うっかり寝落ちしてしまったため、1日遅れてアップします。
いずもを実家に埋葬してきた。
動物が絡むと妙に気が利く母親が、すでにお供え用の花と線香を用意し、庭に穴まで掘って準備万端整えていた。
我が親ながら情熱が向かう方向性が良く分からない。

シャッターを押した瞬間首を振ったので、なんか変な夢にでも出てきそうな顔になった猫。
なんか身体全体のバランスもおかしいような気がするのは、気のせいだろうか。
今日は平泉へやってきた。
平泉は奥州藤原氏の本拠地だった所で、ゆかりの寺や遺跡が割とコンパクトにまとまっている。
各地点を結んでるんるんバスという観光専用の巡回バスが走っており、車がなければこれを利用できる。
これまで散々免許がないがゆえの辛酸を味わってきたので、さすがは岩手屈指の観光地とつい賞賛しかけたが、よくよく調べたらこのるんるんバス、1時間に2本しか出ていない。
……うん、でもこれまでに比べたら破格の扱いかな。

もっとも、平泉駅についた朝9時には、まだるんるんバスは動いていなかったので、普通に路線バスで中尊寺に来た。
バス停のすぐそばに弁慶の墓があった。
なお、るんるんバスで、義経と弁慶が討たれたと言われる場所も行くことができる。ちょっと興味があったのだが、時間的に微妙だったので見送った。
そう、ここからかなりの急坂をのぼっていかないと、中尊寺にはたどりつけないのだ。
なんか早くも心が折れそう。
しょうがないから頑張るけど。

坂を上って最終地点の金色堂に行くまでに、こういう小さなお堂がいくつもある。
これは通称弁慶堂。奉られているのは地蔵菩薩だが、弁慶の立ち往生と義経の像がおさめられているので、この名前になった。
というかさっきから弁慶しか出てこないな……。

やっとついた金色堂。
といってもこの建物は金色堂ではない。
覆い堂と呼ばれる保護用の建物で、金色堂本体はこの中にすっぽり格納されている。
中は撮影禁止。
隣には資料館もあって、仏像とか収蔵品とか、昭和35年の金色堂の解体修理の時に調査した藤原4代の棺の副葬品とかを見ることができる。
泰衡の首桶とかもあって生々しい。
というか、この人達のミイラの写真、みんな素っ裸で葬られた遺体としてはどうかみたいなポーズをしていて常々疑問だったんだけど、あれは副葬品とか着ていたものとか調査で全部剥がれてああなってたのね。
この資料館には、発見時にミイラが着ていた袈裟とか経帷子とかも展示されていて、やっと謎が解けた。
金色堂は、うん、すごかった。
割と小さいのでがっかり名物などと言われる事もあるが、といっても、奥州藤原氏の3人の遺体+1人の首が中に納められているのだから、決してそこまで小さい物ではない。
むしろ、小さなお堂のなかにこれでもかとばかりに金にあかせて豪華な細工を施し、さらにお堂全体を金箔で金ぴかにするというトンデモ発想に、もしかすると朝廷と同等か、それ以上かもしれなかった奥州藤原氏の権勢と羽振りの良さがひしひしと伝わってくる。ぶっちゃけ、秀吉の黄金の茶室とか鼻で笑うレベル。
これは義経を口実に頼朝が滅ぼすわけだわ。絶対鎌倉より金も力も持ってたもの。

どこかで見た顔だと思ったらうちの社長に似ていた松尾芭蕉。
金色堂を見て「五月雨の降り残してやひかり堂」という句を残している。

そして、古い寺社に良くあるように、ここも仏と神が一緒に祀られている。
境内内にある白山神社にある能舞台。作ったのは伊達一族。
能舞台なんて良く分からないけど、伊達と聞くだけでセンスがいいように見える。
全部見るのに大体2時間半ぐらい。このご時世で御朱印がほとんど書き置きなので、その分時間がかからなくなっている。
次に行ったのは毛越寺。
中尊寺に行くと行ったら父親が熱烈に推してきた。なんでも庭園がすごいらしい。

ちょっと奥に広大な池の庭園が広がっていた。なるほどこれはすごい。
性質が全く違うので単純比較はできないが、規模で言えば足立美術館にも匹敵する。
何度も火災に遭ったため、当時の主要な建物はほとんど残っていないが、元々は一番奥(真ん中の白い杭が立ってるあたり)に金堂(本堂)が建っていて、池に渡された橋を通ってお参りする形になっていたとのこと。

