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The Voyage of Queen Dragon,Vol.1
アンドロイド・トラブル



……連合条約時代、人類の社会において禁止されていたものがみっつあった。ひとつめは自意識を持つコンピュータ、ふたつめは人間の能力を増大させる目的での人体改造、そしてみっつめが、人間と同様もしくはそれ以上のロボットである。


「……バザーク太陽系が連合条約を?!」
 むしろ呆れたように、船長のアネリースはうなった。
「まだそんなもん守ってる国があったの?」
 通信機に向かっていたアレックスはひとつうなずいて、送られてきた通信を彼女のディスプレイに転送する。通信文に眼を通すアネリースの顔がみるみるうちに渋くなった。
「……なんて言ってきたんです?」
 我慢しきれなくなったマリアが、航法士席から口を出した。くりくりした眼が期待と好奇心で輝いている。アネリースが手招きするととびだすようにして船長席へ駆け寄った。
「えと……『連合条約違反調査のため、貴船に係員を乗船させる。乗組員は以下の指示に従い協力のこと。バザーク太陽系ポートパトロール』……どひゃー、これってもしかして、早い話が臨検?」
「うれしそうね、マリア」
「そ、そんなことないですよー」
 マリアはトラブルが好きである。というか、変わったことならなんでも好きなのだ。それを知っているからアネリースも深くは追及せず、代わりに連合条約に関するデータを呼び出した。
「ここまで来てこんなものをひっくり返す羽目になるとは思わなかったわ」
 故郷ニューウェールズ連合(NWF)では、これらが失われてからすでに約400年がすぎている。単なる歴史上の資料にすぎないこの連合条約を、いまだに守り続けている所があるなどとは彼女たちは想像もしていなかった。それが近地球圏となればなおさらである。その昔、近地球圏からやってきた人物によって連合条約は崩壊したと彼女たちは聞いているのだから。
「宇宙って広いですねぇ、アネリースさん」
 しみじみとマリアが応じた。だが、それに対するアネリースの返事はない。
「……どうしたんですか?」
 彼女は無言でディスプレイをにらんでいた。そこには連合条約における禁止事項の抜粋が表示されている。
『連合条約は、人類の健全な発展のために以下のものを禁止する。一、人間と同様の反応および思考形態を示すプログラム、二、医療以外の目的でなされる人体改変、強化。三、完全に自立し、人間と同様の外見および能力を持つロボット』
「アネリースさん、これって……」
「……思いっきりまずいかも……」
 ふたりは顔を見合わせ、ついでどちらからともなくナビゲーター席に視線を移した。その先では、「役に立つ雑用アンドロイド」ケファイドが、いつものとおりの無表情のまま勤務についていた。


「……もし違反してるってばれたら、一体どうなっちゃうんですか?」
 不安そうにマリアが尋ねた。アネリースは小首をかしげて考える。
「星系によって対応は違うけど、とりあえずケファイドは没収の上廃棄、私たちは……多分罰金じゃすまないでしょうねえ」
「やだやだやだ、ぜーったいやだ!」
 身もだえして嫌がるマリアを、ケファイドは興味深そうに見つめている。その視線に気づいた彼女はアンドロイドに険悪な眼を向けた。
「ケファイド、あんたもなんとか言いなさいよ。もしばれたらあんた廃棄されちゃうのよ!」
「それは困ります」
「だったら何か考えなさいよ!」
「しかし、なにか情報がないことには考えることは不可能です」
「くーっ、この石頭っ!」
「……せめて、人間だと言ってごまかせればいいんだけれど」
 溜息まじりにアネリースが言った。しかし、それは無理な相談である。外見こそ人間と全く同じだが、ケファイドの言動には不自然な部分が多すぎる。ロボットのなんたるかを知っている人間が見れば、一発でばれてしまうに違いない。
「逆に、人形だって言っちゃうのは? アネリースさん」
「……なんの目的で積んでるのよ、こんな人形を」
「うーん……」
 一同はしばらく考え込んだ。しばらくして、不意にマリアが眼を輝かせた。
「そうだ! 分解しちゃえばいい!」
「は?」
「そうですよアネリースさん。ロボットなんだから分解してあっちこっちにばらばらに隠しておけばいいんですよ! トイレなんかに入れとけば完璧なんじゃないですか?」
「…………」
 あっけにとられてアネリースはマリアを見つめた。分解とはものすごい発想である。しかし正直なところ、バザークの係員をごまかす方法はほかには思いつかない。
「……ケファイド、あなた分解して組み立てることは可能なの?」
「適当な道具と技術さえあれば可能です。ただし、頭脳部分はブラックボックス化されていますので、分解はできません」
 すぐさま答えが返ってきた。それを聞いて彼女の心は決まった。
「ケファイド、しばらくあなたを分解して隠すことにするわ」
「拒否します」
「なあんで! いい考えなのに!」
 憤然としたのはマリアである。ケファイドは冷静に説明した。
「私は支障がないかぎり、自己を守らなくてはなりません。よほど深刻な理由がないかぎり分解は拒否します」
「じゅーぶん深刻よ! あんたを隠さないとあたしたちが犯罪者になっちゃうの! もしかしたら死刑になっちゃうかもしれないのよ! あたしたちをそんな眼にあわせたくなかったら分解されなさいよ!」
「…………」
 それを聞いたケファイドは沈黙する。どうやらマリアの言葉について考えているらしい。息を飲んで見守る人間たちの眼に、ケファイドが2、3度、わずかに震えるのが見えた。
「……わかりました」
 長い時間の後、ケファイドは言った。
「命令に応じます」


