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飛鳥の古墳と自転車と

 今日は本命の石舞台古墳。
 あと他にも、歴史の教科書にあった所を1日かけて回る予定。
 バスの便があまりないのでレンタサイクルを使おうと、朝9時の開店と同時に駆けつけるぐらいの勢いで頑張り、在庫台数が少なくて競争率の高い電気自転車を首尾良くゲット。
 意外とアップダウンの多い道に苦労する人力自転車の皆さんを尻目に、軽やかに飛鳥を駆け回るのだった。
 仕事で早起きしても全く得しないけど、旅行では早起きは確実に得になるね。


 そして自転車争奪に必死になるあまり、飛鳥駅とか導入を撮り損ねたので、いきなりキトラ古墳から。
 壁画をちょっと見たかったから立ち寄ったんだけど……うーん、はい、円墳ですね。
 いや、藤ノ木古墳でこんなもんだとは分かっていたけどね……。


 でも山あいにあるので、景色がとてもいい。
 キトラ古墳の被葬者は、男性という以外分かっていないそうだけど、彼もこういう風景を見ていたのかな。


 古墳の近くには資料館が併設されていて、あの朱雀、玄武、青龍、白虎や天体図で有名な玄室の精巧なレプリカが展示されている。
 はがれかけた漆喰まで再現している精巧さ。


 天井の天体図。

 実は、古墳内の本物はもう全部はがしてこの資料館で保存してしまっているので、今となってはこのレプリカだけが、発見当時と同じ形で内部を見れる唯一の物になってしまったんですと説明のおじさんが言ってた。

 キトラ古墳の次は、石舞台古墳への途中であって、キトラと双璧をなすと言われる高松塚古墳に向かう。


 資料館は行列していた。
 え、なんで?


 例の古墳美人。これも精巧なレプリカ。
 高松塚の壁画は、描かれた石ごと取り出して修復した後、また古墳の中に戻されて厳重に温度湿度を管理されているらしい。


 その高松塚古墳。
 うん、キトラ古墳よりは大きいかな。

 とりあえず満足したので、またゆるゆると自転車で石舞台に向かっていたら、聖徳太子が生まれたという橘寺に出くわした。
 まだ時間は全然あるし、ここも寄って行こうかな。


 山門。


 本堂。
 大きな寺ではないけれど、こぢんまりとまとまっていて居心地がいい。


 この日は天皇の命で橘を植えたという(橘寺の名はこの故事に由来する)田道間守の法要が行われていて、参拝者にもお下がりのみかん(ネーブルだけど)とお菓子が振る舞われた。
 なんか思いがけずラッキー。おいしそうだけど、無事に家に持って帰れるかな……。

 よし、ここからは石舞台古墳にまっしぐらだ。


 来たー! 蘇我氏ー!


 近くで見ると想像以上に大きい。
 そしてこんな隙間だらけなのに、石が安定して積まれているのすごい。
 なお、今はすっかり石舞台の名が定着しているが、実は元々は地元では「石蓋」と呼ばれており、石舞台の名の由来になったという「女に化けた狐がこの上を舞台代わりにして舞ったという伝承」は出所不明の創作話らしい。
 誰かが適当に言った嘘の方が、本来の名前や伝承を押しつぶして由来として定着するって、結構ちょくちょくあるんだろうな。歴史では。


 実は地下の方がでかい。


 天井。
 地上部は上から1列目のみで、2列目から下は埋まっている。


 反対側から。
 なんかお供えしてあった。


 尻。


 右側の隙間から中をのぞける。
 想像以上に深かった。

 楽しい。
 実は昔からなぜか蘇我氏って好きだった。
 逆に物部氏はなんだか暗いイメージで、いけ好かない感じがしていた。
 もしかすると前世が蘇我氏だったのかもしれない。石舞台古墳を見ても全然何も思い出したりしなかったけど。


 古墳の全体像。
 盛り土を剥ぎ取られる前は四角形の方墳で、堀まで備えていたらしい。
 今残っているので堀つきの古墳といったら天皇クラスかそれに準じるレベルの人物なので、葬られていたと言われる蘇我稲目(蘇我入鹿の父)がどれだけの権力を持っていたかがうかがい知れる。

 とばかりに堪能していたのだが、ここで腕時計を橘寺に忘れたらしいことに気付いた。
 休憩所で日よけ手袋をする時に外して置いて、そのままにしてしまったらしい。
 いつもははずすと必ずバッグに入れるのに、この時だけたまたまやってしまった痛恨のミス。割と高級そうに見える時計なので、もう誰かに持ってかれちゃったかなーと思いつつ、自転車を飛ばして橘寺に戻ってみた。
 置いたところにそのままあった!
 戻った時には数人の人が休憩所を使っていたが、みんな持ち主が取りに来るかもしれないからとそっとしておいてくれたらしい。
 皆さんありがとう。そして橘寺の仏様ありがとう。
 お賽銭を奮発してもう一度お参りしてきました。

 そんなわけで時計も戻って一安心なので、今度は飛鳥寺に向かうことにする。
 ……の前にまた途中で2ヶ所ほど寄り道をしてしまった。

 まず最初の寄り道は岡寺。
 全く行く予定はなかったのだが、近鉄電車の駅名にもなっているぐらい有名な寺らしいので、じゃあちょと寄ってみるかとなった次第。
 そしてすぐにそれを後悔する事になる。


