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Hartly Family's Everyday, Story4
はまりすぎにはご注意を



「……ちゃんと説明しなさい、アディ」
 いつにない母親の厳しい言葉に、アドルフはただ首をすくめた。そばのソファーで姉のドルチェが面白そうに眺めているのを意識するが、今はそれに文句をつける余裕もない。日頃あまり怒らない分、こうなると母親はとても恐ろしいのだ。
「どうしてあんたのIC使用料金だけがこんなに高いの?」
 言葉こそおだやかだが、その裏には一触即発の気配が漂っている。そして彼の目の前につきつけられたIC使用料金明細のプリントアウトには、アドルフ・H、9月の使用料金512(4096円)ポンドというあざやかな文字。
「……それはさ……」
 確かにアドルフも、小学生がひとつきに使う金額としては、512ポンドは多すぎることくらいわかっていた。わかっていたから、今は必死で言いつくろう言葉を考える。
「……いろいろ友達と話すことが多かったんだよ。ほら、僕ドリーみたいにコム(携帯用IC端末・現代の携帯電話のようなもの)持ってないからさ」
「毎日会ってる友達とそれほど話すことがあるの?」
「あるかもしれないじゃないか、宿題の答えとか、明日の授業のこととか……」
「それから?」
「遊ぶ約束とか、本貸してもらう約束とか……」
「それから?」
「うう……」
 母親は全く動じない。容赦なく追及してくる。その圧力に耐えきれなくなったアドルフは、遂に言ってはいけないことを口にした。
「……もしかしたら、ドリーが僕のナンバーを黙って使ってるのかもしれない」
「……なにでたらめ言ってんのよ!」
 その瞬間、それまでのほほんと見物を決め込んでいたドルチェが血相を変えた。
「あたしが無断であんたのID使ってるだって? なに適当なことほざいてんのよこのちび!」
 NF57では……そこに限らずおよそICのネットワークを持つ全ての文化圏では、他人のナンバーを無断使用するというのは殺人にも等しい犯罪である。だから、彼女が怒ったのは全く無理がないことであった。あったのだが……アドルフにとっては、その後の展開は最悪だった。
「あんたのIC使用料金が多いのは、最近はやってるなんとかってオンラインゲームにハマってるからじゃないのさ!」
 真正面から突っ込まれて、彼は頭を抱える。まさに、墓穴とはこのことであった。
「アディ」
頭上から、こわい声が降ってきた。
「ドリーにあやまりなさい。それから、あのオンラインゲームはほどほどにしときなさいって、お母さん何度も言わなかった?」
「……はい」
 蚊の鳴くような声でアドルフは返事をする。そしてあとは、ひたすら延々続くとお説教を小さくなって耐え忍んだ。自分の浅はかさを死ぬほど後悔しながら。


「……だって、みんなやってるんだぜ」
 30分後。
やっと母親が去っていったあと、ソファーに座り込みながらアドルフはぶつくさと言った。
「あんなもんのどこが面白いのさ」
 かたわらでドルチェが、壁面用のIC端末のリモコンを操作しつつ応じる。 そっけないのはまだ怒っているのではなく、これから始まる『ワイルド・ペガサス』のコンサートの録画番組に気を取られているためである。まだ10分もあるというのに、彼女の心はもうコンサート会場へ飛んでいるらしい。
「どれ見たって店売りソフトと変わんないじゃん」
 オンラインゲーム。それはICの回線を使ったテレビゲームのことである。現在、シューティング、RPG、アドベンチャーなど280種類ほどが選択できるが、中でもアドルフたち小学生の間で圧倒的な人気を誇っているのが『ゲート・オメガ』という宇宙もののシューティングゲームだった。
「そんなことないって。ソフトなんかよりずっと面白いよ。大体、ソフトの敵って馬鹿なんだもん」
 オンラインゲームの最大の宣伝文句は「敵も味方もみんな人間!」である。要するに、ソフトもののゲームではコンピュータがコントロールする敵キャラクターやNPCも、オンラインゲームでは全てICを通してここに入ってくるプレイヤーなのだ。当然、行動パターンはコンピュータよりはるかに多様になる。それがスリリングだというのが人気の主な原因であった。
「大体うちくらいだよ、IC代が多すぎるなんて言うのはさ。誰に聞いたって、そんなこと全然言われないって言うよ」
 このオンラインゲームはもちろん無料ではない。遊べばICを通してそれなりの料金を請求される。ちなみに『ゲート・オメガ』の利用料金は10分間15ポンド(120円)。他のゲームに比べれば決して高い金額ではないが、なんと言ってもこの手の代物は1回やると「ハマって」しまうことが多いのだ。当然、料金もそれにつれて幾何級数的に上昇することとなる。
「だったらお母さんにそう言ったらいいでしょ。あたしに文句言わないでよ」
 ドルチェの返事はにべもない。
「大体、そんなのうちでやろうってのが間違ってんのよ。学校でやればいいじゃない。あそこならいくらやってもただなんだしさ」
「そんなのできるわけないだろ。学校のは教育用ネットとしかつながってないじゃないか」
「誰かが改造したのがあるでしょ」
「なにそれ!?」
 心の底からびっくりしてアドルフは聞き返した。
「そんなのあんの!?」
「ないの?」
 今度はドルチェが不思議そうな顔になって振り返る。
「あたしが通ってたころはあったけど。オタクだかフェチだかに友達がいる奴がこっそり端末改造してもらって、普通のサービスにもつながるようにしちゃったやつがさ」
「聞いたこともないよ」
「……変だなあ。学校に見つかって封印されたのかな?」
 その瞬間、画面に『ワイルド・ペガサス』の3人組の姿が映った。同時にドルチェもそれまでの会話などどこかに吹っ飛ばして画面に熱中する。こうなったドルチェにはもはやどんな話題をふっても「うるさい!」のひとことしか返ってこない。
 ……学校の端末でICに接続できるのかぁ。
 ひとり取り残されたアドルフは、そんな姉の姿を見ながら考えた。
 そんなのほんとにあるのかなあ。
 もしあったらすごいことである。ゲームだけでなく、どんなサービスも料金を気にせず使うことができる。
 今度探してみよう。
 ……これが発端になって、数日後に第24小学校では大騒動が起こるのだが、それはまた別の物語となる。



用語解説

・小学生がひとつきに使う…… 〜今では少なすぎるかもしれない……。

・280種類 〜当時はこれでも「ちょっとおおげさすぎるかな」と思ったもんだったが……。

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