なんか軍系」カテゴリーアーカイブ

58周年

 東部方面隊58周年記念行事に行ってきた。
 今年は体育館での記念式典と食堂での記念会食だけで終了。実にシンプル。


 体育館に整列した各部隊の代表。
 朝霞だけでなく、土浦や横須賀や、遠くは相馬原とかからも来ている。

 式典は総監の訓示、偉い人の祝辞、偉い人の祝電、自衛隊へ貢献した団体や企業の紹介。
 いつも最低これだけはやっている装備品展示も今回は削られていた。
 うーん、一般人を入れるわけではない招待者限定の行事だし、隊員の負担も少ないから、こういうほうがいいといえばいいのかもしれない。
 でも他の3方面隊はかなり大規模にやっているので、もう少し何かあっても……という気はする。

音楽でひとつにまとまる祭り見てきた

 自衛隊音楽まつりに行ってきた。


 入り口付近で愛想をふりまいていたトウチくん。
 イラストより着ぐるみのほうがかわいいゆるキャラって珍しい。


 いつもは上部にある大スクリーンが今年は下に降りてきていた。床へのプロジェクションマッピングではなくこちらに投影するらしい。
 まあ確かに床に映すと1階席の偉い人に見えなくなるからね……。


 オープニング。「ボレロ」に合わせて防衛省発足後の年表が映っていく。


 映像が終わると「ツァラトゥストラはかく語りき」、写真がやたら神々しいのは薄くスモークがたかれているため。
 ちなみに今年のテーマは「ONE 音が結ぶ、ひとつの想い」。まあそういうことらしい。


 第1部は自衛隊の演奏。トップバッターは陸自北部方面音楽隊。
「精霊の守り人」と北島三郎の「まつり」を組み合わせるという無茶をやった上に、突然袴姿のおじさん(当然隊員)が出てきて歌い出すものだからちょっと微妙な雰囲気になる。


 去年の進撃の巨人に続き今年はエヴァンゲリオンを持ってきた中部方面隊音楽隊。
 相変わらず攻めている。


 しかも構成や演出が抜群にうまい。


 そして隊長の肩飾りは初号機色だった。


 中央音楽隊と儀仗隊のコラボ。
 儀仗隊、なんか新しい制服になってからぱっとしなくなったな……。


 海自東京音楽隊。
 今年は歌姫に頼らず構成やドリルの面白さで勝負してきた。最後はやっぱり「軍艦」だったけど。
 個人的には、素人が歌うのはともかく本家本元の自衛隊が歌う時に「海ゆかば」をはさむのはやめてほしい。本来別の歌なんだし。


 空自中央音楽隊。
 海自が今年は変化をつけてきたので、こちらがちょっとマンネリ感が強くなった。


 3自衛隊合同演奏「シン・ゴジラ」メドレーから「凱旋行進曲」。
 ちなみにゴジラメドレーで演奏したのはタバ作戦ではなくヤシオリ作戦だった。無人新幹線爆弾。



 第2部は在日米軍とタイ王国空軍音楽隊。まずは沖縄の海兵隊音楽隊。毎年歌つきのジャズやポップスが定番なんだけど、今年はホルストの「火星」からドラムパートを挟んでスーパーマンのテーマでしめるという、割と正当派ブラスバンド演奏でまとめてきた。
 荒っぽい大味な演奏なんだけど、とにかくガタイのでかい人たちがやるもんだから迫力がある。


 民族色が華やかなタイ空軍。想像以上に上手だった。
 演奏後、指揮者が合掌で挨拶してから改めて敬礼したのがなんだかなごんだ。


 こっちは伝統的(?)な歌って踊っての米陸軍軍楽隊。



 第2部ラストは自衛隊も加わってロスオリンピックテーマと東京オリンピックのファンファーレ+マーチ。最後は歌い手の皆さんが加わって「We Are the World」。
 皆さんすごい楽しそう。


 そしておなじみ自衛太鼓。


 おなじみの儀仗隊。


 おなじみの裏方さんご挨拶。



 フィナーレ入場。


 歌う人と後ろで一生懸命踊る人。


 陸海空の歌姫。
 海の由佳莉ちゃんは3曹、陸の鶫真衣陸士長、空は……ちょっと名前が分からないけど、2士ということなので今年入ったのかもしれない。


 最後は全隊員が退場した後、残った3人が「世界にひとつだけの花」をそれぞれソロで歌って去って行く。
 そして指揮者が最後にレッドカーペットの上を歩いて最後に敬礼。

 個々の部隊がいろいろ工夫をしてきていたけど、全体的には特に変わったことをするというのでもなく、オーソドックスにまとめた感じだった。


 そしてお待ちかね片付けコロコロの時間ですよ!