 え……。

 電動自転車で調子こいてやってきたのだが、さすがにこのレベルの坂はのぼれない。
 仕方なくその辺に自転車を止めて、歩いて上がる事にする。
 自業自得ではあるけれど、もうやだこのパターン。


 しかも境内も階段まみれの気配がするぞ……。


 花手水。

 全然下調べをしていないのでどういう由来か全く分からないが、この寺、こんな感じであちこちに色鮮やかな切り花がディスプレイしてある。
 むしろこっちが花の御寺状態。


 池。
 映え写真を撮りたい皆さんが群がってスマホやカメラを構えていた。


 花玉。
 映え写真を撮りたい皆さんが以下略。


 本堂。
 さすがに花はディスプレイしてなかった。
 ここの本尊は大きな塑像の大仏で、表情が厳しめなのでものすごい迫力がある。


 奥の院に続く階段。
 よせばいいのにまた上ってしまった。
 でも今回はそれほど長くなかったのでほっとした。

 奥の院は、狭い洞窟の奥に岩仏が安置してある。鎌倉とかでたまに見るパターン。
 ずらりと参拝者が行列していたので、写真を撮れなかった。


 岡寺の隣にある治田神社。
 小さいけれどなかなか趣のあるいい神社。
 由来ははっきりしていないが、平安時代にはすでに神社として知られていたらしいので、かなり古い神社なんだと思う。

 そして寄り道2ヶ所目。


 亀形石造物。流れている水は実際にこの場から出ている湧水らしい。
 昔テレビで見た時にはもっときれいだった印象なのだが、こうやって見るとかなり劣化している。
 保存を二の次にしてこうやって展示している以上は避けられないのかな。


 なお近くには酒造石もあるようだが、そっちはパスした。
 だって階段を上がるんだもん。


 そんなわけであちこち寄りながら、ようやく飛鳥寺に到着。


 ここの仏様は撮影OK。
 ガイドのおじさんの説明によれば、度重なる火災で焼かれながらも、建造時から1500年間変わらず同じ場所に鎮座し続けている恐らく日本で唯一の仏様とのこと。
 確かに、顔や胴体のあちこちに焼けたり剥がれたりした跡がある。
 激動の歴史を、破壊されることも移動される事もなくくぐり抜けてきた猛者なのだな。


 飛鳥寺の数十メートルとなりにある蘇我馬子の首塚。
 暗殺された馬子が祟るので作られたという伝承があるが、本当かどうかは分からない。


 飛鳥寺の周りは田園地帯。
 レンゲがきれいだったので。

 これで本日の予定は終了。予想外に大量に回ってしまった。しかも思ったほど消耗していない。
 ビバ電動自転車。
 そういうことなら実はもう1ヶ所、行きたいところがある。


 これ。

 駅のポスターや飛鳥の資料館のチラシで気になっていたのだ。
 宗像三姉妹に由来する沖ノ島の遺跡からの出土物を、奈良の古墳等からの出土物と比較し、大和と沖ノ島の関連について考察するという企画展。
 多分こんな展示、絶対関東の方じゃやらないでしょ。

 幸い、開催している橿原考古学研究所付属博物館は、自転車を乗り捨てる橿原神宮駅のひとつ隣、畝傍御陵前駅から歩いて行ける。
 時間もまだあるし、体力もなんとかなりそうだし行ってみよう。


 着いた。
 思ったより大きいな……。


 水を流して占いをする儀式の設備らしい。
 ……なんか酒造石で似たような構造見たぞ?


 沖ノ島から出土した金銅製の竜の頭。


 これも沖ノ島から出土した三彩。
 唐三彩ではなく、日本で作られたオリジナルらしい。
 すごく素敵、すごく欲しい。


 馬の飾り。
 馬なんて全く縁がない沖ノ島になぜ馬具が捧げられたのか疑問。
 上の水占いの道具も含めて誰かに聞きたかったんだけど、聞けるような人がいなかった。
 どこかで調べれば出てくるかな。


 ついでに常設展示も見てきた。これは土偶の見返り鹿。
 さすが奈良だけあって出土品の層の厚さが尋常ではない。
 あと、やっぱり関東の方とは出土品が少し違っていて、背景が良く理解できないのがあったりして目から鱗だった。

 これはいい物を見た。思わず図録まで買ってしまった。

奈良の花とニワトリと

 奈良に来ている。
 飛鳥の石舞台古墳が見たくなったのだ。
 幸い、2月から続いていた乳がんの治療も、放射線治療まで完了して余裕ができたので、じゃあ一人快気祝いに行こうかなとなった次第。


 というわけでまず長谷寺にやってきた。

 前にも1度来ているのだが、丁度5/7まで長谷寺は牡丹祭りをやっているらしい。
 長谷寺は別名「花の御寺」と言われるほど、季節の花々が有名なのだという。つまりこの牡丹祭りも見事なのではないか。
 よし行こう。
 前の時は途中で與喜天満神社に寄って階段を100段以上上ってしまったために、へろへろになりながらようやく参拝したのだが、今回は與喜天満神社はあきらめて長谷寺に直行した。
 なので体力は満々。


