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がんばる自衛隊高校生見てきた

 陸自の高等工科学校62周年記念行事に行ってきた。
 高等工科学校とは陸自付属の高校のようなもので、中学卒業後に入学する。卒業後は専門教育を経て陸曹になるが、普通の教育隊出身と違って将官になれる可能性もある。10年ぐらい前は海自も同じ制度を持っていたが、今は廃止されている。
 学校があるのは横須賀市の武山で、陸海自の教育隊と同居している。
 記念行事は天気が良ければ運動場、荒天時は体育館とのことだった。朝から雨が本降りで風も強くなってきていたので、きっと体育館だろうとすっかり油断していたのだが……。


 外でやるんだ……。


 来賓は一応テントがあるが、生徒は雨の中。
 というか見に来ていた生徒の家族もテントなしの観覧席だった。こういうのってむしろ来賓はどうでもいいから家族をテントの中で見せてやるべきだと思うのだが。


 黄色い旗は3年生。
 ところで、後ろの空自の高射隊基地からちらちら見えるナイキミサイルがとっても気になる。


 プログラムは普通の記念行事と同じ。ちゃんと観閲行進もやる。ただし当然ながら車両行進はない。
 一人前に迷彩服を着て銃を担いだりなんかしているが高校生。高校生が雨の中一生懸命頑張ってやっていると思うと、なんか息子を見守るお母さんみたいなまなざしになってくる。


 1年生なんか銃ではなくカバンを持って行進してくる。
 3年生になるとそれなりに鍛えられて体格もがっちりしているのだが、1年生はまだ小柄な子も多くて迷彩服もブカブカだったりする。

 この後祝賀飛行のチヌークが飛んできた。
 というか、この天候なのに中止にならなかったのすごい。総火演ですら雨が降るとヘリは展示をやめてしまうのに。


 アトラクションの校歌演奏。音楽隊ではなく吹奏楽部の生徒。


 ところで後ろのナイキミサイルの先っちょに鳥がとまっているのに気づきましたか。


 これは有名なドリル。迷彩でやるの初めて見た。

 プログラムにはこの後例によって和太鼓も載っていたのだが、こちらは祝賀会場での展示に変更されていた。
 多分太鼓を雨に濡らせないからだと思う。

 これで式典は終了。
 祝賀会まで少し時間があるので、装備展示をぶらぶらすることにしたのだが、なんだかそのへんの駐屯地顔負けのラインナップで驚いた。


 金網が終わるあたりまで車両がずらりと並んでいる。
 しかもよく見ると10式まで来ている。
 さっきの雨の中のチヌークの祝賀飛行といい、すごい破格の扱いなんだけどなにこれ。









 とりあえず並べてみた。
 しかも一部の車両は実際に動かしてくれたり、自分で操作をしてみたりできる。
 ハンドルを回して砲身を動かせる155ミリ榴弾砲なんか大人気だった。
 10式だけなぜかお触り禁止だったのが謎だけど。

 あと、文化祭みたくいろいろな部活の展示も校舎内ではやっていたのだけど、こちらは時間がなくて見れなかった。

 特に陸自の催しが雨天決行なのは分かっていたけど、生徒といえども自衛隊員(いわゆる自衛隊の職員扱いではあるが、国家公務員の自衛官ではない)なのだから、やる時にはちゃんとやるというのがここまで徹底していると思わなかった。それに対してちゃんと頑張っている生徒たちもすごい。
 でも雨の中陸軍分列行進曲をバックに銃を担いで行進するのはちょっとやめた方がいいかもと思った。