左側の木の塊が経堂跡、右側が鐘楼跡。といっても土台石しか残ってない。

噂の金堂跡。杭の説明文によれば、吾妻鏡に「金銀をちりばめ、紫檀赤木等を継ぎ、万宝を尽くして釈色を交う」と書かれた程の、それこそ金色堂並みの豪華絢爛さだったらしい。
またしても奥州藤原氏の財力すごすぎる。
確かに父親推しなだけの事はある。
まあ残っているものだけ見たら、ただの庭園と言えば庭園なんだけどね。
で、最後に行こうと考えたのが、達谷窟毘沙門堂。
岩に貼り付くようにお堂があるとか、岩に仏の像が彫ってあるとか一部で有名な寺。
ただ、またしてもここはバスがないので、タクシーに頼る事になる。
毛越寺ではタクシーがつかまらないので、一旦歩いて10分ほどの平泉駅に戻り、そこから出発した。
ちなみにお参り中の待ち時間も含めて、かかった料金は5,000円。

大きくはないが手の込んだ鳥居。律儀に一の鳥居から三の鳥居まである。
奥に見えるのが噂の毘沙門堂。
ん? 鳥居……? 寺なのに鳥居……?

創建は坂上田村麻呂らしいが、なぜこんな所に作ろうと思ったのか……。


これが岩の仏、岩面大仏。
岩が脆いのかかなり消えてきている。もう10年ぐらいで危ないかもしれない。
これで行きたかった所はコンプリート。でも新幹線の時間まで3時間近く残っている。
早割で予定を変える事ができないので、とりあえず乗車駅の一ノ関まで戻ってぶらぶらして過ごした。

ぶらぶらついでに撮った岩手山となんか山。
橋の下を流れるのは磐井川。冬には白鳥が来るんだって。
実は、中尊寺に行きたいなと思ったのが、今回の旅行のそもそもの始まりだった。
どうせ行くならもうちょっと別の場所をと考えた結果、八幡平とか藤七温泉とか小岩井農場とかが加わり、気付けば岩手県内陸部を大縦断することになっていた。
とにかく交通の便が悪くて苦労したが、結果としては割とスムーズにいったと思う。
岩手2日目。

昨日とは打って変わっていいお天気。
上の方でちょこっと湯気が見えているのも藤七温泉だが、こっちは完全な高温の源泉ばかりで人は入れない。
さて、昨日も書いた通り、八幡平と盛岡駅は、1日1往復のバスでしか結ばれていない。
そして、帰りのバスは15時にならないと来ない。
チェックアウト後も居残って別料金で温泉に入る事は可能だが、そこまで入り続けていたいほどではない。もう1度八幡平に行こうか、どうしようかと悩んで宿の人に相談したら、チェックアウトの後、用事のついでに最寄りの路線バスの始発バス停まで車で送っていってくれるという。
なんというホスピタリティ。
というわけで、車で30分ほどのバス停に送ってもらい、そこから路線バスに乗って11時頃には盛岡駅に着くことができた。
彩雲荘のおじさん、ありがとう!
思いがけず時間に余裕ができたから、近くの小岩井農場まで行ってみよう!
実は全然近くなかった。
確かに小岩井農場は盛岡から田沢湖線で2駅なのだが、この田沢湖線のダイヤが1時間に1本。しかもこの時間は1時間半以上間が開いている。
盛岡からの路線バスもあるにはあるが、こちらは1日2往復で全然時間が合わない。
しょうがないので盛岡からタクシーで5,000円かけて行ったのだった。
運転手さんにいろいろ説明してもらって楽しかったけど、なんでこのあたりは無免許の人間に優しくないのだろうか。
小岩井農場は牛乳でおなじみのあの小岩井農場。
岩手山山麓に、東京風に言うと山手線の内側ぐらい、地元風に言うと田沢湖よりちょっと広いぐらいの広大な敷地を持っていて、その中で牧畜、養鶏(卵ではなく採卵用のヒヨコを出荷する方)、農業(乳牛用の資料を作っている)、林業(牧畜に最適な環境の保全のため)、観光をやっている。
今日来た小岩井農場は、その広大な敷地の中の指先ほどのごくごく一部をレジャー施設に整備して一般公開している場所になる。

なんか園内を歩いているのに出くわした。
ドラえもんのパチモンみたいだと思ったが口には出さなかった。
そして入園後すぐに向かったのが「ファームトラクターライド」というアトラクション。
トラクターが引く客車に乗って、非公開エリアの森林を見せてもらうガイドツアーなのだ。
ウェブサイトで見た時に、これだけは絶対乗りたいと思っていたのだが、首尾良く最終回である14時半の回の予約に成功。
しかも最前席。やったね。
後は名物牛乳ラーメンでも食べた後、適当に回って時間を潰そうかな。

餌やり体験のポニーはニンジンが欲しくてこちらを伺っている。
ごめんよ、まだ餌やり体験の時間は遙か先っぽいんだよ。

秋の花に虫がたくさん来ている。
いろんなシジミチョウとアブだと思うがもしかするとミツバチかもしれない。

トンボもわんさかいる。アカトンボは早くも真っ赤。
ところで、こうやってとまっているトンボにちょっかいを出すと、いち早く察して逃げたり、羽をぴしぴし触られても動じなかったり、いろんな反応のがいるのだが、やっぱり性格なのだろうか?

