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寺と桜と恐竜三昧

 上野で国立博物館の「東福寺展」と、国立科学博物館の「大恐竜博2023」をハシゴしてきた。


 まずは東福寺展。これは母親と妹と一緒。
 母親が行きたがるので妹が連れて行くことにしたのだが、妹は仏教美術に興味がないので、あちこちで御朱印をもらって歩いてる姉を誘ってきたらしい。
 とはいえ姉も、奈良の東大寺と興福寺に憧れた京都の坊さんが作った寺、ぐらいしか知らないのだが。


 そして途中で見かけた看板。
 なにそれ意味が分からない。

 展示は例によって一部をのぞき撮影禁止。
 書画や仏像がメインだが、中でも目玉は明兆という、江戸時代までは雪舟とも並び称された画僧の五百羅漢図を中心とした画と、数々の慶派の仏像。
 五百羅漢図は1枚の画に10人、合計50枚の連作だが、どれを見ても愛嬌のある中国風おじいちゃんたちが、キャッキャしながら奇跡を起こしたりどこかに遊びに行ったり勉強したりしている図で、大変かわいい。
 仏像は、鎌倉時代の運慶の流れを汲む写実的で力強いもので、めちゃくちゃ迫力がある。


 撮影可能な仏像の手。
 東大寺に憧れていた東福寺では、当初7メートルもある仏像を作って本尊としていたのだが、2度の火災で焼失してしまい、残っているのはこの手だけということらしい。
 なおこれだけで2メートル以上ある。大きすぎて逆に生々しい。

 書とかは正直良く分からなかったけど、五百羅漢図と仏像が面白かった。
 五百羅漢図は複製画とかあれば欲しかったんだけれど、小さな絵はがきしかなかったのが残念。

 この後はお昼を食べて科学博物館の大恐竜博だが、予約した時間までまだかなりあるので、丁度桜が咲いている国立博物館の庭園を見ることにした。


 実は朝9時半頃から行っているので、この時点でまだ昼過ぎ。
 なので庭園もあまり人がいない。


 カモたちも油断して地上でエサを探している。


 それぞれ色の違う花が咲いている。


 花鳥っぽい写真撮れた。

 そして次は本館。
 実は本館見るの初めてなんだよね。いつも企画展しか行かないから。


 かわいい。


 かわいい。


 かわいいけどじわじわくる。


 かわいい。


 今は絶対作ることができない総鼈甲の鳥かご。
 マメどもや文鳥に丁度いい大きさだったが、恐らくあっという間に破壊されるのでマメどもは絶対入れられない。


 明治時代の推し活うちわ。


 全てを許していそうな笑顔がすごい土偶。
 笑いで悪い物を追い払う意味があるらしい。


 鶏の土偶。かわいい。
 夜明けに鳴く鶏は闇を払う魔除けとして扱われたそうな。

 本館内はものすごく外国人観光客が多かった。
 あと、カテゴリの説明の冒頭に必ず「日本では云々」みたいな、日本人に対しては意味がないと思える文言が必ず入っている。
 それでようやく気付いたのだが、この上野国立博物館は、日本に来る外国人的には、一度は来たい伝統的な日本の、しかも一流の文物に触れる事ができる日本を代表する場所、みたいな感じになるらしい。
 言われてみれば、海外の物が多数を占めるルーブルや大英博物館あたりにはない発想の博物館だもんね。
 似たような位置づけとしてはアメリカのスミソニアンかもしれないけど、そもそも蓄積された歴史の長さが全然違うし。

 まあそんな感じで意外と堪能してしまった後、科学博物館に移動した。


 この恐竜の皮膚化石が見たくて来たんだけれど……。


 うんまあ混んでるだろうとは思ってた。
 でも雨だから普段の土日よりかなりましなんじゃないかな。


 ヘテロドントサウルス。
 前歯がすごい。ウサギか(でも肉食らしい)。


 スクテロサウルス。
 背中や肋骨のあたりにぽつぽつとあるのは、皮骨(ひこつ)といって、皮膚の下に形成された鎧状の骨組織。
 こういうのを持つ恐竜を通称鎧竜と言う。
 これはアメリカの一部でしか見つかっていない貴重な化石らしい。


