昔特攻基地があった島

 今日は徳山まで足をのばして、大津島の回天基地跡を見てきた。
 あと、昨日は行けなかった岩国城にも行くつもり。

 岩国から徳山まで山陽本線で1時間半。さらに大津島まで船で20分。
 徳山のフェリー乗り場にすでにこんな模型が置いてあるのがなんだか。

 左:このへんも工業地帯だった。
 右:こんな貨物船やLPG船が至るところに沖泊めされていて、その間を縫うようにフェリーは航行する。かなり楽しい、

 これが大津島。
 緑色の屋根の建物があるあたり(小学校)から右手一帯が回天基地だったところになる。

 左:有名な発射訓練場へのトンネル。
 右:トンネルの中。地面の筋はトロッコのレールの跡。
 明るく見えるがこれもF値2.0のマジックで、実際はかなり暗い。

 これも有名な魚雷発射訓練場跡。
 今残っているのはコンクリートの部分だけだけど、昔はもっといろいろあったんだと思う。
 どうやら釣り場になっているらしく、おっちゃんが数人アジ釣りをしていた。

 中心にある2カ所の穴は魚雷発射用の穴、のぞくとこんな感じ。
 水面まで数メートルある上に薄暗く、おまけに波が当たるたびにタポン、タポンと響く水音がなんというか、背筋に何かがくる恐怖感がある。
 とはいえなじみのない設備のせいか、現役の時がどういう形だったのか、どういう風に稼働していたのか全く想像ができない。
 探せばどこかに資料写真はあるかな。
 でこの後は回天記念館へ行ってみた。
 射場跡は海岸沿いだが、記念館は結構な坂道を上がったところの元士官宿舎があったあたりに建てられている。

 門から建物までには、戦死した回天乗員の名前を記した石が並べてある。
 展示されている資料は書簡を中心とした隊員の私物が中心。
 戦中戦後に回天という兵器が置かれていた立場を考えると、多分このあたりが現存する資料としては精一杯なんじゃないかと思う。

 基地の背後にある山の山頂から海を眺めてみた。
 本当にこの島はのどかなんだよね。
 こんなところで、つい60年前に、確実に死ぬという訓練を繰り返して、実際に出て行ったきり帰ってこない人たちがいたということが感覚として分からない。
 
 これも山の上にあった見張り所。試験や訓練中の魚雷や回天がどういう動きをするか、全体的な動きを監視するための場所だと思う。
 というかさっきの山頂もそうなんだけど「20分ほどで登れます」という案内板の軽い言葉を信じて登ったら、実はえらい急勾配の山道を1キロ以上も歩かされるというひどい目にあったのだった。
 基地の人たちは訓練のたびに登ってたのか……。

 でもおかげでごはんがおいしく食べれました。
 漁師定食1,200円。
 これで大津島は完了。新幹線で新岩国に戻って岩国城を見ることにする、
 行きは1時間半だったのが、新幹線の自由席だと料金が倍かかるものの25分で戻れてしまう。

 昨日の猫が今日もいた。
 みんなからいじり倒されていたが嫌な顔もせずにされるままになっていた。

 岩国城から見た岩国市街、
 左のほうの海側が岩国基地。何か離着陸があるかとしばらく見てたけど休日のせいか全く飛ばなくてがっかり。

 左:ボタンとかサツキとか、花満開。こりゃ観光客多いわけだわ。
 右:とりあえず、昨日と反対側から錦帯橋。
 これまでも砲台跡とか「遺構」としての旧軍施設は結構見てるんだけど、今回の大津島のは、なんとなくそういうのとは全く違った印象だった。
 もしかすると、遺構の背後にある現実というのが、これまでのものと全く違うからかもしれない。
○おまけ

 回天記念館のすぐ下にある休憩所では、テレホンカードが記念品としていまだ現役だったのに驚いた。

 そして船着き場で売っていた回天まんじゅう。
 5個入りで中は白あんだって。
 見本を見るとおいしそうではあるんだが、この方向性の商売っけはどうなんだろう……。

 で、下のほうに貼ってあった推薦シール。
 この絵柄は何? と思ったら、一時期有名になったストレスを感じると頭をかきむしるマレーグマのツヨシらしい。
 そういえば今どうしてるんだろう?

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