったか? ロベルト」 「まあ、におわせる程度には」 「それで動揺したんじゃないかな? 祖国にあれだけひどい裏切り方をされた後で、今度は地球があなたを守りますと言われても……」 「……確かに」 スクルイドロフ准将は素直に考え込んだ。それを見てシアリーズ少将は何となく苦笑する。 尋問記録などから見る限り、M321号はいわゆる「意地っ張りの頑固者」に属する性格の持ち主らしい。もしかすると、准将が親切心から言ったことが、逆に321号の神経を逆なでする結果になったのではないか。と少将は推測した。どっちもどっちといった感はあるが、自分についてなにか動いていると321号に勘ぐらせてしまうのはまずいかもしれない。何だかんだ言っても彼は通訳としては貴重な存在だ。意固地になって協力を拒否するような羽目になるのは避けたい。 「まあ、その件については後でフォローを考えるとしよう。とりあえず、調査ご苦労様」 慰めるように言って、少将は話を終わらせようとした。が、スクルイドロフ准将は席を立とうとしない。何か言いたげに少将の様子をうかがっている。 「……なんだ? ロベルト」 「いえ、ちょっと思ったんですが……女の子のほうはどうするんですか?」 「女の子?」 「538号ですよ。321号にだけ世話を焼いてあの子はほったらかしって訳にもいかんじゃないんですか」 「……しかし、彼女は普通の捕虜だからなあ。特別扱いする理由がない」 確かに少将自身も、F538号のことは引っかかっていた。いわば、シアリーズ少将やスクルイドロフ准将を動かした張本人と言えるのだが、321号のように特殊な事情がある訳ではなく、捕虜となった経緯にも不審な部分はないとなれば、定石どおりに扱う以外の道はない。 「フェルナンド中佐をへこませたってだけで充分特別扱いする理由はあるんじゃないですか……いやこれは冗談ですがね。むしろわたしとしては、321号より538号のほうに何らかの手を打ってやる必要があると思うんですよ」 「ふむ、なぜ?」 「彼女、321号との面会と引き換えにククトの情報を渡すって言ったんでしょう? 321号以上に国へは帰れないんじゃありませんか。それに……」 スクルイドロフ准将は言いよどんだ。 「538号はそれこそ承服しないと思いますよ。321号を放り出して自分だけ保護されるなんてことは」 「……ありうるな」 「そこで提案なんですが」 どうせなら、538号も一緒に亡命させたらどうですか? という彼の言葉に、シアリーズ少将は目を見張る。 「一緒に?」 「ええ、本人たちにとってはそっちのほうがいいと思いますが。どうせ乗りかかった船ですし、ひとりがふたりになっても手間が倍になるわけじゃないでしょう」 「……そりゃそうだが、だがそんな簡単にいくかな」 「もちろん、簡単じゃないでしょうけどね」 「…………」 シアリーズ少将は頭の中で慎重に検討した。かなり強引だが、頭から駄目だと否定する要素もない。 「そうだな、検討しよう」 短い返事にスクルイドロフ准将はうなずき、ようやく言いたいことを言ったという調子で席を立ちかけた。そこで「あ、そうそう」とつぶやくとポケットに手を入れて1枚のメモを引っ張り出し、広げてしわをのばすとシアリーズ少将に差し出す。 「……あとこいつはついでに調べてみたんですが……」 メモには数名の人名が記されていた。シアリーズ少将は首をかしげる。 「これは?」 「321号の親候補、とでも言っときましょうか。イプザーロン系で行方不明になり、いまだに生死が確認されていない人間です」 「そうか、ありがとう……5人か、多いのかな、少ないのかな」 「まあ、奴の推定年齢と比べて合いそうなものだけをピックアップしてありますからね。他にもいることはいますよ。例えば、2048年に探査機母艦ジョン・グレンが乗員8名もろとも消息を絶っていますが……」 「いくら何でもあれで10代ってことはないだろう」 「でしょう? なのでそういったものは除いてあります」 「なるほど」 再びメモに目を落とした少将は、ナズデダ・V・スクルイドロフという名に気付いた。同じ姓があることをスクルイドロフ准将に指摘すると「叔母です」と何でもないような答えが返ってきた。 「医者だったんですが、シフトの都合だとかで船外活動にかり出された時に事故りましてね。それっきりです。