 もう最近ではみんな片付けコロコロのことを知っていて、作業が始まると拍手やお疲れ様という声が客席から飛んでくる。
 それに応える隊員の人。


 なぜかタイ空軍まで乱入してきた。
 多分記念写真を撮るんだと思う。

○おまけ

 スカイツリーがクリスマスタワーになってた。
 これならサンタは絶対間違えない。

入間のC1祭り行ってきた

 入間基地航空祭に行ってきた。

 一緒に行った知人との待ち合わせ時間が早かったので池袋に前泊したのだが、直前まで予報は曇り時々雨とか言っていたのに当日になったらすごくいい天気。
 雨具が重いし日焼け止め持ってこなかった。
 あと、カメラもコンデジだけにしてしまったので、適当な写真しかない。


 そして会場に着いたのは7時半ぐらい(招待者なので入場できる)。
 すごいこのおはようございます感。
 本来は29日に航空観閲式をやっている予定だったため、機体のやりくりの都合か保有数が少ない航空機が来ておらず、展示機のラインナップが少々寂しい。


 右側の椅子が並んでいるところが来賓席。
 C1の目の前。


 消防車が水をまいている。
 滑走路も水まきするんだ……。

 そんなこんなで遊んでいるうちに開門時間になった。
 今年はエプロン後部にロープを張って入ってきた客をまずそこに貯め、ある程度の人数が入ったらゆっくりとエプロン前部にロープで誘導するという方式になっていた。
 去年は来ていないので、これが今年からか去年からか分からないけど、入間名物開門ダッシュの事故を防げる代わりに、どうしても早く来ている人が有利になるから、前列がオタクに占有されて一般客がはじき出される可能性がより高くなってるんじゃないかと思う。


 T4の航過飛行でご挨拶に続いて始まったチヌークの水バケツ。
 これ大好きだし久しぶりに見るので楽しかったけど、プログラムにはこの後にU-125AとUH-60の救難コンビプレイが入っていたのに、チヌークだけで終わってしまった。
 何かアクシデントでもあって中止になったかな?


 左:降下のためにC1に乗り込む空挺の皆さん。
 右:飛行前の記念写真を撮るC1クルーの皆さん。


 コックピットでは離陸準備が進んでいる。

 なぜC1ばかり眺めているかというと、会場ではミス航空祭とやらが10名ほど、パレードと自己紹介を始めていてとっても暇だから。
 公募とかでは全然なくて、関係団体、支援団体から妙齢のお嬢さんをご紹介いただいてミスと銘打っているものらしい。まあ究極の内輪受け。


 とC1を眺めているうちに、T4が7機ほど飛び立っていった。
 教官で編成されたその名もシルバーインパルスの展示が始まる。


 ブルーのように派手なアクロバットはしないが、さすが教官だけあって編隊と機動の美しさはむしろブルーより安定感がある。


 一方、飛行中のシルバーインパルスをバックに、C1がタキシングを始めていた。


 続いてYS-11やU-125、U4なども次々と誘導路に乗り入れていく。



 離陸。行ってらっしゃい。


 YS-11とU-125の展示。
 後退翼ではないからか、YS-11は翼がすごい長い。その分華奢に見える。


 そして満を持してC1登場。
 もう老朽化して退役が近いそうで、さすがに数年前みたいにブルーインパルスと張り合うような機動はやらなくなっているが、それでもほぼ横倒しになってのターンやローリングコンバットピッチなどは健在。


 空挺降下も青空なので華やか。
 ちなみに写っているC1は飛ばない予備機。


 ここで午前の部はおしまい。
 売店エリアに行ってみたら、松の木にこんなかわいいジオラマが作ってあって大人気だった。
 機体は全部ペーパークラフト。脱脂綿のスモークが異常にリアル。




