Reaction123456789Back

CREGUEAN#8 "Blaze of Glory" Private Reaction1
貴婦人竜の日常



 すらりとした優美な船体に、慎ましやかなほどバランス良く配置された艤装。型としてはやや旧式で年季も入っているが、そんな古さもみすぼらしさではなく威厳につながっている。『レディ・ドラゴン』……貴婦人竜の名に恥じないこの上品な船の女主人は、これまたまるで深窓の令嬢のような清楚な美女である。
「お帰りなさいアネリースさん、早かったんですね!」
 航法士のマリア・ユンが出迎えるのに、船長アネリース・フィレスは憮然として応じた。
ちんぴらにからまれて話どころじゃなかったのよ」
「すごいじゃないですかアネリースさん、これで新記録達成ですねっ!」
 手を叩いて喜ぶマリア。その反応に、アネリースはますますむっつりした顔になる。
「……なんの新記録なの」
「アネリースさんの連続ナンパされ記録です。これまでの最高がレグニッツァでの8回でしたから、今回はそれを上回ってますねっ! くぅー見たかったですっ!」
「……それ誉めてるつもり、マリア」
「もちろんです! 行く先々でナンパされるなんてそれだけ魅力的だってことなんですから。自慢していいですよアネリースさん!」
「そう、ありがと……」
 実に無邪気に笑う少女から、アネリースはため息をついて眼をそらす。彼女が雇ってほしいとこの船に突然転がりこんで来てからすでに1年近くになるが、いまだにその性格は良くつかめない。この様子だけ見ればただの発想の破綻した脳天気娘なのだが、こと航法に関しては天才的な勘の持ち主なのだった。あと数年経験を積めば、コルディアでも指折りの航法士として引く手あまたになるに違いないとアネリースは見ている。
 ただし、この吹っ飛びぶりが問題とならなければだが。
「アレックスは?」
「えと、さっきブリッジで航法コンピュータのデータ更新やってましたよ。手伝いましょうかって言ったらじゃコーヒーをくれって言われたんで、あたしここにいるんですけど」
 別に彼ひとりに押しつけてさぼってるわけじゃないもんとさりげなく主張するマリアに、赤銅色の髪を編みながらはいはいとアネリースはうなずく。
「ついでに私にも持ってきてくれる? ブリッジでミーティングしましょう」
「はあい」
 マリアの返事を背中で聞きながら、彼女はブリッジへと向かう通路を歩き出した。


