奥日光に来ている。
雪が見たくなったのだ。
白状すると、人間様はこれまで大雪というものを1度しか見たことがない。
生まれた時からずっと温暖な地方の暮らしで、ウィンタースポーツもやらないので、そういう地方にこれまで全く縁がなかったのだ。
小学生の頃に1度だけ、妹ともども両親に白馬にスキーに連れて行かれたことがあるが、確かその時は大雪で電車が途中で止まり、レンタカーを借りたら道路の除雪が間に合わず、半日ぐらい大渋滞のまま立ち往生していた記憶しかない。
そういえば、その時たまたま行き先が同じだったので乗せてあげたお兄ちゃんは元気だろうか。確かお母さんが有名な登山家という事だったのだが名前をもう思い出せないや。
まあそんな感じであまり雪に思い入れもなく生きてきたのだが、一昨年の秋に奥日光に来て、こんなに簡単に来れるなら雪を見に来てもいいかなと思ったのだった。
丁度その日に南岸低気圧とやらで東京まで雪になるのは想定外だったけどさ。
降っている。
しんしんと降り積もっている。
まだ朝の10時にもなってないが、もう人が踏んでも地面が出てこない。
気付いたら2時間ぐらい東照宮と輪王寺をうろうろしてしまったので、次の行動を考えなくてはならない。
当初の予定では、明智平に行って華厳の滝と中禅寺湖を堪能するつもりだった。
が、サイトを見ると、霧のため風景が見えないと書いてある。
とはいえ、他の候補(滝尾神社とか中禅寺立木観音とか)は全部雪で駄目だし、とりあえず行くだけ行ってみようか。
そして完全に雪国になっているいろは坂。
しかしこんなになっていても、バスは定刻通りちゃんと来るし道路は普通に通れるし、移動に際して全く不安がない。
日光すごい。
車も人も全くいない明智平(2台いるのは職員さんの車)。
ロープウェーも貸し切り状態で、他にお客がいないため、完全にこちらの都合に合わせて「行きますか?」「帰りますか?」と動かしてくれる。
ちょっと楽しくなってきた。
ガスの中の展望台。
しんとした白い空間の奥から、華厳の滝の音だけがごうごうと聞こえてくる。なんだか神秘的な感じ。
昔の人が山を神とあがめた心が分かる気がする。
というわけで明智平が意外と面白かったので、華厳の滝にも足を伸ばしてみることにする。
一昨年の11月は、華厳の滝の駐車場に入りたい車が、このあたりまで並んでいた。
が、今は店すらやっていない。
外に出ているのは華厳の滝を見物に行く観光客と、除雪の人だけ。
店が閉まってるのは雪だからかそもそもこの時期はやっていないのか、どっちなんだろう。
写真が白っぽいのは荒れているのではなくて、全部雪。
滝のしぶきが凍った淡いアイスブルーが本当にきれい。いつまでも見ていられる。
華厳の滝の反対側、滝などない山の斜面にもアイスブルーの氷瀑ができている。
華厳の滝エレベーターのスタッフの人に聞いたら、このあたりから出ている湧き水が凍ったんだって。
晴れの日の雪の滝ももちろんいいんだろうけど、雪で白黒になった景色の中で、淡い青がそこだけ色彩を持って浮かび上がってくるのもなんとも趣があって好み。
氷瀑も含めてこれはいいものを見た。
帰りはとうとう歩道が通れなくなったので、車道を歩いてバス停まで戻る。
大丈夫、車全然来ないので。
なお、気温はすでに氷点下になってるっぽいが、カナダグースのダウンコートと足元はアサヒトップドライのゴアテックスレインシューズで固めた上に、フェイクファーの耳当て付き帽子をかぶったら全然寒くない。むしろ坂や階段を上がると暑い。
ただ、トップドライは足裏に雪がこびりついてたまに滑るので、ちょっと危ない。
うーん、ここまで着たら、湯滝にも行こうかな……。
どうせ最終地点は湯元だし。
実はここまで大変だった。
普通の時は、湯滝のバス停から遊歩道を数分下っていくだけで、途中に駐車場はあるし、滝のふもとにはレストハウスがあるしの良くある観光地なのだが、この時は全然違っていた。
まず、駐車場もレストハウスも完全閉鎖されてひとけが全くない。
駐車場が閉鎖されているということは、行くことができないのかと思ったのだが、どうやら歩行者は入れるようだし、雪上車のわだちの跡もついている。
つまり、物理的に行けないというわけではないようだと考えてわだちをたどって歩き出したのだが、とにかく、本当に誰もいないし、声も音もしない。生き物の気配すらない。聞こえるのは自分の足音と、傘に雪が当たるさらさらいう音だけ。
このままやばい所に行ってしまうのでは、でも目印的にはこっちでいいはず、と不安になりながら歩くことしばし、滝の音が聞こえてきた時は本当にほっとした。
観瀑台には、新しい雪で消えかけているものの、かなりの足跡が残っていたので、バス停からではなく、戦場ヶ原や湯ノ湖の上から下ってきている人はいたのかもしれない。
とりあえず急いで写真を撮って、次のバスに間に合うように戻り始めたのだが、ほんの10分ほど前につけた自分の足跡が、もう降ってきた雪で輪郭がおぼろになっているのを見た時にはちょっと焦った。
まあ実際にはそれほど長い事あるいていた訳ではないのだけど、バス停に戻った時は本当にほっとした。
というわけで、思いつきであっちこっち寄り道しながら湯元へ到着。
でも実は、まだ東武日光駅から別送した荷物は届く時刻ではないので、チェックインしても着替えも何もできない。
なので湯元をしばらくうろうろすることにした。
雪の中だとまた違う趣がある源泉。
どうやらぬくぬくとくつろいでいたらしいヒガラやらカモやらが片端から逃げていくので、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
温水の中に転がる石の上に頑張って積もる雪。
というかなぜ溶けないんだろう?
湯ノ湖。
手前の水の部分は、湖底で温泉が湧いていて水温が高いからで、奥の水平線が白い部分から先は全部凍っている。
ここでもカモが泡を食って逃げていったので、ちょっと申し訳ない気持ちになった。