 そして午後からは恒例のブルー。
 それでなくても長い離陸前と着陸後の「儀式」に、今回ミス航空祭からの花束と記念撮影が入ってさらに長くなっていた。

 今回も混雑を避けるために帰投を見てから帰ろうと思っていたのだが、今年から帰投までが展示になったらしくプログラム記載されてしまったため、人が会場から全然減らない。
 時間内に帰投するのもF-15とF2のみということだったので、あきらめて帰ってしまった。

 雲ひとつない快晴だったおかげで、ブルーが高さのある技をばんばん出してきていた。久しぶりにフルで見た気がする。

○おまけ
 いつも実用的な記念品をくれる空自。
 今年はオリジナルひざかけだった。


 入間の主役はC1。

霞ヶ浦ほとりの記念行事行ってきた

 土浦の武器学校63周年記念行事に行ってきましたが、帰宅してちょっと寝たら寝過ごしたので明日アップします。

 復活しました。

 武器学校があるのは土浦駐屯地。戦前戦中と旧日本海軍航空隊の予科練が置かれていた場所にある。霞ヶ浦に直結していて、多分水上機を上げ下ろししたんじゃないかと思われるすべりも残っている。
 ちなみに近所にこれも陸自の霞ヶ浦駐屯地というのがあるが、実はこっちは霞ヶ浦からは1キロぐらい離れている。
 校名のとおり、各種武器弾薬の取り扱いや整備、不発弾処理に関する教育と、後方支援や兵站の指揮官養成を行っている。
 15日の高等工科学校記念行事の時に来ていた車両回収車の人から、ここの行事では戦車回収車の動作展示をやると聞いたので、見たくなって来てみたのだった。


 門が鉄板溶接で作られていた。
 さすが整備の専門家集団……。


 なぜか習志野の第1空挺団の展示があった。
 輸送機から落とすために段ボールで梱包されたジープ。


 よく分からないけど置いてあったちっちゃくてかわいい車。


 グラウンドで記念行事が始まった。
 教育機関なので人が少ないのはしょうがない。


 巡閲。
 例によって司令の挨拶とか、議員様の挨拶とか、来賓の紹介とかが延々と続くのはお約束。



 ここも古河駐屯地と同じで、隊員の行進は省略していきなり車両の観閲行進が始まる。
 武器学校なのでいろいろ来るかなーと楽しみにしていたら、なんだか小さいのが10台ぐらい走って終わってしまい、装備アトラクションに移るとのこと。
 あれーと思っていたら……。


 あらかじめ展開されていた2門のFH70の空砲発射を合図に、観閲行進には姿を見せなかった大型車両が入場してきた。





 次から次へと現れる車両。ただ行進するだけではなく、観閲台の前で止まってそれぞれ砲を上げ下げしたり搭載銃を撃ったりという展示を行っている。これがすごい面白い。
 ちなみに傾いて走っているのが多いのはカメラの角度のせいではなく、グラウンドのコンディションが非常に悪くてコースが泥沼状態になっているため。
 ていうか前日は雨降ってないはずだけどなんでそんなひどいことになってるんだろう?


 90式、10式、74式が揃って登場。ご挨拶代わりに1発ずつ空砲発射。
 でも90と10は訓練用の花火みたいな砲で、本気砲撃したのは74だけだった。


 そして観閲台前で停止。何をするのかと思ったら、キャタピラ動作でで背伸びしたり前屈みになったりの機動を展示し始めた。
 ……まあ確かに、こんなところで撃つわけにはいかないからね。


 がんばってお尻を上げている10式。



 その後も続々とすごい車両がやってくる。全部観閲台の前で止まってなにかしらの動作展示をしていく。
 もうこれを観閲行進にしていいんじゃないですかね。


 小さな装輪装甲車だった無芸ではない。



 中からいろいろな銃や砲を持った隊員が出てきて、ひとりひとりが発射ポーズを取っていく。


 最新鋭の機動戦闘車は特別扱いで単独登場。


 ちなみに、これまで走行した車両はこの後の装備品展示のためにグラウンド中央に片端から並んでいっている。



 そして合図で次々と砲を上げていく。
 これもぶっちゃけ展示の準備なのだが、それをこうやってアトラクションとして見せてしまうのがすごい。


 次はお待ちかね戦車の回収展示。
 まずは入場してくる74式。


 反対側から入ってくるのが90式戦車回収車。


 観閲台前で両者停止。回収車が74式にワイヤーをかけて牽引の体制を整える。
 良く見たら作業する人全員が小銃を持っている。そして手が空くとすかさず銃を構えて周囲の警戒を始める。


