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The Voyage of Queen Dragon,Vol.3
コロニー・シティ・アクション



「美形のアンドロイドを見つけた?」
 ……とある一室、ひとりの中年男が身をのりだしていた。
「はい。一見、男性とも女性ともつかない細身のタイプだそうです」
「……まさに好みだな」
 部下の報告に男は眼をぎらつかせ、舌なめずりをする。でっぷりと太ったその姿はかのカエル人に似ていなくもないが、そう言ってはカエル人たちに失礼だろう。
「そいつは今どこにいる?」
「追跡では、現在フロイデン・コロニーに滞在しています。所有する人間たちと一緒に」
「すぐに捕らえろ。人間たちは……」
 そこで彼は少し考えた。そして、うってかわって面倒臭そうに指示を下す。
「確か船長は若い美女だといったな。そいつはなにかの役にたつかもしれん。あとの男と小娘は用なしだ。消せ」
「わかりました」


 アロン太陽系ににほど近いフロイデン・コロニー。北区商店街を、マリアとアレックスは並んで歩いていた。
「……アネリースさんも来ればよかったのに。ねーアレックスさん」
 いかにも下町、といった風情の通りをぶらつきながら、マリアはアレックスを見上げた。答えはない。相変わらずの愛想のなさに、マリアは心の中でため息をついた。
 重力制御装置にトラブルを起こした航宙船『クイーン・ドラゴン』は、現在このコロニーの修理ドックに放りこまれている。乗組員たちは、街のホテルに滞在していた。ここぞとばかりにはりきって見物を提案するマリアに対して、だが船長アネリースは笑って首をふった。
「私は遠慮するわ。アレックスとふたりで行ってきたら?」
「えー、でもいろいろお店とかICでチェックしたんですよ。どうせ暇だし行きましょうよアネリースさん」
「うーん、でもケファイドをひとりで残しとくのもヤバいし。今回はのんびり部屋でゴロゴロしてるわよ」
 ……やっぱり、アネリースさんと一緒じゃないと楽しくないのかなー。
 店からの呼びかけも通り過ぎる女性からの笑顔もひたすら無視するアレックスを見ながら、マリアはそっと考えた。
 幼ななじみだっていうしー。
 アネリースが父親から継いだ海賊団を解散して独立したとき、ただひとりついてきたのが彼だという。ふたりのあいだには特別な感情があってもおかしくない、とマリアは思っていた。もっとも、アネリースが知ったら「ドラマの見過ぎ!」と笑い飛ばすだろうが。
 ……そうやって物思いにふけっていたマリアは、アレックスが急に鋭い眼であたりを見たのに気付かなかった。
「マリア、つけられている」
 突然、声をかけられて彼女はきょとんとする。
「? ……なんで? 誰から?」
「わからん。多分ひとりだが……」
 それ以上は言わず、アレックスは足早に歩き出した。背中に緊張が漂っている。マリアはあたりを見回そうとしたが思い直し、あわてて彼のあとをおいかけた。


