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外国の皇室のお宝と日本の皇室のお宝見てきた

 また「正倉院の世界展」(後期)に行ってきた。
 だって、後期限定展示の白瑠璃椀と紺夾纈絁几褥見たかったんだもの。


 今回はついでにこれも見てきた。
 うん、まあハプスブルクって感じ。
 図録を買う予定はなかったんだけど、好きな絵が絵はがきになっていなかったので結局買ってしまった。


 また来たよー。

 今回は18時頃に入ったのだが、入場規制はしていなかった。
 まあ激混みは相変わらずだったけど。

 白瑠璃椀は写真と全然印象が違った。
 ガラスならではの透明感とか微妙な色とか、1500年前の物とはとても思えない。
 恐らく、当時のガラスがそのまま保存されている世界でも唯一の例だと言うけど、そういう背景を抜きにしても単純に美術品として美しい。
 紺夾纈絁几褥とはこれ
 これを風呂敷にしたグッズを売っていたんだけど、思わず買ってしまった。

ミイラ見て琵琶見て

 上野の「正倉院の世界」展へ行ってきましたが、うっかり書きながら寝落ちしてしまったので後出しアップします。

 というわけで、まずは前座で国立科学博物館の「ミイラ」展。


 生々しいんだか生々しくないんだか分からないメインビジュアル。
 ちなみに写真撮影は全面禁止。まあ当然ではあるのだが。
 興味がある人はナショナルジオグラフィックとかで写真特集してるから、検索してみて。

 当然ながらというか、ミイラは移動や保管に大変気を遣う遺物なので、例えばツタンカーメンとかアイスマンとかロザリアちゃんとかの超有名どころはレプリカや画像での展示となっているが、世界各地のミイラ文化(自然ミイラもあるが)を大枠から紹介するのはいい催しだと思う。

 ところで、展示物が展示物なのであまり宣伝もしてないようだから、多分すいているだろろうと思って安心してたら激混みだった。
 みんな死体好きだな!

 ミイラを堪能した後、国立博物館へ向かう。
 途中、何やら明かりのイベントをやっていたらしく、いろいろ光っていた。


 博物館の建物を利用したプロジェクトマッピング。



 噴水やらランタンやら。きれい。


 博物館も普段と違うライトアップをしている。

 ところが18時ちょっと前のこの時点で、「正倉院の世界」展は入場規制をしており10分待ち。
 10分なら待てないこともないが、そういう状況なら入ったとしてもすし詰め状態だろうし別の展示を見ながらすくのを待とう。

 というわけで、これまで見る機会のなかった法隆寺宝物館に行くことにした。


 ここは特に禁止されてる展示以外は写真OK。
 仏様の後ろからそっと顔を出してるお坊さんがお茶目。
 多分、これを寄進したお坊さんの姿とかなんだろう。


 1600年も前だと、仏像の様式もずいぶん違うな……。


 Wink。


 伎楽面。ここは土日しか公開してない。
 伎楽とは台詞のない舞踊喜劇のようなもので、宗教儀式の時に民衆に向けて演じられたものだそうな。
 左のは忘れたけど、多分嫌がる妓汝に言いよって力士に懲らしめられる崑崙という野蛮な外国人奴隷。
 右のは酔胡従といって、酔っ払った王様に振り回される従者の面。

 地味だけどなかなか面白かった。
 さて、正倉院の方はといえば、帰る人の流れの方が多くなっていて、入場規制も解けている。
 そろそろ行ってもよさそうだな。



 当然ながら会場内は撮影禁止だが、別途撮影可能なコピー品を置いてあるスペースがある。
 かの有名な五弦の琵琶と、螺鈿紫檀阮咸(らでんしたんのげんかん)。オウムがかわい……くないなあんまり。

 当然ながら宝物もすごいが、正倉院の宝物管理のしくみを垣間見ることができたのも面白かった。
 ここでは収蔵品から剥がれ落ちたり、劣化の上分解した果てのゴミみたいなものでさえも、宝物の一部として厳重に管理分類している。
 将来の修復の可能性や、研究のためとのことだが、その徹底ぶりはほんとすごい。
 すごいといえば、五弦の琵琶すごかった。完全になめてた。
 表面はまあふーんという感じだが、裏面と側面の鼈甲の感じや螺鈿装飾、貝の輝きが作る立体感まで計算した花弁の表現とかもういつまでも見ていたい感じ。
 実は現在見られる物は、経年劣化で分解し、装飾なんかも剥がれ落ちていたのを明治時代に修復したものだそうだけど、昔の人ほんとすごい。
 そういえば、噂の白瑠璃椀がなかったけど、これは後期の展示かな?