一応年代的に合うんで入れておきましたが……多分可能性はないでしょう」 「どうしてそう思うんだ?」 「一目瞭然ですよ。奴は叔母にこれっぽっちも似てません」 「…………」 妙に力を込めて断言する准将に、シアリーズ少将は真面目に納得すべきか冗談として笑い飛ばすべきか迷った。結局あいまいにうなずくだけにとどめてメモを眺める。 叔母か、と彼は思った。スクルイドロフ准将がM321号に会ったのは、もしかすると彼女の存在があったからなのだろうか。身内の行方を知りたいと思うのは、人としてのごく自然な情動だ。321号が叔母の息子かもしれないとストレートに考えた訳ではないだろうが、それでも、何か手がかりがあるかと期待したのかもしれない。もっとも准将本人はそんなことを聞いても答えないだろうし、そもそも意識してのことかどうかも分からないが。 ……実際、このリストの中の誰が、誰にも知られず異星で生きながらえたのだろう。そして伴侶と子を得、ひっそりと命を終えていったのだろう。息子が故郷からこのように遇されるなど、想像したことがあっただろうか。 全く、321号はいろいろと考えさせてくれる。とシアリーズ少将はため息をついた。 「なあロベルト」 「なんでしょう?」 もし叔母さんがククトで生きていたらどうする? そう尋ねようとして、その無意味さに気付いて少将は口を閉じる。代わりにふと浮かんだ考えを口にした。 「僕も彼らと話すことは可能かな?」 「彼ら?」 「321号と538号だよ」 「それは構わないと思いますが……覚悟したほうがいいですよ。特に321号は」 「よっぽどひどい目にあったようだね」 「そんなことはありません。少々不愉快なだけです」 こらえきれずにくっくっと笑う少将を、口をへの字にしてスクルイドロフ准将は見やった。そして幾分表情を改めると語を続ける。 「話すことそのものについては、特に危険も問題もないとわたしは思いますよ。ですが、あなたの立場で彼らと会ったら、その後、彼らに対して責任が生じてしまいます。それは意識しておいたほうがいいかと」 「今でもこの基地の400人からの人間に対して責任を負ってるんだ。ふたりくらい増えたところでどうということもないさ」 「そういう意味で言ったんじゃないんですが」 「ああ、分かるよ。ありがとう」 つまり、引っ込みがつかなくなるぞとスクルイドロフ准将は言っているのだった。司令官、少将という地位はそれほどに重い。 だが逆に言えば、M321号とF538号もシアリーズ少将の言葉をいい加減には取るまい。そしてそのことが、いろいろな意味でフェルナンド中佐やスクルイドロフ准将の時とは違う反応を引き出せるかもしれない。少将としては、むしろそちらの可能性を考えたかった。 「いちどアーロン大佐と相談してみよう」 「それがいいと思います。彼も分かってますからね。悪いようにはしないでしょう」 スクルイドロフ准将はうなずき、ふと表情をゆるめた。シアリーズ少将の視線に気付くと、いささか照れ臭そうに両手を広げる。 「いやあ、もしかすると自分は今人助けをしてるのかなとちょっと思ったんですよ。人助け、いい響きじゃありませんか」 「まあ、本当に人助けになるかどうかは分からないがね。いずれにしろ、今までにやったことのない決断をあちこちにさせる羽目にはなるだろうな」 「いいんじゃないですか。頭ってのは積極的に使わないと錆付きますからね。頑張って使わせてやってください」 その言い方にシアリーズ少将は苦笑した。 「ま、使った結果がいいものになるかどうかは分からないがね。もしかすると、悪しき先例を作ってしまうことになるのかもしれない」 「確かに……いいものになることを祈りましょうや、お互いに」 スクルイドロフ准将もつられたように笑い、ふたりはどちらからともなく肩をすくめた。 考えた末に、シアリーズ少将はふたりの捕虜を尋問室ではなく、司令官用の応接室に連れてこさせることにした。別に深い意味はない。強いて言えば、彼自身が殺風景な尋問室では息がつまるような気がしたためである。 急な用事が入ったために、少将が応接室に行くのは少し遅れた。ドアを開けると思いがけず楽しそうな声が聞こえ、彼は足を止める。どうやらただ待たされるのに飽きたのか、ククトニアンの男女はこちらに背を向けるようにして肩を並べ、壁に貼った写真を眺めていた。 