 でも牡丹ほぼ終わってた。
 階段に添ってびっしり植わっているので、盛りの時は相当見応えがあったと思われる。


 かろうじて階段のディスプレイで祭りっぽさを頑張っている。


 でも一面の新緑はそれはそれで爽やかで楽しい。


 牡丹は終わっているけれど、それ以外の花はあちこちで咲いている。
 さすが「花の御寺」だけのことはあるな。


 オオデマリと咲き残りの牡丹。
 花の中央の黒いのはミツバチ。


 なぜかここだけ傘を差されて大切にされていた牡丹たち。


 天気はいいし風は爽やかだし、いい気持ち。
 ただ日差しがめちゃくちゃ強くて、日なたにいると暑くてたまらない。

 丁度本尊の10メートルを越える観音様を間近で見れる特別拝観をやっていたので拝んできた。
 さて、次は室生寺に足を伸ばしてみることにしよう。
 前回は交通事情が微妙だったので行かなかったが、今回はゴールデンウィーク限定で、長谷寺と室生寺の間を直通バスが運行している。
 本数は30分に1本だし、最終は14時台だし、山また山を越えていくので45分ほどかかるが、バスに乗ったら後は勝手に連れて行ってもらえるのはありがたい。


 途中下車して室生龍穴神社にも寄ってみた。
 バスも通るような道路のすぐ近くなのに、うっそうとした杉の森の中にあるためか人里離れた感が半端ない。


 本殿。
 その名の通り竜神を祀る神社で、奥の院は龍穴と言われる岩窟。
 ただし車でないと往復1時間弱かかるので、今回はあきらめた。


 龍穴神社から歩いて10分ほどで室生寺に到着。
 ここはシャクナゲ寺のようで、あちこちにシャクナゲの木がある。


 でもやっぱりほぼ終わっていた。
 まあ今年は春の気温が高かったし、しょうがないね。


 確か弥勒堂。
 ここも長谷寺と同じように、山の斜面を使って伽藍が作られている。
 なのでお参りするにはせっせと階段を上っていく必要がある。


 ……そんな高度差があると思わないんだけど、上の方に来るとまだ結構シャクナゲが残っていた。
 日当たりとかが関係するのかな?


 五重塔とシャクナゲ。


 奥の院への階段。
 実は400段以上あるのだが、そのへんの事前知識を全く持たないまま気軽に上り始めてしまった。
 しかもこの階段、途中で割と折れ曲がっているので、下からだとどのぐらい続いているのかが分からないのだ。
 結果、ふと上を見て絶望する事になる。


 なお上から見るとこんな感じ。
 まだまだこれで半分ぐらい。


 なんか奈良に来るたびそんなつもりはなかった階段を上っているような気がする。


 着いたどー!
 こちらは空海(室生寺は真言宗)の像を祀る御影堂。
 一見新しく見えるが、作られたのは鎌倉時代。


 こちらは位牌堂。多分歴代の住職の位牌が納めてあるんじゃないかな。
 一見普通に見えるが、実は崖っぷちに建っているので……。


 下から見るとなんという清水の舞台。

 この後、また400段の階段を下りて例によって膝をやられたり、帰りのバスに乗り遅れそうになって走る羽目になったり、ひたすら体力を消耗し続けたのだった。


 山は野生の藤が盛りらしく、あちこちで見かけた。
 さわやかで柔らかい色合いなので目に楽しいのだけれど、藤って他の木を絞め殺す害木なんだってね。
 確かに、藤が絡みついている木は枯れたり元気がなかったりする木が多かった気がする。

 でもまだちょっと時間があったので、最後に天理にある石上神宮(いそのかみじんぐう)に寄っていくことにした。
 それほど大きな神社ではないが、創建は物部氏にまで遡る日本でも最も古い神社のひとつ。
 ただ、適当なバス便がなくて駅から歩いて30分ほどかかるため、今回も金で時間を買うことにしてタクシーを使った。
 道中、運転手さんが宗教都市天理の施設なんかをいろいろ教えてくれて、なかなか面白かった。


 石上神宮着いた。


 境内にはニワトリやチャボがたくさんいる。

 どうも、近所の人が持ち込んだ捨てニワトリが増えたらしい。
 勝手気ままにあたりをうろついているが、人慣れしていて近づいても全く逃げない。


 カメラ目線をしてくれるニワトリ。


 シャモもいた。
 気が荒いのか1羽だけ社務所の敷地に隔離されていたが、カメラを向けたら堂々たる足取りで近づいてきた。


 コケコッコー!(ドスがきいている)


 中ビナもいた。


「なんか若冲みたいですよね」とそのへんの見知らぬ人と盛り上がった立派なニワトリのつがい。
 かわいがられているらしくて、どの鳥も毛艶はいいし丸々していて顔つきもおだやか。
 でも良くケンカはしている。