○おまけ


 祝賀会の箸袋とコースターと名札。絵がかわいいので持ってきてしまった。


 記念品のハンカチとオリジナルカレンダー。
 ハンカチはともかくカレンダーはどうしたらいいんだろう……。

横須賀で掃海親子見てきた

 海自の掃海艇『はつしま』と掃海母艦『うらが』とよこすか軍港めぐりに行ってきましたが、帰ってうっかりゲームに夢中になり遅くなってしまったので、明日アップします。

 というわけで、ゲームはほどほどに。

 掃海艇『はつしま』は2015年に就役した最新鋭の掃海艇。掃海母艦『うらが』は解説大好きな艦長がいる艦
 だが、見学は午後からなので、午前中は久しぶりに軍港めぐりに乗ってみることにした。


 料金がいつの間にか1200円から1400円に値上がりしていた軍港めぐり。
 海自の潜水艦が珍しい場所に泊めていた。


 3階建ての建物より大きい『いずも』。


 なんかのぼり立ててる。


 米軍には空母はいなかったが揚陸艦がいた。普段は佐世保にいる『エセックス』。珍しーい。
 横須賀が空母と駆逐艦中心、佐世保が揚陸艦艇と配備艦艇がはっきり分かれているから、同じ第7艦隊所属でもこのあたりの艦は全然見ないんだよね。


 空母ほどじゃないけど意外と大きかった。


 消磁所の向こうの沖合にもなんか泊まってると思ったら、米軍の貨物弾薬補給艦とのこと。艦名は忘れた。
 かなり遠くにいたので解説もスルーするだろうと思っていたら、きっちり押さえてきた。軍港めぐりの解説員相変わらず半端ない。


 船越基地から出港してくる輸送艇2号。これ好き。


 掃海艇『はつしま』。
 解説員が「ネットを張っているので、ご家族か誰かが見学に来るのかもしれませんねー」と言っていたが、よもや当の見学者が乗っているとは夢にも思っていないに違いない。家族じゃないけど。


『うらが』と『やまぎり』に両側から挟まれる『しょうなん』。
 海自内ですら許可のある人でないと乗れないという機密の固まりの海洋観測艦(情報収集艦)なので、部外者(つまり軍港めぐり)が間近に寄って写真撮ったりとかしないよう、わざわざこうやってブロックしている。


 6月退役した世界最大の木造船『はちじょう』がいたので、いわし雲をバックに撮ってみたら、妙に寂しい写真になった。


 その『はちじょう』の代替の『あわじ』と海保。奥に見えるのは第2術科学校の体育館。


 掘り割り水路を抜けて終了。

 と、軍港めぐりが終わったところで、今度は陸路で再び船越基地へ。
 掃海隊群司令と第1掃海隊司令から掃海隊について1時間半ほどブリーフィングを受けた後、『うらが』と『はつしま』の見学へGO。


 まずは『うらが』。
 サマーフェスタで見たばっかりだしなーと思っていたら……。


 後甲板にある掃海具用エレベーターに乗せてくれた!
 ぶっちゃけ『ひゅうが』や『いずも』にあるやつの小型版なのだが、これまで動いているのを見たこともなかったのでいきなりテンションが上がる。


 ここから掃海具を海に出して、ワイヤーをヘリコプターに渡すと、ヘリコプターがそれをずりずり引きずって掃海する。
 でも今はその掃海具は使っていないので、物資置き場になっているらしい。あと輸送艦みたいに揚陸艇を乗せるとかなんとか言ってた気もする。


 もう海すれすれまで行ける!


 海面近くから見ると『はつしま』もなんとなく変な顔。


 エレベーターでのぼりまーす。


 艦橋から先端部。いやに何もない。


 減圧室。
 機雷処理のために潜水した人が潜水病にかかった時に、ここに入れて減圧処置をする。ワンルームトイレ完備。


『はつしま』の甲板から見た『うらが』の尻。


 海保が不審船と銃撃戦をした時のと同じ射撃システムと機関砲を搭載しているんだって。
 ちなみに主な用途は機雷の爆破。


『うらが』にあった減圧室の一人用ベッドタイプ。


 ちょっとこれには入りたくないな……。


 自走して機雷を探知、爆破する掃海具。
 黄色くてかわいい。


 艦橋、艇だけど艦橋。
 全部の席にサスペンションとシートベルトつきの椅子がついているのが普通の艦艇と違う。
 触雷した時に爆発で突き上げられてダメージを受けないためだそう。