と、少将に気付いて彼らはさっと振り返り、用心深い警戒のまなざしを向けてくる。自分が無粋な闖入者になったような居心地の悪さを感じながらも、少将は少し笑って敵意のないことを示した。 「それは僕が最後に指揮した艦だよ。ちょっと古いがいいフネだろう」 返事はなかった。まずF358号が黙って写真から離れるとソファに腰を下ろす。後を追うようにしてM321号も彼女の隣に座ったのを見ながら、シアリーズ少将は自分の笑いが苦笑に変わるのをおさえられなかった。ククトニアンは一般的に感情の起伏をあまり出さないというが、このだんまりっぷりはどうやら彼らの特質というばかりでもないらしい。 「まず最初に言っておくが……」 両方とも英語が分かることは確認済みだったから、彼らの前に座りながら少将は言った。 「これは捕虜尋問ではない。それに、ここでの会話も記録されない。だから君たちは安心して話してくれていい」 「…………」 ふたりはけげんそうな顔になり、視線を交わした。やがて女が慎重に口を開く。 「尋問でなければ何が目的ですか?」 「その前に自己紹介だ。わたしはアンドリュー・シアリーズ。この施設の責任者だ。君は……ナダ・メリニ嬢だったね? ナダと呼んでいいのかな?」 不快さもあらわにF538号……ナダ・メリニは黙り込んだが、しばらくして「どうぞご自由に」とそっけなく答えた。地球人相手に細かいことは言ってられないといった風だったが、シアリーズ少将はうなずいただけにとどめ、次にひたすら沈黙を守るM321号のほうを見やる。 「君は確か、彼女からシドと呼ばれていたようだが……」 「それで構いませんよ」 思いの他はっきりした返事が戻り、少将はおやと思った。どこか皮肉っぽい調子ながら、彼は意外にもしっかりした目を向けてくる。なるほど、少なくとも彼女が来たおかげで“陰気な緑髪野郎”からは抜け出せた訳か、と密かに考えながら、シアリーズ少将はソファに座り直した。 「単刀直入に言おう。君たち、地球に亡命する気はないかね?」 ……その言葉に、ふたりはただきょとんとした顔をするだけだった。もう少し反応があるかと思っていた少将は拍子抜けする。と、ナダが何やら母国語で隣に話しかけ、シドが短く答えた。それを聞いて彼女はあいまいな仕草をし、すぐに少将に向き直る。 「ボウメイとはなんですか?」 今度はシアリーズ少将がきょとんとする番だった。 「分からないのか?」 「分かりません。彼も知らないと言いました」 「つまり、ある国で政治的に迫害された者が、そこを脱出して他の国に住みたいと希望することだ。ククトでもあるだろう? たとえば主義の違うふたつの国が……」 「国の主義とはどういうものですか?」 「あー……たとえば資本主義とか共産主義とか……つまり、政治の主体が民衆にあるか、国家にあるかとか、そういうものだよ。それによって国が取りうる政策も違ってくるわけで……」 「??」 ますます訳が分からないという顔になるふたりを前に、少将は困惑して説明をやめた。もしかすると、ククトには亡命という概念そのものがないのだろうかという考えがちらりと頭をよぎり、お互いの文化の間に横たわる溝の深さとでもいったものを漠然と感じてため息をつく。 「……つまり君たち、地球で一市民として暮らす気はないかということだよ」 「……?!」 今度は疑いの余地なく意図が伝わったらしい。ふたりは一様に息を飲んだが、その表情には微妙な違いがあった。男のほうはまたかと言いたげに唇を歪めただけだが、ナダの目には、やや鋭すぎる光がきらめいたように見えた。もしかすると、地球人を嫌っているのはどちらかといえば彼女のほうなのか、とシアリーズ少将はふと思った。 「……それはわたしが半分地球人だと聞いたからですか?」 だが、口を開いたのはシドだった。その口調はいささか不穏な気配をはらんでいたが、少将は落ち着き払ってうなずいてみせる。 「そうだと言ったら?」 軽く受け流されて、彼はさらに苛立ったようだった。ナダが警告するようにその腕を軽く叩くのを振り払い、語気を荒げる。 「ククトに捨てられたんだから、地球で拾ってやればありがたく思うだろうとでも……?」 言葉の最後が不自然に途切れたのは、どうやらさりげなく向こうずねを蹴飛ばされたかららしい。 「目的を聞きましょう」 にらみつける彼を涼しい顔でかわして、彼女が後を引き取った。 「今は戦争中です。