 皮骨が外骨格みたいに全身を覆って、そのまんま化石になっているスケリドサウルス。
 体格や顔つきまで分かるのが生々しい。


 孵化直前の恐竜の卵。
 考古学的には貴重だけど、ここまで育ちながら生まれることができなかったと考えると不憫。


 ステゴザウルスに似てるけど実は別の種らしいヘスペロサウルス。


 アニマンタルクス。
 一体何が彼をそこまでの過剰防衛に走らせたのか……。


 今回の目玉、ズールの頭部化石。
 骨ではなくて皮骨(皮膚)がそのまま化石化している。つまり、実物もこんな感じの外見をしていた。


 全身。右が頭で左がしっぽ。下が背中で上がお腹。脚は浸食か死後に他の動物に食べられたかでなくなっている。
 ここに見えているのは全部皮膚で、この下にさらに骨の化石が入っている。


 これは上の写真と逆で左が頭側、右がしっぽ側上が背中側、下がお腹側。一番上に2列に並んでいる斜め後ろを向いている角が丁度背骨のあたり。
 小石みたいにいっぱいあるのが全部皮骨で、まさに文字通りの鎧竜。すごいな。


 ズールのしっぽ。
 右端の丸い物は重り。これを振り回して護身用打撃武器として使っていた。
 ちなみにズールのラテン語名の別名は「脛の破壊者」。上から襲ってくる肉食恐竜に対して、低い位置から脛のあたりにこのしっぽをぶち当てて撃退していたらしい。
 実際に、この恐竜に返り討ちされたとおぼしい脛を骨折した肉食恐竜の化石も見つかっているそうな。


 ズールを襲うゴルゴサウルス。ここからズールが脛を狙ってしっぽで殴りに行こうとしている。
 ゴルゴサウルスの名前につっこんではいけない。


 ケラトプス化の新種ではないかと言われる化石。
 左が復元、右のばらけているのが現物。


 みんな大好きティラノサウルス。
 ニックネームがついていて、左がタイソン、右がスコッティ。
 スコッティはティッシュとか言われていたけど、どうしても「転送してくれ、スコッティ」の方を思い出すんだな。


 尻。


 横顔。とにかく大きい。
 しばらく恐竜の展示なんて見てなかったから、恐竜の大きさを忘れていたわ。


 前足ちっちゃ!


 と思ったらもっと前足がちっちゃい奴がいた。
 カルノタウルス。頭に2個の角があってちょっとおちゃめに見えるが、ティラノより大きな肉食恐竜だったらしい。

 面白かった。
 ずいぶん恐竜関係の知識をアップデートしていないから、名前も分からない恐竜ばっかりだったけれど、ほんと次から次へと新しい物が見つかってるんだな。
 体系的にまとまっているのを見つけるのは難しそうだけれど、最新の本を探して読んでみよう。

○おまけ

 恐竜戯画。
(売店で売っていた絵はがき)

東京で比叡山のお坊さん見てきた

 国立劇場の「第60回声明(しょうみょうと読む)公演 比叡山延暦寺の神前法要 日吉大社の山王礼拝講」に行ってきた。
 国立劇場ってお芝居だけじゃなくて、こんなのもやってたのね。

 Twitterでたまたま告知を見かけたのだが、何年か前にニコニコ超会議で見た天台宗と真言宗の共同声明がの迫力がすごくて好きだったので、ちょっと興味があって行くことにしたのだった。
 S席6000円が高いのか安いのかわかんないけど。

 この声明は、比叡山の守り神である日吉大社の神様に、延暦寺が法華経の講説、論議を奉納するもの。
 現地で実際に行っている形のまま、一部省略したりアレンジしたりして、3時間半の公演に仕立てている。


 現地の形が再現された舞台。ネットで予約した時は席は半分ぐらい空いてたけど、会場で見たら9割ぐらい埋まっていた。
 畳の上でお坊さんがずらりと並んで法要や問答を行い、右側の赤い所には日吉大社の神主が座って控えている。
 床がまだらになっているのは、多分木漏れ日を意識した演出。

 結論から言うと、思っていたのと違った……。
 法要と講説と言うから、読経の大合唱や法戦式みたいな迫力かっこいい系を思い描いていたんだけれど、お坊さん達がひたすら淡々といろんな文言を唱えながら、盛り上がりもなく型どおりの問いと答えのやりとりを繰返す儀式だった。
 しかも節回しが独特すぎて、何を言っているのか全く分からない。
 プログラムに具体的な文言の内容が書いてあるのに途中で気付いたので、後半はそれを見ながら解釈していたんだけれど、前半は聞いているつもりが気付いたら寝ている、の繰り返しだった(そしてやっぱり寝ている人があちこちにいた)。
 うん、これは楽しむ物じゃなくて、仏教の教養のひとつとして、こういう事をやっているという知識を得るためのものだな。