 ひとしきりニワトリとたわむれた後で、ようやく本来の目的を思い出して参拝に向かった。
 神社にこういう門ってちょっと珍しいような気がする。


 拝殿。
 本殿はこの奥の禁足地の林にあるので、見ることはできない。


 さてお参りも済ませたから、またニワトリを見るぞ。
 小屋の中にもみっしりいる。
 しかも小屋は合計3つある。
 ……一体何羽いるんだこれ。


 手を出したら何かもらえると思ったのか、一斉に寄ってきてしまった。
 ごめんよ、悪かったよ。


 きれいなニワトリ。


 黒目がちの瞳がかわいいニワトリ。

 もういつまでもまみれていたかったのだが、タクシーを待たせているので後ろ髪を引かれる思いで現場を後にした。
 やっぱりニワトリ飼いたいなあ……烏骨鶏とか。

春の松本

 4/22、23と松本に行ってきたので、後追いでアップします。

 突然だが松本に来ている。
 4/23に松本駐屯地の創立73周年記念行事に行くことになったので、それならついでにあちこち観光もしようと22日の朝早くから出てきた次第。


 麦畑と北アルプス。
 天気はほぼ快晴だし、気温は低いし風も強いのに、なぜかあたりは霞んでいる。
 これが来ると噂の黄砂だろうか。


 立山連峰の方はもっと真っ白。
 黒部ダムから見たらいい眺めだっただろうなあ……。

 まずは、仁科神明宮という、国宝の本殿を持つ神社を見るために、特急あずさに乗って信濃本町に向かう。
 本当はここから黒部ダムに行きたかったのだが、予約開始から1日過ぎたらもうバスが満席で取れなかったのだ。
 まあ、黒部ダムは今がハイシーズンらしいから、仕方ないね。

 とか考えて次点の仁科神明宮に目的地を変更したのだが、信濃本町から唯一の交通機関であるコミュニティバスに乗ろうとしたら、平成2年で土日の運行を廃止していた。
 なんてこったい。
 一応、安曇沓掛という駅からなら、30分ほど歩けば行けない事もないのだが、電車が1時間に1本の場所で歩いて片道30分はちょっとチャレンジがすぎる。
 しょうがないのでちょっと街を散歩してお昼ご飯を食べた後、さらに次の候補にしていた穂高神社に行くことにした。
 さすがに今度は大丈夫だよな……。


 穂高駅。


 さすがにソメイヨシノは終わっているが、長野は今が花の盛り。
 あちこちでこんな感じに咲いている。


 穂高神社。今度は大丈夫だった。

 穂高神社はその名の通り、穂高岳を神格化した穂高見尊を主祭神として祀った神社。
 奥穂高岳の頂上にこの神社の嶺宮があり、行った人がもらえる御朱印もあるのだが、何しろ標高3,190メートルな上に高難易度山なので、入手は容易ではない。
(なお、神社の遙拝所をお参りすれば『遙拝』という注釈印つきでもらえることはもらえる)


 拝殿。
 かなり新しく見えるのは、ここが伊勢系で20年ごとに式年遷宮の立て替えをしているかららしい。


 奉納された神船。
 ここには穂高見尊の他に、海神であるその名も綿津見命も祀っているためと解説に書いてあった。
 こんな海から離れた場所でなぜ海神を祀っているのか、不思議。

 延喜式にも名前があるほど古い神社だそうだが、地元密着型で、観光客に混じってお宮参りの家族連れや散歩コースとおぼしき地元の人もちらほら見られた。
 なお、嶺宮は北穂高の頂上だが、奥宮は上高地の明神池にある。こっちならなんとかなりそうなので今度検討してみよう。

 そんなわけで満足したので松本に向かう。
 一旦ホテルにチェックインしてから、松本観光をしようかな。
 松本でも行きたい神社があるし。


 そんなわけでやってきた松本駅から少しの深志神社。
 諏訪神社と天神様を祀る地元の氏神様系神社。


 拝殿は色鮮やかできれい。
 地元に長年大切にされてきたであろう感じ。


 9年前に拝殿と一緒に改修されたという本殿もなかなかのセンス。
 しかも結構規模が大きい。

 敷地そのものはそれほど広くないが、本殿と拝殿がきれいで見応えがあった。

 次は松本城でも行ってみるか。


 と思ったら、歩いているうちに別の神社に迷い込んでしまった。
 後で調べたら、明治初期にできた天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、天照大神の4神を祀る神社らしい。
 子供たちが鳩に餌付けをして、腕や肩に飛び乗らせて喜んでいたが、鳩は飛ぶドブネズミといわれるほど不潔で人畜感染症のリスクが高いんだぞ……。


 そんなこんなでやっと松本城に着いた。
 夕方になってしまったのでもう天守の中へは入れないが、ちょっとまわりを散歩していこう。


 日の当たる方から見るとまた印象が違う。


 柳の若芽と藤の花。


 夕日を受けて銀色に輝く天守。


 なぜか1羽だけ白鳥がいた。
 よく見ると左脚だけで水を掻いていたので、けがか障害かで旅立てなかったのかもしれない。

 仁科神明宮の予定が狂ったけれど、でもいろいろ見れて楽しかった。

寺と桜と恐竜三昧

 上野で国立博物館の「東福寺展」と、国立科学博物館の「大恐竜博2023」をハシゴしてきた。


 まずは東福寺展。これは母親と妹と一緒。
 母親が行きたがるので妹が連れて行くことにしたのだが、妹は仏教美術に興味がないので、あちこちで御朱印をもらって歩いてる姉を誘ってきたらしい。
 とはいえ姉も、奈良の東大寺と興福寺に憧れた京都の坊さんが作った寺、ぐらいしか知らないのだが。