『はつしま』を降りたら『うらが』で尻の扉を閉める展示をやってくれた。

 横須賀だと、護衛艦は割と普通に公開されるんだけど、こういうちょっと特殊な艦艇を見る機会があまりないので、とても楽しかった。
 ちなみに、『うらが』の艦長はこの時も解説員をしていた模様。残念ながら会えなかったけど。


 軍港めぐりで売っていた突っ込みどころの多すぎるカレー。

まじめな演奏会聞いてきた

 東部方面音楽隊の定期演奏会(まじめなほう)に行ってきた。


 会場は上のの東京文化会館。
 職場から直行したのだが、電車が遅れて開演直前に駆け込んだので、いつもの会場写真はなし。


 剣の舞以外全く分からない。
 でも緩急のメリハリが効いた選曲だったので、なかなか退屈しないで聞いていられた。

 そういえば、陸自の制服が、コシノジュンコデザインの紫の詰め襟とかいう全方位的に頭の悪そうな代物に代わるそうだけど、音楽隊の制服はどうなるんだろう?

ちょっとグダグダな予行見てきた

 すみません、持参しているPCのPhotoshopが壊れたため、明日アップします。

 そして写真を入れたUSBメモリを宅配便で送ってしまいました。
 明日到着したらアップします。
 到着しました。

 というわけで総火演予行。 


 早朝はちょっとガスっていたが、開始時間が近づくにつれていい感じに晴れてきた。
 ここまで晴れたのは何年ぶりだろう。
 ちなみに会場に到着したのは開始1時間ほど前だが、もうシート席はここと左隣しか空いていない。
 この後、シートが全部埋まってからも客が続々と押し寄せて行列を作り、開始した後もまだ会場に入れない人が出る有様となったので、慌てて通路に臨時にシートを敷いて座らせていた。
 いつも思うんだけど、自衛隊はそろそろイベントにチケット多めに発行するのやめたほうがいいんじゃないかなあ。


 富士山を良く見ると2カ所雪渓が残っている。こんなの初めて。
 先週涼しかったからかと思ったが、よく考えたら1週間かそこらでこれだけの雪が消えたり残ったりするわけないので、やはり春先に低温が続いたのが影響しているんだろうか?


 恒例の水まき隊。タンクの水色が目に鮮やか。


 ロードローラーも頑張っている。

 そんなこんなでいろいろ眺めているうちに前段開始。
 なお、毎年同じような写真を量産するのにも飽きたので、今回は見て楽しむことにした。
 なので写真はたまに思い出した時にした撮っていない。


 働いてる人たち。


 シャープなコブラとコロコロしたOH-6。


 87式自走高射機関砲。
 張り切って出てきてものすごい勢いで急停車した瞬間、いやな感じに白煙を吹き出してそのまま動かなくなった。
 別の場所で他の対空砲が射撃している間も白煙を出したまま静かにしているので、まさかこのまま移動できずプログラム中止とかいやな予感がよぎったのだが……。


 なんとか自力で帰って行ったのでほっとした。

 実はトラブルを起こしたのは対空砲だけではなくて、この前の89式装甲戦闘車(だったか?)は4両中2両が弾詰まりを起こすし、この後の90式戦車はやっぱり4両中1両が砲を撃たないまま走ってるだけだったし、他にも途中で動作止めてた車両があったし、予行とはいえ大丈夫かと思うレベルで続発していた。
 あと、今年は射撃が下手くそ。的をはずしまくるし変なところに着弾するし、何なんだろうと思うぐらい精度が悪い。
 去年から予行の回数が1回減っているので、その分リハーサルの機会が少なくなっているのは確かだが、レベルも確実に低下しているようでちょっと不安。


