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CREGUEAN#8 "Blaze of Glory" Private Reaction6
名誉のかけら
「絶対に駄目だ!」
「なんでよアレックスっ!」
『レディ・ドラゴン』のリビングに怒声が響いた。アレックスとアネリースがテーブルをはさんで対峙している。両者の丁度中間で、マリアが首をすくめながらおやつの自家製アイスクリームをつついていた。
「このまんまじゃ私は卑怯者だわ。『ラージ』では絶対私が見捨てて逃げたと思ってるわよ!」
「今の『ラージ』はアーニャが手に負える相手じゃないんだぞ! 大体、
乗組員の救出どころか近づくこともできない
じゃないか。そんな自殺行為を俺が許すと思ってるのか? アーニャ」
暴走を続ける『ラージ』から不本意な脱出を果たした後、アネリースは自分の船に戻っていた。心配しきっていたアレックスとマリアからの熱烈歓迎も一段落し、さてこれからどうしようかという話になっての騒ぎである。
「アレックス」
言い返そうとしたアネリースは、かたわらでマリアがスプーンを片手に困り顔で右を見左を見しているのに気付いた。ひとつ息をつくと、少女に向かって声をかける。
「マリア、先にブリッジ行って当直しててちょうだい。そのアイスクリーム持ってっていいから……
ただし、コンソールべたべたにしないでよ
」
「……はーい」
いつもなら「アネリースさんずるい、またあたしだけ!」と駄々をこねだすマリアだったが、この時ばかりは大人しく女船長の言葉に従った。リビングのドアが閉まると、再びアネリースはアレックスに向き直る。
「それじゃあ誤解されたまんま……卑怯者扱いされたまんま『ラージ』から逃げろって言うの? アレックス」
「別にいいじゃないか。大体、アーニャはお人好しすぎるぞ。『ラージ』の連中が今まで俺たちになにをしてくれた? 偉そうになんだかんだ言いながらお前の好意を利用してるだけじゃないか。そんな奴らにもう構うんじゃない!」
「私は連中から見返りなんか期待してないわよ、アレックス。連合条約のプライドにかたまった軍人さんにそんなの期待するだけばからしいわ」
「だったらなおさら『ラージ』と関わるのはこれっきりにするんだ。そんな見返りも期待できないことに命をはるなんて、それこそばからしいじゃないか」
「いや」
「アーニャ! いいかげんにしろ!」
とうとうアレックスはテーブルにこぶしを叩きつけた。椅子を蹴倒して立ちあがると、おどすようにアネリースのほうに身を乗り出す。
「『ラージ』がお前を乗せたまま遁走した時、俺がどんな思いしたか分かってんのか?! これ以上ワガママいうなら閉じ込めるからな!」
「やってみなさいよ!」
アネリースの白い顔が上気した。こちらもテーブルを叩くと、アレックスと顔をつきあわせるようにして椅子を立つ。
「それでことが丸くおさまると思ったら大間違いよ! 私は一生忘れないからね! もし『ラージ』になにかあったら、死ぬまでアレックスを恨んでやる!」
ふたりともお互いの胸ぐらをつかまんばかりの勢いだった。一触即発の状態のまま、数秒がすぎる。
……やがて、先に引いたのはアレックスのほうだった。無言のまま指先でミラーシェードを押し上げ、蹴倒していた椅子を探って座りなおす。それを見たアネリースも、幾分不承不承気味ながら席に腰を落ち着けた。気まずい沈黙がしばらく続いたが、唐突にアレックスが問いかけた。
「……キース・ブライアンが好きなのか? アーニャ」
アネリースは一瞬眼を丸くした。次いでその表情が微苦笑になる。
「私の好きなタイプは知ってるでしょ、アレックス」
将来海賊の頭目として、荒くれ者を率いる立場に立つことを前提に育てられたアネリースは、その反動からか、思慮に富み自分を支える力と包容力を持った男性に魅力を感じる傾向がある。その基準から言えば、キース・ブライアン中尉は明らかに“落第”だった。
「一応聞いてみたんだよ。世の中なにがどう転ぶかわからないからな」
「なによそれ。私が彼に運命かなにかを感じてるってこと?」
「いや別に運命だとは思っちゃいないが、アーニャがそこまでこだわるんだ。なにかあるんだろう?」
「…………」
アネリースはお下げをもてあそびつつ考え込んだ。ややあって、どこかためらいがちに口を開く。
「別にキースとか誰とかいうんじゃないけど……『ラージ』の連中は好きよ、私は」
アレックスがけげんそうな顔になった。
「どういう意味だ?」
「彼らの住んでる世界は私には到底理解できないし、向こうにしてもそうだと思う。でも私は彼らが嫌いじゃないの。未熟者の艦長とか、実直な副長とか、ヒステリックな航海長とか……彼らとつきあってるのは面白いわ。だから、彼らになにかあるのはいやだし、そんなの許さない」