 そして途中で見かけた看板。
 なにそれ意味が分からない。

 展示は例によって一部をのぞき撮影禁止。
 書画や仏像がメインだが、中でも目玉は明兆という、江戸時代までは雪舟とも並び称された画僧の五百羅漢図を中心とした画と、数々の慶派の仏像。
 五百羅漢図は1枚の画に10人、合計50枚の連作だが、どれを見ても愛嬌のある中国風おじいちゃんたちが、キャッキャしながら奇跡を起こしたりどこかに遊びに行ったり勉強したりしている図で、大変かわいい。
 仏像は、鎌倉時代の運慶の流れを汲む写実的で力強いもので、めちゃくちゃ迫力がある。


 撮影可能な仏像の手。
 東大寺に憧れていた東福寺では、当初7メートルもある仏像を作って本尊としていたのだが、2度の火災で焼失してしまい、残っているのはこの手だけということらしい。
 なおこれだけで2メートル以上ある。大きすぎて逆に生々しい。

 書とかは正直良く分からなかったけど、五百羅漢図と仏像が面白かった。
 五百羅漢図は複製画とかあれば欲しかったんだけれど、小さな絵はがきしかなかったのが残念。

 この後はお昼を食べて科学博物館の大恐竜博だが、予約した時間までまだかなりあるので、丁度桜が咲いている国立博物館の庭園を見ることにした。


 実は朝9時半頃から行っているので、この時点でまだ昼過ぎ。
 なので庭園もあまり人がいない。


 カモたちも油断して地上でエサを探している。


 それぞれ色の違う花が咲いている。


 花鳥っぽい写真撮れた。

 そして次は本館。
 実は本館見るの初めてなんだよね。いつも企画展しか行かないから。


 かわいい。


 かわいい。


 かわいいけどじわじわくる。


 かわいい。


 今は絶対作ることができない総鼈甲の鳥かご。
 マメどもや文鳥に丁度いい大きさだったが、恐らくあっという間に破壊されるのでマメどもは絶対入れられない。


 明治時代の推し活うちわ。


 全てを許していそうな笑顔がすごい土偶。
 笑いで悪い物を追い払う意味があるらしい。


 鶏の土偶。かわいい。
 夜明けに鳴く鶏は闇を払う魔除けとして扱われたそうな。

 本館内はものすごく外国人観光客が多かった。
 あと、カテゴリの説明の冒頭に必ず「日本では云々」みたいな、日本人に対しては意味がないと思える文言が必ず入っている。
 それでようやく気付いたのだが、この上野国立博物館は、日本に来る外国人的には、一度は来たい伝統的な日本の、しかも一流の文物に触れる事ができる日本を代表する場所、みたいな感じになるらしい。
 言われてみれば、海外の物が多数を占めるルーブルや大英博物館あたりにはない発想の博物館だもんね。
 似たような位置づけとしてはアメリカのスミソニアンかもしれないけど、そもそも蓄積された歴史の長さが全然違うし。

 まあそんな感じで意外と堪能してしまった後、科学博物館に移動した。


 この恐竜の皮膚化石が見たくて来たんだけれど……。


 うんまあ混んでるだろうとは思ってた。
 でも雨だから普段の土日よりかなりましなんじゃないかな。


 ヘテロドントサウルス。
 前歯がすごい。ウサギか(でも肉食らしい)。


 スクテロサウルス。
 背中や肋骨のあたりにぽつぽつとあるのは、皮骨(ひこつ)といって、皮膚の下に形成された鎧状の骨組織。
 こういうのを持つ恐竜を通称鎧竜と言う。
 これはアメリカの一部でしか見つかっていない貴重な化石らしい。


 皮骨が外骨格みたいに全身を覆って、そのまんま化石になっているスケリドサウルス。
 体格や顔つきまで分かるのが生々しい。


 孵化直前の恐竜の卵。
 考古学的には貴重だけど、ここまで育ちながら生まれることができなかったと考えると不憫。


 ステゴザウルスに似てるけど実は別の種らしいヘスペロサウルス。


 アニマンタルクス。
 一体何が彼をそこまでの過剰防衛に走らせたのか……。


 今回の目玉、ズールの頭部化石。
 骨ではなくて皮骨(皮膚)がそのまま化石化している。つまり、実物もこんな感じの外見をしていた。


 全身。右が頭で左がしっぽ。下が背中で上がお腹。脚は浸食か死後に他の動物に食べられたかでなくなっている。
 ここに見えているのは全部皮膚で、この下にさらに骨の化石が入っている。


 これは上の写真と逆で左が頭側、右がしっぽ側上が背中側、下がお腹側。一番上に2列に並んでいる斜め後ろを向いている角が丁度背骨のあたり。
 小石みたいにいっぱいあるのが全部皮骨で、まさに文字通りの鎧竜。すごいな。


 ズールのしっぽ。
 右端の丸い物は重り。これを振り回して護身用打撃武器として使っていた。
 ちなみにズールのラテン語名の別名は「脛の破壊者」。上から襲ってくる肉食恐竜に対して、低い位置から脛のあたりにこのしっぽをぶち当てて撃退していたらしい。
 実際に、この恐竜に返り討ちされたとおぼしい脛を骨折した肉食恐竜の化石も見つかっているそうな。