 その噂の90式の皆さん。


 前段の終わりに16式機動戦闘車の展示があった。残念ながら撃たずに走るだけ。
 去年のニコニコ超会議でちょっとだけ走行も見てはいるのだが、改めて、戦車砲を乗っけた装輪車がくるくる走り回るのを見るのはちょっと気持ち悪い。


 そしてもうひとつの走行展示が近いうちに配備予定の水陸両用車。
 何が悪いというわけでもなく快調に走っているのだが、どういう訳か見ているとなんだか不安になる。


 空挺降下もいつも通り。

 後段は例によっての島嶼防衛のシミュレーション。
 今回は天気がいいからか、F2が2機も飛んできた。
 もっとも航過が2回から1回に減っていたので、油断していたら見事に撮り逃したのだが。


 これは今年初。標的観測の展示。
 別の場所に待機している観測車に結果を連絡し、観測車がその情報を砲や戦車に伝える。


 アパッチに援護されながら偵察車を出すチヌーク。
 ちなみにアパッチとコブラの見分けかただが、てっぺんにキノコを乗せているのがアパッチ、乗せていないのがコブラ。


 バイクを盾に銃を構える偵察員かっこいい。


 火砲から放たれる支援砲撃の煙幕弾に包まれる山肌と砲撃する戦車。


 フィナーレに向けていろんな車両が降りてくる。
 何もしてない架橋車が出てくるのは、多分午後からの展示の移動の手間を省くためじゃないかな……。


 最後のチャフ……だがなんかいつもより車両の数が少なくてしょぼい……。

 車両のトラブルは続出するし、射撃は下手だし、アナウンスは時々変な間で中断するし、混線するし、近年まれに見る出来の悪い予行だった。
 本番大丈夫なのかねこれ。

 とまあこんな感じで昼間が終わり、ホテルで少し遊んでから夜間演習を見に出たのだが、静岡の自衛隊関係団体で昼間に来ていた老人が一人行方不明になったため、演習場に迷い込む事を恐れて演習を中止したという情報が届いたため、途中で引き返した。
 結局老人は勝手に家に帰っていたことが判明。団体のバスが分からなくなり携帯も忘れていたため困った挙げ句の行動とのことだが、一般人じゃあるまいし普段から自衛隊との距離が近い関係団体の人間のくせに、近くの隊員に声をかけてバスを探してもらうなり団体の引率者に連絡してもらうなりを全くせず、さらに帰宅途中に公衆電話で一報を入れることすら思いつかないというあたり、かなり行動がうさんくさい。


 引き返す途中で撮った夕暮れの富士山。
 こちらも近年まれに見るいい天気だったのに……星空がきれいだっただろうに……。
 じじい許さない。

陸の軍神のゆかりの地見てきた

 毎年恒例の総火演研修が今年もやってきた。
 今回の駐屯地研修は板妻駐屯地。「ばんつま」ではなく「いたづま」が正しい読み方。実は今日まで知らなかった。
 駐屯しているのは第34普通科連隊。日露戦争で戦死し、海軍の軍神広瀬中佐の対抗馬として陸の軍神とされた橘周太中佐が陸軍第34聯隊所属だったことから、橘連隊の伝統を引き継いでいる。
 また、曹候補生の教育と静岡県内で災害派遣を担当している。
 連隊長を始めみんな和気あいあいとした楽しい駐屯地。
 あと、富士山のふもとなのになぜか門の前にまぐろづくしの店があるのが気になる。


 橘中佐の銅像。
 東宮武官(皇太子付き武官。軍事に関する教育係、説明係みたいなもの)を務めた優秀な人だが、良く言えば生真面目、悪く言えば面白みがないタイプで、なんだかんだで話題の豊富だった広瀬中佐にくらべるとぱっとしない軍神ではあったらしい。


