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Hartly Family's Everyday, Story3
偉い人に会った日
ハートリィ一家が、デネヴ軍の観艦式を見にいくことになったのは、9月の最初の日曜日のことだった。
観艦式というのは、デネヴ軍の最高司令官でもある大統領が2年に1回、艦隊の視察を行なう行事である。大統領の前で、数百隻の艦隊が数々の艦隊運動をおこなうほか、簡単な模擬戦闘、艦載機のアクロバット飛行、などが披露される。これは一般の人々にも見学が許されており、普段こんな機会はないこともあって、抽選がおこなわれるほどの人気となっている。だが、ハートリィ一家の場合、長男のセオドアがデネヴ軍の士官なこともあって、優先的に席が取れたのだった。
〈本日は、デネヴ軍観艦式へようこそおいで下さいました。只今から……〉
〈観艦式見学の方にご案内いたします。駆逐艦ヘルメス、カリグラ、ミシマへご乗艦なさる方は、38番ゲートへ……〉
〈業務連絡、ユン准尉、6番に連絡が入っています、ユン准尉……〉
軌道ステーション「D−1」の軍用区画は、いつにない賑わいをみせていた。軽快な音楽にまぎれて鳴りたてる放送、あちこちで聞こえる出店の呼びこみとソーセージやパイが焼けるいい香り、カメラのフラッシュの光、そして、もの珍しげにざわめきながら歩いていく雑多な服装の民間人たち……。
「……ちょっとアディ、迷子になんないでよ」
すぐ上の姉……と言ってもかなり年は離れているが……のドルチェが、後ろを振り返るときょろきょろする弟に言葉を放り投げた。
「平気だってば、うるせえな」
そう言い返しながらも、アドルフの眼は片時もじっとしていない。なにしろこのステーションの「こちら側」へ来たのは生まれて初めてなのだ。
「D−1」は、惑星デネヴで最初に作られた軌道ステーションである。完成してから優に1000年近くがたっており、さすがに老朽化が目立つため、徐々にその機能はD−2以降の新しいステーションに移行しつつあるが、それでも現在デネヴ最大の規模と利用者数を誇っている。ややいびつな箱を組み合わせたような(というのもかなりの増改築を繰り返しているため)その区画の半分を民間、半分を軍が利用しており、その区別は厳密におこなわれている……早い話が、普段民間人が軍用区画へはいれることはまずないのだ。
ところが、今日は民間人がそこを堂々と歩き回っている。観艦式、2年に1度の特別行事ということで、開放されているのである。広い通路のそこここには軍人たちが出店や屋台、ミニコンサートなどを開いている。そのくだけた姿からは、彼らが普段どんな顔をして仕事しているのかは想像もつかない。
「……あれ?」
はたと、アドルフは立ちどまった。はずみで後ろを歩いていた若い男に転ばされそうになったが、気にする暇もなくあたりを見回す。
「ドリー、どこ?」
姉の姿が見えない。それどころか、家族の全てがいつのまにか彼の視界から消えてしまっている。アドルフひとりが人ごみのなかに取り残されてしまったらしい。
「…………」
彼は無言で歩きだした。別に迷子が怖いわけじゃない。このまま見学用の艦に乗り遅れるのが嫌なだけだ。自分にそう言い聞かせながら、それでも自然に速足になった。だが、行けども行けども家族の姿は見えてこない。
もしかしたら、あの角を曲がったのかも。
そう思って、最初に見えた角を曲がってみた。そこもたくさんの民間人と軍人とで賑やかだったが、やはりみなれた顔はなかった。もう1回、角を曲がってみる。そしてもう1回、もう1回……。
「どうしたの? 坊や」
ひとけのない通路をとぼとぼと歩いていたアドルフは、びくっとして振り返った。彼の視線の先では、淡いベージュのスーツ姿の女の人が彼を見ている。年は母親より少し上くらい。淡い褐色の肌と黒い眼が上品そうな感じである。まわりには黒い服の男が数人、つき従っていた。
「ここは一般の人ははいっちゃいけないのよ、どうやってここへ来たの?」
「あの……」
普段なら、坊やと呼ばれたら猛烈に反抗するところである。しかし、今は声をかけてもらっただけでうれしかった。こぼれそうになる涙をぐっとこらえながら説明する。
「……家族とはぐれたんです」
「あらあら、迷子?」
彼女は優しく笑った。近づくと床にひざをつき、なぐさめるようにアドルフの肩をぽんぽんと叩く。
「じゃあ、そこまで案内させましょう。人のいるところへね。ここは本当に坊やみたいな民間人が入っちゃいけないところなのよ」
じゃあ、おばさんはなんでいるの? と質問しようとしたが、そのときには彼女は立ち上がっていた。黒服の男を振り返って命令する。
「テディ、この坊やを開放区画までつれていって、放送で親ごさんを呼びだしてもらいなさい」
「はい」
テディと呼ばれた男は一礼し、アドルフの方へ近寄った。なんだか不安になったアドルフが少し後ずさりすると、その後ろから彼女が声をかけた。
「大丈夫よ、そのおじさんがお父さんやお母さんを探してくれるわ。じゃ、よい観艦式をね、坊や」
「……全く、慌ただしいったらない」
駆逐艦「ポート・ケインズ」の展望室。宇宙を眺めるアドルフの横で、ドルチェがぶつぶつと言った。
あの後、テディの案内で彼は無事開放区画までたどりつき、ついでに呼び出し放送をかけてもらってふっとんできた家族とも再会した。だが、ろくに話をする暇もなく、一同は観艦式の見学艦に乗り込むこととなる。しかし、彼を捜し回って疲れ果てたのか、大人たちは早々に休憩ラウンジに引っ込んでしまった。
「一体どこほっつき歩いてたのよ、アディ。お母さんたち大騒ぎだったんだからね。間違って宇宙へ放り出されたんじゃないかなんて言ってたんだから」
「そんなことあるわけないだろ」
「わかんないわよ、あんたのことだからね、うっかりエアロックに入りこんでさ。泣き虫アディ、無限の宇宙へまっしぐらってか」
「なんだとぉ!」
始まりかけたケンカは、放送によって中断された。展望室に備えつけてあるモニターに、軍服を着た若い女性の姿が映ったのである。彼女はにこやかに口を開いた。
「本日は、デネヴ軍観艦式へようこそいらっしゃいました。ただいまより、軍最高司令官デヴィ・スダルサ大統領の演説を中継いたします」
画面が切り替わった。ひとりの中年の女性の上半身が映しだされる。ベージュのスーツ、上品な淡い褐色の肌、黒い眼は毅然としてカメラを見つめている。
「……あっ!」
「何よ」
ドルチェが不思議そうに弟の顔ををのぞきこんだ。アドルフはそれを無視し、というより全くそれに気づかずにモニターを見つめている。
「……そっか、大統領だったのか、あのおばさん」
「ちょっとアディ、一体なんなの? 教えなさいよ、何隠してんのよ」
彼のつぶやきにいらついたのか、ドルチェはしつこくくいさがる。だが、アドルフはそんな姉を見上げ、そしてにやりとして応じた。
「やだよ、教えてやんない」
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