 ロビーのシャンデリアがきれい。

 国立劇場は初めて来たけれど、何というか、いかにも伝統と格式という感じ。お弁当を売っていて開演待ちの間に食べれたり、美術館みたいに絵画がずらりと飾ってあったり、洋式のホールとは根本的に楽しみ方が違うんだな、きっと。
 2階席なのに、お坊さんの衣の衣擦れひとつまで聞こえてくる音響もすごい。
 ただ、椅子は2時間座っていたらお尻が痛くなったので、ちょっとポイントが低い。

帰宅しました

 退院しました。皆様ご心配をおかけしました。
 アッサムは明日鳥病院に迎えに行きますが、その他の鳥どもは全員元気です。


 人間様が帰ってきたのでもう嬉しくて訳わかんなくなっちゃってるひすい。
 1時間ぐらいこうやってうろうろしながら鳴き続けていた。


 かまってほしいと目で訴えてくる長門。
 お前いかにもあなたを待ってましたみたいな顔してるけど、初めて顔を見る妹にも同じ事をやってたのを知っているぞ。


 こうやって妹から証拠も提供されている。

 たまに知らない人に優しくされるとそのままついてっちゃう犬とかいるけど、長門も絶対同じタイプだと思う。

御用邸初トライの日

 1月14,15と日光に行ったため、後追いでアップしています。


 奥日光の朝。

 おかしい、昨日の天気予報では朝から曇りだったはず……。
 曇りどころか雲一つない……。
 しまった日焼け止めを持ってこなかった……。


 でも中禅寺湖は天気予報通りの曇り。
 それどころか、下からガスがどんどん上がってきて景色も見えなくなりつつある。
 そういえば、買い物をしたお店の人が、湯元あたりは山奥すぎるので、天気が他と全然違うって言ってたっけ。
 なんと湯元には梅雨もないらしい。なにそれ北海道か。


 もしかするとガスに包まれた華厳の滝が見られるかと思ったのだが、そんな事なかった。
 ここだけ高度が下がるので、ガスは滝の頭上を飛び越していってしまっているらしい。


 湖面に触れんばかりに降りてくるガス。
 真冬にこうなるのは珍しいらしい。昨日暖かかったから、というのは地元の人の話。


 そしてこいつは、常に水面からこちらを監視していて、目が合うと即座に潜って逃げてしまう鳥。
 何度かの攻防の後、やっと写真を撮るのに成功した。
 ちなみに名前は知らない。

 さて、中禅寺湖も堪能したし、下の世界に戻るとするか。
 今日は現存する最大の御用邸、田母沢御用邸を見るつもりなのだ。


 田母沢御用邸は中禅寺湖からいろは坂を下って30分ほど。バス停の真ん前なのでとてもアクセスがいい。
 正式名称は「日光田母沢御用邸記念公園」。大正天皇の夏の避暑地として、明治に紀州藩の中屋敷や、赤坂の東宮御所、日光の資産家の屋敷などを移築、組み合わせて建設された。大正時代になってから、謁見所などの公的な部分が増築されて、実に部屋数100室を越える大規模なお屋敷になった。
 戦後は大蔵省の管理下から栃木県に譲渡され、一時合宿や研修施設などとして使われていたが、20年ほど前に大規模に復元して歴史的建造物として公開し始めたらしい。
 元々あった部分はもちろん、復元部分も宮大工の本気の匠の手仕事なので、ほぼ現物と言っていいんじゃないかと思う。


 中庭。
 こうしてみると田舎のおじいちゃんちみたいなのだが……。


 中はこんな感じ。
 地味ながらもめちゃくちゃ手間暇かけて作ってある。


 ここは紀州藩の屋敷だった部分で、大正天皇の皇太子時代の御学問所。早い話が勉強部屋。
 菅原道真にちなんだのか、梅の絵が白壁一面に描いてある。
 今は色あせちゃっているけれど、シンプルな部屋に紅梅の赤が映えたんだろうなあ。