簡単に地球で暮らすと言いますが、問題が多いことくらいはククトニアンの私にも推測できます」 ククトニアンの私、というところにやや嫌味めいた力を込めてナダは言う。 「それは否定しないが……そういえば君は情報畑の人間だったね。何が目的だと推測するかな?」 「情報源として優遇するほどの価値はないはずですから、いちばん簡単に思いつくのは宣伝でしょうか……何しろ地球は遠いし、我々のように侵略された側ではないですからね。民間人の興味を引きつけておく種を探すのに、あなたがたは一苦労なのではないですか?」 ……なるほど、フェルナンド中佐が辟易するはずだ、とシアリーズ少将は内心苦笑した。こんな風に冷静に挑発されるのではたまらないだろう。しかも、彼女は隣の相棒のようにただ感情をぶつけているのではない。常に相手の反応を観察し、隙あらば牙を突きたてようとうかがっている。 やはりこの娘は地球人を嫌っているのだなと少将は確信した。いや嫌っているのではない。底知れないまでの深い怒りを抱いているのだ。恐らくは彼とのつきあいの中で培われたものだろうが、だとすれば単純な敵視でないだけに始末が悪いかもしれない。 「そうするべきだと思ったから、ではいけないかな?」 さりげなく少将は答えた。 「何を理由に?」 「理由は君がすでに言っただろう。地球は彼が失った人生の支払いをするべきだと」 それを耳にしたシドが、険しい声音で何か彼女に言った。意味が分からなくても、そんな余計なことを地球人に言ったのかと難詰していることは容易に想像がついた。ナダが首を巡らせて言葉を返す。冷静でそっけない物言いはシアリーズ少将に向けるものとさほど変わらなかったが、先ほどと違ってその中には、地球人には……というか、彼ら以外には分からない感情がこめられているように思えた。シドが不承不承と言った感じながらも矛先をおさめるのを見て、少将はますますその思いを強くする。 「それはそのとおりです」 おもむろにナダが言葉を切り替え、話を再開した。何となしにふたりを鑑賞する形になっていたシアリーズ少将はあわてて姿勢を正す。幸い彼女は気付かなかったようで、そのまま語を継いだ。 「彼には地球に認められる権利があります。でもなぜ私もですか? 私はククトニアンです。地球は私にとって何の関係もありません」 「親しい人間が一緒にいるほうが、彼も暮らしやすいのではと思っただけでね。実際の話、地球でも彼の立場は決して楽なものにはならないだろうから……ああ、衣食住や人権の保証という意味では心配しなくていい。そのくらいのことは僕もできるつもりだ」 「……わざと話をはぐらかそうとしていませんか?」 「そんなことはないよ」 ナダは無言のままシアリーズ少将を見つめた。きれいな青い目だ、と場違いなことを少将は考える。何とも言えない微妙な色合いで、故郷で寝転がって眺めた空を思い出す。こんなに挑むような目つきをしていなければもっと魅力的なんだが。 「君は……」 その空の色に向かって、ゆっくりとシアリーズ少将は言葉をつむいだ。 「彼と地球を結びつけたがる割には、君自身は地球人を全く信じていないように見えるが……自分が信じられないような所へ彼を行かせるつもりなのかな?」 「……!」 青い目が虚をつかれたようにゆらめいた。そして次の瞬間、彼女は顔色を変える。怒りとも困惑ともつかない表情で何か言おうとしたが、そのまま唇を噛みしめて顔をそむけた。どうやら図星だったらしい。 「我々に地球人を信用しろと言っても無理ですよ」 当たり前のことを言うなといわんばかりの調子でシドが割り込んだ。シアリーズ少将は目を細めて彼を見やる。 「では君も地球人を信用していないのか?」 「当然です。信用する理由がない」 きっぱりと彼は答える。自分の言葉になんの疑問も抱いていないといった風だったが、少将には、それが逆にこの青年の置かれてきた境遇を暗示しているように見え、ふと胸の痛みを覚えた。決して自分を受け入れないと分かっている世界でなお生きていくには、どれほどの強さが必要だったのだろうか。 「……信用する理由か、確かにそうだろうな」 異星人の存在をあらかじめ知っていた上層部、その撃滅を命じた封緘命令。 脱出していく異星人の艦と、死を覚悟で向かってきた機動兵器群。 そして、伏せられた真実。 あの時起こっていた全てのことが、今ここで身を寄せ合うかたくなな瞳の若者たちにつながっている。 