 結果として、ごまかしはうまくいった。バザークのポートパトロールはケファイドに気づかなかった。ただ、医務室に隠した腕が見つかり、船長アネリースは係員と以下のような緊迫した会話をかわすことにはなったが。
「……この腕はいったいなんですか?」
「それは……それはえーと、義手です」
「義手? またなんの目的で?」
「えー……まあ、何がおこっても大丈夫なように……って」
「?……全く、辺境人の考えることは我々にはわかりませんな」
 しかし、本当の困難はこのあとやってきた。「しかるべき道具と技術があれば」再組立は可能だとケファイドは言ったが、いざやってみると道具はともかく、知識の持ち主がケファイド本人以外誰もいなかったのである。当然ながら、組立は混乱を極めた。
「こ……これとこの線がつながって……それから……?」
「違います船長、その線はとなりの24H4に接続してください。それから微小電流計で擬似ニューロンの反応をチェック後、24F4−Bと接続します。あ、マリアさん、金属性のピンセットは使わないでください。線を傷つける恐れがあります」
「うきー! こんな細かい接続を指でやれっていうの?! なんとかしてくださいアネリースさーん!」
「しがみつかないでマリア。アレックス! こっそり逃げようったってそうはさせないからね。最後まで手伝いなさいよ!」
 ……結局、ケファイドが(少なくとも外見だけでも)元どおりになったのは、それから3日後のことであった。


用語解説

連合条約:良く「連合条約軍」とかいうので国連みたいなものだと誤解されるが、実は形のある組織ではなく、昔、人類がひとつの集団だった時に作られた人類全体の規範となるべき条例集のことであり、これを尊守する国家を「連合条約国家」と呼んでいるだけである。旧地球圏を中心とした国家が制定したため、特に辺境では「権威主義」の意味で使われる。
 ちなみに、現在は有名無実化しているのだが、知らない人も多い。

バザーク太陽系:近地球圏に程近いところにある太陽系。実際には単なるイナカの太陽系である。古い歴史を誇り、自らを連合条約の守り手と任じているが、第三者から見れば単に古臭くて石頭なだけ。

ニューウェールズ連合:NF57星区が中心となり、NF58星区(ライアー帝国)、アレイダ宙域を始めとする周辺星区、宙域をまとめて作り上げた星間連合。連合条約ではこういう風に星区同士が連合を作ることは「人類の統合を乱す」ということで禁止されているので、こういうものが堂々と作られること自体が連合条約に効力がなくなっていることの証明である……が、いまだそれに気付かない人も多い。

一、人間と同様の反応および思考形態を示すプログラム:その昔、人類が『SOL』という超デタラメスーパーコンピュータにひどい目にあわされたからである。

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