 そしてあっという間にドナドナされていく74式。
 ……あれ、良く考えたら戦車回収って、2年前の総火演でもっと本格的なのを見ていたっけ。


 ラストはまた90式、10式、74式とFH70の空包射撃。
 また本気撃ちしていた戦車は74だけだった。

 これで式典は終了。
 他の駐屯地は模擬戦をやりたがるのに、火器の本家本元の武器学校はあえてそれをやらず、ひたすら機能展示に特化していたのが面白かった。
 観閲行進を簡単に終わらせてアトラクション展示をメインにするってく考えたら完全に本末転倒しているんだけど、装備の働きをきちんと見せる事に重点を置いているのはすごくいいと思う。




 終了後は装備品展示。
 さっき走っていた車両がそのまま展示になっている。
 なので車輪とか泥だらけ。


 お腹をぺったりつけて展示されていた10式。
 なんか未来の重戦車みたい。


 ちなみにさっきの行進の跡はこんなんなっていた。
 整地が大変そうだ……。


 ちなみに、ここには昔の日本や海外の戦車や火器類も展示されている。


 種子島から始まって最新式までの銃がずらりと並ぶ展示室。
 ゼロ戦の照準器まであった。


 不発弾処理はこんな風にやっているそうです。


 もともと海軍の予科練だった歴史から、予科練出身の戦死者の遺影遺品をおさめた予科練記念館もある。


 この日は先着順で90式の体験搭乗もやっていた。
 乗る気はなかったが、お客を乗せてものすごい勢いで爆走していくのがかなり面白かったので見に行ってみた。
 ちなみに左側はすぐ霞ヶ浦。前述のすべりもこのあたりにある。
 どんな水上機がこのすべりを使ったんだろうと思うとちょっとわくわくする。

○おまけ

 ステルスひどい。

○おまけその2

 お腹がすいてつい買ってしまったカレーパン。
 なぜ土浦でこれを買ってしまったのか。
 というかなぜ土浦で売っているのか……。

がんばる自衛隊高校生見てきた

 陸自の高等工科学校62周年記念行事に行ってきた。
 高等工科学校とは陸自付属の高校のようなもので、中学卒業後に入学する。卒業後は専門教育を経て陸曹になるが、普通の教育隊出身と違って将官になれる可能性もある。10年ぐらい前は海自も同じ制度を持っていたが、今は廃止された。
 学校があるのは横須賀市の武山で、陸海自の教育隊と同居している。
 記念行事は天気が良ければ運動場、荒天時は体育館とのことだった。朝から雨が本降りで風も強くなってきていたので、きっと体育館だろうとすっかり油断していたのだが……。


 外でやるんだ……。


 来賓は一応テントがあるが、生徒は雨の中。
 というか見に来ていた生徒の家族もテントなしの観覧席だった。こういうのってむしろ来賓はどうでもいいから家族をテントの中で見せてやるべきだと思うのだが。


 黄色い旗は3年生。
 ところで、後ろの空自の高射隊基地からちらちら見えるナイキミサイルがとっても気になる。


 プログラムは普通の記念行事と同じ。ちゃんと観閲行進もやる。ただし当然ながら車両行進はない。
 一人前に迷彩服を着て銃を担いだりなんかしているが高校生。高校生が雨の中一生懸命頑張ってやっていると思うと、なんか息子を見守るお母さんみたいなまなざしになってくる。


 1年生なんか銃ではなくカバンを持って行進してくる。
 3年生になるとそれなりに鍛えられて体格もがっちりしているのだが、1年生はまだ小柄な子も多くて迷彩服もブカブカだったりする。