「アレックス」
 アネリースの呼びかけに、ヘッドセットをつけコンソールを叩くアレックス・フィレスは気付かなかった。近づいた彼女がそっと肩に触れると、我に返った青年はヘッドセットをはずして振り返る。
「悪いなアーニャ、音声補助のボリュームを大きくしていたから……ずいぶん早く戻ったじゃないか」
「ちんぴらにからまれたの」
「へえ、記録更新だ」
「マリアにも同じこと言われたわ」
 アネリースはため息をつくと、苦い顔でコンソールの端に腰をかけた。
「同じ女でも絶対からまれたりしない人だっているのに……なんで人って見てくれで他人を判断するんだろう。嫌いよこんな顔」
「子供のころからアーニャはそう言ってたもんな」
「だって本当に、この顔で得したことなんてないんだもの」
 彼女のすねた口調に、小さく笑ってアレックスはかたわらに置いてあったミラーシェードを手探りした。自分の顔の上半分を覆う無残な傷跡と、閉じられたままの両眼を隠すように注意深くかける。その様子を見ながら、アネリースは思い出したように問いかけた。
「コンピュータの更新は終わったの?」
「大体は。まだ最新の航路情報が出てないところがあったんで、そこはペンディングしてあるが」
「変なタイムラグがあると困るんだけど」
「まあな、だが待つしかないさ。催促はしてるよ」
 アレックスは4歳年上の従兄で、兄同様に暮らした幼なじみでもある。まだ一族が海賊をやっていたころ、彼はパワードスーツをはじめとする各種武器、兵器戦闘のエキスパートだった。
 だが、3年前に事故で両目を失ってからは、彼はその役目からはずされる。個対個の格闘戦ならともかく、1歩間違えばこちらがやられる宇宙戦闘においては、盲目の彼には複雑な兵器操作など任せられないからである。
 もちろん、今の技術をもってすれば、アレックスに人工の視力を与えることは可能である。だが、費用はともかく世間の常識で言えば無法者でしかないアネリースたち一族に、そこまでしてやることはできなかった。かといって、ただ飯を食わせておく余裕があるわけでもない。基本的に宇宙では、自力で生きられない者に生きる資格はないのである。彼は次第に一族の厄介者となり、居場所をなくしていった。
 そして1年前に一族が解散する時、誰も引き受けようとしなかったこの従兄に対して、当時亡父の跡を継いで『レディ・ドラゴン』の船長になったばかりだったアネリースは、当然のようにこう言ったのだった。
「うちの船ね、人手不足でオペレータがいないの。アレックスやってくれるでしょ?」
 ……以来、彼は『レディ・ドラゴン』のオペレータとして、機械や人の助けを借りながらも働いている。あの時の彼女の言葉をどう受け止めたのか語ることはないが、少なくとも、それまでと違うことをやろうと試みるきっかけにはなったようだった。
「コーヒーもってきましたぁ!」
 トレイを片手に、マリアが元気良く入ってきた。
「アネリースさん、お砂糖がですねぇ、切らしちゃったみたいでどこを探してもないんですよー。とりあえずミルクだけ入れてきたんですけど、アネリースさん苦いの嫌いでしたよねっ?」
「ミルクが入ってればいいわ。ありがとうマリア」
 彼女からコーヒーを受け取りってアネリースは口をつけた。アレックスにもコーヒーを渡し、自分はオレンジジュースを手にすると、マリアはちょこんと自分の席に座って待ちどおしげに足をぶらぶらさせる。
「それでアネリースさん、お仕事なんかありましたか?」
「とりあえずひとつ。コルトレイク貿易ってとこから、ファキーサまでの輸送」
「ファキーサ……?」
「X305宙域の太陽系です。2級航路を使って行けますから、それほど面倒じゃないと思います」
 アレックスの不思議そうな声にマリアがすかさず答えた。さすがは航法士である。
「でも、あんなところになにがありましたっけ?」
「それが問題なのよ」
 肩にかかる赤銅色の2本の三つ編みをいじりながら、アネリースは応じる。彼女のお気に入りのスタイルがこのお下げなのだが、その姿からの連想か子供のころは『赤毛のアン』などと呼ばれていた。もちろん、今となってはこれはアレックスしか知らない秘密である。
「分かってるのは目的地がファキーサってことだけ。なにを運ぶか、運んでどうすればいいのか、さっぱり情報がないの。しかもそのコルトレイク貿易って、至るところで密輸商人に声かけまくってるらしいわ」
「あ、あやしー……」
「確かに胡散臭いな」
 マリアのつぶやきに、アレックスも同意した。
「まあ、密輸なんて胡散臭くてなんぼってもんだけどね……問題は、どのくらいの密輸船連中がその話にとびつくかってところ」
「利益の問題ですか?」
 情報から判断する限りでは、コルトレイク貿易は仲介業ではなく、自身で物資を扱っているようだった。つまり、金の出所が1ヶ所だけだから、いちどに仕事を受ける密輸船の数が多ければ多いほど1隻への支払いは少なくなる。
「まあ、どっちにしろ私たちがやるとしたら荷運びじゃなくて護衛だしね。コルトレイク貿易から直接金をもらうわけじゃないからいいんだけど。あまり船が集まると、連合条約軍に眼をつけられないかと思って」
「……『ラージ』か? 密輸船狩りの」
「まあね」