 人がいっぱいで展示品に近寄れない事が多いし、ディテールが見えにくい事も多かったので、近距離用の双眼鏡とかあってもいいと思った。
 実際、片目用の使ってる人結構いた。

ぐだぐだ花火大会

 土浦全国花火競技会に家族と泊まりがけで行っていたため、まとめてアップします。

 というわけで、昨年は花火ガラで観客が火傷して序盤で中止になってしまった土浦花火大会。
 今年も何というかぐだぐだな感じに終始したのだった。

 今回、撮影にはデジカメではなく、花火写真に定評のあるGoogleのPoxel 3aを使ってみた。
 感想としては、最終的に物をいうのは撮影タイミングと構図というごく当たり前の結論に行き着いたが、逆に言えば、この2つさえなんとかできれば素人でもそこそこの花火写真が撮れてしまうわけで、テクノロジーの底上げ力恐ろしすぎる。


 とりあえず試し撮りの夕焼け。
 似たようなグレーの階調の中で、雲の立体感もそこそこ潰れず表現できている。
 以下花火。




 ここまで夜景モード。
 スマホの小さな画面では気付かなかったが、PCの大きな画面で見てみるとなんだか異様に立体感が強調されている。
 この強調され具合、どこかで見たことあると思ったら、ハッブル望遠鏡が撮影した星雲の写真だった。

 夜景モードは早い話が長時間露光&合成なのだが、環境によってはシャッターを押してから露光が開始されるまでに長い時で1秒程度の間が開くため、シャッターを押し損ねたかと思って動かしてしまって失敗するパターンが割とあった。
 地味にこれがイラつくので、途中から普通の撮影モードで写すことにする。






 ここで今度困ったのは煙。
 どうやっても煙が花火に写り込んでしまうのだ。しかも肝心の花火を隠す勢いで明瞭に。イオンモールの仕掛け花火なんて、煙が写りすぎてロケット打ち上げたみたいになっている。
 多分、撮影したのが桟敷席で、丁度花火の光を反射する煙を間近で捉える位置になっていたからだと思う。遠くからだと煙の明るさも落ちるので、このような羽目にはならないと思われる。
 あと、通常モードだと拡大した時にやっぱり夜景モードよりピントが甘く画像も粗い。
 うーん、これはどちらで撮影するか、悩みどころだな。

 花火大会の方は、花火ガラが観客の方に落ちて中断→再開→花火の一部が開かないまま落ちて安全確認のため中断→危険地帯にいる客を移動させるため中断延長→再開→危険地帯の客がどかないためスターマイン中止→単発打ち上げのみ再開→時間切れでいきなりフィナーレ、という次第だった。
 少なくとも、対岸から見ている限りでは、去年のように風に流されて想定外のところに花火がぶっとんでいったという感じではなかったのだが(破片の落下地域はプログラムに記載されている打ち上げ範囲内におさまっているように見えた)、まあ、第三者に真相が分かる事は永久にないのだろう。
 しかし2年続けてトラブルとか、来年以降はどうするんだろうか?

悪の妖精の続きの話

「マレフィセント2」を見てきた。
 結論から言うと、世の父ちゃんと息子は日頃から母ちゃんの不満にはちゃんと耳を傾けるようにという話。

 全体的にいろいろ詰め込みすぎて作りが荒くなり、結構ツッコミどころも多いのだが、際だっていたのが悪役令嬢ならぬ悪役王妃のイングリス。演じたミシェル・ファイファーの徹底した役作りのおかげで、周囲に対していろいろと鬱屈した物を抱えた挙げ句の悪への暴走という、ある意味共感しやすい人物像に仕上がっている。
 アンジョリーナ・ジョリーも悪くはなかったけど、何というか、自分の中でどう演じるべきか定まってないまま演じてる、みたいな感じがあって、ちょっと違和感があった。
 序盤の晩餐で、挑発を続けるイングリス王妃と次第にイラついていくマレフィセント、そしてなすすべもなく巻き込まれていく国王と王子の図はなかなか面白かった。多分一番の見所はここでいいと思う。
 あと、エル・ファニングがうまくなってた。