 この後祝賀飛行のチヌークが飛んできた。
 というか、この天候なのに中止にならなかったのすごい。総火演ですら雨が降るとヘリは展示をやめてしまうのに。


 アトラクションの校歌演奏。音楽隊ではなく吹奏楽部の生徒。


 ところで後ろのナイキミサイルの先っちょに鳥がとまっているのに気づきましたか。


 これは有名なドリル。迷彩でやるの初めて見た。

 プログラムにはこの後例によって和太鼓も載っていたのだが、こちらは祝賀会場での展示に変更されていた。
 多分太鼓を雨に濡らせないからだと思う。

 これで式典は終了。
 祝賀会まで少し時間があるので、装備展示をぶらぶらすることにしたのだが、なんだかそのへんの駐屯地顔負けのラインナップで驚いた。


 金網が終わるあたりまで車両がずらりと並んでいる。
 しかもよく見ると10式まで来ている。
 さっきの雨の中のチヌークの祝賀飛行といい、すごい破格の扱いなんだけどなにこれ。









 とりあえず並べてみた。
 しかも一部の車両は実際に動かしてくれたり、自分で操作をしてみたりできる。
 ハンドルを回して砲身を動かせる155ミリ榴弾砲なんか大人気だった。
 10式だけなぜかお触り禁止だったのが謎だけど。

 あと、文化祭みたくいろいろな部活の展示も校舎内ではやっていたのだけど、こちらは時間がなくて見れなかった。

 特に陸自の催しが雨天決行なのは分かっていたけど、生徒といえども自衛隊員(いわゆる自衛隊の職員扱いではあるが、国家公務員の自衛官ではない)なのだから、やる時にはちゃんとやるというのがここまで徹底していると思わなかった。それに対してちゃんと頑張っている生徒たちもすごい。
 でも雨の中陸軍分列行進曲をバックに銃を担いで行進するのはちょっとやめた方がいいかもと思った。

○おまけ


 祝賀会の箸袋とコースターと名札。絵がかわいいので持ってきてしまった。


 記念品のハンカチとオリジナルカレンダー。
 ハンカチはともかくカレンダーはどうしたらいいんだろう……。

横須賀で掃海親子見てきた

 海自の掃海艇『はつしま』と掃海母艦『うらが』とよこすか軍港めぐりに行ってきましたが、帰ってうっかりゲームに夢中になり遅くなってしまったので、明日アップします。

 というわけで、ゲームはほどほどに。

 掃海艇『はつしま』は2015年に就役した最新鋭の掃海艇。掃海母艦『うらが』は解説大好きな艦長がいる艦
 だが、見学は午後からなので、午前中は久しぶりに軍港めぐりに乗ってみることにした。


 料金がいつの間にか1200円から1400円に値上がりしていた軍港めぐり。
 海自の潜水艦が珍しい場所に泊めていた。


 3階建ての建物より大きい『いずも』。


 なんかのぼり立ててる。


 米軍には空母はいなかったが揚陸艦がいた。普段は佐世保にいる『エセックス』。珍しーい。
 横須賀が空母と駆逐艦中心、佐世保が揚陸艦艇と配備艦艇がはっきり分かれているから、同じ第7艦隊所属でもこのあたりの艦は全然見ないんだよね。


 空母ほどじゃないけど意外と大きかった。


 消磁所の向こうの沖合にもなんか泊まってると思ったら、米軍の貨物弾薬補給艦とのこと。艦名は忘れた。
 かなり遠くにいたので解説もスルーするだろうと思っていたら、きっちり押さえてきた。軍港めぐりの解説員相変わらず半端ない。


 船越基地から出港してくる輸送艇2号。これ好き。


 掃海艇『はつしま』。
 解説員が「ネットを張っているので、ご家族か誰かが見学に来るのかもしれませんねー」と言っていたが、よもや当の見学者が乗っているとは夢にも思っていないに違いない。家族じゃないけど。


『うらが』と『やまぎり』に両側から挟まれる『しょうなん』。
 海自内ですら許可のある人でないと乗れないという機密の固まりの海洋観測艦(情報収集艦)なので、部外者(つまり軍港めぐり)が間近に寄って写真撮ったりとかしないよう、わざわざこうやってブロックしている。