羊牧場。
暑いのかみんなゼイゼイやっている。
台風前のこの蒸し暑い日に分厚い天然ウールだもんね、無理もない。


少しでも身体を冷やそうとしているのか、地面にぴったりとくっついて謎の生物化している。
なんだか可哀想になってきた。
なんだろう、なんだかあんまり楽しくない。
那須の南が丘牧場の方が、動物と人との距離が近くて断然楽しい。
もっとも、全力で観光牧場をやっている南が丘牧場と、プロ畜産業の片手間に観光事業をやっているだけの小岩井農場を、同列に見るのが間違っているとは思うけれど。

まあそんなことを考えながら、上丸牛舎と呼ばれる歴史区画にやってきた。
ここには小岩井農場創設当時の設備が保存されていて、牛舎を中心とするいくつかはまだ現役で使用されている。

搾乳可能な雌牛がずらりと並ぶ牛舎。
今はお昼寝タイムなのか、みんな反芻しながらまったりしている。

ずらりと並ぶ牛の尻。
ちなみに、可能な限り清潔にしてあるのだが、フンの臭いやら何やらで独特の悪臭がする。
畜産関係の設備なんて20年以上近づく機会がなかったから、こういう臭さがあるというのを久しく忘れていた。
というか、日本人がささいな臭いまで気にするようになったのは最近の話で、昔の日本はこういう臭いが日常的にしている悪臭の国でもあったんだよね。別に日本に限らないけれど。

優しい顔してるね。カメラ向けたら目を背けちゃったけど。
牛もカメラが駄目なのか?
んーまあこんなもんかなという感じ。個人的には、昔の物より今の最新の畜産設備の方を見たかったけど。
そうこうしているうちに、ファームトラクターライドの時間がやってきた。

そしてマフラーにとまるオニヤンマ。
このマフラーはトンボにとってよっぽど魅力的に見えるのか、この後も隙あらばトンボがとまろうとしていた。

走り出すとこんな感じ。
客車の車高が高いので、意外と遠くまで見渡せる。


まず最初は牧草地に連れて行かれて、トラクターと遠くに見えるD51とブルートレインをバックに記念撮影。
この車両は農場名物らしいが、なんで農場にD51とブルートレインがあるのかは良く分からない。

いよいよ森へ。このあたりは不整地なので振動がすごくて、手ぶれ写真しか撮れない。
周囲のスギの森林は全て、小岩井農場が植林して育てているもの。

その森林が見渡す限り続いていくので圧倒される。
スギたちは10年、20年、30年……とグループごとに少しずつ年齢をずらしながら飢えられていて、道路沿いのきれいなスギは、樹齢100年以上とのこと。
ちなみにこの森林ができる前は、住む人もいない荒野だったらしい。そこに文字通り1本1本木を植えて、今の小岩井農場ができあがったんだって。
それが山手線の内側ぐらいの広さ。
なんかすごい歴史を聞いちゃったな。

森の中の広場にやってきた。
これはキノコの一種が寄生してしまったスギ。もうこうなると材木にはできないらしい。

ガイドさん「真下から見上げると、木がらせん状に育っているのが分かりますか?」
ほんとだ! 不思議! なんで!?

参加者の子供がその辺で発見し、ガイドさんが大捕物の末に捕まえたヤマアカガエル。
山に住むので吸盤がなく、代わりにジャンプ力がすごい。
かわいい。

捕まったショックか、放されてもしばらく呆然としていた。
かわいい。
この後我に返ってぴょんと跳んだら、見ていた子供がとんでもない金切り声を上げたもんだから、そっちの方にびっくりした。

森を出ると牧草地が続く。
ここにそのまま牛を放して食べさせるわけではなく、収穫して保存用資料にする。草を7年、飼料用トウモロコシを3年、小麦を1年輪作しながら使っているんだって。