 ミラーシェードを指で押し上げながらののアレックスの問いに、にっとアネリースは笑った。そういう表情をすると、彼女は実に海賊らしく見える。続かないのが難点だが。
「いくら新型艦でうろちょろしたって、広い航路に1隻だけならたかが知れてるわ。でも、密輸船が大挙して集まってるところに殴りこんでこられるとちょっと困るわね」
「でもその分だけ、契約金を高くできますよ」
「良く分かってるじゃないの、マリア」
「そりゃあもう、アネリースさんとも長いですからその顔に似合わぬ守銭奴ぶりは……あたっ!」
「余計なことは言わないでよろしい」
 頭を押さえるマリアに向かって、不機嫌にアネリースは言う。アレックスは必死で笑いをこらえている。
「……で、どうするんだアーニャ。ファキーサの話に乗るのか?」
 しばらくして、ようやく真顔になった彼が問いかけた。うーんとうなってアネリースは考えこむ。
「……もう少し情報がほしいわ」
「だろうな」
コルトレイク貿易って、なにを考えてるか分からないけど素人かあほうなのは確かね。祖国のためなら損益度外視の情熱的な方々は知らないけど、密輸も商売だから利益が出なきゃ話にならないってことがてんでわかってないんだから。そういったセオリーもなしでただファキーサまで物を運んでください。でも詳しいことは秘密ですじゃねえ……あの15ポンドで売ってる三流冒険小説の依頼人だって、もう少し気の利いたもちかけかたするわよ」
「でも、コルトレイク貿易と直接取引ををするわけじゃないんですから、そんなの関係ないんじゃないですか? アネリースさん」
「まあね、そうなんだけど……」
「ひっかかるのか」
「ええ」
 コツ、コツと彼女は指先でコンソールをはじく。沈黙が漂った。
「……とりあえず、今日のところは検討するだけにしましょう」
 しばらく黙考した後、アネリースはそう宣言した。
「どっちにしろ、私たちが動くのにはまだ余裕があるわ。それまでもう少し情報を集めて、結論はそれからでも大丈夫だと思う。その間に他の仕事が出ればそっちをやればいいし」
「まあ、それが無難だろうな」
「了解ですー」
 口々に応じるふたりにうなずいておいて、さて、とアネリースは立ち上がった。ひとつのびをするとマリアに顔を向ける。
「そういえばマリア、砂糖がないって言ってたわね」
「言いましたけど」
「じゃあ、ちょっと買い物に行ってくるわ。確か他にも補給しなくちゃならないものがあったはずだし」
 とたんにマリアの眼が輝いた。ぴょんと飛び上がった彼女はアネリースに駆け寄る。
「あたしも行きたい行きたい、連れてってアネリースさん!」
「駄目よ、ここは治安が悪いんだから」
 だが、女船長の言葉はにべもなかった。ぷうっとマリアはふくれっ面になる。
「そうやっていっつも連れてってくれないんだから! アネリースさんはナンパされても平気で出歩くくせに! あたしだってたまには気晴らししたいんですアネリースさんっ!」
「そういうことは、一人前に自分の身を守れるようになってから言いなさい。今までに何度危ない目にあってるの? マリア」
「じゃあアネリースさんはなにがあっても平気だっていうんですかっ?」
「マリアと私じゃ踏んでる場数が違うの、場数が」
「チャンスがなくちゃ場数も踏めないじゃないですかっ! アネリースさんずるいですっ!」
「……俺も行こうか、アーニャ」
 苦笑しながらも、見かねてアレックスが割り込んだ。アネリースは眼をみはる。自分の容貌とハンディキャップを気にしてか、彼は普段ほとんど船の外に出ることはないからである。
「いいの? アレックス」
「ちんぴら程度なら、これに片腕を縛られてても相手できるさ。ま、なにもなくても荷物持ちくらいなら引き受けてやる」
「わぁい、全員そろっておでかけですねっ!」
 今までの駄々っ子ぶりはどこへやら、とたんに上機嫌になってマリアは手を叩いた。
「じゃあ、どうせなら今夜は外でお食事にしませんか? 久しぶりにあたし、プロの人が作ったお料理を食べたいんですー」
「……仕方ないわね」
 アネリースもつられて苦笑した。
「それじゃあみんなででかけるとしましょう」
 こんな馬鹿騒ぎができるのも今だけである。一旦航海に出れば緊張の日々となるのだから。いつまでこういう生活が続くのか知らないが、やりたいことはやりたいうちにやっておいたほうがいい。
 じゃ、行きましょうか、とアネリースはふたりに声をかけた。


用語解説

  • ちんぴらにからまれて……第1回リアクションでのアネリースの登場シーンは、酒場でちんぴらにからまれるというものであった。このプラリアはそこから帰ってきた直後という設定になっている。

  • ラージ……連合条約軍の特殊駆逐艦。コルディア宙域の密輸船の取り締まりのためだけに、通常のほぼ倍の費用をかけて1隻だけ開発されたという、贅沢なんだかなんか勘違いしてるんだか良く分からん船である。艦長はキース・ブライアン中尉(24歳)。

  • コルトレイク貿易って〜……第1回リアクションで実際にあった依頼。第2回のリアクションを見る限り、こう考えたプレイヤーはわたしだけではなかったようである。これがテーブルトークだったらこんな話は誰も相手にしないだろう。

  • あの15ポンドで売ってる三流冒険小説……実在しませんのでツッコミは入れないように。

Reaction123456789Back