 6月退役した世界最大の木造船『はちじょう』がいたので、いわし雲をバックに撮ってみたら、妙に寂しい写真になった。


 その『はちじょう』の代替の『あわじ』と海保。奥に見えるのは第2術科学校の体育館。


 掘り割り水路を抜けて終了。

 と、軍港めぐりが終わったところで、今度は陸路で再び船越基地へ。
 掃海隊群司令と第1掃海隊司令から掃海隊について1時間半ほどブリーフィングを受けた後、『うらが』と『はつしま』の見学へGO。


 まずは『うらが』。
 サマーフェスタで見たばっかりだしなーと思っていたら……。


 後甲板にある掃海具用エレベーターに乗せてくれた!
 ぶっちゃけ『ひゅうが』や『いずも』にあるやつの小型版なのだが、これまで動いているのを見たこともなかったのでいきなりテンションが上がる。


 ここから掃海具を海に出して、ワイヤーをヘリコプターに渡すと、ヘリコプターがそれをずりずり引きずって掃海する。
 でも今はその掃海具は使っていないので、物資置き場になっているらしい。あと輸送艦みたいに揚陸艇を乗せるとかなんとか言ってた気もする。


 もう海すれすれまで行ける!


 海面近くから見ると『はつしま』もなんとなく変な顔。


 エレベーターでのぼりまーす。


 艦橋から先端部。いやに何もない。


 減圧室。
 機雷処理のために潜水した人が潜水病にかかった時に、ここに入れて減圧処置をする。ワンルームトイレ完備。


『はつしま』の甲板から見た『うらが』の尻。


 海保が不審船と銃撃戦をした時のと同じ射撃システムと機関砲を搭載しているんだって。
 ちなみに主な用途は機雷の爆破。


『うらが』にあった減圧室の一人用ベッドタイプ。


 ちょっとこれには入りたくないな……。


 自走して機雷を探知、爆破する掃海具。
 黄色くてかわいい。


 艦橋、艇だけど艦橋。
 全部の席にサスペンションとシートベルトつきの椅子がついているのが普通の艦艇と違う。
 触雷した時に爆発で突き上げられてダメージを受けないためだそう。




『はつしま』を降りたら『うらが』で尻の扉を閉める展示をやってくれた。

 横須賀だと、護衛艦は割と普通に公開されるんだけど、こういうちょっと特殊な艦艇を見る機会があまりないので、とても楽しかった。
 ちなみに、『うらが』の艦長はこの時も解説員をしていた模様。残念ながら会えなかったけど。


 軍港めぐりで売っていた突っ込みどころの多すぎるカレー。

まじめな演奏会聞いてきた

 東部方面音楽隊の定期演奏会(まじめなほう)に行ってきた。


 会場は上のの東京文化会館。
 職場から直行したのだが、電車が遅れて開演直前に駆け込んだので、いつもの会場写真はなし。


 剣の舞以外全く分からない。
 でも緩急のメリハリが効いた選曲だったので、なかなか退屈しないで聞いていられた。

 そういえば、陸自の制服が、コシノジュンコデザインの紫の詰め襟とかいう全方位的に頭の悪そうな代物に代わるそうだけど、音楽隊の制服はどうなるんだろう?

ちょっとグダグダな予行見てきた

 すみません、持参しているPCのPhotoshopが壊れたため、明日アップします。

 そして写真を入れたUSBメモリを宅配便で送ってしまいました。
 明日到着したらアップします。
 到着しました。

 というわけで総火演予行。 


 早朝はちょっとガスっていたが、開始時間が近づくにつれていい感じに晴れてきた。
 ここまで晴れたのは何年ぶりだろう。
 ちなみに会場に到着したのは開始1時間ほど前だが、もうシート席はここと左隣しか空いていない。
 この後、シートが全部埋まってからも客が続々と押し寄せて行列を作り、開始した後もまだ会場に入れない人が出る有様となったので、慌てて通路に臨時にシートを敷いて座らせていた。
 いつも思うんだけど、自衛隊はそろそろイベントにチケット多めに発行するのやめたほうがいいんじゃないかなあ。


 富士山を良く見ると2カ所雪渓が残っている。こんなの初めて。
 先週涼しかったからかと思ったが、よく考えたら1週間かそこらでこれだけの雪が消えたり残ったりするわけないので、やはり春先に低温が続いたのが影響しているんだろうか?