自立するおもちゃたちの映画見てきた

「トイ・ストーリー4」を見てきた。
 とりあえず、野良おもちゃを極めたボー・ピープのできる女感が半端ない。
 野良おもちゃたちのリーダーとして的確な指示を飛ばし、巧みな交渉術で相手の協力を引き出し、カウボーイ人形のウッディと同レベルかそれ以上のアクションもこなす。それでいて女らしい上品さも忘れない。基本的に迷うタイプのウッディと比較すると、その潔さが際立っている。昨今乱立している男と並んで活躍する女性キャラの中では成功している方だと思う。

 作品そのものについては、もう安定のという枕詞がつくぐらいの出来の良さ。
 なのだが、前作でおもちゃたちの立ち位置が子供視点から大人視点に変わっており、今回もそれに沿った、ありていに言えば大人に対してお涙ちょうだいが成立するラストシーンとなっていて、そのあたりにどうしても違和感を感じる。
 これまで、持ち主のいないおもちゃは基本的に悲惨な立場であるとして描かれてきた。
 それが急に、ボー・ピープをして、今作では「自由なおもちゃは素晴らしい、1人の持ち主に縛られることはない」と言い始める。
 だが、「誰かのもの」になることを拒否する彼らは、自分たちのおもちゃとしての存在意義をどう維持し続けるのだろうか。
 そもそも、この映画を見た子供たちが、おもちゃにとって自分のそばにいることが最上の幸福ではないと「知る」事は、果たしていいことなのだろうか。
 そういう意味では、制作側は決してやらせてはいけない事をやらせたような気がしないでもない。

 あと、単純に、持ち主がいないということは、誰からも大事にされないという基本的な事から目をそらしている感がある。
 壊れても直してもらえない(現にボー・ピープは折れた腕をテープでぐるぐる巻きにしてかろうじてくっつけている)、誰からも大事にされず、無責任に扱われ、壊れても誰からも振り返ってもらえない。それが本当に幸福なのだろうか。
 1人の物になっていたって、不要になればよそにやられたり捨てられたりするのは同じということなのかもしれないが、考えれば考えるほど首をかしげてしまう。

神様と泉

 7/6に三島、7/7に陸自富士学校の創立記念行事に行っていたため、まとめてアップします。

 というわけで三島にやってきた。
 御殿場にある富士学校の創立記念行事の送迎バスの時間が早くて当日行くのが大変なので近くに前泊しようと考えたのが最初、で、どうせなら観光もくっつけてしまおうと考えたのが次。そういえば前から柿田川湧水群に行きたかったっけと考えて、最終的に三島になった。
 柿田川湧水群だけだとちょっと物足りないので、三島大社にも行くことにする。


 三島大社。
 日本書紀にも記録があるぐらい古い。
 三島は水が豊かな土地だから水の神様か、それとも源頼朝が信仰したぐらいだから武神を祀っているのかと思ったら、どうやら全然違うらしい。


 出雲大社と同規模の堂々たる拝殿。


 神鹿が集団で飼われていた。


 そしてなぜか烏骨鶏も一緒に飼われている。
 まどろむ子鹿と烏骨鶏。


 尻を毛繕いする鹿と烏骨鶏。


 池の中に建てられているきれいな社。

 次は柿田川湧水群。
 富士山に降った雨が溶岩流を通っていくつもの湧水となっているもので、湧水量は実に1日100万トン、湧水だけで柿田川という川が作れてしまう。
 周囲は普通に市街地で、歩いて数分の所にサントムーンという巨大ショッピングモールがあったりする。町中を流れるのに清流という珍しいポジションの川でもある。


 柿田川の最上流。
 こんな風に大量の水が地下から湧き出し、川となって流れ出していく。


 泉の底で砂が踊っているのはいつまで見ていても飽きない。


 良く写真に撮られているやつ。
 元々製紙工場の井戸だったもの。


 とにかく水が青い。
 この時の天気は雨が時々降ってくる曇りだったのだが、それでもこの青さ。
 中に小さな鮎が何匹も泳いでいる。


 別の井戸。緑色のはわさびかな?

