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Hartly Family's Everyday, Story2
おとなりからのお客



 ピピピピピピピ……
 のんびりした勤務時間を破ったのは、レジゲート監視装置の甲高い警報音だった。それぞれ好みの雑誌に眼を落としていたふたりの女性は同時に顔を上げる。
「……どこかしら?」
「3番ゲートね」
 おっとりとした同僚のニコル・ウィンスラーの問いに、素早く操作盤に眼を走らせたフローレンス・ハートリィが応じる。
「監視カメラは?」
「駄目。いつものことだけど」
 このシステムの監視カメラはとにかく見づらい。なにしろすぐ近くに特売の缶詰が山積みになっているものだから、視界が遮られてかんじんのレジゲートがほとんど見えないのだ。こんなんならいっそレジのところで人間がみはってたほうが効率的なんじゃないの、といつもふたりで言っているくらいである。
「ちょっと見てくるわ、ニコル、あとお願い」
 やれやれ、という調子でフローレンスは立ち上がった。


『エディンクス』はどこにでもあるごく普通のスーパーである。扱っているのは食品を中心に日用品、園芸品、その他もろもろ。ようやく午後も半ばに達したこの時刻、そろそろ店内用カートを押して歩く客の姿も増えはじめている。
 カートと共に、閉じてしまったレジゲートの前にたたずんでいた女性は、近づいたフローレンスの声にややきまりわるげに振り返った。
「どうしました?」
「……すみません、ゲートが閉じてしまって……」
 言葉に少しなまりがある。あら、デネヴの人じゃないのね、と瞬間的にフローレンスは考えた。もちろん、顔にだしたりはしないが。
ICカードはちゃんとカートにさしこんであります?」
「ええ」
 デネヴに限らず、NF57宙域では、買い物に現金を使うことはほとんどない。支払は全てICカードと呼ばれる身分証明と預金カードを合わせたようなものをコンピューターに読み込ませることによって行なわれる。『エディンクス』でもそれは例外ではなく、客はまず自分が使うカートのコンピューター端末にICカードをさしこんでおき、最後にレジゲートを通り抜けると、それまでカート内に入れることによって自動的にカウントされていた商品の金額が、ICカードから引かれるという形になる。
 だが、この客のICカードはどうやらレジゲートのシステムに認識されなかったらしい。だからシステムは支払いがされない商品が店の外に持ち出されると判断し、ゲートを閉じたのだ。
「ちょっとカードを見せていただけます?」
 女性は端末からカードを抜いてさしだした。受け取ったフローレンスはそれを見ておやと思った。普段見慣れているカードとデザインが違っている。
 だが、その不審はカードの表面に『NF292宙域・レルヘンス星区発行』と表記してあるのを見た瞬間に解けた。NF292、となりの宙域である。
「わかりましたお客様、このカードはNF292で発行されたものですね?」
「え? ええ、そうです」
「本当にまれなんですが、こういったシステムはNF57以外の場所で発行されたカードは認識しないことがあるんです。どうも宙域ごとに微妙にフォーマットやら何やらが違うらしくて。もちろん、大部分の物はどこのカードであろうと全く問題なく使えるんですが、ごくたまにこういうふうにトラブルになってしまうことがあります。カードそのものに問題があるわけではありませんから特に気になさる必要はありませんが、なんでしたら役所でNF57の仕様の物に変更してはいかがでしょう」
「……あらまあ」
 彼女はやや困ったように首をかしげた。
「じゃあ、このスーパーではカードは使えないということですか?」
「そうですね。もしよろしければ現金も扱っておりますが」
「持っていないんです。まさか必要になるとは思わなくて」
「…………」
 数秒間、フローレンスは考え込んだ。お客に余り親身になっていはいけない、というのが店員の原則である。不特定多数を相手にする以上、少数だけを区別するのは望ましくない、というのが理屈だった。だが、話は別、というときもある。
「じゃあ、こうしましょう。今日は私のカードを使ってお買い物をすませてください。そして後日、現金でもIC処理でも構いませんのでお金を返していただければけっこうです」
「でも、ご迷惑じゃ……」
「いいえ」
 恐縮する女性にフローレンスは笑ってみせた。
お客様が不自由がないようにするのが、私たちの仕事ですから



用語解説

・レジゲート 〜雰囲気的には自動改札。もちろんあんなにごつくない。

・言葉に少しなまりが…… 〜NF57の共通語は英語をベースとした言語。ただし場所によってなまりや方言があり、時には全く通じないこともある。特にライアー人の「ライアーなまり」は有名で、スパイ番組に出てくるライアー人スパイは大抵このなまりでしゃべっている。
 ちなみに、非英語をベースとした共通語を持つ宙域も存在する。代表的なのがNF58星区(ライアー帝国)のドイツ語、アクレティア・クォドラントにあるオルラント帝国のロシア語など。さすがに日本語がベースというところはないらしい。

・レルヘンス星区 〜NF292宙域は実在するが、詳しい設定が作られていない。この星区も「適当に」と言われてそれらしい名前をひねり出しただけ。

・お客様が不自由が…… 〜実はひそかな皮肉がこめられていたりして(笑)。

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