「トータル・リコール」を見てきた。
女って恐い。
以上。
じゃなくて。
原作もリメイク元のシュワルツェネッガーのも知らないせいか、なかなか面白かった。
早い段階で、主人公クエイドをめぐる女性ふたりの立ち位置が確定してしまったのがちょっと物足りなかったし、アクションが過剰な上にカメラワークが凝りすぎて、どういう状況なのか分からない部分も結構あったけど、どんでん返しのうまさもあってまず飽きずに見ていられる。
特にクエイドの“妻”のローリーの、ターミネーターとも勝負できそうなしつこさと容赦のなさはもはやトンデモの域に達していると言っていい。男だったら良くあるただの強力な悪役なのだが、女の妄念や情念がプラスアルファされている分、なんか嫌な凄みがある。演じたケイト・マッキンセールも明らかに面白がってやっており、その怪演っぷりだけでも一見の価値がある。
とりあえず、ひとつ気になったことは、未来の都市は空間の使い方が下手だなあということ。
ひとつの建物内を移動するために、どんだけ広いエレベーター空間が必要なのかと。
「その他生物」カテゴリーアーカイブ
ファイアワークス
過去から来た
「絶対何も買わないぞ!」と決意して行ったはずなのに、気付いたら買っちゃってることってあるよね。


たまたま足を踏み入れたアンティークフェアで勝ってしまった1900年頃のイギリス、ドルトン社という所のミルク入れと花瓶。
イギリスではウェッジウッド、ミントンと並ぶ陶磁器メーカーなんだって。
今はロイヤル・ドルトンと言うらしいけど、この時はまだロイヤルはついていないただのドルトン。

1880年頃のブルームーンストーントガーネットのペンダント。
「坂の上の雲」の登場人物たちと同じ時代からやってきた。
このぐらいなら普段使いにできそうな……無理か。

そして、テーブルの上に上がりたいのにガラクタに占領されているので、人間様を見上げて不満アピールをするブロッサム、通称ちびころ。
ごめんごめん。すぐどけるから。
凝視
超ズーム
今日は横須賀サマーフェスタに行こうとしたんだけど、胃の調子がおかしくて断念した。
まあここ5年ぐらい連続で行ってるからいいかな。
というわけで、こんな物を買ってみた。

NIKONのFT1。
NIKONのV1、J1シリーズは、普通のカメラよりレンズ口径が小さいので、普通のカメラ用のレンズはつかえない。
でもこのアダプタをつけると使えるようになる。
ついでに、倍率(焦点距離)も2.7倍ほど高くなるらしい。
元々V1は、普通の一眼デジタルカメラより倍率が2.7倍高いので、V1に今持っているTAMRONの18-270ミリズームレンズをつけると、コンパクトだけどなんかすごいズームカメラが完成する(理論上は)のだ。

つけてみた。
……なんか、性能のために大事な物を見失ってしまった気分がするのはなぜだろう……。
とりあえず、気を取り直して撮影してみよう。
モデルはチャンドラでいいや。

NIKONのD7000に18-270ミリレンズをつけて、最大倍率で撮影。
顔がぼやけているのは、例によってシャッター音でびくっとしたため。

これはV1にキットの30-110ミリズームレンズをつけて、同じ距離から最大倍率で撮影。
110ミリなのに270ミリとほぼ同レベルか、ちょっと大きく撮れている。

V1にFT1をつけて、18-270ミリレンズをつけて、同じ距離から最大倍率で撮影。
でかっ!
とりあえず、V1はシャッター音が小さいので、びくっとしてない写真がアップで撮れるだけでもめっけもんだということが分かった。
V1は連写機能もすごいし動画も撮れるし、面白いからこれで総火演に行ってみよう。
夜は駄目っぽいけど……。
法王様ご出奔
「ローマ法王の休日」を見てきた。
法王ではなく、「ローマ枢機卿の休日」だなこれは。
予告やサイトだと、選ばれたはいいが内気なゆえにプレッシャーに押しつぶされてしまった新法王が、市井の人々との触れあいで自分が進むべき道を次第に見出して……という風に見える。
まあそれは間違ってないんだけど、そこから導かれる良くある展開を想像していると完全に意表をつかれる。というか、「えっそこで終わり?」的に呆気に取られる。
実際、エンドタイトルが始まっても、観客全員ポカーンとしてたし。
何というか、映画としては悪くないとは思う。
コンクラーベでローマ法王という嫌な役目を大人しくて謙虚な主人公メルヴィルに押しつけ、お気楽に過ごす枢機卿たちと、自分が法王にふさわしいのかひとりまじめに孤独に悩み続けるメルヴィルの対比、「神に選ばれた」と言いつつ、結局は人間同士のエゴと自己都合の押し付け合いでしかない法王選出と、なまじ誠実であるがゆえにそれに石を投げつけることになってしまうメルヴィルという展開は、エスプリが効いていて面白い。
ただ、ラストに余韻がなさすぎることもあって、カトリック信者でないと、この映画の意味は分からないし、何がショッキングなのかも理解できないと思う。
あと、実際には全然違う物語(むしろラストは重い)なのに、「ローマの休日」にイメージを重ねてくる宣伝の仕方があざとすぎて、かなり印象が悪くなっているのがもったいない。
意図してやっているなら悪質だし、分かってなかったのなら宣伝担当は相当頭が悪いと思う。
というかこの監督、いちばん撮りたかったのは枢機卿のバレーボール大会じゃないかと思うんだ。
ところで、枢機卿ってなんで全員、でかい宝石つけたキンキラの指輪してるの?
鳥の目
実家に行ったら、鳥の様子がなんかおかしい。
常に頭を傾けて右目だけで物を見ている。