 ぶっちゃけると湧水を眺めているだけなのだが、緑が豊かで面白かった。
 でも、先に書いたとおり街のど真ん中にあるため結構人も多く、人知れない自然の地をひっそり歩く気分になりたい人には向かないかもしれない。

音楽隊と黒服映画

 東部方面音楽隊の定期演奏会に行ってきた。


 恒例の開始前の舞台写真。
 今回はドラムがずいぶん前の方にあるな。


 プログラム。
 今年は前半に隊長が指揮してお堅い系、後半は音楽班長(良く分からないけど副隊長代理みたいなもの?)がエンタメ系と分けてきた。
 正直、全く知らない曲をやられても寝るだけなので、知ってる曲をやってもらえるのはありがたい。
 唐突に吹奏楽コンクールの課題曲が入っているのは、招待している近隣の吹奏楽部の学生が参考にできるようにという配慮かもしれない。

 そして終わった後は「メン・イン・ブラック インターナショナル」を見に行った。
 うーん、ちょっとこれはないな。
 まず、「地球はド派手に裏切られる」とあるからどれだけ派手なのかと楽しみにしてたら、全然派手じゃなかった。むしろレベルとしてはせこい部類に入ると言っていい。
 あと、今作から主役になったエージェントH(クリス・ヘイムズワース)とエージェントM(テッサ・トンプソン)コンビの役割バランスが決定的に悪い。
 前作までのエージェントK(トミー・リー・ジョーンズ)とエージェントJ(ウィル・スミス)の時は、優秀なベテランだが堅物で感情を表に出すのが苦手なKと、お調子者で経験不足故に状況に振り回されがちだが、身体能力と頭は切れるJがうまくお互いを補い合っていた。
 が、今回は、英雄とまで言われる割には無能で人の話を聞かないウザいチャラ男のHがやらかしまくるのを、新人だが出来る女のMが活躍して結果オーライというパターンが頻出する。実はHの変貌には過去の事情があるらしいが、作品中では全くそこには触れられないので、見ていて割とイライラする。
 あと気に入らないのが、HもMも自分に都合のいい状況を作り出すために嘘を平気で使うこと。切り札としての嘘ならありだが、同じような事を何度もやられるとさすがにまたかよとなってくる。まあ、研修生が口先だけの嘘でベテランのパートナーとして現場に出ていっても誰も気付かないような組織だから、スパイが何年も入り込んでいても分からなかったんだろうし、さらに、こんなエージェントが優秀と言われるのなら、KとJの時代に比べてエージェントの質も落ちてるんだろうなとか、そんなことまで考えてしまう。
 とりあえず、金の無駄まではいかないにしろ、全体的に作りが雑で出来具合はかなり微妙。

アメリカンな重量級ゴジラ見てきた

「ゴジラ キングオブモンスター」を見てきた。
 なんでアメリカ版ゴジラはあんな重量感あふれるデザインなのかな。絶対あれ筋肉じゃなくて贅肉だよね。

「無秩序に増殖して地球をむしばむ人類を減らすために、自然が生み出した怪獣を少しずつコントロールしながら目覚めさせて人類を適正数まで殺処分しようとしたら、よりによって最初に怪獣の統率者であるキングギドラを起こしちゃったので、他の怪獣達も一気に目覚めて人類マッハで滅亡の危機」という、文字にすると身も蓋もない話。
 とりあえず、芹沢博士は今回も頑張っていた。

 いろいろ突っ込みどころはあるが、最大の問題は、怪獣達が大きすぎて戦ってると画面に入りきらないことだと思う。シン・ゴジラも現代の建築物と比較して見劣りしないようにかなり大型化しているとのことだったが、こっちでは山とか滝とかの自然物の中でポーズを取る時の壮大さや、人間をことさら小さく無力に見せることを狙ったためか、どの怪獣もめちゃくちゃ大きい。
 そのせいで、戦いというと、総じて怪獣の巨大な顔面が大写しになりながら何やらどったんばったんしているだけになってしまっている。確かに、人間のすぐそばで大質量が大暴れしている恐怖は良く伝わってくるのだが、伝えたいところはそこではないような気がするし、映像はきれいで迫力があるのにかなりもったいない。
 折角それぞれ得意技を持っているんだし、今時恐竜だって知恵を使った生存闘争をしていたと推測されているのだから、もうちょっと洗練された攻防を見せてくれても良かったと思う。
 余談だが、ラスト近くで、キングギドラに向かって泳ぐゴジラと隊列を組む米艦隊と戦闘機隊の絵面はちょっと胸熱だった。