 突撃駐屯地の昼ごはん(体験喫食)。これで1,200カロリー。ちょっと味が濃いけどおいしかった。

 このあと、駐屯地について説明を受けてから装備品の見学。


 圧縮空気で先端の救命胴衣ロープのついたカプセルを発射する溺者救助具。まだ使ったことはないらしい。


 一人の隊員が訓練や災害派遣の時に持って行く装備一式。着替え、シュラフ、飲食物等計15キロ。


 ボート。災害救助の時良く見るやつ。


 災害救助の時の装備。分かりにくいが軍手や各種救助用具を入れた背嚢を背負っている。


 野外炊事具1号と水タンク。水タンクは説明係の人から「この子」と呼ばれていた。



 車両いろいろ。


 空気ジャッキ。


 瓦礫を切断したりこじ開けたりする道具。左が重量20キロ、右が10キロ。

 歴史資料館もこの後見ているのだが、撮影禁止のため写真はなし。

 この駐屯地は初めて行ったが、小さい割にはかなり重要な役目を任されている場所のようで、おもしろかった。

ドックの夢の跡見てきた

 横須賀の浦賀にある住友重機械工業の浦賀工場跡、通称浦賀ドックの見学会があったので行ってきた。
 浦賀ドックは明治30年に建設されたドライドックで、特に駆逐艦建造で有名だった。戦後は海自の艦艇や民間船を作ったり点検したりしていたが、2003年に閉鎖、その後は廃墟になっていたが、横須賀がミリタリー推しで売るようになってきてから時々見学会をするようになった。
 まだ稼働していた頃、たまーにそばを通りかかると護衛艦が入っているのが見えたりして興味はあったのだが、なかなか機会に恵まれず、ようやく今回見学できた。
 なにしろこの辺は京浜急行が通っているとはいえ、特に何かめぼしい物があるわけでもなく、あまり、というかほとんど用事のない場所だったのだ。
 浦賀のひとつ前の馬堀海岸なら、良く市営プールに行ってたんだけどね。
 ていうか、このドックってつい最近までやってたような気がしてたんだけど、閉鎖は10年以上前だったのか……。
 
 というわけで写真なのだが……。


 ごめんなさい。見学用パンフしかありません。

 閉鎖されたとはいえ、ここはまだ住友重機械工業が所有しており、いわば私有地を見学させてもらっている状態なので、写真は撮るのはいいがSNSへのアップは不可と言われてしまったのだ。
 なので、どんなものか知りたい人は、とりあえずこの横須賀のサイトの浦賀ドック紹介を見てください。

浦賀ドック

 世界に4つしか現存していないレンガ造りのドックで、大変珍しいらしい。
 この少し前に作られた海軍横須賀工廠のドックは石積みだったのに、こっちをわざわざレンガにした理由が分からないが、この時期の日本は試行錯誤しながら海外の技術を取り入れている最中だったので、とりあえずその場その場でいいと思った物をやってみていたのかもしれない。
 保存状態はとてもいい。昭和19年と20年に作られたというクレーンはボロボロになっているものの、ドック本体は多分まだ充分使えるのではないだろうか。
 閉鎖前の最後の仕事が、地元久里浜と千葉県の金谷を結ぶ東京湾フェリー『しらはま丸』の整備点検だったそうで、その盤木が片付けられずドック内にそのまま残されているのが少し寂しかった。

艦と猫

 海自のよこすかサマーフェスタと米軍のフレンドシップデーに行ってきた。
 実は二度寝したらそのまま寝過ごし、気づいたら8時半を過ぎていたのでほとんど行く気をなくしたのだが、帰りに実家に寄る予定があるのでそうもいかない。
 なのでがんばって行くことにした。

 いつもは海自のほうだけ行って米軍基地はスルーするのだが、今回は今まで見たことがない駆逐艦『ベンフォールド』が公開されているので、足をのばしてみることにした。


 米軍基地への入り口は三笠公園の一番奥。多分基地内のフードコートに近くて金を落としてもらいやすいからなのだろうが、正面ゲートから多分1キロ以上歩かされるのでかなり大変。
 夜に花火大会もあるので、縁日が多数出ていた。
 ひえひえとほかほかの戦い。