 ズールを襲うゴルゴサウルス。ここからズールが脛を狙ってしっぽで殴りに行こうとしている。
 ゴルゴサウルスの名前につっこんではいけない。


 ケラトプス化の新種ではないかと言われる化石。
 左が復元、右のばらけているのが現物。


 みんな大好きティラノサウルス。
 ニックネームがついていて、左がタイソン、右がスコッティ。
 スコッティはティッシュとか言われていたけど、どうしても「転送してくれ、スコッティ」の方を思い出すんだな。


 尻。


 横顔。とにかく大きい。
 しばらく恐竜の展示なんて見てなかったから、恐竜の大きさを忘れていたわ。


 前足ちっちゃ!


 と思ったらもっと前足がちっちゃい奴がいた。
 カルノタウルス。頭に2個の角があってちょっとおちゃめに見えるが、ティラノより大きな肉食恐竜だったらしい。

 面白かった。
 ずいぶん恐竜関係の知識をアップデートしていないから、名前も分からない恐竜ばっかりだったけれど、ほんと次から次へと新しい物が見つかってるんだな。
 体系的にまとまっているのを見つけるのは難しそうだけれど、最新の本を探して読んでみよう。

○おまけ

 恐竜戯画。
(売店で売っていた絵はがき)

東京で比叡山のお坊さん見てきた

 国立劇場の「第60回声明(しょうみょうと読む)公演 比叡山延暦寺の神前法要 日吉大社の山王礼拝講」に行ってきた。
 国立劇場ってお芝居だけじゃなくて、こんなのもやってたのね。

 Twitterでたまたま告知を見かけたのだが、何年か前にニコニコ超会議で見た天台宗と真言宗の共同声明がの迫力がすごくて好きだったので、ちょっと興味があって行くことにしたのだった。
 S席6000円が高いのか安いのかわかんないけど。

 この声明は、比叡山の守り神である日吉大社の神様に、延暦寺が法華経の講説、論議を奉納するもの。
 現地で実際に行っている形のまま、一部省略したりアレンジしたりして、3時間半の公演に仕立てている。


 現地の形が再現された舞台。ネットで予約した時は席は半分ぐらい空いてたけど、会場で見たら9割ぐらい埋まっていた。
 畳の上でお坊さんがずらりと並んで法要や問答を行い、右側の赤い所には日吉大社の神主が座って控えている。
 床がまだらになっているのは、多分木漏れ日を意識した演出。

 結論から言うと、思っていたのと違った……。
 法要と講説と言うから、読経の大合唱や法戦式みたいな迫力かっこいい系を思い描いていたんだけれど、お坊さん達がひたすら淡々といろんな文言を唱えながら、盛り上がりもなく型どおりの問いと答えのやりとりを繰返す儀式だった。
 しかも節回しが独特すぎて、何を言っているのか全く分からない。
 プログラムに具体的な文言の内容が書いてあるのに途中で気付いたので、後半はそれを見ながら解釈していたんだけれど、前半は聞いているつもりが気付いたら寝ている、の繰り返しだった(そしてやっぱり寝ている人があちこちにいた)。
 うん、これは楽しむ物じゃなくて、仏教の教養のひとつとして、こういう事をやっているという知識を得るためのものだな。


 ロビーのシャンデリアがきれい。

 国立劇場は初めて来たけれど、何というか、いかにも伝統と格式という感じ。お弁当を売っていて開演待ちの間に食べれたり、美術館みたいに絵画がずらりと飾ってあったり、洋式のホールとは根本的に楽しみ方が違うんだな、きっと。
 2階席なのに、お坊さんの衣の衣擦れひとつまで聞こえてくる音響もすごい。
 ただ、椅子は2時間座っていたらお尻が痛くなったので、ちょっとポイントが低い。

帰宅しました

 退院しました。皆様ご心配をおかけしました。
 アッサムは明日鳥病院に迎えに行きますが、その他の鳥どもは全員元気です。


 人間様が帰ってきたのでもう嬉しくて訳わかんなくなっちゃってるひすい。
 1時間ぐらいこうやってうろうろしながら鳴き続けていた。


 かまってほしいと目で訴えてくる長門。
 お前いかにもあなたを待ってましたみたいな顔してるけど、初めて顔を見る妹にも同じ事をやってたのを知っているぞ。


 こうやって妹から証拠も提供されている。

 たまに知らない人に優しくされるとそのままついてっちゃう犬とかいるけど、長門も絶対同じタイプだと思う。

御用邸初トライの日

 1月14,15と日光に行ったため、後追いでアップしています。


 奥日光の朝。

 おかしい、昨日の天気予報では朝から曇りだったはず……。
 曇りどころか雲一つない……。
 しまった日焼け止めを持ってこなかった……。


 でも中禅寺湖は天気予報通りの曇り。
 それどころか、下からガスがどんどん上がってきて景色も見えなくなりつつある。
 そういえば、買い物をしたお店の人が、湯元あたりは山奥すぎるので、天気が他と全然違うって言ってたっけ。
 なんと湯元には梅雨もないらしい。なにそれ北海道か。