 そして皇太子が大正天皇になったからは、滞在する度に三種の神器も一緒にやってくるようになった。
 ここがしまっとく部屋。
 いちばん格式の高いお内裏様とお雛様の畳が敷いてある。


 こんな絵も各所にあって楽しい。


 ここは梅の部屋の真上にある3階の御展望室。1月末まで特別公開されている。
 まあただの座敷なのだが、当時幕府は2階建てまでの建築しか許していなかったので、3階建てというだけで非常に珍しいそうな。
 当時吉宗を出した紀州藩が、権勢に物を言わせて禁令を無視した結果できたものらしい。


 ニワトリ。


 皇后の公的な部屋のシャンデリア。赤い縁取りがかわいい。

 さすがに100室全部を見せてもらえるわけではないが、それでもかなり広い。
 自分のペースでふらふら見られるし、途中見回りをしたり見張りをしていたりする係員さんが皆さん親切で、質問をするとものすごい蘊蓄を語ってくれる。
 なかなか楽しい。


 そして当然ながら庭もある。
 緑の季節だとかなり映えるんだろうなあ。

 面白かった。
 とにかく広い上に何しろ昔の建築なので非常に寒いのだが(足が冷える人のためにスリッポンの内履きが用意されている)、いろいろ小ネタ的な要素がすごく楽しい。

 これで見たい所もひととおり終わったので、適当にぶらぶらしながら戻ってきた。

明智平リベンジの日

 1/14、15と奥日光に行ってきたので、まとめてアップします。

 というわけで唐突だが、奥日光に行ってきた。
 本当は5月の連休に恐山と温泉に行く予定だったのだが、乳ガンが見つかってこの時期は大人しくしている羽目になりそうなので、じゃあ今のうちに勝手知ったる日光にでも行ってこようかとなった次第。
 去年見れなかった明智平にもリベンジしたいし。

 東武日光駅到着は朝9事半。気象情報では曇りと出ていたので今回も無理かと思ったのだが、雲が高くてふもとからは男体山とかもくっきり見えていたので、上がってみることにした。
 まあ駄目だったら中禅寺湖で遊ぶか、また下に戻ってどこかをうろうろすればいいし。
 しかし暖かい、暖かすぎる日光。
 例によってカナダグースのダウンを着ていったら暑くてたまらない。
 でも奥日光はきっと寒いし、15日は天気が崩れて気温も急降下するみたいなので、我慢なのだ。


 見えた!
 やっぱり雪少ないな……。


 明智平からしか見れない白雲の滝は、完全な氷瀑になっている。
 この滝も昔は遊歩道で近くまで行けたそうだけれど、今はこうやって遠くから指をくわえて眺めるだけ。


 これは中禅寺湖とは反対側、朝霧に沈む関東平野。

 どっちも素晴らしい風景なのでいつまでも見ていたかったが、いつまでも居座っていたら不審人物になってしまうので、ほどほどで諦めた。
 次はどこへ行こうかな。
 そうだ、やっぱり去年大雪で行けなかった立木観音に行ってみよう。


 来た。
 曇っているのにこんなに風景がくっきりしているのは、湿気が少ないからだろうか?
 上空風強そうだけど。


 立木観音に行く途中からしか撮れない湖に映る男体山。


 このオオバンたちは羽毛がもっもこなのか、中身がデブなのあ、どっちなんだろう……。


 湖にたたずむオオバン(矢印)と奥日光の連山。

 とかくだらないことをして遊んでいたら、時間もそろそろ15時過ぎ。
 それでは宿泊先の湯元に向かおうか。


 ……の途中の三本松で途中下車。
 いや、一度この三本松茶屋に来てみたかったのだ。
 単なるレストラン&土産物屋なんだけどね。明治4年創業の。


 そして店から道路を隔てて徒歩1分の所に、戦場ヶ原の展望所が設置されている。
 ……中禅寺湖の曇り空が嘘みたいに晴れてるな……。


 そしてまだ16時にもなっていないのに、この影の長さ。
 さすがにこのあたりになると、標高も1400メートルを越すので雪が多くなってきた。
 でもやっぱり全然寒くない。


 展望所からは、装備のない素人さんも楽しめる100メートルぐらいの木道が整備されている。
 もっとも見ての通りの状態なので、ヒールつきのスニーカーとかオシャレブーツとかで行くのはやめたほうがいい。