 入って最初の展示物はなぜか消防車だった。
 沖縄の米海軍もそうだったけど、海軍の消防は機材こそ米軍仕様だが、隊員としては日本人が雇用されている。


 一般公開列は案の定こんなだった。
 でも一応動いてはいるので、30分ぐらいで艦の前に行けた。
 行けたのだが……。


 あと20人ぐらいで乗れるという時になって突然入場制限。どうやら乗せすぎたらしい。
 おまけに艦上で子供が熱中症で倒れてレスキューが入ったりとかで、また30分ぐらい待たされる。


 やっと乗れた!
『ベンフォールド』の艦名坂。意外と古い艦だった。


 前甲板。床とか海自だときれいに塗り直したりするんだけど、米軍では使用感そのまんま。


 クレーン「オオゼキ」と単装砲の珍しいといえば珍しいコラボ。
 実はここは普段は空母がとまっている場所なのだが、空母はどっかに行ってるのでここに公開艦を持ってきたらしい。


後方へ向かう通路と米軍の士官(イケメン)。
後ろに見えるのは同時公開している海自の掃海母艦『うらが』。


 星条旗と『うらが』。


 星条旗とこないだ貨物船と衝突した『フィッツジェラルド』。
 てっきり隠しているかと思ったら堂々と丸見えにされてて驚いた。


 クレーン「ヨコヅナ」と『うらが』。


『うらが』では訓練用機雷を展示していた。
 これは昔ながらの触ると爆発するやつ。今はスクリュー音を探知して爆発したりとか機雷もハイテク化してるので、こういう接触型はもう用がないんじゃないかと思っていたが、機雷がまかれているというだけで敵の動きを制限できる場合も結構あるので、こういうのもまだ結構使えるらしい。
 この機雷の中に1発だけ最新式のを混ぜておいて、古いからと相手がなめてかかっているといきなり被害を受けるとか、ロシアンルーレットみたいなこともやったりするんだって。
 機雷戦も奥が深いな。


 こっちはハイテク機雷。注意書きがちょっとはずし気味だけどまあいいか。


 そして突然現れた解説員のおじさん。説明が上手だし話が面白いし、すごいなと思ってたら艦長だった。


 艦橋待ちの列の間にも出没して周囲の設備を説明しまくる艦長。待ちくたびれてる人たちも思わず引き込まれている。
 近くにいた乗員に聞いたら、こういうことが大好きな艦長で、自ら立候補して解説員をして回ってるらしい。


 艦内の貨物用エレベータと牽引車。


『うらが』を降りたら『ベンフォールド』が人が多すぎてちょっと傾いていた。

 このあたりで暑いしスニーカーが足に合わなくて足が痛いしでもう実家に向かいたくなったが、まだ時間があるので途中どこかで昼休憩を取りながら海自のほうにも行ってみることにする。


 今回の海自の公開艦艇は試験艦『あすか』と砕氷艦『しらせ』、あと『あすか』の陰に隠れているが潜水艦『たかしお』の上甲板を歩くこともできる。
 さすがにこの時間だと機動艇を始めとする体験ものは全て満員。


『たかしお』のラッタルの横断幕。なんで先っちょにドリルつけてるのかと思ったら、艦のシンボルがイッカクだかららしい。


『しらせ』。
 中の写真は暑くて取り忘れた。


 公開してない岸壁に海洋観測艦『にちなん』がいた。
 珍しーい。


 空自と陸自も展示を持ってきていた。


『あすか』はもういいかな……。
 そろそろ終了時間だし。


 ……と帰ろうとしたら見慣れない艦がいた。なんだこりゃ。
 そして『ちびしま』どこ行った?