 恒例の水まき隊。タンクの水色が目に鮮やか。


 ロードローラーも頑張っている。

 そんなこんなでいろいろ眺めているうちに前段開始。
 なお、毎年同じような写真を量産するのにも飽きたので、今回は見て楽しむことにした。
 なので写真はたまに思い出した時にした撮っていない。


 働いてる人たち。


 シャープなコブラとコロコロしたOH-6。


 87式自走高射機関砲。
 張り切って出てきてものすごい勢いで急停車した瞬間、いやな感じに白煙を吹き出してそのまま動かなくなった。
 別の場所で他の対空砲が射撃している間も白煙を出したまま静かにしているので、まさかこのまま移動できずプログラム中止とかいやな予感がよぎったのだが……。


 なんとか自力で帰って行ったのでほっとした。

 実はトラブルを起こしたのは対空砲だけではなくて、この前の89式装甲戦闘車(だったか?)は4両中2両が弾詰まりを起こすし、この後の90式戦車はやっぱり4両中1両が砲を撃たないまま走ってるだけだったし、他にも途中で動作止めてた車両があったし、予行とはいえ大丈夫かと思うレベルで続発していた。
 あと、今年は射撃が下手くそ。的をはずしまくるし変なところに着弾するし、何なんだろうと思うぐらい精度が悪い。
 去年から予行の回数が1回減っているので、その分リハーサルの機会が少なくなっているのは確かだが、レベルも確実に低下しているようでちょっと不安。


 その噂の90式の皆さん。


 前段の終わりに16式機動戦闘車の展示があった。残念ながら撃たずに走るだけ。
 去年のニコニコ超会議でちょっとだけ走行も見てはいるのだが、改めて、戦車砲を乗っけた装輪車がくるくる走り回るのを見るのはちょっと気持ち悪い。


 そしてもうひとつの走行展示が近いうちに配備予定の水陸両用車。
 何が悪いというわけでもなく快調に走っているのだが、どういう訳か見ているとなんだか不安になる。


 空挺降下もいつも通り。

 後段は例によっての島嶼防衛のシミュレーション。
 今回は天気がいいからか、F2が2機も飛んできた。
 もっとも航過が2回から1回に減っていたので、油断していたら見事に撮り逃したのだが。


 これは今年初。標的観測の展示。
 別の場所に待機している観測車に結果を連絡し、観測車がその情報を砲や戦車に伝える。


 アパッチに援護されながら偵察車を出すチヌーク。
 ちなみにアパッチとコブラの見分けかただが、てっぺんにキノコを乗せているのがアパッチ、乗せていないのがコブラ。


 バイクを盾に銃を構える偵察員かっこいい。


 火砲から放たれる支援砲撃の煙幕弾に包まれる山肌と砲撃する戦車。


 フィナーレに向けていろんな車両が降りてくる。
 何もしてない架橋車が出てくるのは、多分午後からの展示の移動の手間を省くためじゃないかな……。


 最後のチャフ……だがなんかいつもより車両の数が少なくてしょぼい……。

 車両のトラブルは続出するし、射撃は下手だし、アナウンスは時々変な間で中断するし、混線するし、近年まれに見る出来の悪い予行だった。
 本番大丈夫なのかねこれ。

 とまあこんな感じで昼間が終わり、ホテルで少し遊んでから夜間演習を見に出たのだが、静岡の自衛隊関係団体で昼間に来ていた老人が一人行方不明になったため、演習場に迷い込む事を恐れて演習を中止したという情報が届いたため、途中で引き返した。
 結局老人は勝手に家に帰っていたことが判明。団体のバスが分からなくなり携帯も忘れていたため困った挙げ句の行動とのことだが、一般人じゃあるまいし普段から自衛隊との距離が近い関係団体の人間のくせに、近くの隊員に声をかけてバスを探してもらうなり団体の引率者に連絡してもらうなりを全くせず、さらに帰宅途中に公衆電話で一報を入れることすら思いつかないというあたり、かなり行動がうさんくさい。