「アネリース……アネリース!」
〈アレックス? どうしたのあわてて〉
「まずいことになった」
 追跡者をまこうとあちこち移動していたふたりは、そのうちひとけのない裏町の一画へと入りこんでしまっていた。それが偶然なんかではないことを、歩くにつれ深刻になっていくアレックスの表情からマリアは察した。どこの誰だか知らないが、ふたりに何かを仕掛けてこようとする連中がいる。
〈……わかった。どうすればいい?〉
 状況説明を聞いて、コミュニケーターからアネリースが言った。
「とりあえず部屋から絶対に出るな。ケファイドと一緒にいてくれ」
〈そっちは?〉
「なんとかする。これから……」
 そこまで言ったアレックスが、突然ハッと顔をあげるなりマリアをつきとばした。同時に自分も地面に転がる。きわどいタイミングで刃物が彼のいた空間を切り裂いた。
「アレックスさんっ!」
「隠れてろ!」
 一瞬で跳ね起きたアレックスは、そのまま丁度こちらを振り向きかかった人影に襲いかかる。が、襲撃者はするりと彼をかわすと再び刃物をきらめかせた。とっさに心臓をガードしたアレックスの腕に刃が刺さり、血が吹き出す。
「動かないでっ!」
 悲鳴に近い声が響きわたった。マリアが小さな拳銃を襲撃者に向けている。このコロニーは武器持ち込み禁止のはずだが、どうやってか検査をごまかしたものらしい。
「動くと撃つわよ!」
「……撃ってみたら? どうせ当たらないんだから」
 応じたのは女の声だった。
「あたしにだって回転重力の影響くらいわかるのよ!」
 馬鹿にされてかっとなったマリアは、アレックスが止める間もなく引き金を引く。軽い銃声が聞こえ、女がよけるまでもなく弾ははずれた。
「それはちがうわ、あんたがへたくそだからよ」
 余裕で言うと、彼女はつとアレックスから離れる。そして素早くマリアに近づき、はがいじめにすると喉元に刃物をつきつけた。
「さあどうする? おふたりさん」
 おびえきった眼でマリアはアレックスを見た。アレックスは腕を押さえながらじりっ、と足を出す。
「……その子をはなせ」
「いやよ」
「なぜ俺たちを狙う」
「あんたたちふたりには用はないから。あら動いちゃ駄目よ。死体でも女の子は顔がきれいなほうがいいでしょ」
「……アネリースさんとケファイドに何するつもり?!」
 突然マリアが叫んだ。その拍子にのどに小さな切り傷を作るが、彼女は気付かない。必死の形相で言いつのる。
「あたしたちに用はないってことは、アネリースさんたちには用があるってことね?! ふたりをどうするつもり?!」
「ぴーぴー騒がないことね、ちびちゃん。さもないと……」
 女は最後まで言い終えることができなかった。その瞬間、アレックスが無言で体当たりをかけてきたのである。3人はもつれあって地面に転がり、マリアの悲鳴と地面に跳ね返った刃物の金属音が混じりあった。
「……アネリースをどうする気だ」
 数秒の格闘のあと、女を押さえつけてアレックスは言った。青灰色の眼が殺気立っている。それを見た女は思わず眼をそらした。
「言え」
「……アネリースさん! ケファイド! マリアです。返事して、お願い!」
 解放されたマリアがコミュニケーターに必死で呼びかけている。手遅れだろうか、と思われた瞬間、聞き慣れた声が飛び込んできた。
〈マリア! マリアなの? 一体なにがあったの?!〉
「アネリースさぁんっ! よかったぁ」
 マリアは半泣きになった。アレックスもほんの少し緊張をゆるめる。その一瞬を女は見逃さなかった。
「きゃあ! アレックスさん!」
 隠し持ったもう1本のナイフで胸を刺されて、アレックスは思わず身を引いた。女はするりと立ち上がり、彼から離れる。
「あの女とどんな仲なの、あんた」
 マリアが彼のそばに駆け寄ってくる。するとアレックスは無言のまま彼女を後ろにかばった。それを見た女の眼が険しい光を放つ。
「……あんたみたいな男って、大嫌い」
 殺してやるわ、そう吐き出すように言い残すと、女はさっと身をひるがえした。たちまちその姿は見えなくなる。
〈マリア、ちょっとマリア! 答えてよ! マリア、アレックス!〉
 ……気がつくと、コミュニケーターからアネリースがやかましく呼び立てていた。それを聞いて気がゆるんだのか、アレックスが血を吐くとゆっくりとうずくまる。泣きじゃくりながらマリアは彼を支え、起こったことをアネリースに告げた。


用語解説

カエル人:人類がコンタクトしたことのある異星人。その名のとおり姿は直立歩行する巨大カエル。結構高い文化と知性を持っているのだが、外見が災いしてか人類からほとんど相手にされなかった。もっとも、技術をふんだくられたあげく絶滅させられたパプテスマ人にくらべれば幸福かもしれない。

回転重力の影響:正確にはコリオリ力という。
 ……すいません、物理苦手なんで詳しいことはちゃんとした理科の本を読んでください……。

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