 艦尾に回ってみたら、小泉進次郞が売名に利用しそうな名前がついている。
 近くの人に聞いたら、『ちびしま』は修理中ですだって。


 そして実家に行ったら猫が箱に入っていた。


 さらにこんな変なポーズを覚えていた。
 どうやら冷たい床にお腹をつけて涼みたいらしいが、何かいろいろ間違ってるぞ。

ビッグな防災演習見てきた 2

 ビッグレスキューあづまの見学第2弾。
 12日は朝霞駐屯地で全体的なシミュレーションや、隊員家族のケアについての演習だったが、今回は実働演習ということで、横浜のノースドック(瑞穂埠頭)での米軍舟艇を使った物資輸送を見てきた。


 まずは陸自の横浜駐屯地で、演習の内容についてブリーフィング。資料は公開不可なので駐屯地本部玄関の写真を載せてみた。
 ノースドックに停泊する米陸軍の上陸用舟艇(LCU)に陸自の車両を積んで、沼津の海兵隊基地まで運び、明日の朝揚陸させるのだが、この積み降ろしを見るというのが今回の見学になる。
 実は明日の沼津の揚陸も見学可能だったのだが、仕事の都合で休みが取れなかった。ビーチング見たかったよ。

 なお、横浜駐屯地は人数が160人と日本で3番目に小さい上に、あるのが住宅地のど真ん中、駐在している中央輸送業務隊の業務が陸自が輸送に利用する民間の輸送業者の手配契約、現地での管理という完全な後方支援なため、ほとんどその存在が知られていない。
 ただ、その手配契約先が国内の宅配業者や輸送業者はもちろん、あのナッチャンWorldを始めとする貨物船や航空機、海外向けとなればアントノフやイリューシン輸送機にまで及ぶ上に、演習や災害派遣、PKOとなれば真っ先に現地に飛んで部隊や機材のスムーズな移動をサポートしなくてはならないそうで、やってることは地味なのか派手なのかいまちよく分からない。

 で、ブリーフィングの後はノースドックに移動して、実際の動作を見学する。


 ノースドックはみなとみらいの向かいにある。
 良く海軍の音響測定艦とかが泊まっているので海軍施設かと思っていたが、実は陸軍の施設だったらしい。
 というか、自衛隊ではこういう船舶運用は海自が一括してやってるけど、アメリカでは陸軍が独自にやってるのか。米軍は自衛隊みたいにコンパクトではないから、陸海軍で同じ部隊を持つダブりの無駄より、独自に船舶部隊を持つ利便性の方が大きいのかな。


 多分陸軍がチャーターしたカーフェリーとか、海軍のタグボートとかいろいろ泊まってる。


 ベイブリッジをバックに連なって停泊しているLCU。「US ARMY」と書いてあるのが変な感じ。
 海自の輸送艇1号2号と同じタイプだが、こっちのほうが大きい。


 陸自の災害派遣車両が乗り込んでいく。
 ただ木材が並べてあるだけの足場がかなり不安……。


 ……と思っていたらその不安が的中した。
 潮が満ちてきて木材が浮いてしまい、足で押さえないと流れていってしまう。
 実は、このノースドックに入る時、米軍側の手違いで手続きに大幅に時間がかかったため、当初予定していたよりも潮位が上がってしまったのだ。


 なんとかやりくりしつつ2台目の車両が乗り込もうとするが、あえなく脱輪。
 もうこれ無理な気がするんですけど……。


 でも最後にはなんとか押し込んでいた。
 夜を待って出航し、朝に沼津に着く予定。


 本当ならこの後LCUの中も見れるはずだったのだが、もう潮がこんな状態なので入れなかった。
 別に後は帰るだけなので濡れても全然構わないのだが、安全上そういう訳にもいかないらしい。
 ちなみに写っている私服のお兄さんは多分通訳。

 この後、ノースドック内にある中央輸送業務隊の集積倉庫を見て終了。
 船便、航空便で海外とやりとりする陸海空の荷物のほとんどをこの倉庫に一旦集め、通関と仕分けをして各地へ送り出している。