 もしかするとガスに包まれた華厳の滝が見られるかと思ったのだが、そんな事なかった。
 ここだけ高度が下がるので、ガスは滝の頭上を飛び越していってしまっているらしい。


 湖面に触れんばかりに降りてくるガス。
 真冬にこうなるのは珍しいらしい。昨日暖かかったから、というのは地元の人の話。


 そしてこいつは、常に水面からこちらを監視していて、目が合うと即座に潜って逃げてしまう鳥。
 何度かの攻防の後、やっと写真を撮るのに成功した。
 ちなみに名前は知らない。

 さて、中禅寺湖も堪能したし、下の世界に戻るとするか。
 今日は現存する最大の御用邸、田母沢御用邸を見るつもりなのだ。


 田母沢御用邸は中禅寺湖からいろは坂を下って30分ほど。バス停の真ん前なのでとてもアクセスがいい。
 正式名称は「日光田母沢御用邸記念公園」。大正天皇の夏の避暑地として、明治に紀州藩の中屋敷や、赤坂の東宮御所、日光の資産家の屋敷などを移築、組み合わせて建設された。大正時代になってから、謁見所などの公的な部分が増築されて、実に部屋数100室を越える大規模なお屋敷になった。
 戦後は大蔵省の管理下から栃木県に譲渡され、一時合宿や研修施設などとして使われていたが、20年ほど前に大規模に復元して歴史的建造物として公開し始めたらしい。
 元々あった部分はもちろん、復元部分も宮大工の本気の匠の手仕事なので、ほぼ現物と言っていいんじゃないかと思う。


 中庭。
 こうしてみると田舎のおじいちゃんちみたいなのだが……。


 中はこんな感じ。
 地味ながらもめちゃくちゃ手間暇かけて作ってある。


 ここは紀州藩の屋敷だった部分で、大正天皇の皇太子時代の御学問所。早い話が勉強部屋。
 菅原道真にちなんだのか、梅の絵が白壁一面に描いてある。
 今は色あせちゃっているけれど、シンプルな部屋に紅梅の赤が映えたんだろうなあ。


 そして皇太子が大正天皇になったからは、滞在する度に三種の神器も一緒にやってくるようになった。
 ここがしまっとく部屋。
 いちばん格式の高いお内裏様とお雛様の畳が敷いてある。


 こんな絵も各所にあって楽しい。


 ここは梅の部屋の真上にある3階の御展望室。1月末まで特別公開されている。
 まあただの座敷なのだが、当時幕府は2階建てまでの建築しか許していなかったので、3階建てというだけで非常に珍しいそうな。
 当時吉宗を出した紀州藩が、権勢に物を言わせて禁令を無視した結果できたものらしい。


 ニワトリ。


 皇后の公的な部屋のシャンデリア。赤い縁取りがかわいい。

 さすがに100室全部を見せてもらえるわけではないが、それでもかなり広い。
 自分のペースでふらふら見られるし、途中見回りをしたり見張りをしていたりする係員さんが皆さん親切で、質問をするとものすごい蘊蓄を語ってくれる。
 なかなか楽しい。


 そして当然ながら庭もある。
 緑の季節だとかなり映えるんだろうなあ。

 面白かった。
 とにかく広い上に何しろ昔の建築なので非常に寒いのだが(足が冷える人のためにスリッポンの内履きが用意されている)、いろいろ小ネタ的な要素がすごく楽しい。

 これで見たい所もひととおり終わったので、適当にぶらぶらしながら戻ってきた。

明智平リベンジの日

 1/14、15と奥日光に行ってきたので、まとめてアップします。

 というわけで唐突だが、奥日光に行ってきた。
 本当は5月の連休に恐山と温泉に行く予定だったのだが、乳ガンが見つかってこの時期は大人しくしている羽目になりそうなので、じゃあ今のうちに勝手知ったる日光にでも行ってこようかとなった次第。
 去年見れなかった明智平にもリベンジしたいし。

 東武日光駅到着は朝9事半。気象情報では曇りと出ていたので今回も無理かと思ったのだが、雲が高くてふもとからは男体山とかもくっきり見えていたので、上がってみることにした。
 まあ駄目だったら中禅寺湖で遊ぶか、また下に戻ってどこかをうろうろすればいいし。
 しかし暖かい、暖かすぎる日光。
 例によってカナダグースのダウンを着ていったら暑くてたまらない。
 でも奥日光はきっと寒いし、15日は天気が崩れて気温も急降下するみたいなので、我慢なのだ。


 見えた!
 やっぱり雪少ないな……。


 明智平からしか見れない白雲の滝は、完全な氷瀑になっている。
 この滝も昔は遊歩道で近くまで行けたそうだけれど、今はこうやって遠くから指をくわえて眺めるだけ。


 これは中禅寺湖とは反対側、朝霧に沈む関東平野。

 どっちも素晴らしい風景なのでいつまでも見ていたかったが、いつまでも居座っていたら不審人物になってしまうので、ほどほどで諦めた。
 次はどこへ行こうかな。
 そうだ、やっぱり去年大雪で行けなかった立木観音に行ってみよう。