「…………」
「それに、分かったんだけど、きっと連中にだって心配して待ってる家族がいるはずなのよ。私が『ラージ』にいる間、ずっと心配してたアレックスやマリアみたいに。だったら、私だけ帰って彼らが帰れないっていうのは不公平だわね」
「そういう問題じゃないだろう」
アレックスの口調は不満そうだったが、その中には仕方ないなあという調子も含まれていた。そして彼はミラーシェードを指で押し上げ、腕組みをする。
「……マリアは降ろすな? 当然」
「えっ?」
アネリースは彼を見つめた。
「これ以上反対したら抜け出してでも行くんだろう? だったら賛成するほうがひとりで野放しにするよりましたからな。賛成してやる……けど、マリアをまきこむのだけは絶対駄目だ。他はともかく、これは絶対譲れない」
「……アレックス……」
アネリースの顔に笑みが広がる。テーブルが間になかったら、恐らくこの従兄に抱きついていたことだろう。
「ありがとう、アレックス!」
「それからもうひとつ、自分から危険にとびこむような真似はするな。他人のために命を落とすなんて、俺は美徳だなんて思ってないからな。いいかアーニャ」
だが、その言葉に対してアネリースは答えることができなかった。突然ドアが開いたかと思うと、暴風のような勢いでマリアが飛び込んできたからである。
「あたしはいやですっ!」
「?!」
ふたりはぎょっとしてマリアに顔を向けた。若干17歳の『レディ・ドラゴン』の航宙士は、その小柄な身体で精一杯仁王立ちしている。形相はかなり恐い。
「マリア、あなた立ち聞きして……」
「あたしは絶対降りませんからねっ、アネリースさんっ!」
アネリースの詰問をさえぎり、マリアはわめいた。
「ふたりともそうやっていっつもあたしをみそっかす扱いするんだからっ! あたしは絶対ついていきます! 『ラージ』だろうがなんだろうがクソ食らっちゃえばいいんだわっ!」
「マリア、今度は本当に危険なの、今までとは違うんだから……」
「ほらまたそうやって仲間はずれにしようとするぅっ! 大体、アネリースさんが危ないって言うことでほんとに危なかったことなんてなかったじゃないですかっ! 今度という今度は絶対だまされないんだから!」
「落ち着いて私の言うことを聞きなさいマリア!」
アネリースは声をはりあげたが、マリアは全然聞いていなかった。アレックスのほうに指をびしりとつきつけ、糾弾する。
「大体、アレックスさんよりあたしのほうがよっぽど役に立つんですよっ! 航法だってお料理だってゲームだってブリッジの掃除だって、あたしのほうが上手なんですっ! それなのになんでアレックスさんが残ってあたしを降ろすんですかっ! ひどいっ!」
「……なんて言われようだ」
アレックスが天井を向いてぼやいた。それを横目にしつつ、アネリースはなんとか説得しようと試みる。
「あなたの気持ちはわかるけど、でもマリア、あなたは私たちとは違うの。私たちは多分、この先も密輸屋か海賊しかできないでしょうけど、マリアは将来なんだってなれるのよ。そうね、
レーシングクルーザー
だって豪華客船だって、ことによったら軍艦でだって、あなたの腕だったらやっていけるわ。だからここでなにかあったら、マリア自身にとってもったいないの。だから降りてもらったほうがいいと思うのよ……分かる?」
「別にあたしの将来のことなんかどーでもいいですっ!」
ぎん! とマリアは今度はアネリースをにらんだ。眼には涙すらためている。
「あたしはここがいいんですっ! アネリースさんっ! もしあたしを降ろしたりなんかしたら、アネリースさんが密輸やってて海賊だってことあたしあっちこっちにばらしちゃいますからねっ! そうしたら追われて困るのはアネリースさんなんだからっ!」
「…………」
アネリースは渋い顔でアレックスを見やった。その視線を感じたわけでもないだろうが、ほぼ同時にアレックスもため息をつき、肩をすくめる。
……この小さな嵐を鎮めるためには、とりあえず方法はひとつしかなさそうだった……。
用語解説
今の『ラージ』はアーニャが〜
……ちょっとでも近づこうものなら全力攻撃を受けてもう大変なのである。
ただし、コンソールべたべたに〜
……キーボードにコーヒーやらなにやらをひっくり返す悲劇は、この時代でも健在……なのかどうかは知らない。
レーシングクルーザー
……本当にあるかどうかは知らないが、現代のヨットレース的な小型航宙船のレースはあってもおかしくないと思う。
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