 訓練も面白かったけど、中央輸送業務隊もかなり面白かった。そういう部隊があるなんて全然知らなかった。

恒例の陸自演奏会行ってきた

 東部方面音楽隊の定期演奏会に行ってきた。
 音楽まつりではなく、まじめなほう。


 プログラム。
 前半と後半で全く傾向が違う珍しい構成。
 あと、こういう演奏会は大抵、隊長と副隊長で指揮を分担するんだけど、今回は隊長が全部やっていた。
 その方がクオリティが安定するといえばするのだが、隊長はすごく大変そう。

 こういった演奏会には、制服を着た中学生や高校生が集団で来ていることが良くある。
 こういう学生たちはほとんどがブラスバンド部員で、一般観客とは別に、招待されて見にきているのだとか。
 実は自衛隊は割と学生のブラスバンド部への協力に力を入れていて、学生をこういう演奏会に招待したり、隊員が学校に指導に行ったりを結構やっているとのこと。
 確かに、音楽を学ぶのにはお金がかかるし、学校によってはそういう費用を捻出するのも大変だから、入場料とか指導料とかを必要としない自衛隊が協力してあげるのはいいことだと思う。

ビッグな防災演習見てきた

 東部方面隊の統合防災演習「ビッグレスキューあづま」に行ってきた。
 ……うん、ネーミングは勘弁してあげて。

 これは去年までJXR(Joint Exercise for Rescue)という名でやっていたもので、指揮官を中心としたシミュレーション演習と、部隊の実働演習、さらに各自治体や海自空自、米軍との連携演習を統合して行うもの。内容はものすごく硬派なんだがちょっとつける通称を間違えちゃった感じ。




 ブリーフィングで投影された説明資料。
 まあそういうものだと思っておけばいいと思う。
 とりあえず地域によっては半数近くという南海トラフ地震の想定死者数に戦慄するが、これって裏を返せば自衛隊自身も稼働不能になる可能性があるって事なんでは? と内心思ったのは黙っておくことにした。
 家族支援TTXというのは、東日本大震災の時、被災地の自衛官は被災した家族を放置する形で任務に出なくてはならなかったことから、家族の安否確認や支援を家族同士で行おうというプログラムのこと。



 シミュレーション演習。いわゆる大戦略。
 去年までは(去年は見てないけど)、実際の演習を見学させてもらうので、臨場感はあったが、数日かかる演習の中の十数分とかだけ見ても全体像が把握できるかと言えばできなかった。
 今年は実際の演習は見れないけど、見学者用に構成した演習展示が用意されていて、効率よく説明と実演をしてくれたので、だいぶわかりやすかった。


 次に緊急輸送演習。これも実際のものではなく見学者用の演習展示。
 病院での治療が必要な患者を、救援にやってくる航空機に振り分けて被災地外の病院に搬送する訓練。いつ、どこの航空機に何人の患者を乗せて送り出すかという情報共有に始まって、搬送する患者の決定、搬送までのケアといったひととおりの流れを見せてくれる。


 CH-47用の搬送用ベッドとその周辺機器。


 最後に音楽隊の慰問演奏展示。これは本当に演習なのかという気もしないでもないが、まあ気にしない。
 被災地での慰問演奏は、会場の広さや電源の有無など、条件によって様々に楽器の構成を変えて行いますということで、会場が狭く電源が使えない場合(クラリネット四重奏)と、ある程度の広さと電源がある場合(シンセサイザーなど場所を取らない最低限の電子楽器が加わる)、制限がない場合(フル構成)と、3通りの構成でそれぞれ演奏してくれた。

 今回は実際の演習を見るのではなく、演習で何をやっているかについてのシミュレーションや展示を見るというのが、これまでと大きく違っていた。
 演習の規模が段々大きくなり、一部だけ切り出して見せる事が難しくなっているための苦肉の対応だとは思うが、見る側としてはむしろわかりやすいのでこっちの方がいいかもしれない。