 20分ぐらい遊んで次のバスに乗るつもりが、雪を堪能したりここだけの名物のイチゴアイスを食べたりしていたら、1時間もたってしまった。
 でもここ、戦場ヶ原の反対側にも、自然遊歩道があるみたいなんだよね。
 まら来たらそっちに行ってみよう。今度は雪のない季節に。

 そんなこんなで気ままに楽しみながら湯元に到着。
 最期にいつもの温泉寺から源泉を見て、ホテルに行こうかな。


 温泉寺は冬には無人になるので、最低限の雪かきしかされていない。


 源泉には、いやに大きな鳥が木にとまっている。
 なんだろうあれ……猛禽の類かな。


 !?


 鳥じゃない、サルだ!


 気付けばあっちこっちにニホンザルがいた。
 源泉から出る通り道の真上に陣取っているので、無事に通り抜けられるのか不安になったが、人前に平気で出てくるのことだけはあって人間の存在に慣れているらしく、道の端っこをそろそろ通り抜けたらちらっとこっちを見たきり後はスルーだった。


 枝を折っては皮を剥いで食べている。


 すごい毛のボリューム。

 サルは日光で何度も見たけど、こんな近くで何かしているのに出くわしたのは初めて。
 面白いなあ。

晩秋のバラと庭園

 母親と妹と旧古河庭園に行ってきた。
 最初は六義園に行く予定だったのだが、急遽母親の気が変わったのはここだけの話。

 旧古河庭園は、元々古河財閥の持ち物だったのが、戦後困窮した古河家の税の物納で国有財産になり、その後庭園として一般公開されたもの。
 明治の建築史には大抵名前が出てくるジョサイア・コンドルが設計した洋館と、洋風のバラ園、和風庭園を併設する。
 丁度今の時期は、秋のバラと紅葉のイベントが行われている。


 入口とか撮り忘れたのでいきなりバラ園から。
 みんな太陽の方向を向いてた。


 春のバラみたいに成長期ではないので、勢いよく無数に咲いている感じではないけれど、つぼみを間引く事でひとつひとつの花を大きくする工夫をしているのが伺える。


 洋風庭園はこんな感じ。
 まあ良くあるタイプ。


 洋館。中には喫茶室があってお茶できる。


 その名も「クイーン・エリザベス」というバラ。


 ブルームーンだったかな……?


 緑色のバラ。


 で、洋風庭園からさらに一段下がったところに、今度は池つきの広い和風庭園がある。
 紅葉がいい感じ。


 東京ではファッションでしかない気がする雪つり。


 この巨大な石灯籠を何に使うのか、妹が不思議がっていた。
 多分ちょっと幽玄チックな池の夜景を楽しむんじゃないかな。


 小さな茶室もある。


 椿と紅葉と常緑樹。

 六義園にも行った事がある妹によれば、こっちの方が良かったらしい。
 確かに東京とは思えない閑静でいい庭だった。しかもこれで入場料は大人150円(ただし洋館は見学料別途400円)なのだからすごい。

ふわふわの拾いもの

 道端でメジロを拾った。
 近くのビルのガラスにでもぶつかったのか、道の真ん中でふくらんで目をつぶってじっとしていた。
 どうやら怪我はしていないようなので、拾って両手に包んでいたら、しばらくして目を開け、こちらをガン見したり首を回してきょときょとしたりし始めたので、人目につかない日当たりのいい植え込みに置いてやった。
 顔の前に指を出すとかぷかぷ噛んでくるくせに、首の後ろを掻いてやるとちょっと気持ちよさそうに目を細めるのがかわいかった。


 植え込みの中のメジロ。
 この頃にはもう自分でぴょいと跳ねて手から降りるぐらい回復していた。

 夜に様子を見に行ったらもういなかったので、どうやら良くなって飛んでいったらしい。
 メジロなんて触ったの初めて。マメルリハの3/2ぐらいしかなくて、ふわふわして小さかった。
 でも目つきは結構悪かった。

猫と鉄道

 山種美術館の竹内栖鳳展に行ってきた。


 いつもこの絵がメインビジュアルなのがちょっぴり気の毒な竹内栖鳳。
 たまには他の絵をメインにしてもいいと思うんだよね。カエルとか。
 この人の描くカエル、すごく可愛いし。