「……君たちはクレアドにいたことは?」 「……いいえ?」 急に変わった話の流れに、ふたりはとまどった顔を見せる。 「そうか……では我々が見逃した艦に乗っていたわけではないんだな」 「……意味が良く分かりませんが」 少将の表情をうかがうようにしながらナダが応じる。少将はソファに深く身を沈めるとしばらくふたりを眺め、やがて思いきって語を継いだ。 「実は僕は参加していたんだよ。昔クレアドで行われた、植民地開発のための異星人駆逐作戦に」 ……この時ククトニアンたちが見せた表情が何を意味するのか、シアリーズ少将には判読できなかった。分からなくて幸いかもしれない、と少将はちらりと思う。自分でも彼らにどういう反応をしてもらいたいのか分かっていないのだから。怒りと憎しみを表明してほしいのか、それとも過ぎたことは許すと言ってほしいのか……。 だが、これだけは確かだ。 事実は事実、何を言われても消すことはできない。 「あの時やったことを間違っていたと言うつもりはない。僕も軍人だからね。だが、あの時の結果が君たちなのだとしたら……それについて責任は取りたいと思う」 そう言って言葉を切り、ほろ苦く笑う。 「……まあ、君たちから見ればずいぶんと虫の良い話に聞こえるんだろうな」 「良くお分かりですね」 「ああ、分かるよ」 ナダのつぶやきに、ごく自然に少将は応じた。 「僕らがやったやりかたを考えれば、君たちが地球人を信じないのは良く分かる。だから僕を信じろと言うつもりはない。だが……少なくとも僕は、君たちについては本気で考えている。まあそうだな、地球人の代表として君たちに償いをする役目に立候補したと、そう思ってくれていい」 戦争は人の心を縛り、人生を縛る。そして、縛られていることに気付いた時には逃れる機会は失われている。 ……いや、まだ機会は失われれてはいないのかもしれない。それが幸福なのか不幸なのかは別として。 「…………」 ククトニアンの男女は黙って顔を見合わせた。ふたりともが慎重に表情を殺したその様子は、少将の言葉の意味が分かっているようにも、まるで理解していないようにも見える。 「……何が目的ですか?」 やがてナダが短く言った。前と同じその問いかけには、奇妙なことに前と異なり皮肉も挑発も込められていないようだった。むしろ、迷子になった子供が大人に道を尋ねるような響きが感じられて、シアリーズ少将は驚き、なぜかほのかな嬉しさを覚えた。 「そうするべきだと思ったからだよ」 前と同じ答えを、より思いやりをこめてシアリーズ少将は返す。 「……まあ、今すぐ結論を出す必要はないよ。君たちにとっても重要な問題だ。時間はあるから納得いくまで相談して、それで決めてくれ……シド、君はこの後何かしろと言われているのかな?」 「は……? いえ、何も言われていませんが」 シアリーズ少将はうなずいた。 「そうか、ならふたりともしばらくここでゆっくりしていくといい。お互いカメラや盗聴器の前じゃ話したくないこともあるだろう? 何かあったらそこの艦内電話でこの番号に連絡してくれれば、僕か副官が出るから」 内線番号のメモを渡して、少将はソファーから立ち上がる。その動きを追って4つの瞳が彼を見上げた。途方に暮れているな、と少将は思う。だが悪くはない。迷い困惑してはいるが、答えを探して前へ進もうとしている目だ。 少将は励ますように、その目に向かって笑いかけた。 ![]() 前2作と全く視点を変えて書いてみました。今回頭とラストを先に書いて間をつなげていったんですが、まあつながらないことつながらないこと。結局大部分がおっさんふたりの会話に終始することに……。 『前哨戦』のシアリーズ大佐、再登場です。実際の話、ふたりがこれ以上何かをするには、地球人の側で保護者というか、救助者的な立場の人が必要になるはずなので、そういう意味は適任といえば適任でした。が、まさかこんな形で出てくるとは思わなかったぞ。 しかもふたりより出番多いし。 で、ふたりがこの後どうなったのか、興味のある方には→こちらにこんなエピソードを用意してみました。どうやってもこの話とつながらなかったので割愛した部分ですが、おまけ程度にご覧になってみてください。 Special Thanks to DORAさん
いつも待っていてくれてありがとうございました |