トラクターにわざわざ挨拶しに出てきてくれた、羊牧場の牧羊犬とバディのお兄さん。
牧羊犬はおじいちゃんだけどお兄さんに甘えるのが大好き。
楽しかった!
林業って畜産以上に触れる機会がないから、ほんと知らない事だらけだった。
10年、100年という先を見越しながら、成果を次世代に渡す前提で計画をして回していくのって、どんな感じなんだろう。
帰りは今度こそ小岩井駅から田沢湖線で帰った(ただし小岩井駅まではバス路線がないのでやっぱりタクシー)。
特定の時間しか駅員さんがいない半無人駅なのに、普通に秋田新幹線が通過していくのがちょっと面白かった。
9月16日から岩手に旅行に来ていますが、16日の宿がネットワーク環境のない場所だったため、2日分まとめてアップします。
というわけで、いずもに気持ちを残しながらも、旅行の予定は変えられないので岩手の八幡平にやってきた。
この八幡平、公共交通機関で行こうとすると、1日1往復の盛岡駅からの直通バスしかない(途中乗り換えであればもう1-2本あるらしい)。つまり、車を持っていないと限りなくハードルが高い山なのだ。
さらにこの直通バス、盛岡駅発が9:10。東京を朝6時半ぐらいに出発しないと間に合わない。なぜそこまでして行きたかったのか自分でもよく分からないが、行くのが困難であればあるほど頑張って行こうとしてしまう、そこはもう性としか言いようがない。

岩手を代表する山、岩手山。
一方から見ると富士山に似た独立峰だが、他方から見ると連山という変わった山。
なんか最近山道にカラースプレーでむちゃくちゃ落書きをされたらしい。どうもやったのは外国人らしいが、この山は標高2,038メートルあるそうで、落書きするためにわざわざ登るとかご苦労様な話である。
というか、前にもどこかの山で落書きしてた外国人いなかったか?

10時半過ぎごろ八幡平に到着。山頂のレストハウスでバスを降りて、登りを開始する。
富士山の森林限界は2,500メートル付近だそうだが、寒冷地の八幡平では1,500メートルぐらいでもう高い木はなくなってしまう。

道はこんな感じで、完全に観光地として整備されている。登山装備を整えてくるまでもない。
でも石が結構でこぼこしているので、ハイヒールやサンダルだとちときついかもしれない。

鏡沼。
春、円形の氷の周辺だけが溶けて青い水になった「ドラゴンアイ」と呼ばれる写真を見たことがあるだろうか。
それが起こるのがこの沼。元々は火口だそうだが、大きさといい形といい周囲の草木の生え方といい景色といい、これは完璧なバランス。
氷がなくても十分に美しい沼だった。

めがね沼。
向こう側にあるもうひとつの似たような沼と並べて眼鏡に見立てる、良くあるパターン。

アオモリトドマツという松らしい。青くてきれいなのか気持ち悪いのかよく分からないまつぼっくりをつける。
風雪のせいでこんな風にいびつに変形してしまっている。

でも眺めは微妙だった。
晴れていればもっといろいろ見えるらしいのだが……。
でもここが最終目的地ではない。
多分次に行く所では、もっとよく見えるはずなのだ。
気を取り直して、次の目的地に向かうことにする。

次に向かう所とは、この地図の右側にある「源太森」という場所。
源太って誰だよと思うのだが、ネットでの情報によれば、ここからの見晴らしが素晴らしいらしい。
源太森の先にもうひとつ、茶臼岳(那須の茶臼岳と同名)という絶景ポイントがあるのだが、ここまで行くと明るいうちに戻って来れなくなる可能性があるので、源太森までで我慢することにした。


丁度初秋の花と晩秋の花の間の時期で、野生のリンドウぐらいしか咲いていないが、結構あちこちにあるのでそれなりに楽しめる。

あと、ところどころで紅葉が始まっている。
いびつな松と何かの紅葉と岩手山。

八幡平最大の沼、八幡沼。
周辺の黄色い部分は全部高地湿原なんだって。
湿原を越えて中央左よりの地平線にぽつんと出ているのが、目標の源太森。ずいぶん距離がありそうに見えるが、1時間程度で行ける。


湿原に踏み込むと、平日だからか人が全くいない。見渡す限り自分一人。
これはあれだ、踊りながら歩いてもばれないやつだ。

上の地図の「源太分かれ」を越えたあたりで、道が段々悪くなってきた。
木道が次第に壊れがちになり、とうとうそれすらなくなって石ころだらけの山道に。
さすがにこれぐらいになると簡単なトレッキング装備ぐらいはしていた方がいいかも。
あと、湿原が終わって森に入ったので熊が出る。しかも人がいないので熊鈴必須。
用心のために今回は持ってきておいて良かった。