 あと、放射能まわりの設定が完全に設定倒れに終わっている。まあ放射線の被害なんてリアルにやったら洒落にならないので、そのあたりは分かっててごまかしているのかもしれないが、設定を作ったならきちんと影響の描写はすべきと思う。やらないならそもそもそんな設定を作ってはいけない。

夜の襲撃

 人間様は数年来、ベランダにやってくる鳩との戦いを続けている。
 1組の鳩夫婦が、しつこく我が家のベランダに住み着こうとし続けているのだ。
 鳩が執念深いというのは本当で、一旦この場所に居着こうと決めたらとことん執着する。鳩は別に嫌いではないが、どんな病気を媒介するか分からない生物に壁1枚隔てて居座られるのは、我が家の鳥どもにとって危険すぎる。
 というわけで、人間様も鳩が来る気配を感じる度に脅かして追い払い、鳩よけのテグスを張ったり止まりづらくなるトゲトゲグッズを置いたり、思いつく限りの手段で居着かせまいとしているのだが、奴らはそれらをことごとくくぐり抜けてまたいつの間にかやってくるのだ。1度などエアコンの室外機の下に卵まで産んでいたのを、危うく追い出した事もあった。
 もうこれはどちらかの寿命が尽きるまで持久戦しかないのかとここ1年ばかりは考えていたのだが、気付いたら呆気なく戦いは終わっていた模様。

 5月の連休に2泊3日で和歌山に遊びに行っていたのだが、留守中に鳩夫婦がベランダをねぐらにしていたらしい。
 らしい、というのは、そんな事などつゆ知らぬ人間様が深夜に帰宅し、植木鉢に水をやろうとベランダに続く掃き出し窓を開けた瞬間、ものすごい羽音と共に一目散に逃げ去っていく2羽の鳩が見えたからだ。
 たった3日人の気配が消えただけでもうねぐら認定して入り込んでくるその根性もすごいが、闇の中、完全に油断して眠っている所を不意打ちされた恐怖はそれよりもっとすごかったらしい。あれほどしつこかった鳩夫婦が、その日以来今日に至るまで姿を見せていない。
 全くそのつもりはなかったけど(というか存在にも気付いてなかったけど)これは完璧なまでに夜襲が決まったということでいいのだろうか。
 いつまで効果が続くかは分からないけど。
 鳩って都合の悪い事は都合良く忘れるし。


 関係ないけどなんとなく長門。

おっさんピカチュウ見てきた

「名探偵ピカチュウ」を見てきた。
 ポケモンは全くやったことないしピカチュウとコイキングしか知らないけど、映画として普通に面白かった。
 何よりピカチュウがかわいい。プロモ写真で見ると若干気持ち悪さがあるが、これが動くとふわふわで小さくてとにかく表情豊かで、一家に1匹是非欲しいとなる。中身はおっさんだがしゃべりや態度がインテリ系なので、それほど違和感なく見ていられるし、むしろ話し相手にはこっちの方がいいかも。

 舞台はライムシティという、人間とポケモンが一緒に暮らす架空の都市なのだが、画面に映る人間とポケモンの比率が1:1ぐらいなのだ。ライムシティはなかなか人口密度が高い都市のようで人混みのシーンがしばしば出てくるのだが、まあ画面じゅう人間とポケモンが入り交じってわちゃわちゃになっている。
 これが例えばスタートレックとか、異星人が出てくるSFでは、大部分の異星人は人がメーキャップで演じているのだが、大きさや形状が人間とかけ離れているポケモンではそれができない。当然全て合成映像になる。そう考えると、良くもこれだけのポケモンを、イメージを壊さず実写レベルの映像にし、さらに人間の動きに同調させながら画面に組み込んだものだと単純に感心する。
 ストーリーも若干ご都合主義ながら良くまとまっているし、これは想像以上の映画だった。
 ドダイトスのシーンだけは意味分からんかったけど。

 あと、ゴジラの予告編の後に見ると、渡辺謙が意外と演技に幅がないのが分かってしまう。