歴史探訪してみた

 歴史に興味がある女性を歴女とか最近言うらしいけど、あれって正確には「戦国か幕末の若いオトコにしか興味のない女性」じゃないのかと良く思う。
 なので、歴女なんて絶対に呼ばれたくない。
 というわけで連休を利用して飛騨高山に来ている。
 ここは広瀬武夫が10歳から15歳まで暮らした場所で、小学校の代用教員(教師の資格を持たない臨時雇いの先生)をしてたりもする。
 ……いいんだよ、ちゃんと普通の観光もするんだから。

 エサ入れをみっつも入れてもらってご機嫌な長門。
 気が向くままにあっちこっちから気に入ったエサを拾って食べているが、それで2泊3日過ごすんだからな。

 河がこんなんなってた。
 昨日まで雨だったらしい。
 高山到着は11時。とりあえずはレンタル自転車を駆って広瀬の胸像がある高山城跡へGO。
 だってこれが第1目的だもの。

 城跡入口の招魂社の池にいたカルガモ親子。
 親が他のカルガモと喧嘩した拍子に離ればなれになったら、ヒナは岸辺近くの草むらに入り込んで一生懸命親を呼んでいた。

 城跡入口から5分ほどであっさり到着。
 その名も中佐平。
 銅像は微妙に手入れがされていないようで、鼻の穴にクモが巣を作ったりしてたのがちょっと微妙だった。
 なんかあまりにあっさり目標を達成できてしまったので、ついでに城跡のてっぺんまで登ってみることにする。
 城跡というからいわゆる石垣で段々がついた公園みたいなものかと思っていたのだが……

 うっそうとした木々。
 いきなり予定外のトレッキングになっていた。

 そして頂上。
 なんでも天守閣と書院造りを合わせた変わった構造の城だったそうだが、その面影はどこにもない。
 で、城跡を降りたらまだ12時だったので、裁判官をしていた広瀬の父親が勤めていた(らしい)高山陣屋へ行ってみた。  


 江戸時代に作られ、明治以降は高山市の役所として使われていたこともある建物。
 普通に面白い。
 この後土産物屋街も兼ねる古い町並みを往復してみたのだが、それでもまだ14時半だったので、ちょっと足を伸ばして『飛騨の里』まで古い住宅を見に行ってみる。
 飛騨の合掌造りというと白川郷が有名だが、高山駅からバスで15分ほどのこの場所でも見ることができたりする。
 ただ、白川郷と違ってよそから移築された物で、実際に人が住んでいる訳ではないので、その分物足りないと言えば物足りない。

 こういう感じ。緑豊かでいいところではある。
 でも、人が住まないと家は荒れるというのは事実で、実際、ここにあるのはどれも「それなりにきれいな廃墟」でしかない。
 飛騨高山は割と狭い場所にいろいろあるので、その気になれば割とあっさり回れてしまうことが分かった。
 夏休み前のせいか、連休初日にしてはすいている感じだったし、結構楽しかったかも。
○おまけ

 気付いたらこれだけ持ってレジに並んでいた。マグネットでとめられる小鳥。
 多分、暑さで頭がどうかしたんだと思う。

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