 そして今回この絵は撮影可だったので、つい撮ってしまう。

 内容は、2年ぐらい前のアニマルパラダイスから、竹内栖鳳だけを切り出して、風景画とかを追加した感じ。良く言えば手堅い、ありていに言えば面白みがない。
 図録もなかったので、美術館側の位置づけとしてもそれほどの展示会ではないんじゃないかな。
 初展示も数点あったけど、いずれも栖鳳の晩年近くの小品で、目を見張るようなものでもなかったし。

 まあそんな感じで割とあっさり見てしまったので、東京駅ステーションギャラリーの「鉄道と美術の150年」もハシゴした。


 情報量が多すぎるパネル。

 うーん……。
 なんというか、なんかちょっと違うなという気がした。
 ペリーが持ってきたというミニチュア鉄道(といっても人を乗せて走れたらしい)に始まって、鉄道開業から現在に至るまでの鉄道にまつわる絵画や写真を展示している。
 最初にペリーの汽車とか鉄道開業の錦絵とかを見せられたので歴史資料的なものを期待していたのだが、実際には鉄道が含まれる絵画や写真をひたすら集めて展示しているだけだった。
 点数も多いし頑張って集めてきたなあとは思うし、興味深い物もいくつかあったが、これだったら素直に鉄道の歴史や鉄道を巡る風俗を正面から見せる形の方が面白かった。

呉(2日目)と宮島にて

 研修最終日。
 この日は午前中に呉のてつのくじら館と大和ミュージアムを見るだけ。





 もう何度も書いてる場所なので、画像適当に貼っておきますね。

 11時過ぎには解散になったので、宮島の水族館に向かうことにした。
 呉から宮島まで約1時間半。新幹線の時間を考えるとちょっと余裕がないが、前回宮島に行った時に気になっていたので、頑張ってみることにしたのだ。


「丸んせみ」ってなんじゃと思ったら、「みせん丸」(弥山、宮島の山)だった。
 そういえば弥山も行けてないな。いつもロープウェイ大混雑だし。
 今度はそれを主目的に来よう。


 これが有名な「隙あらば店内に入ろうと様子を伺う鹿」か……。


 牡鹿には角が生えている。
 奈良だと危ないので容赦なく切られているが、ここの鹿は大人しいからそのままなのかな。


 大鳥居は大規模修復中。まあ前回見てるからいいけれど。
 そういえば、この状態の鳥居を写生する写生大会という、鬼のような企画のチラシが貼ってあった。
 正気か。

 宮島水族館は、宮島港から歩いて20分ほど。厳島神社のさらに向こうにある。
 入場料を払って厳島神社の中を通っていけばショートカットになりそうだったが、さすがにそれは自制した。


 入ると最初にあるのは牡蠣の養殖いかだ。レプリカではなく実際に牡蠣を育てながら、いかだ周辺の環境を再現している。
 似たような物を前にどこかで見たぞと思ったら、仙台うみの杜水族館のホヤ養殖水槽だった。