なので怒りかたもこんな変な格好に。
神経の病気に、常に頭を傾けたままになる症状があるというのを前に聞いたことがあったので、それかと思ってしばらく見ていたのだが、別に行動は普通。というか、床の敷き紙をむしったり鈴で遊んだりする時は、全く首を傾けるそぶりはない。
ということは、左目が見えていないのだろうか?
そういえば、前に顔のアップの写真を撮ったら、瞳孔の部分が光を反射して白っぽく写っていたことがある。
もしかしたら白内障にでもなっているのかと思い、一応家族にも話をしておいたのだが、やっぱりそうだったのかもしれない。
ブロッサム、通称ちびころより年上だからねえ、この鳥は。
他にも、エサを食べた後えずいていたり、便秘気味だったりといろいろありそうなので、病院に連れて行くよう言っておいた。

それにしても猫はなぜわざわざ人の前に来ては人に背を向けて座るのか。
というかその毛並み、ちゃんと風呂に入ってるのかお前は?
今話題の風呂映画である
「テルマエ・ロマエ」を見てきた。
前半は正直、コミックの劣化再現番組でしかない。阿部寛の全力演技のおかげで笑える物にはなっているけど、これならコミック読んでいたほうがいい。
むしろ、コミックが全然関係なくなる後半のほうが面白いと思った。
やたらと作り込んでる前半にくらべて、後半は明らかに製作側が息切れしており、基本的な矛盾のチェックすら充分にされていないほど何もかもがおざなりになっているのだが、何というか、映画としてはむしろ後半のほうがまっとうな感じ。
あと、これ、阿部寛と上戸彩は完全にミスキャストだと思う。全然反対の意味で。
阿部寛は演技はいいと思う。良くここまでルシウスを再現したなという感じ。
ただ唯一、「阿部寛」なのが致命的。古代ローマではそれほどでもないんだけど、現代日本に来ると「古代ローマ人のふりをする日本人」でしかなくなってしまっている。
「テルマエ・ロマエ」の面白さは、そもそも世界が違う人間であるルシウスの、現代日本での壮絶な「異質感」にあるのだが、阿部寛の場合、いくらこの「異質感」を出そうとしても、もともとが日本人であるため、結局周囲になじんでしまう。感覚として「異世界人であること」が伝わってこない。
まあこれは日本人役者を使う限りどうしようもないんだけどね。
上戸彩はこれは完全にいらない子ですな。キャラクターとしての腰が定まっていない上に演技もなんかひとりだけおかしい。正直無理矢理感が強く、彼女が出てくるといろいろぶち壊しになって困る。
無理して女を使ってストーリーをひっぱろうとしないほうが良い。
もともと見るほうもこの作品に女っ気なんか期待していないんだから。
映画館は満員で、ネット予約していなければ入れないところだった。
他の人の会話を小耳に挟んだ限りでは、原作を読んでいないほうが面白く感じるっぽい。
でもニューラライザーはほしい
「メン・イン・ブラック3」を見てきた。

横須賀での飲み会のついでに。
映画館の座席の勾配が緩すぎて、前の席のおっさんの頭が常に視界に入ってる状態だったけど。
うーん、今回はちょっと微妙な感じ? いや、最低限のツボはちゃんと押さえてるし、面白いには面白いんだけど……それ以上のものがないというか。
タイムトラベルとJの過去にまつわる話にこだわったせいで、中途半端になっている感じ。
そもそも「黒人が高級な服を着高級車に乗っていると即盗んだと疑われる」ような時代に黒人のJを飛ばすことに、無理があるんじゃないかと思った。
当時同様の差別を演出していたら物語が成り立たなくなるので、製作側はそのへんについてはほぼ完全に無視することで対応しているのだが、結果としてやってることは“現代のKとJ”と全く変わらなくなってしまい、別にタイムトラベル持ってくる必要ないんじゃないか? という感じになってしまう。
Jの過去にしても、やりたかったというのは分かるのだが、やりたいあまりに無理矢理押し込んだ感が強くて、感動より状況の不自然さがどうしても目につく羽目になってるし。
でも、KとJを始めキャラクターたちはいい味出していたし、中でもグリフィンの存在感は良かった。何より全てがお約束の安心感は半端ない。
ちなみに多分そうだろうと思っていたら、やっぱりレディー・ガガも異星人だった。