 来た。
 曇っているのにこんなに風景がくっきりしているのは、湿気が少ないからだろうか?
 上空風強そうだけど。


 立木観音に行く途中からしか撮れない湖に映る男体山。


 このオオバンたちは羽毛がもっもこなのか、中身がデブなのあ、どっちなんだろう……。


 湖にたたずむオオバン(矢印)と奥日光の連山。

 とかくだらないことをして遊んでいたら、時間もそろそろ15時過ぎ。
 それでは宿泊先の湯元に向かおうか。


 ……の途中の三本松で途中下車。
 いや、一度この三本松茶屋に来てみたかったのだ。
 単なるレストラン&土産物屋なんだけどね。明治4年創業の。


 そして店から道路を隔てて徒歩1分の所に、戦場ヶ原の展望所が設置されている。
 ……中禅寺湖の曇り空が嘘みたいに晴れてるな……。


 そしてまだ16時にもなっていないのに、この影の長さ。
 さすがにこのあたりになると、標高も1400メートルを越すので雪が多くなってきた。
 でもやっぱり全然寒くない。


 展望所からは、装備のない素人さんも楽しめる100メートルぐらいの木道が整備されている。
 もっとも見ての通りの状態なので、ヒールつきのスニーカーとかオシャレブーツとかで行くのはやめたほうがいい。

 20分ぐらい遊んで次のバスに乗るつもりが、雪を堪能したりここだけの名物のイチゴアイスを食べたりしていたら、1時間もたってしまった。
 でもここ、戦場ヶ原の反対側にも、自然遊歩道があるみたいなんだよね。
 まら来たらそっちに行ってみよう。今度は雪のない季節に。

 そんなこんなで気ままに楽しみながら湯元に到着。
 最期にいつもの温泉寺から源泉を見て、ホテルに行こうかな。


 温泉寺は冬には無人になるので、最低限の雪かきしかされていない。


 源泉には、いやに大きな鳥が木にとまっている。
 なんだろうあれ……猛禽の類かな。


 !?


 鳥じゃない、サルだ!


 気付けばあっちこっちにニホンザルがいた。
 源泉から出る通り道の真上に陣取っているので、無事に通り抜けられるのか不安になったが、人前に平気で出てくるのことだけはあって人間の存在に慣れているらしく、道の端っこをそろそろ通り抜けたらちらっとこっちを見たきり後はスルーだった。


 枝を折っては皮を剥いで食べている。


 すごい毛のボリューム。

 サルは日光で何度も見たけど、こんな近くで何かしているのに出くわしたのは初めて。
 面白いなあ。

晩秋のバラと庭園

 母親と妹と旧古河庭園に行ってきた。
 最初は六義園に行く予定だったのだが、急遽母親の気が変わったのはここだけの話。

 旧古河庭園は、元々古河財閥の持ち物だったのが、戦後困窮した古河家の税の物納で国有財産になり、その後庭園として一般公開されたもの。
 明治の建築史には大抵名前が出てくるジョサイア・コンドルが設計した洋館と、洋風のバラ園、和風庭園を併設する。
 丁度今の時期は、秋のバラと紅葉のイベントが行われている。


 入口とか撮り忘れたのでいきなりバラ園から。
 みんな太陽の方向を向いてた。


 春のバラみたいに成長期ではないので、勢いよく無数に咲いている感じではないけれど、つぼみを間引く事でひとつひとつの花を大きくする工夫をしているのが伺える。


 洋風庭園はこんな感じ。
 まあ良くあるタイプ。


 洋館。中には喫茶室があってお茶できる。


 その名も「クイーン・エリザベス」というバラ。


 ブルームーンだったかな……?


 緑色のバラ。


 で、洋風庭園からさらに一段下がったところに、今度は池つきの広い和風庭園がある。
 紅葉がいい感じ。


 東京ではファッションでしかない気がする雪つり。


 この巨大な石灯籠を何に使うのか、妹が不思議がっていた。
 多分ちょっと幽玄チックな池の夜景を楽しむんじゃないかな。


 小さな茶室もある。


 椿と紅葉と常緑樹。

 六義園にも行った事がある妹によれば、こっちの方が良かったらしい。
 確かに東京とは思えない閑静でいい庭だった。しかもこれで入場料は大人150円(ただし洋館は見学料別途400円)なのだからすごい。

ふわふわの拾いもの

 道端でメジロを拾った。
 近くのビルのガラスにでもぶつかったのか、道の真ん中でふくらんで目をつぶってじっとしていた。
 どうやら怪我はしていないようなので、拾って両手に包んでいたら、しばらくして目を開け、こちらをガン見したり首を回してきょときょとしたりし始めたので、人目につかない日当たりのいい植え込みに置いてやった。
 顔の前に指を出すとかぷかぷ噛んでくるくせに、首の後ろを掻いてやるとちょっと気持ちよさそうに目を細めるのがかわいかった。


 植え込みの中のメジロ。
 この頃にはもう自分でぴょいと跳ねて手から降りるぐらい回復していた。

 夜に様子を見に行ったらもういなかったので、どうやら良くなって飛んでいったらしい。
 メジロなんて触ったの初めて。マメルリハの3/2ぐらいしかなくて、ふわふわして小さかった。
 でも目つきは結構悪かった。