 なんか良く分からない魚がいる……。


 シオマネキ、かわいい。


 ここでもモンハナシャコ。
 カメラを向けていたら隠れ家にするんと入ってしまったが、くるりと身体を丸めてターンする仕草がいちいち優雅。


 太刀魚。
 実はかなり暗闇に近い環境で、妙なリラクゼーション効果がある。


 瀬戸内海のイルカ、スナメリ。
 昔は良く見られたんだけれど、今は稀少動物と化しているらしい。


 タッククロス(違う)。


 最初に見た牡蠣養殖水槽の水面下。
 群れでぐるぐる泳ぐイワシの稚魚? がきらきら光ってとても美しい。
 いつまでも見ていられる。


 カメラを向けたら一目散に逃げていったタコ。
 そんな嫌がらなくても……。


 一方、たこつぼに入っている奴は全員片目とろうとをこうやって出して覗いているので、ちょっと恐い。


 ウマヅラハギ。
 名前は聞くけど実物を見たのは初めて。
 顔はともかく、白地に茶色の模様がある身体に青いひれがとてもきれいだった。


 海底に累々とするコウイカ。


 アナゴの皆さん。


 ヘラクレスカブトムシって始めるものなのかとか、ここは水族館ではないのかとか、いろいろとツッコミどころが浮かぶ展示。


 なんだっけ、食べるとミルクの味がするという説明しか覚えていないカニ。


 安定のタカアシガニ先生。
 これ見るとなぜかほっとする。


 ハゼはかわいいんだけど、気が荒くてしょっちゅうケンカしている。
 こいつらも次の瞬間ケンカを始めた。


 きれいな魚。


 泳ぐペンギン、下から。


 泳ぐペンギン、上から。
 同じ水槽の様子を下と上から見ることができる。


 ライブプールで、丁度オットセイの訓練をしているのに出くわした。
 オットセイだけでなく、先輩トレーナーが後輩トレーナーの指導もしているらしい。


 手のひらに鼻をぴたっとくっつけて動かずにいるというのが、言うことをきかせる基本の動作らしい。
 エサが欲しくて一生懸命頑張るオットセイと、そのオットセイの訓練を一生懸命頑張るお姉さん。
 微笑ましい。


 こんなことだってできるよ!


 夢中で見てたら、オットセイをそばで撮影させてくれた。
 これは撮影のために「待て」をしている所。多分こういうのも訓練なんだと思う。
 オットセイは犬の仲間だそうだけど、訓練の時の表情やしつけのされかたを見ていると納得するな。

 こぢんまりしていて瀬戸内海の生物が中心なので、いわゆる大手みたいに華やかではないけれど、でも逆に見たことがない魚とか結構いて楽しい。
 入場料が若干お高めだが、展示のレベルも高いので十分満足できる。
 さて後はブラブラしながら帰ろうか。


 人間を気にしながらエサをとっているコサギ(野生)。


 厳島神社を裏側から。

 この後焼き牡蠣を食べて、もみじまんじゅうを山ほど買って帰ってきた。
 牡蠣はあんまりおいしくなかったけど、よく考えたら今シーズンじゃなかったね……。

お寺へはるんるんに乗って

 今日は平泉へやってきた。


 ゆかしい造りの平泉駅。

 平泉は奥州藤原氏の本拠地だった所で、ゆかりの寺や遺跡が割とコンパクトにまとまっている。
 各地点を結んでるんるんバスという観光専用の巡回バスが走っており、車がなければこれを利用できる。
 これまで散々免許がないがゆえの辛酸を味わってきたので、さすがは岩手屈指の観光地とつい賞賛しかけたが、よくよく調べたらこのるんるんバス、1時間に2本しか出ていない。
 ……うん、でもこれまでに比べたら破格の扱いかな。


 もっとも、平泉駅についた朝9時には、まだるんるんバスは動いていなかったので、普通に路線バスで中尊寺に来た。
 バス停のすぐそばに弁慶の墓があった。
 なお、るんるんバスで、義経と弁慶が討たれたと言われる場所も行くことができる。ちょっと興味があったのだが、時間的に微妙だったので見送った。


 そしてここが中尊寺入口。
 また坂!?(悲鳴)

 そう、ここからかなりの急坂をのぼっていかないと、中尊寺にはたどりつけないのだ。
 なんか早くも心が折れそう。
 しょうがないから頑張るけど。


 でも長めは素晴らしい。


 坂を上って最終地点の金色堂に行くまでに、こういう小さなお堂がいくつもある。
 これは通称弁慶堂。奉られているのは地蔵菩薩だが、弁慶の立ち往生と義経の像がおさめられているので、この名前になった。
 というかさっきから弁慶しか出てこないな……。


 萩がきれい。


 やっとついた金色堂。
 といってもこの建物は金色堂ではない。
 覆い堂と呼ばれる保護用の建物で、金色堂本体はこの中にすっぽり格納されている。
 中は撮影禁止。
 隣には資料館もあって、仏像とか収蔵品とか、昭和35年の金色堂の解体修理の時に調査した藤原4代の棺の副葬品とかを見ることができる。
 泰衡の首桶とかもあって生々しい。
 というか、この人達のミイラの写真、みんな素っ裸で葬られた遺体としてはどうかみたいなポーズをしていて常々疑問だったんだけど、あれは副葬品とか着ていたものとか調査で全部剥がれてああなってたのね。
 この資料館には、発見時にミイラが着ていた袈裟とか経帷子とかも展示されていて、やっと謎が解けた。