熊鈴をチリチリ鳴らしながら歩くことしばし。源太森へ到着。
名前こそ「森」だが、ここは八幡平山頂に次ぐ高さの山のてっぺんになる。
しかも、八幡平のようになだらかではなく、ここだけぴょこっと突き出している(おかげで登りがとても大変)ので、八幡平より遙かに見晴らしがいい。
これ、雲がなかったら遙か遠くまで見えるんだろうな。
しばらく滞在して景色を堪能したので、また引き返すことにした。
低くて厚い雲がちらほら近づく様子も見えてきているので、いろいろ見えるうちに帰ろうっと。

これは草紅葉と言うらしい(うしろでおじさんが連れにそう言ってた)。
確かに、単純に枯れてるのじゃなくて、赤や黄色やら紅葉っぽいな。

緑の部分が草地で、黄色の部分が湿原。
こんなきれいな色分けが見れるのはこの季節だけ(多分)。

そしてレストハウスに到着。
なんだか原初の風景が広がっていた。日光でも同じような風景はあったけど、山の深さが比べものにならない。
なるほど、これは確かにいろんな何かがひっそりと息づいていそうだ。
とまあ、こんな感じで八幡平を堪能したのだが、今回はこのまま下山しないで、山頂近くにある藤七温泉という温泉に泊まることにしている。

これが藤七温泉。旅館の名前は彩雲荘。
行きのバスから撮ったもの。
この温泉、標高1,400メートルにある上、お風呂は地面を掘って木材で簡単に縁をこしらえると、そこにお湯が沸いてくるという、源泉掛け流しどころか源泉にそのまま入る温泉なのだ。しかもお湯が白濁しているので、入ったら足で慎重に探りながら歩かないと、うっかり源泉を踏んで熱い! となる。
そして、さらに大きな特徴があるのだが、写真からおわかりいただけるだろうか。
露天風呂が敷地内どころか、道路からも丸見えなのだ。
さらに言えば、混浴なのだ。
さすがに女性はバスタオルや湯あみ着で入浴できるし、簾で周囲を囲った女性専用風呂もあるので、そうそうけしからんことにはならないのだが、男性は基本、すっぽんぽんを全世界に晒していると思っていい。
建物も、豪雪地帯で年間半年程度しか人が常駐して営業していないためか、1階部分を中心に大きく痛んでいる。客室へ向かう途中の廊下や、食事をする大広間などは完全に床が傾いていて、初めて見るとぎょっとする。
が、建物の作りそのものは頑丈だし、客室は全く問題ない。きれいに掃除されて手入れも行き届いており、スタッフの皆さんもホスピタリティが高くて、そのへんの民宿などよりよっぽど居心地がいい。風呂さえ気にならなければ、すごくいい場所だと思う。
電気が通っていないため自家発電とのことで、各部屋にテレビはないし(ラウンジにはある)、ドライヤーは洗面所に1個あるだけだし、電波もほとんど入らないが、たまにはそういう物から離れてみるのもいいかもしれない。
いずも死去。
昨日あたりから少し口を開けて呼吸するようになっていたが、朝からエサ食いもフンも通常と変わらず、たまに移動に失敗して床に落ちては「上げろ」みたいなまなざしをこちらに向けてくるという、いつもと変わらない活動をしていた。
が、人間様が1時間ほどオンライン会議で別の部屋に移動し、戻ってきたら、大量に血を吐いて床に横たわっていた。
何が起こったのかは分からないが、思い返せば、さえずりをしなくなったのをきっかけとして、いずもは段々と声を出さなくなっていた。
ここ最近は、威嚇ですら、喉の奥で小さく鳴くだけになっていたから、もしかすると、肺か気嚢に病気があったのかもしれない。
せめてあと1時間待っていてくれたら、助けるのは無理にしても見送ってやることはできたのに。
実を言うと明日から旅行のため、いずものなきがらはやむを得ず冷蔵保存し、帰ってきたら実家に埋めてやることにした。
冷たい所でごめんよ……。
脚力と翼の力が弱って一度止まり木から落ちると上がれないいずものために、最近は床にもエサ入れと水入れを設置している。
水もエサも普段与えている物をそのまま入れているのだが、いずもはどういう訳かこれに頑として口をつけず、お腹がすいて我慢できなくなると、床に自分が散らかしたエサを拾って食べている。
水の方は、人間様が止まり木に戻してやるまで乾いたまま頑張っている。
1度、1日家を空けて帰宅したら、飲み食いしていたのを見たことがあるので、存在に気付いていない訳がないのだが、一体なぜそこまで頑ななのだろうか。
待っていれば人間様が止まり木に戻してくれると思っているのかな。