 引き返す途中で撮った夕暮れの富士山。
 こちらも近年まれに見るいい天気だったのに……星空がきれいだっただろうに……。
 じじい許さない。

陸の軍神のゆかりの地見てきた

 毎年恒例の総火演研修が今年もやってきた。
 今回の駐屯地研修は板妻駐屯地。「ばんつま」ではなく「いたづま」が正しい読み方。実は今日まで知らなかった。
 駐屯しているのは第34普通科連隊。日露戦争で戦死し、海軍の軍神広瀬中佐の対抗馬として陸の軍神とされた橘周太中佐が陸軍第34聯隊所属だったことから、橘連隊の伝統を引き継いでいる。
 また、曹候補生の教育と静岡県内で災害派遣を担当している。
 連隊長を始めみんな和気あいあいとした楽しい駐屯地。
 あと、富士山のふもとなのになぜか門の前にまぐろづくしの店があるのが気になる。


 橘中佐の銅像。
 東宮武官(皇太子付き武官。軍事に関する教育係、説明係みたいなもの)を務めた優秀な人だが、良く言えば生真面目、悪く言えば面白みがないタイプで、なんだかんだで話題の豊富だった広瀬中佐にくらべるとぱっとしない軍神ではあったらしい。


 突撃駐屯地の昼ごはん(体験喫食)。これで1,200カロリー。ちょっと味が濃いけどおいしかった。

 このあと、駐屯地について説明を受けてから装備品の見学。


 圧縮空気で先端の救命胴衣ロープのついたカプセルを発射する溺者救助具。まだ使ったことはないらしい。


 一人の隊員が訓練や災害派遣の時に持って行く装備一式。着替え、シュラフ、飲食物等計15キロ。


 ボート。災害救助の時良く見るやつ。


 災害救助の時の装備。分かりにくいが軍手や各種救助用具を入れた背嚢を背負っている。


 野外炊事具1号と水タンク。水タンクは説明係の人から「この子」と呼ばれていた。



 車両いろいろ。


 空気ジャッキ。


 瓦礫を切断したりこじ開けたりする道具。左が重量20キロ、右が10キロ。

 歴史資料館もこの後見ているのだが、撮影禁止のため写真はなし。

 この駐屯地は初めて行ったが、小さい割にはかなり重要な役目を任されている場所のようで、おもしろかった。

ドックの夢の跡見てきた

 横須賀の浦賀にある住友重機械工業の浦賀工場跡、通称浦賀ドックの見学会があったので行ってきた。
 浦賀ドックは明治30年に建設されたドライドックで、特に駆逐艦建造で有名だった。戦後は海自の艦艇や民間船を作ったり点検したりしていたが、2003年に閉鎖、その後は廃墟になっていたが、横須賀がミリタリー推しで売るようになってきてから時々見学会をするようになった。
 まだ稼働していた頃、たまーにそばを通りかかると護衛艦が入っているのが見えたりして興味はあったのだが、なかなか機会に恵まれず、ようやく今回見学できた。
 なにしろこの辺は京浜急行が通っているとはいえ、特に何かめぼしい物があるわけでもなく、あまり、というかほとんど用事のない場所だったのだ。
 浦賀のひとつ前の馬堀海岸なら、良く市営プールに行ってたんだけどね。
 ていうか、このドックってつい最近までやってたような気がしてたんだけど、閉鎖は10年以上前だったのか……。
 
 というわけで写真なのだが……。


 ごめんなさい。見学用パンフしかありません。

 閉鎖されたとはいえ、ここはまだ住友重機械工業が所有しており、いわば私有地を見学させてもらっている状態なので、写真は撮るのはいいがSNSへのアップは不可と言われてしまったのだ。
 なので、どんなものか知りたい人は、とりあえずこの横須賀のサイトの浦賀ドック紹介を見てください。

浦賀ドック

 世界に4つしか現存していないレンガ造りのドックで、大変珍しいらしい。
 この少し前に作られた海軍横須賀工廠のドックは石積みだったのに、こっちをわざわざレンガにした理由が分からないが、この時期の日本は試行錯誤しながら海外の技術を取り入れている最中だったので、とりあえずその場その場でいいと思った物をやってみていたのかもしれない。
 保存状態はとてもいい。昭和19年と20年に作られたというクレーンはボロボロになっているものの、ドック本体は多分まだ充分使えるのではないだろうか。
 閉鎖前の最後の仕事が、地元久里浜と千葉県の金谷を結ぶ東京湾フェリー『しらはま丸』の整備点検だったそうで、その盤木が片付けられずドック内にそのまま残されているのが少し寂しかった。