 金色堂は、うん、すごかった。
 割と小さいのでがっかり名物などと言われる事もあるが、といっても、奥州藤原氏の3人の遺体+1人の首が中に納められているのだから、決してそこまで小さい物ではない。
 むしろ、小さなお堂のなかにこれでもかとばかりに金にあかせて豪華な細工を施し、さらにお堂全体を金箔で金ぴかにするというトンデモ発想に、もしかすると朝廷と同等か、それ以上かもしれなかった奥州藤原氏の権勢と羽振りの良さがひしひしと伝わってくる。ぶっちゃけ、秀吉の黄金の茶室とか鼻で笑うレベル。
 これは義経を口実に頼朝が滅ぼすわけだわ。絶対鎌倉より金も力も持ってたもの。


 どこかで見た顔だと思ったらうちの社長に似ていた松尾芭蕉。
 金色堂を見て「五月雨の降り残してやひかり堂」という句を残している。


 そして、古い寺社に良くあるように、ここも仏と神が一緒に祀られている。
 境内内にある白山神社にある能舞台。作ったのは伊達一族。
 能舞台なんて良く分からないけど、伊達と聞くだけでセンスがいいように見える。


 丁度お坊さんが鐘を撞いているところに出くわした。

 全部見るのに大体2時間半ぐらい。このご時世で御朱印がほとんど書き置きなので、その分時間がかからなくなっている。

 次に行ったのは毛越寺。
 中尊寺に行くと行ったら父親が熱烈に推してきた。なんでも庭園がすごいらしい。


 これが本堂。
 これだけだと普通の寺なのだが……。


 ちょっと奥に広大な池の庭園が広がっていた。なるほどこれはすごい。
 性質が全く違うので単純比較はできないが、規模で言えば足立美術館にも匹敵する。
 何度も火災に遭ったため、当時の主要な建物はほとんど残っていないが、元々は一番奥(真ん中の白い杭が立ってるあたり)に金堂(本堂)が建っていて、池に渡された橋を通ってお参りする形になっていたとのこと。


 ここも萩がきれい。
 ちょうど萩祭りをやっていた。


 左側の木の塊が経堂跡、右側が鐘楼跡。といっても土台石しか残ってない。


 噂の金堂跡。杭の説明文によれば、吾妻鏡に「金銀をちりばめ、紫檀赤木等を継ぎ、万宝を尽くして釈色を交う」と書かれた程の、それこそ金色堂並みの豪華絢爛さだったらしい。
 またしても奥州藤原氏の財力すごすぎる。


 紅葉が色づき始めていい雰囲気。


 曲水の宴とかやる水路。


 萩と紅葉。


 今も残る数少ない古い建物(といっても享保年間の物)。

 確かに父親推しなだけの事はある。
 まあ残っているものだけ見たら、ただの庭園と言えば庭園なんだけどね。

 で、最後に行こうと考えたのが、達谷窟毘沙門堂。
 岩に貼り付くようにお堂があるとか、岩に仏の像が彫ってあるとか一部で有名な寺。
 ただ、またしてもここはバスがないので、タクシーに頼る事になる。
 毛越寺ではタクシーがつかまらないので、一旦歩いて10分ほどの平泉駅に戻り、そこから出発した。
 ちなみにお参り中の待ち時間も含めて、かかった料金は5,000円。


 大きくはないが手の込んだ鳥居。律儀に一の鳥居から三の鳥居まである。
 奥に見えるのが噂の毘沙門堂。
 ん? 鳥居……? 寺なのに鳥居……?


 創建は坂上田村麻呂らしいが、なぜこんな所に作ろうと思ったのか……。


 これが岩の仏、岩面大仏。
 岩が脆いのかかなり消えてきている。もう10年ぐらいで危ないかもしれない。

 これで行きたかった所はコンプリート。でも新幹線の時間まで3時間近く残っている。
 早割で予定を変える事ができないので、とりあえず乗車駅の一ノ関まで戻ってぶらぶらして過ごした。


 ぶらぶらついでに撮った岩手山となんか山。
 橋の下を流れるのは磐井川。冬には白鳥が来るんだって。

 実は、中尊寺に行きたいなと思ったのが、今回の旅行のそもそもの始まりだった。
 どうせ行くならもうちょっと別の場所をと考えた結果、八幡平とか藤七温泉とか小岩井農場とかが加わり、気付けば岩手県内陸部を大縦断することになっていた。
 とにかく交通の便が悪くて苦労したが、結果としては割とスムーズにいったと思う。